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小話
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しおりを挟む「無理だろうこんなの……こんなに……こんな……!」
主人の語彙力が崩壊している。まあ無理もない、の、かもしれない。そうカーティスはなんとか善意の解釈に努める。
隣国から客人が来る。もちろんただの客では無い。相手は王族、つまりは国賓だ。その為の準備に王宮は忙しく、さらには応対するのが第二王子のフレドリックであるものだから、護衛のグレンも当然忙しい。連日連夜、警護の打ち合わせやらなにやらで帰宅するのは深夜、下手をすれば帰宅自体ができない日もある。結果、最愛の妻と顔を合わせる時間すら無い現状。
起きて待っています、という彼女に「先に休んでいてほしい」と口にしたのはグレンだ。それは心からの言葉ではあるけれど、会えない時間が増えていくのを辛いと思うのはまた別の事だ。そうやって日々愛しい妻の成分が足りないと腹の奥底でモヤモヤとしたものを耐えていたグレンであるからして、この目の前の光景――可愛いポリーを抱いて眠る可愛いフェリシア、という図はグレンの心臓を一気に貫いた。
それだけでも即死案件だというのに、フェリシアがポリーと一緒に抱き締めているのが普段グレンが着ているシャツだったのだからさらに即死効果が重り、最早グレンはひたすらか細い悲鳴をあげ続ける機械の様になっている。
「いつまでそうしてるんですか本当に」
おそらくどれだけ待とうがグレンが自分で回復する事はないだろうと、そう判断したカーティスは溜め息と共にゆっくりとベッドに近付いた。
二人は小さく丸くなって眠っている。まるで子猫の様な姿は可愛らしくも微笑ましい。しかし、この夜更けにシーツも被らずに寝ていては身体に悪いだろう。
「カーティス」
起こすのか、とグレンが諫める様な声を出す。違いますよ、とカーティスは軽く首を横に振り、そっとポリーの身体を抱きかかえる。
「このままにしておくわけにもいかないでしょう。こっちの小さい方は連れて行きますから、後はお好きな様になさってください」
熟睡しているのかポリーは一向に目を覚まさない。フェリシアも同じだ。ただ、今まで抱き締めていた小さな身体が消えたからか、より一層グレンのシャツを胸に抱き込む様な動きをみせ、それにまたグレンが言葉を失う。
「ちゃんと温かくして寝かせてやってくださいね」
「……分かっている」
風邪引かせたいんですか、と言外に込めれば流石にグレンも正気に戻ったのか、フェリシアに近付くと下敷きになったシーツを引き抜きそっとその身に掛けてやる。
その背中を肩越しに目にしたまま、カーティスはボソリと呟いた。
「いくら夫婦とはいえ、意識のない相手に手を出すのは騎士道どころか人道に反しますからね」
「ッ、分かっている!!」
そんな真似をする様な人物でないのは十二分に理解しているが、夜中にとんだ茶番に付き合わされた身としては、一言くらい言わねば気の済まないカーティスだった。
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