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「ぐ……グレン、様、が、浮気って……ありえな……考えられない、ですけど」
「私達だってそうは思ったわよ? でもね、万が一という事もあるでしょう?」
「それにほら、本人にその意思がなくても纏わり付く野良猫は多いじゃない」
「そうですね、それはうん、多いです」

 当事者であるのにフェリシアは蚊帳の外だ。三人だけで会話がどんどん進んでいく。

「だからフェリシアにはもっと主張なさいって言ったのよ。王宮での屈指の愛妻家である騎士様の、その愛妻は自分だという主張が足りないのよフェリシアったら」
「彼も彼でフェリシアを一人占めしたがる気があるのかしらね? 夜会にもあまり参加させようとはしないでしょう? そこも馬鹿な猫達を増長させていると思うの」

 参加しないのは単にフェリシアが興味を持たないからだ。貴族にとって重要な社交の場であるとは分かっているが、できれば必要最低限で済ませたい。グレンはそんなフェリシアの意思を尊重してくれているだけだ。

「まあでも、それはほら、伝説のダダ漏れ事件がありますから」
「そう! それ、それを是非この目で見たかったのよ!!」

 優雅なご夫人にあるまじき姿で、エイベル伯爵夫人はテーブルに身を乗り出す。オルコット男爵夫人も悔しそうに顔を顰めてそれに続く。

「ああもうどうしてあの時その場にいなかったのかしら!」

 フェリシアが二人に目を付けられた切欠、となった記憶が戻ってからすぐの夜会での出来事。思い出すだに恥ずかしくて、フェリシアはひええええと心の中で叫ぶしかない。

「誰がどう見てもフェリシアが愛しくて堪らない、って溢れ出してたのは本当にすごかったです」

 しみじみとミッシェルが口にすれば、伯爵夫人はそこで改めてフェリシアを見やる。

「それほどまでに愛してくださってる方と……フェリシア! あなたったらよりにもよって離婚を考えたんですって!?」
「え!? そうなのフェリシア!」
「ちがッ、違います! 出家しようかなって思っただけで!」
「同じ事よフェリシア!」

 驚いてミッシェルが隣に座るフェリシアを見る。慌ててそれを否定すれば、強い口調で男爵夫人から突っ込まれた。

「最初に浮気じゃないかと言い出した私達が悪いわよ? それについては心の底から謝罪するわ。けれどねフェリシア、だからってあなたのその一足飛びの考えはどうかと思うの」
「しかも喜々として修道院の資料を集めて見ていたんでしょう? なあに? まさか本当に、本気で修道院に駆け込みたいほど彼に酷いことをされているの?」
「とんでもないです! そんなことありえなくて」

 グレンはフェリシアに酷い事など一つもしない。するのはとてつもなく恥ずかしい事だけだ。
 ぶわわわわ、とフェリシアは全身を朱色に染める。直近の出来事が群を抜いて恥ずかしい事だっただけに、いつまで経っても動揺が消えない。

「うわあ……ない……ないわ、フェリシア……あれだけあなたにベタ惚れなグレン様に対して、出家って……ないわあ」
「……ほんとうに反省してるの……」

 両手で顔を覆ってフェリシアは俯く。反省していますという態度と、そしてなんとなく、その後の展開を察していそうな友人に対して合わせる顔がない。


 楽しいはずの茶会は、いつの間にかフェリシアに対する査問会のようになっている。
 これもまた自業自得、身から出た錆だと、フェリシアはひたすら耐えるしかなかった。


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