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当て馬の言い分
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しおりを挟むクロフォード侯爵家は数多くの軍人を輩出してきた有力貴族の一つだ。ここ数年、王族派と宰相派に緩やかに分断している王宮内において、宰相派に近くはあるけれども中立であるという立場を取っている。
あまり学がないノエルだってそのくらいは知っている。そんな侯爵家のお迎えが来た、自分に。しかも「お嬢様」呼びで。
訳が分からぬままに馬車に乗せられ気付けば侯爵家の一室。ひえええ、と怯え固まるノエルの前に姿を見せたのは厳つい体躯をした男性と、華奢でありながらも凜とした顔付きの女性。現当主とその奥方であると紹介されてもノエルの震えは止まらない。
なんだろうなにをしたなにをしでかした売っていたパンに異物混入!? いやでも侯爵家の食卓に上がるような高価なパンじゃないけどうちのパン!!
そうやってガタガタと震え上がるノエルに対し、当主であるエルンストからまさかの言葉が飛び出した。
「君は先代の隠し子だ、ノエル」
耳から脳に届いた言葉を理解するのに時間がやたらとかかる。え? とノエルは思わずそう声を上げた。無礼者と一蹴されても当然の返しだったが、エルンストも隣の奥方――ソフィアも咎めるどころか非常に申し訳なさげにノエルを見つめている。
「先代の当主……私の父になるのだけれど、こう、奔放すぎる所のある人だったの」
ソフィアの説明によれば、先代当主のマクシミリアンは随分と豪傑であったらしい。武人として活躍しつつ、かなりの自由人でもあり、
「まあ言ってしまえば、数多くの女性と関係を持っていたのね」
うわあ、とノエルはこれまた声を上げてしまった。貴族社会において愛人を囲う文化があるのは知ってはいるが、ソフィアの口ぶりからしてそう言った類いの物でもないようだ。
「ただ、無責任に子供を……という人ではなかったの。貴女という存在を前にして言える事ではないけれど」
避妊は当然していたが、それで完璧であるというわけではない。その証拠がノエルという形でこの世にいる。
「君のお母様に対してもどうにか最低限の、誠実ある対応をしようとしていたようなんだが、どうやっていたのか見事に行方をくらましていたらしく」
「父はずっと探していたようなの。でも見つからなくて、やっと見つけた時にはすでに貴女は一人になっていて、そして父もすぐに亡くなってしまって」
たった一人になってしまったもう一人の我が子を頼む、と最期に告げられた時のソフィアは思わず「この下衆が」と叫びたい心境だった。淑女のプライドでどうにかそれは飲み込んで、それからは必死で探したのだ。もう一人の父の子を。自分にとっては随分と年の離れた妹の事を。
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