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当て馬の言い分
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しおりを挟む王太子が優の美しさであるならば、彼は烈の美しさがあるとノエルは思う。
だが、それもパッと見た時だけだ。基本的に口数が少なく、たいていは無言で見つめてくるのでなんというか圧が強くてかっこいいだとかイケメンだとか浮ついた気持ちはすぐに霧散する。それでもこうやって、何度目かになるか分からないノエルの愚痴に付き合ってくれているのだから、その役目があるにしても優しいのではないかと思う。思いたい。
「アレクシス王太子とユーフェミアの二人を傍で観察したかったんだろう?」
「見守りたかったんです!」
「クロフォード嬢の姿は完全にただの……観察者にしか見えないが」
「言葉を選んでくれてありがとうございます」
自分でも若干危険人物として扱われても仕方が無いなとは思っている。常に柱の陰やら壁に隠れて二人の姿を盗み見、もとい、見守っている姿はアレだと認識されても当然だろう。だからこそこうやって、王太子の専属護衛である彼が自分に付きまとっているのだ、おそらく。
「俺が君に付きまと……傍にいるのは護衛のためだから」
「しれっとわたしの思考読むのやめてもらえますか黒い人」
初めて出会った時にきちんと挨拶はしている。で、あるからして当然彼の名前も聞いているし覚えていなければならないのだが、ノエルは己の境遇の変化について行くのに必死すぎて必要最低限しか覚えられなかった。
つまりは目の前の青年の名前はその最低限の中に含まれず、その見た目だけで勝手に「黒い人」と失礼極まりない呼び方をしている。しかし当の本人はそれに怒りもせず、かといって訂正を入れるでもなく放置したままだ。なのでノエルは一向に彼の名前を覚えようとも知ろうともせず、そのままの呼び方を続けている。
「黒い人はそもそもアレクシス様とユーフェミア様の護衛なんですよね!? わたしなんかに構ってていいんですか?」
「王城にいる間は俺以外にも護衛はいるし、それにこの距離ならすぐに対処できるから問題はないな。それにあの二人は守られる事に慣れているから、護衛の人間の負担になるような真似はほぼほぼしない」
それは即ち自分は守られる事なんて初めてだし負担になるような事ばかりしていると言う事ですか。
そう喉元まで出かかった言葉をノエルはパンと一緒に飲み込む。口にするまでもない事実をあえて訊く趣味はない。
「まあ俺のことは空気とでも思ってくれればいい」
「そんな圧の強い空気がいるとでも!?」
「じゃあ壁か?」
「現状そんな感じですもんね」
一年ほど前にノエルの環境は一変した。それこそノエルにしてみれば驚天動地もいいところだった。
いつものように朝からパンの仕込みをし、開店時間と共に看板を外に出せば目の前に豪奢な馬車が一台停まった。中から降りて来たのは庶民から見ても一発で仕立てのいい物と分かる衣服に身を包んだ紳士。そして彼はこう告げたのだ「お迎えにあがりましたお嬢様」と。
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