他人の恋はままならぬ

新高

文字の大きさ
上 下
2 / 18
当て馬の言い分

しおりを挟む



 王太子が優の美しさであるならば、彼は烈の美しさがあるとノエルは思う。
 
 だが、それもパッと見た時だけだ。基本的に口数が少なく、たいていは無言で見つめてくるのでなんというか圧が強くてかっこいいだとかイケメンだとか浮ついた気持ちはすぐに霧散する。それでもこうやって、何度目かになるか分からないノエルの愚痴に付き合ってくれているのだから、その役目があるにしても優しいのではないかと思う。思いたい。

「アレクシス王太子とユーフェミアの二人を傍で観察したかったんだろう?」
「見守りたかったんです!」
「クロフォード嬢の姿は完全にただの……観察者にしか見えないが」
「言葉を選んでくれてありがとうございます」

 自分でも若干危険人物として扱われても仕方が無いなとは思っている。常に柱の陰やら壁に隠れて二人の姿を盗み見、もとい、見守っている姿はアレだと認識されても当然だろう。だからこそこうやって、王太子の専属護衛である彼が自分に付きまとっているのだ、おそらく。

「俺が君に付きまと……傍にいるのは護衛のためだから」
「しれっとわたしの思考読むのやめてもらえますか黒い人」

 初めて出会った時にきちんと挨拶はしている。で、あるからして当然彼の名前も聞いているし覚えていなければならないのだが、ノエルは己の境遇の変化について行くのに必死すぎて必要最低限しか覚えられなかった。
 つまりは目の前の青年の名前はその最低限の中に含まれず、その見た目だけで勝手に「黒い人」と失礼極まりない呼び方をしている。しかし当の本人はそれに怒りもせず、かといって訂正を入れるでもなく放置したままだ。なのでノエルは一向に彼の名前を覚えようとも知ろうともせず、そのままの呼び方を続けている。

「黒い人はそもそもアレクシス様とユーフェミア様の護衛なんですよね!? わたしなんかに構ってていいんですか?」
「王城にいる間は俺以外にも護衛はいるし、それにこの距離ならすぐに対処できるから問題はないな。それにあの二人は守られる事に慣れているから、護衛の人間の負担になるような真似はほぼほぼしない」

 それは即ち自分は守られる事なんて初めてだし負担になるような事ばかりしていると言う事ですか。

 そう喉元まで出かかった言葉をノエルはパンと一緒に飲み込む。口にするまでもない事実をあえて訊く趣味はない。

「まあ俺のことは空気とでも思ってくれればいい」
「そんな圧の強い空気がいるとでも!?」
「じゃあ壁か?」
「現状そんな感じですもんね」

 一年ほど前にノエルの環境は一変した。それこそノエルにしてみれば驚天動地もいいところだった。
 いつものように朝からパンの仕込みをし、開店時間と共に看板を外に出せば目の前に豪奢な馬車が一台停まった。中から降りて来たのは庶民から見ても一発で仕立てのいい物と分かる衣服に身を包んだ紳士。そして彼はこう告げたのだ「お迎えにあがりましたお嬢様」と。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

男と女の初夜

緑谷めい
恋愛
 キクナー王国との戦にあっさり敗れたコヅクーエ王国。  終戦条約の約款により、コヅクーエ王国の王女クリスティーヌは、"高圧的で粗暴"という評判のキクナー王国の国王フェリクスに嫁ぐこととなった。  しかし、クリスティーヌもまた”傲慢で我が儘”と噂される王女であった――

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...