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当て馬の言い分
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しおりを挟む人生とはままならないものである。
澄み渡る晴天の元、ノエルはつくづくそう思った。
生まれた時にはすでに父親はおらず、しかしやたらと明るい母親の元で二人楽しく暮らしていた。そんな元気の塊のようだった母がほどなくして病で亡くなった時は流石にしばし呆然としたものだが、母の友人であるという街のパン屋の老夫婦に引き取られ、我が子同然に優しく厳しく育てられた。
同年代の友人もでき、そんな友人達と一緒にはまっていたのが読書――なかでも恋愛小説が一番のお気に入りだった。どれも胸をときめかせ、いつか自分もこんな素敵な恋愛を、と夢見る年頃。特にお気に入りは、とある国の王太子とその婚約者であるご令嬢を主役とした、時に政敵との争いあり、恋敵との争いあり、それらを乗り越えての二人の純愛を書いた本。あまりにも王道と言えば王道の展開であるので人気はそれほどまでではないが、主役二人の容姿や関係性がこの国の王太子と婚約者に似通っているのでは、と一部で噂されそれに熱狂的に惹き付けられるファンもいる。まさにノエルもその一人だ。
何年か前の、王太子の誕生祝いで催されたパレード。そこで見た二人があまりにもお似合いすぎて、ノエルは文字通り恋に落ちた。二人の組み合わせに。
王族の証である菫色の瞳に豪奢な金色の髪を持ち、天上の神々が創作したと言われても大仰に聞こえない美しく整った容姿はまさに理想の王子そのもの。そんな彼の隣りに立つ婚約者である公爵令嬢は豊かな黒髪を腰まで靡かせ、どこまでも澄みきった青い瞳で見つめられると天にも昇る心地になる、らしい。庶民でしかないノエルでは彼女の視線を受けることはできないので、その話を聞いた時は悔しさのあまり噛み締めた歯を砕く勢いだった。
美男美女の王子と婚約者。容姿はもちろんながら、性格も民には優しく無法者には厳しく、頭脳明晰なれどもその知識をひけらかしたり傲慢になる事もせず、これぞまさしく理想の王侯貴族、尊い、いつかお側で二人の姿を見守る事ができたらと、ノエルはずっとそう願っていた。
だが所詮街のパン屋の娘の可愛らしくも愚かな夢でしかない。叶うなんて、ノエル自身これっぽっちも思っていなかった。
「――それがまさかこんなことになるとは思わないじゃないですか」
雲一つない青空の元、小鳥達が楽しそうに飛び回っている。その下では、今や侯爵令嬢のご身分となったノエルがその身分にあるまじき姿でいる。
草むらに隠れ、地面に直座りし、こっそり懐に入れて持ち出してきたパンを頬張りながら愚痴をぶつけている。ノエルから少しだけ離れた位置に、これまた同じように地面に腰を下ろして話を聞いているのかいないのか分からない態度でいるのは全身黒ずくめの青年だ。髪の色も黒なら服の色も上から下まで黒一色。瞳の色も黒に近い茶で、唯一目立つ色をしているのは手元に置いた剣一振りだけだ。
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