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現実世界

友達

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 家を出たものの,どこへ向かうべきか見当もつかなかった。でも,間違いなく何かが自分を呼んでいる。そこに行かなければならない。そして,何かをしなければならない。求められている,信じられている。そんな思いが身体を突き動かした。
 思いつくままに走り,たどり着いた場所はいつもの秘密の特訓上だった。隠れて剣の腕を磨いた場所。自分だけの空間。そんなところに誰かがいるとは思えなかったが,雑木林の木陰に一つの影があった。大きて,寂しそうな影だった。

「なにしてんの?」

 回り込んで正面に立って声をかけた。影の主はドスの効いた声で答えた。

「なにって。勝手だろ。それともお前の許可がいるのかよ? 偉そうなやつだな」

 威圧するような声で睨んでくる。その目は人を縮み上がらせる風格を漂わせているが,その深いところは弱々しく,何か支えを必要としているにも思える。まるで群れから離れたオオカミのようだった。力強く,生きていく力には恵まれている。でもその一匹であることに強い不安と不満を抱えながらも,それに慣れ,もうそれでよいと感じている。

「別に許可なんていらないけど。バオウをこんなところで見かけたのは初めてだから。今日は仲間といないの?」

 そういった途端に牙をむくように吠えた。

「黙れ! 何様だお前は!」

 何様って,と言い返そうとすると,何も聞きたくないというように話を遮った。

「うるせえ! だいたい,その目が気にいらねえんだよ。その人を観察するような目,見透かすような目,哀れむような目。力も無いくせに,同情なんかしやがって」

 つばを散らしながらわめいた。バオウと同じ木の下で,九〇度横を向く形で背中をもたれさせた。そして,できるだけゆっくりと言った。

「寂しいときはよくここに来るんだ。もちろん,トレーニングをすることも目的の一つなんだけど,そうして打ち込んでいると心をなくしたみたいに無になれる。自分の弱さとか,むなしさとかから解放されるんだ」

 呟くように言った。バオウは何も言い返してこなかった。

「でも,今日は違った。何かをしないとって思って,でも何をしたら良いのか分からなくて,気付いたらここにいた。何でか分からないけど,今は弱い自分も認められるし,心を無にするって寂しいことでもあるって思うんだ。自分の弱いところを認めつつも,精進して助け合えたらいいって。何でなんだろうね」

 少し考えた後,バオウは首を振った。

「なんか,どうでもよくなっちまったよ。お前なら話しても良いかなって気がしてきた。・・・・・・さっきは悪かったな。その・・・・・・おれも今日はいつもと気分が違うんだ。それに,ここは初めて来たし,何か目当てがあったわけじゃない。なんか,こう,うまく言えないけど,救いのようなものを求めていたんだ」

 変な話なんだけどよ,と鼻の頭をかきながらバオウは話を続ける。

「変な夢を見たんだ。長くて,楽しくて,辛くて,希望のある夢を。お前がいて,なんか知らねえけどじいさんとか銀髪の兄ちゃんとか,女の人とかいて」
「同じ夢を見たよ」

 バオウは息を止めるようにして固まった。じゃあ,と考え込むようにして顎に手を当てた。

「あれは夢じゃないんだ。一緒に旅をして,そして一緒に世界を救った。」
「どうしてそんなことが分かる」
「日記を見たんだ。じいちゃんとジャンが残していた。覚えてる?」
「覚えてるって,そんなもの見たこともねえよ」
「日記じゃなくてさ,言ったでしょ? 不器用だから,手を差し伸べてほしいって」

 バオウは分かりやすく顔を赤らめ,うつむいた。そんな様子を見て,さらに追い打ちをかけたくなった。

「また友達になろうって言ったでしょ? 責任とってよ。それとも,まだ強がるの?」

 手を差し出した。バオウはその手を手のひらではじくようにして強く叩き,ぶっきらぼうに立ち上がった。でも,その顔には笑顔が隠し切れないように表に滲み出ていた。

「めんどくさいやつだな。おれたち,もう仲間なんだから今さら何か誓いを立てる必要もないんだよ」

 照れ臭そうに語るバオウの表情が不意に引き締まり,それより,と急に神妙な顔をした。

「線香をあげさせてもらえねえかな」

 バオウの言葉に無言でうなずき,二人で家へと向かった。


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