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「推しって何?」
私が「推しだ」と明言してからもう5年になる。その当人からの唐突な質問だった。手はコントローラーを動かしているが、あっさりとキルを取られ、リスポーンに戻されながら考えた。
「すべてをうけいれる…かな。例えば君が人を殺そうとして実行したとして、それを積極的に手伝ったりはしないけど咎めもしない。」
「怖い怖いw」と低く笑いながら返される。ボイスチャットでしか繋がってないけれど、あまり表情豊かではない推しが眉をひそめるのが目に浮かぶ。
--
そんな会話をしたのがいつだったか忘れた頃、推しから旅行に誘われた。行き先も旅程も聞かされなかったが、二つ返事でOKを返した。
ご飯も宿泊も目的地も、全てを任せたまま、何も聞かずに、隣に立てる身なりを考えるのに頭を捻っていた。
迎えた初日、奇しくも使い慣れた駅で、全身黒色の服装と持ち物で、見慣れた景色をぼんやりと眺める。推しと会うのが何度目かはもう数えてないけれど、その日は私ではなく、推しから声をかけられたのが初めてだったと覚えている。私と対照的に、全身白色の爽やかな服装が眩しいと思った。
--
ただ幸せな時間だった。
隣に座っているだけで十二分に幸せを感じられるというのに、推しが私のために考えて手を引いてくれることが、このうえない幸福だった。
通り過ぎる景色、交わす言葉、目を眩ませる陽も陰も、肌を撫ぜる風も温度も、全てが祝福に思えるほど。
飲めるようになったから、と、フラッと立ち寄る居酒屋で、5年前の私を真似する推しが愛おしくて堪らなかった。大人になったね、と、何度も目を細めてしまう。
私はまだ、推しの前では大人でいたい。
--
スーパーに立ち寄り、お互いの知ってる駄菓子や、適当なお酒、ナノブロックなんかを買った。
ホテルの部屋は別々だから、シャワーを浴びたら飲み直そうと言って、ドアの前で別れた。
普段なら服を着るのも億劫だが、下手な露出がないよう、上品とまではいかないが、外にも出れるトレーナーに袖を通す。
買い物袋に、先ほどのお酒たちが入っているのを確認して、「シャワー出たけど、部屋行っても大丈夫?」と連絡を入れる。
待つことなく「いいよ」と返ってくる。自分の部屋のルームキーを確認し、向かい側の扉をノックした。
これまでの時間を振り返り、噛み締めるような会話をしていたと思う。ナノブロックを組み立てて、余った部品を転がしながら、駄菓子とお酒が減っていく。
空になった瓶を軽く振って、少し眠気でぼんやりしながら「そろそろ眠いから部屋に戻るよ」とドアへ振り向きながら声に出した。
「戻るの?」
背中に投げかけられた言葉に身体が凍る。
勿論、決して寒くはない。だが、強張るとも固まるとも違う、凍った。
手に下げた買い物袋を椅子に置きながら、立ったままゆっくりと振り向く。
どんな表情をしていただろうか。
「こっちで寝ていきなよ」
拒めない。拒む理由がない。
「じゃあ、隣で寝かせてもらおうかな」
「布団、入っていい?」と改めて尋ねる。頷きながら持ち上げられた掛け布団とマットレスの間に体を滑り込ませる。
顔を見れないと思った。推しに背を向けて、少し丸くなりながら、目を瞑った。
「電気消そうか」という声に、目を瞑ったまま「うん」と頷く。私の返事が音になっていたか定かではない。
電気を消すのに手を伸ばしたその上体がそのまま、私の身体に覆いかぶさった。
「ーー」
思わず彼の名前を呟く。
柔らかく大きな手が私の髪を撫で、ゆっくりと仰向けに向き直させられる。
こんなに手が大きかったのか、と思った。
私の額に彼の額がこつんとぶつかる。
「キスしていい?」
答えられなかった。言葉が何も出てこない。本当に、真っ白だった。
少し息を吸ったまま、音の出ない唇に彼の唇が重ねられてしまった。
それから、ハグとキスを何度か繰り返した。
何回目かに、舌が割って入ってきた。
思わず身体と息が上がってしまうが、彼の身体で押さえられている私は身動きができない。いや、抵抗する気もないのだけど。
髪を撫でる手が離れ、背中にまわされていることに気づいた。
思わず、彼の手を掴み、体を横に流して上体を起こす。咄嗟だった。それまでただ受け身だった私が急に動いたのだ、当然彼も驚いている。
左手で彼の右手を抑え、上がった息を整えたくて、大きく上下する胸を右手で押さえる。
「待って、」
「ダメ?」
次の言葉が出る前に、すかさず言葉を重ねられる。
否定できるわけがない。私がいつもそうしているのだから…。
けれど、この先に踏み込みたくなかった。
「お試し、しよ」
やっと捻り出した答えだった。
「私にさせて」
ゆっくりと彼の身体を仰向けに倒す。
彼の髪を撫でて、首筋から少しずつ丁寧になぞっていく。
目は見れなかった。
幸か不幸か自信はあった。
そしてその自信通りに、彼は気持ちよさそうにしてくれた。
「お試し、終わり。ね、今日はもう寝よう」
彼の服をなおして、背を向けて布団に潜る。
寝かせてもらえるわけがなかった。
私が「推しだ」と明言してからもう5年になる。その当人からの唐突な質問だった。手はコントローラーを動かしているが、あっさりとキルを取られ、リスポーンに戻されながら考えた。
「すべてをうけいれる…かな。例えば君が人を殺そうとして実行したとして、それを積極的に手伝ったりはしないけど咎めもしない。」
「怖い怖いw」と低く笑いながら返される。ボイスチャットでしか繋がってないけれど、あまり表情豊かではない推しが眉をひそめるのが目に浮かぶ。
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そんな会話をしたのがいつだったか忘れた頃、推しから旅行に誘われた。行き先も旅程も聞かされなかったが、二つ返事でOKを返した。
ご飯も宿泊も目的地も、全てを任せたまま、何も聞かずに、隣に立てる身なりを考えるのに頭を捻っていた。
迎えた初日、奇しくも使い慣れた駅で、全身黒色の服装と持ち物で、見慣れた景色をぼんやりと眺める。推しと会うのが何度目かはもう数えてないけれど、その日は私ではなく、推しから声をかけられたのが初めてだったと覚えている。私と対照的に、全身白色の爽やかな服装が眩しいと思った。
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ただ幸せな時間だった。
隣に座っているだけで十二分に幸せを感じられるというのに、推しが私のために考えて手を引いてくれることが、このうえない幸福だった。
通り過ぎる景色、交わす言葉、目を眩ませる陽も陰も、肌を撫ぜる風も温度も、全てが祝福に思えるほど。
飲めるようになったから、と、フラッと立ち寄る居酒屋で、5年前の私を真似する推しが愛おしくて堪らなかった。大人になったね、と、何度も目を細めてしまう。
私はまだ、推しの前では大人でいたい。
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スーパーに立ち寄り、お互いの知ってる駄菓子や、適当なお酒、ナノブロックなんかを買った。
ホテルの部屋は別々だから、シャワーを浴びたら飲み直そうと言って、ドアの前で別れた。
普段なら服を着るのも億劫だが、下手な露出がないよう、上品とまではいかないが、外にも出れるトレーナーに袖を通す。
買い物袋に、先ほどのお酒たちが入っているのを確認して、「シャワー出たけど、部屋行っても大丈夫?」と連絡を入れる。
待つことなく「いいよ」と返ってくる。自分の部屋のルームキーを確認し、向かい側の扉をノックした。
これまでの時間を振り返り、噛み締めるような会話をしていたと思う。ナノブロックを組み立てて、余った部品を転がしながら、駄菓子とお酒が減っていく。
空になった瓶を軽く振って、少し眠気でぼんやりしながら「そろそろ眠いから部屋に戻るよ」とドアへ振り向きながら声に出した。
「戻るの?」
背中に投げかけられた言葉に身体が凍る。
勿論、決して寒くはない。だが、強張るとも固まるとも違う、凍った。
手に下げた買い物袋を椅子に置きながら、立ったままゆっくりと振り向く。
どんな表情をしていただろうか。
「こっちで寝ていきなよ」
拒めない。拒む理由がない。
「じゃあ、隣で寝かせてもらおうかな」
「布団、入っていい?」と改めて尋ねる。頷きながら持ち上げられた掛け布団とマットレスの間に体を滑り込ませる。
顔を見れないと思った。推しに背を向けて、少し丸くなりながら、目を瞑った。
「電気消そうか」という声に、目を瞑ったまま「うん」と頷く。私の返事が音になっていたか定かではない。
電気を消すのに手を伸ばしたその上体がそのまま、私の身体に覆いかぶさった。
「ーー」
思わず彼の名前を呟く。
柔らかく大きな手が私の髪を撫で、ゆっくりと仰向けに向き直させられる。
こんなに手が大きかったのか、と思った。
私の額に彼の額がこつんとぶつかる。
「キスしていい?」
答えられなかった。言葉が何も出てこない。本当に、真っ白だった。
少し息を吸ったまま、音の出ない唇に彼の唇が重ねられてしまった。
それから、ハグとキスを何度か繰り返した。
何回目かに、舌が割って入ってきた。
思わず身体と息が上がってしまうが、彼の身体で押さえられている私は身動きができない。いや、抵抗する気もないのだけど。
髪を撫でる手が離れ、背中にまわされていることに気づいた。
思わず、彼の手を掴み、体を横に流して上体を起こす。咄嗟だった。それまでただ受け身だった私が急に動いたのだ、当然彼も驚いている。
左手で彼の右手を抑え、上がった息を整えたくて、大きく上下する胸を右手で押さえる。
「待って、」
「ダメ?」
次の言葉が出る前に、すかさず言葉を重ねられる。
否定できるわけがない。私がいつもそうしているのだから…。
けれど、この先に踏み込みたくなかった。
「お試し、しよ」
やっと捻り出した答えだった。
「私にさせて」
ゆっくりと彼の身体を仰向けに倒す。
彼の髪を撫でて、首筋から少しずつ丁寧になぞっていく。
目は見れなかった。
幸か不幸か自信はあった。
そしてその自信通りに、彼は気持ちよさそうにしてくれた。
「お試し、終わり。ね、今日はもう寝よう」
彼の服をなおして、背を向けて布団に潜る。
寝かせてもらえるわけがなかった。
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