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「おう如月、ご苦労だったな。無事解決したようじゃないか」
「ええ、都築課長。何とか代替品を用意出来たので、丸く収まりました。ストックが韓国にあって助かりましたよ」
デスクに戻った裕也は、課長の都築に出張報告書を手渡しながら、簡単に経過を説明した。
「強行軍だったからな、疲れただろう。今日はもう上がっていいぞ、と言いたい所なんだが、ひとつ頼みがあるんだ」
「何でしょう?」
課長からの依頼は珍しいことだったので、裕也は少し首を傾げた。
「君も今度、輸入第二の部長が替わることは聞いているね?」
「ああ、はい。NY本社から来るという、ミスター有賀ですか。イギリスの方だとか」
「うん、そうなんだ。それでしばらく通訳兼業務サポートという形で、君に付いてもらいたいんだ。クイーンズイングリッシュが堪能で、各部署の業務説明も上手くできるだろうから」
「えっ、私がですか?」
突然の指名に、裕也は驚きを隠せなかった。
確かに裕也は父の仕事の関係で中学から大学を卒業するまでロスに住んでいた為、英語はネイティブと変わらない。
しかも、友人にイギリス人が何人も居たため、クイーンズイングリッシュが出来る。
外資系の貿易会社であるファーイースト・トレーディングでは英語は必須なので全員話せるがクイーンズイングリッシュでネイティブレベル、しかも業務の細かいところまでとなると、確かにちょっと難しい。
しかし、本社からくる部長に主任如きが付いて良いのだろうか。
「向こうからのご指名でもあるんだよ。そろそろ新宿支社に到着する筈だから、来たら紹介する」
そう言って課長はフロアを出ていってしまった。
「帰って早々、お前も大変だなぁ」
後ろのデスクから、藤堂がイスに座ったままカラカラと近寄ってくる。
「何で俺なんだ…」
眉間に皺を寄せて不機嫌そうに呟く裕也を慰めるように、藤堂は背中をポンポンと叩いた。
「<第二のキサラギ>はやっぱり有名なんだよ。わざわざご指名されるくらいね。しかし相手は<畑違いの大物>だよな?」
「…ああ」
「何で第一のトップが第二に来るんだろうなぁ?」
皆が<畑違い>と騒いでいるのは、ここ第二が扱うのは食品類で、第一が扱っているのは建築資材だからだ。
扱うものが違えば、ルートや手法も全く違う。
ウワサの御仁は、ヘッドハントされてNY本社の第一に入り、瞬く間にトップの業績を上げて部長に昇進したエリートで、社長の覚えもめでたいと言われている。
それが今回の転勤にあたって、何故か食品部門に来るという。
未知の分野に部長としていきなりやってきて、使えるのか。
「こっちが聞きたいくらいだよ。やっかいだな、気が重い」
また忙しさに拍車がかかると、裕也は溜め息をついた。
「まあまあ、気の重さは持ってやれないが、重いカバンは持ってやれるぜ。さあ邪魔な荷物は俺に預けなさい」
おどけた口調でアタッシュケースを奪おうとする藤堂の手を素早く躱した裕也は、ニヤリと笑った。
「お前はお預けだ」
「えぇ~、けちぃ」
ガックリと大げさに項垂れる藤堂を尻目に、裕也は横でニコニコとやり取りを見ていた女子社員にラッピングされた箱を取り出して渡す。
「三咲さん、これみんなで分けてくれる?」
渡された女性社員は包装紙を見て、悲鳴を上げる。
「きゃ~、これってラッフルズのオリジナルティーとクッキーのセットですね。さすがは如月主任、乙女心を良く分かってるぅ」
きゃいきゃい騒ぎながらお菓子に群がる女性陣を白い目で見ながら、藤堂はボソリと呟く。
「ホントお前って、そつが無いよな。あの強行軍の中、いつ買う時間があるんだよ」
「気配りは大切だって、いつも言ってるのはお前の方だろ」
それでも後で必ずおすそ分けをもらうくせに、と付け加える。
「ははは、まぁね~。甘い物にはめっちゃ弱いから、俺」
屈託のない明るい笑顔に、裕也もつい笑ってしまう。
「ほんと、筋金入りだよな。お前の甘党は」
少し離れた所でお菓子に群がっている女性陣の視線がそれとなくふたりに注がれていることに、当人達は全く気付いていない。
「ああ~、二日振りの如月主任の美しい笑顔。あれがないと仕事に張り合いが出ないわ」
「本当、激務の中の癒しよね。ハニー王子は」
「藤堂さんの笑顔も魅力的だけど、やっぱり相方がいないとねー」
「そうよー、忠犬春ちゃんも寂しそうだったもの」
如月という名前と蜂蜜色の髪から<ハニー王子>、明るい笑顔につぶらな瞳が眩しい<忠犬春ちゃん>、という本人が聞いたら卒倒しそうなアダ名が女性社員の間でつけられていた。
女性陣の熱い視線の先では、人気ナンバーワンの裕也がひらひらさせるチョコレートの箱に、ナンバーツーの春樹が「ふおぉ~」と奇声を上げていた。
見えない尻尾がブンブンと振られている。
春樹の好みを熟知している裕也が大好物のブランドを買ってきたらしく、目が爛々と光っていた。
突如勃発した争奪戦、藤堂もバスケを長くやっていたので、動きに無駄がない。
片や西洋の王子様、片や日本の若様と称されるイケメンペアのじゃれあう姿に、周りの女子はホワンと見とれる。
「眼福だわぁ」
「残念ね~、彼女がいなければ速攻で立候補するのに」
「無理無理、私達には高値の花よ」
如月はロスに、藤堂は大学時代から付き合っている彼女がいるということは有名なので、女性陣は指を銜えて眺めるしかない。
それでも諦めきれず、勇敢にも告白する輩はいたが、もちろん玉砕。
今は鑑賞対象として日々遠巻きに眺める女性陣の視線の先で、攻防戦は未だに繰り広げられていた。
「ええ、都築課長。何とか代替品を用意出来たので、丸く収まりました。ストックが韓国にあって助かりましたよ」
デスクに戻った裕也は、課長の都築に出張報告書を手渡しながら、簡単に経過を説明した。
「強行軍だったからな、疲れただろう。今日はもう上がっていいぞ、と言いたい所なんだが、ひとつ頼みがあるんだ」
「何でしょう?」
課長からの依頼は珍しいことだったので、裕也は少し首を傾げた。
「君も今度、輸入第二の部長が替わることは聞いているね?」
「ああ、はい。NY本社から来るという、ミスター有賀ですか。イギリスの方だとか」
「うん、そうなんだ。それでしばらく通訳兼業務サポートという形で、君に付いてもらいたいんだ。クイーンズイングリッシュが堪能で、各部署の業務説明も上手くできるだろうから」
「えっ、私がですか?」
突然の指名に、裕也は驚きを隠せなかった。
確かに裕也は父の仕事の関係で中学から大学を卒業するまでロスに住んでいた為、英語はネイティブと変わらない。
しかも、友人にイギリス人が何人も居たため、クイーンズイングリッシュが出来る。
外資系の貿易会社であるファーイースト・トレーディングでは英語は必須なので全員話せるがクイーンズイングリッシュでネイティブレベル、しかも業務の細かいところまでとなると、確かにちょっと難しい。
しかし、本社からくる部長に主任如きが付いて良いのだろうか。
「向こうからのご指名でもあるんだよ。そろそろ新宿支社に到着する筈だから、来たら紹介する」
そう言って課長はフロアを出ていってしまった。
「帰って早々、お前も大変だなぁ」
後ろのデスクから、藤堂がイスに座ったままカラカラと近寄ってくる。
「何で俺なんだ…」
眉間に皺を寄せて不機嫌そうに呟く裕也を慰めるように、藤堂は背中をポンポンと叩いた。
「<第二のキサラギ>はやっぱり有名なんだよ。わざわざご指名されるくらいね。しかし相手は<畑違いの大物>だよな?」
「…ああ」
「何で第一のトップが第二に来るんだろうなぁ?」
皆が<畑違い>と騒いでいるのは、ここ第二が扱うのは食品類で、第一が扱っているのは建築資材だからだ。
扱うものが違えば、ルートや手法も全く違う。
ウワサの御仁は、ヘッドハントされてNY本社の第一に入り、瞬く間にトップの業績を上げて部長に昇進したエリートで、社長の覚えもめでたいと言われている。
それが今回の転勤にあたって、何故か食品部門に来るという。
未知の分野に部長としていきなりやってきて、使えるのか。
「こっちが聞きたいくらいだよ。やっかいだな、気が重い」
また忙しさに拍車がかかると、裕也は溜め息をついた。
「まあまあ、気の重さは持ってやれないが、重いカバンは持ってやれるぜ。さあ邪魔な荷物は俺に預けなさい」
おどけた口調でアタッシュケースを奪おうとする藤堂の手を素早く躱した裕也は、ニヤリと笑った。
「お前はお預けだ」
「えぇ~、けちぃ」
ガックリと大げさに項垂れる藤堂を尻目に、裕也は横でニコニコとやり取りを見ていた女子社員にラッピングされた箱を取り出して渡す。
「三咲さん、これみんなで分けてくれる?」
渡された女性社員は包装紙を見て、悲鳴を上げる。
「きゃ~、これってラッフルズのオリジナルティーとクッキーのセットですね。さすがは如月主任、乙女心を良く分かってるぅ」
きゃいきゃい騒ぎながらお菓子に群がる女性陣を白い目で見ながら、藤堂はボソリと呟く。
「ホントお前って、そつが無いよな。あの強行軍の中、いつ買う時間があるんだよ」
「気配りは大切だって、いつも言ってるのはお前の方だろ」
それでも後で必ずおすそ分けをもらうくせに、と付け加える。
「ははは、まぁね~。甘い物にはめっちゃ弱いから、俺」
屈託のない明るい笑顔に、裕也もつい笑ってしまう。
「ほんと、筋金入りだよな。お前の甘党は」
少し離れた所でお菓子に群がっている女性陣の視線がそれとなくふたりに注がれていることに、当人達は全く気付いていない。
「ああ~、二日振りの如月主任の美しい笑顔。あれがないと仕事に張り合いが出ないわ」
「本当、激務の中の癒しよね。ハニー王子は」
「藤堂さんの笑顔も魅力的だけど、やっぱり相方がいないとねー」
「そうよー、忠犬春ちゃんも寂しそうだったもの」
如月という名前と蜂蜜色の髪から<ハニー王子>、明るい笑顔につぶらな瞳が眩しい<忠犬春ちゃん>、という本人が聞いたら卒倒しそうなアダ名が女性社員の間でつけられていた。
女性陣の熱い視線の先では、人気ナンバーワンの裕也がひらひらさせるチョコレートの箱に、ナンバーツーの春樹が「ふおぉ~」と奇声を上げていた。
見えない尻尾がブンブンと振られている。
春樹の好みを熟知している裕也が大好物のブランドを買ってきたらしく、目が爛々と光っていた。
突如勃発した争奪戦、藤堂もバスケを長くやっていたので、動きに無駄がない。
片や西洋の王子様、片や日本の若様と称されるイケメンペアのじゃれあう姿に、周りの女子はホワンと見とれる。
「眼福だわぁ」
「残念ね~、彼女がいなければ速攻で立候補するのに」
「無理無理、私達には高値の花よ」
如月はロスに、藤堂は大学時代から付き合っている彼女がいるということは有名なので、女性陣は指を銜えて眺めるしかない。
それでも諦めきれず、勇敢にも告白する輩はいたが、もちろん玉砕。
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