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体調も良くなり、お屋敷に戻る時も衣装やメイクを用意して下さり、途中まで一緒の馬車で帰った。
お屋敷の門を馬車が潜り、玄関に横付けされて扉が開くと、そこにはヨハンを筆頭にお屋敷の使用人が全員が揃っていて笑顔で歓迎された。
「お帰りなさいませ、奥方様」
ヨハンがニッコリと笑ってそう言うと、戸惑う私に手を差し出してきた。
もう二度と戻れないと思っていたお屋敷にこんな形で戻れるなんて、まるで夢のようでフワフワと足元がおぼつかない。
「執事服もとても良くお似合いでしたが、こちらの方がより輝いて見えますね」
マリエ様が用意して下さったドレスは、薄い緑色の柔らかなシルク生地で、流れるようなドレープが美しいドレスだった。
明るい茶色の髪も綺麗に結い上げられて、金の装飾が付けられ、イヤリングはエメラルドだった。
メイクなど一度もしたことがなかったので、全てマリエ様に任せてしまったので、どんな感じになっているのか自分でも分からない。
でも、召使い達はキレイ、キレイとはしゃいでいた。
「ヨハン、色々とありがとう」
ヨハンもご主人様に怒ってくれたと後で聞いた。
引継ぎの時に、私の反応に違和感を覚えていたが、私がいなくなったと聞いてこれは絶対に誤解してますよと詰め寄ってくれたそうだ。
「恋愛に関してだけは、僕の方が上手ですから」
ウインクしてニッと笑うヨハンに、私もクスリと笑ってしまう。
ご主人様は5人に怒られたと言っていたが、他にもマリエ様やジュディ様、ランディ様、ギャレットさんにまで言われてしまったそうだ。
「ランディには泣いて詰め寄られたよ。リィンいらないなら僕が貰うって言われてしまって焦った」
甥っ子と言えど、油断できないなと苦笑していた。
「さ、中でご主人様がソワソワしてお待ちですよ」
ヨハンにエスコートされて扉の中に進むと、中央のホールに緑色の正装に身を包んだ長身の男性が立っていた。
心臓がドキリと跳ねるが、ヨハンのエスコートが外れても真っ直ぐに進む。
アレス様は私を見て目を大きく開いて驚き、次にじわじわと頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「……リィン……美しいよ。妖精のようだ」
「……アレス様…」
金の髪をキッチリとセットした正装姿のアレス様は眩し過ぎて、私もぼうっとしてしまう。
その王子様が、私の前で片膝をついてくる。
「リィン、私は貴方を愛している。どうか私と結婚して、生涯妻として私を支えてもらえないだろうか」
ああ、こんな光景は夢にも見たことはなかった。
こんなに幸せなことがこの世にあったなんて、生きていて良かったと心の底から思う。
差し出された愛しい人の手に、震える手をそっと重ねて、私は大好きだと言われた笑顔で答えた。
「はい、喜んで」
回りで屋敷の者達の歓声と拍手が上がる中、アレス様が私の指にはめて下さったのはエメラルドの指輪。
痩せてしまった私の指に少しゆるい指輪は、アレス様がもっと前から用意して下さっていたものだから。
その後、新しく増設された部屋に入った私は、驚きに息を飲んだ。
「これは……」
白い家具で統一された部屋の壁紙は、緑を基調にしていて、柄は可愛らしい白いスノーフレークだった。
「特注したんだよ。お前の好きな花だったからね」
マリエ様に好きな花を聞かれたのは先月。
壁紙の特注など、ひと月で仕上がるものではない。
何故?とアレス様を見上げると、優しい笑みが返ってきた。
「小さい頃、私の部屋に摘んできた花を飾ってくれただろう?それによく庭で眺めていたじゃないか」
憶えていて下さったのか。
本当に小さい頃からこの人は私のことをちゃんと見ていて下さったのだ。
嬉しくて、幸せで、笑った目尻から涙が零れた。
「ええ、大好きなんです、この花」


私とアレス様の結婚は、夢のようなお話として街でも話題になった。
嘆いたご婦人方は多かったようだが、不思議と批判はなく好意的な目で迎えられた。
私は以前にも増して慈善事業に力を入れ、アレス様の貿易のお仕事も経理関係を主軸にサポートした。
親友となったマリエ様の結婚式にはふたりで参列し、同じくデザイナーの旦那様とも友人になって、こちらの学校建設の際にはデザインを頼んだりしている。
「じゃあ、この書類を役所の方に」
「かしこまりました、奥様」
ヨハンが部屋を出ると、私は時間を確認して席を立った。
そろそろアレス様は紅茶が飲みたくなる頃だ。
今日は天気が良いから庭の方が良いだろうと考えながらテーブルのセットで紅茶を煎れていると、足音が近づいてきた。
「リイン、お願いがあるんだが……」
入ってきたアレス様は、私が紅茶を煎れているのを見て嬉しそうに目を細める。
紅茶のカップを乗せたトレイを持って、私はニッコリと笑った。
「はい、旦那様」

END
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