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人の声が聞こえたような気がして、ふわりと意識が浮上してきた。
「……まだ眠って………よう……」
「…点滴は………2回……で……」
体はまだ眠っていたいと愚図っていたけれども、聞き覚えのある声に意識が起きたいと盛んに騒いでいる。
「………れ……」
誰?と聞きたかったのに、声がほとんど出ない。
大きな温かい手が、頬を滑る。
誰だろう、この優しく触れる手は。
「……ィン……リィン、目が覚めたかい?」
私の大好きな、低くて甘い声。
ずっと、ずっと聞きたかった声。
最後まで抵抗する目蓋を渾身の力でこじ開けると、ほらやっぱり、私の大好きなご主人様の姿が見える。
「ああリィン、良かった……」
恋焦がれたご主人様の優しい笑顔と、後ろにシスターの顔まである。
「…まあ……なんて贅沢な夢かしら…」
大好きな人が両方出てくる夢なんて、そうそうない。
嬉しくなって思わず頬が緩んでしまった。
「……リィン、これは夢ではないよ」
優しく言われて、ぼんやりとした頭で考える。
夢ではない?ではここは……
「………ああ、ではここは天国なのね。お優しい神様が私の願いを叶えて下さったのだわ。ご主人様の手を感じられるなんて、なんて幸せ…」
頬に置かれた大きな手に擦り寄ると、ほぅと溜め息が出た。
「………リィン…済まなかった。大切なお前をここまで追い詰めて、傷つけてしまうなど……全て私の責任だ」
ご主人様の眉が辛そうに寄せられて、目が伏せられる。
どうしたのだろう、ご主人様が何か苦しんでいらっしゃる。
一体何が……
「……え?これは…」
ご主人様に手を伸ばそうとして、左手に何かチューブのようなものが刺さっていることに気がついた。
チューブは斜め上の袋に繋がっていて、液体が落ちてきていた。
これは、点滴?
「リィン、貴方は丸二日眠っていたのよ?お医者様に来て頂いて、診察してもらったら重度の胃潰瘍でもう少しで胃に穴が空くところだったの。栄養失調にもなっていたからお薬と栄養を点滴で入れているのよ。お屋敷に確認を取ろうと連絡したら向こうは大騒ぎで、アレス様は血眼になって貴方を探しているところだったの」
シスターの言葉に、徐々に記憶が戻ってくる。
孤児院に来て、シスターと話して、眠くて仕方なくなって意識を失うように眠った。
では、これは現実?
ガバリと起き上がろうとして、体が鉛のように重くて藻掻く。
「リィン、まだ起き上がってはダメだ。寝ていなさい」
ご主人様に慌てて肩を押されて、ベッドに戻る。
血液が急激に頭から引いていく音が聞こえた。
体がガタガタと震えだす。
「ご主人様……も、申し訳ございません。私、私…ご迷惑ばかりおかけして……」
「リィン、落ち着きなさい。私は怒ってなどいないし、ひとつも責めてはいない。まず私の話をちゃんと聞いてくれ」
ご主人様に肩を強く握られて、パニックに陥りそうだった私はビクッと固まった。
「大きな声を出して済まない。でも早く誤解を解いておきたいのだ」
「誤解……?」
「そうだよ、私は一刻も早く誤解を解いて謝罪しなさいと5人からお叱りを受けているんだ」
「ええ……?」
「シスターで6人目だよ」
苦笑するご主人様を不思議な顔で見てしまった。
お叱りを受けた?ご主人様が?
「そうですよ」
シスターは後ろでニコニコと笑っている。
ご主人様は椅子に座りなおして、私の右手を握った。
「まず最初にマリエ殿だが、来週には国に戻られるよ」
「え……戻られる?」
ポカンとしてしまった。
何故戻るのだろう?
「マリエ殿は、純粋にインテリアデザインの勉強をしにこちらに来たのだよ?実はタイミングが良かったので、改装する部屋の内装デザインを頼んだりはしたがね」
え、ではあの時、部屋にいたのはその為……
「それから、彼女は国に恋人がいる。まだ結婚の予定は立てていないが、とても仲の良い恋人同士だ」
ひしゃげていた心の隅がホワリと温かくなる。
私が勘違いしていただけだったのか。
「あ、でも結婚なさると……」
そうだ、相手はマリエ様ではなかったけれど、アレス様がご結婚されることには変わりがない。
「あ~……そのことなんだがね…」
ご主人様はちょっと言葉に詰まってから、困ったように少し笑った。
「結婚したい人はいるんだが、実はまだ告白すらしていないんだ」
「………は?」
目が点になってしまった私は、頭の後ろを掻くアレス様と、その後ろでクスクス笑うシスターを凝視してしまった。
プロポーズもしていないのに、お部屋とかの準備はもう済んでいるとか、順番が逆ではないのか?
「そうなんだ、私は結構臆病者でね。ジュディからも、お兄様がそんなヘタレだとは思いませんでしたと怒られてしまった」
「まあ……」
快活なジュディ様に怒られているアレス様のお姿を想像してしまって、思わずクスッと笑ってしまった。
そんな私を見て嬉しそうな顔になったご主人様は、椅子から立ち上がってベッドに腰かけてきた。
「私は少し席を外しますね」
シスターがニッコリと笑って部屋を出ていく。
「……まだ眠って………よう……」
「…点滴は………2回……で……」
体はまだ眠っていたいと愚図っていたけれども、聞き覚えのある声に意識が起きたいと盛んに騒いでいる。
「………れ……」
誰?と聞きたかったのに、声がほとんど出ない。
大きな温かい手が、頬を滑る。
誰だろう、この優しく触れる手は。
「……ィン……リィン、目が覚めたかい?」
私の大好きな、低くて甘い声。
ずっと、ずっと聞きたかった声。
最後まで抵抗する目蓋を渾身の力でこじ開けると、ほらやっぱり、私の大好きなご主人様の姿が見える。
「ああリィン、良かった……」
恋焦がれたご主人様の優しい笑顔と、後ろにシスターの顔まである。
「…まあ……なんて贅沢な夢かしら…」
大好きな人が両方出てくる夢なんて、そうそうない。
嬉しくなって思わず頬が緩んでしまった。
「……リィン、これは夢ではないよ」
優しく言われて、ぼんやりとした頭で考える。
夢ではない?ではここは……
「………ああ、ではここは天国なのね。お優しい神様が私の願いを叶えて下さったのだわ。ご主人様の手を感じられるなんて、なんて幸せ…」
頬に置かれた大きな手に擦り寄ると、ほぅと溜め息が出た。
「………リィン…済まなかった。大切なお前をここまで追い詰めて、傷つけてしまうなど……全て私の責任だ」
ご主人様の眉が辛そうに寄せられて、目が伏せられる。
どうしたのだろう、ご主人様が何か苦しんでいらっしゃる。
一体何が……
「……え?これは…」
ご主人様に手を伸ばそうとして、左手に何かチューブのようなものが刺さっていることに気がついた。
チューブは斜め上の袋に繋がっていて、液体が落ちてきていた。
これは、点滴?
「リィン、貴方は丸二日眠っていたのよ?お医者様に来て頂いて、診察してもらったら重度の胃潰瘍でもう少しで胃に穴が空くところだったの。栄養失調にもなっていたからお薬と栄養を点滴で入れているのよ。お屋敷に確認を取ろうと連絡したら向こうは大騒ぎで、アレス様は血眼になって貴方を探しているところだったの」
シスターの言葉に、徐々に記憶が戻ってくる。
孤児院に来て、シスターと話して、眠くて仕方なくなって意識を失うように眠った。
では、これは現実?
ガバリと起き上がろうとして、体が鉛のように重くて藻掻く。
「リィン、まだ起き上がってはダメだ。寝ていなさい」
ご主人様に慌てて肩を押されて、ベッドに戻る。
血液が急激に頭から引いていく音が聞こえた。
体がガタガタと震えだす。
「ご主人様……も、申し訳ございません。私、私…ご迷惑ばかりおかけして……」
「リィン、落ち着きなさい。私は怒ってなどいないし、ひとつも責めてはいない。まず私の話をちゃんと聞いてくれ」
ご主人様に肩を強く握られて、パニックに陥りそうだった私はビクッと固まった。
「大きな声を出して済まない。でも早く誤解を解いておきたいのだ」
「誤解……?」
「そうだよ、私は一刻も早く誤解を解いて謝罪しなさいと5人からお叱りを受けているんだ」
「ええ……?」
「シスターで6人目だよ」
苦笑するご主人様を不思議な顔で見てしまった。
お叱りを受けた?ご主人様が?
「そうですよ」
シスターは後ろでニコニコと笑っている。
ご主人様は椅子に座りなおして、私の右手を握った。
「まず最初にマリエ殿だが、来週には国に戻られるよ」
「え……戻られる?」
ポカンとしてしまった。
何故戻るのだろう?
「マリエ殿は、純粋にインテリアデザインの勉強をしにこちらに来たのだよ?実はタイミングが良かったので、改装する部屋の内装デザインを頼んだりはしたがね」
え、ではあの時、部屋にいたのはその為……
「それから、彼女は国に恋人がいる。まだ結婚の予定は立てていないが、とても仲の良い恋人同士だ」
ひしゃげていた心の隅がホワリと温かくなる。
私が勘違いしていただけだったのか。
「あ、でも結婚なさると……」
そうだ、相手はマリエ様ではなかったけれど、アレス様がご結婚されることには変わりがない。
「あ~……そのことなんだがね…」
ご主人様はちょっと言葉に詰まってから、困ったように少し笑った。
「結婚したい人はいるんだが、実はまだ告白すらしていないんだ」
「………は?」
目が点になってしまった私は、頭の後ろを掻くアレス様と、その後ろでクスクス笑うシスターを凝視してしまった。
プロポーズもしていないのに、お部屋とかの準備はもう済んでいるとか、順番が逆ではないのか?
「そうなんだ、私は結構臆病者でね。ジュディからも、お兄様がそんなヘタレだとは思いませんでしたと怒られてしまった」
「まあ……」
快活なジュディ様に怒られているアレス様のお姿を想像してしまって、思わずクスッと笑ってしまった。
そんな私を見て嬉しそうな顔になったご主人様は、椅子から立ち上がってベッドに腰かけてきた。
「私は少し席を外しますね」
シスターがニッコリと笑って部屋を出ていく。
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