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何とかジュディ様のお屋敷まで戻り、通りかかった召使いに具合が悪いので、今日はこのまま休むとギャレットさんに伝言を頼んだ。
酷い顔色なのだろう、召使いがお医者様をと言い募るのに、薬の袋を見せて処方箋をもらってきたので大丈夫と無理矢理納得させた。
部屋に戻り、元々少ない荷物をまとめると、お世話になった方々に置手紙を書いた。
アレス様には、今までお世話になった感謝と、恩返しが出来ぬまま去る事への謝罪をしたためる。
書いていると、アレス様のお姿が思い出されて、涙が溢れてくる。
好きだった。
大好きだった
「……っ…ご……主人様……っ」
書類に真剣に目を走らせるお姿や、友人と語らって上げる笑い声や仕草。
窓辺に立って私を手招きする時は、決まって庭に可愛らしい鳥がいたり気持ちの良い風が吹いていたりした。
宝石よりも綺麗で、言葉よりも雄弁に語るエメラルドの瞳はいつも真っ直ぐに私を見つめてくれて。
「リィン、お願いがあるんだが」
少し笑いながら簡単な事を頼んできて、語尾にはいつも決まって、いいだろう?という言葉が付いてきた。
私がNOと断るような内容だったことは一度もなかった。
何がいけなかったのだろう?
何が足りなかったのだろう?
何故お側に置いてもらえないのだろう?
ペンを持つ手がブルブルと震えて、文字が歪む。
だめだ、ちゃんと書かないと。
後はマリエ様に、書ける限りご主人様の身の回りの事やお好きな香りや味、サポートするタイミングなどを書いた。
本当はちゃんとお会いして引き継がなければいけないのに、マリエ様に会って平静でいられる自信がなかった。
家柄も育ちも御主人様と釣り合っていて、とても明るくて美しくて良い方で。
本来なら、私はご主人様とのご結婚のお祝いを申し上げなければいけない立場なのに。
結婚のお祝いを………
ここでようやく、私は自分の醜い欲望を認識した。
そうだ、私はいけないと分かっていながらご主人様を好きになってしまった。
想いを伝えることなど出来ないと分かっていながら、ご主人様が他の方と結婚なさるのが嫌だったのだ。
そして、ご主人様の横に堂々と寄り添えるマリエ様に嫉妬していたのだ。
こんなことでは執事としても失格だ。
それでも、マリエ様を奥様に迎えて、2人で微笑みあう姿を間近でずっと見つづけることなど、私には出来なかった。
流れ落ちる涙は、際限なく湧いてくる。
このまま水分を全て出し尽くして、干からびてしまえばいいのに。
この数ヶ月、心にかけていた鍵が外れて、私は慟哭した。
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