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第四章
105.闇を抱く者の正体
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空気が変わる。
辺り一体の光が急速に失われ、生暖かな風が吹きそよそよと髪を揺らす。
来るかっ。
体は瞬時に危機を察知し身構える。
脆弱だった風は突如渦巻き、切り裂くような風に変わる。
木々はその身を大きくしならせ、激しく揺らされた葉は狂乱したように宙で踊る。
細めた視界でしっかりと目視出来た。
カイリの体から這い出るように闇が伸びていく。
緩やかに伸びたそれは次第にうねりを増し、燃えるようにカイリを包む。
激しい怒りと憎悪を孕むそれは、触れればこの身が焼きつくされると思うほどに。
「カイリ」
声は届いているのか分からない。
ただ殺気を放つ瞳が、俺を捉えて離さない。
俺の知っていたカイリという人間が壊れていく。
やはり、カイリがカルディアだったのか?
走馬灯のように、カイリと過ごした記憶が蘇る。
それら全ては、偽りだったのか。
だが、隊が結成する以前その時は本物のカイリだった。
「リナリアも、ヴァンも嘘つき……嘘つき! 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきっ!!」
「カイリさん」
ぎゅっとリナリアが背を握る。
その手から伝わる恐怖や困惑が、俺に刃を抜かせようとする。
もう俺の知るカイリではないんだ。
なら、やるしか。
ふん、っとカイリは冷たく鼻で笑う。
「やっぱり、あの人が言った通りだったんだ」
「あの人? カイリさんあの人って誰ですか!? 誰に何を言われたんですか!!」
「リナリア!」
飛び出そうとするリナリアの前に腕を出し制止させる。カイリは悪魔のように顔を歪め、無防備に悪意に当てられる肌は一層ピリピリと痛む。
「なんで、貴方なの」
「なに」
「私の方が先に会ってたのに。貴方よりも長く一緒にいて、私の方がよく知ってるのに」
「なんの話だ」
俺の問いかけに鈍いなぁ、っとカイリは頬を緩ませる。
纏う闇に対して、少女のような無垢な笑み。
その歪さに背が粟立つ。
リナリアを押し、背に立たせ一歩下がる。
その間を詰めるようにカイリは一歩、そしてまた一歩と近づいてくる。
「ねぇ、ヴァン。どうしてなの、どうしてリナリアを選んだの?」
「なんの話だ」
「笑ってほしいって、ずっとそう思ってそばにいたよ。ずっと近くで、誰よりも見てたよ」
なんという目で俺を見てくるのだろう。
受けた感情は愛憎。
瞳に宿した熱は、愛しさとも憎しみともとれた。
あまりの強烈さに目を背けたくなる。
しかし、背けたら次の瞬間何が起こるか分からない。
「カイリ、君はカルディアなのか」
「カルディア? 何それ? 私は私だよ。ずっと貴方を見ていた私」
「俺を……何故」
「それはね」
目の前に立ったカイリは、にっこりと俺の知っているカイリと同じ笑みをする。
「私がヴァンのこと好きだから」
「なにを……言っているんだ」
なんだ、この状況は。
カルディアは俺を惑わそうとして言ってきてるのか?
隙を作ろうとしている?
それとも訳の分からないことを言って、やり過ごそうとしているのか。
さまざまな疑念が頭の中で混濁するが、それでもいつも向けてくれていた変わらない笑みを見ると、ぐっと胸に何か込み上げてくる。
「私ならヴァンを幸せにしてあげられる。ずっと笑えるようにするよ」
「俺は、別に幸せじゃないなんて」
「なら、どうして苦しそうな顔ばかりしてるの」
「仕方ないんだ。今はそんな場合じゃ」
「私だったら、ヴァンに悲しい顔をさせない。ずっとそばにいてあげる」
悪魔の言葉なのかまだ判断がつかない。
ただ、そばにという言葉がぐるぐると頭の中を巡る。ぎゅっとリナリアが背を掴む。
この手を感じていたい。
俺はずっと、リナリアのそばにいたいんだ。
いかなる罪をつくろうとも叶えたい願い。
彼女にしか持てない思い、自分の欲望故の覚悟は何者にも変えられない。
「誰に何を言われようと、俺はリナリアのそばにいる」
「――っ! ヴァンは、騙されてるよ! 辛い顔ばっかりさせて、リナリアはヴァンのこと何も分かってない!」
「……分かってるさ。彼女は本当の俺を受け入れてくれた」
「本当のヴァン? なにそれ」
人ではないこと、悪魔の血を宿していることをずっと黙っていた。
自分の口から話したのは、カイトとリナリアだけだ。心から信じている二人。
その秘密を打ち明けることが、今何故かすべきことだと胸が訴えかけてくる。
「俺には悪魔の血が流れている」
「悪魔? あははっ! ……何それ? 下手な嘘つかないでよ」
「ずっと隠してきてすまなかった。母は、瘴気の原因を作った悪魔の一部だ。だから、俺も」
「私が聞きたいのは、そんな言い訳じゃないっ!」
「言い訳じゃないっ! 俺は……人じゃない」
「!!」
わなわなと体を震わせ憤怒していた顔が、みるみると蒼白してゆく。
そして、頭を抑えしゃがみ込み呻き声を上げる。
「カイリさんっ!」
「カイリ! どうしたんだ!?」
「所詮お伽話。願いをかけても……叶うことなんてないって分かって、いたんだけどな」
カイリの形が歪んだ。
何が歪んだのか、そう、腕。
鬱血したように変色し、ぼこぼこと表皮が膨れた。
カイトと、同じ。
死んだと言われたカイトの体の異変を彷彿とさせた。
それは瘴魔への変貌。
「カイ、リ」
「笑って欲しいなんて……私もできなかった」
「ダメだ、カイリっ!」
「わたし……どうなっちゃうの、かな。自分がよく分からないの。すごく怖いのに、本当は、こんなこと言いたくなかった。したくなかった。ただ……ヴァンが好きだっただけなのに」
「カイリさんっ!」
「リナリア、ごめんね。うぅ嫌だ、イヤだよ。こんナスガタ、ミラレ……」
カイリの声と誰かの声が重なって聞こえた。
一体何が、カイリはカルディアではないのか!?
しかしこうなってしまった以上、斬らなければ……俺には瘴魔に変わるカイリを止める手立てがない。
救えなかった、のか?
そう、なってしまうのか。
見殺しにしてしまうのか?
俺は、仲間を殺してしまうのか。
ぐっとグリップを握り、鞘から剣ぎを抜こうとした。
リナリアが横を抜ける。
「はっ、リナリアっ!?」
リナリアはカイリへ飛び込み、何かを押し当てたと同時に人とは思えない奇声があがる。
爆風が巻き起こる。
断末魔のような叫びと共に、リナリアの声が聞こえた。
「お願いエリン様、力を貸して……」
眩い光が辺りに広がる。
反射的に目を瞑る。
何がっ、リナリアとカイリは!?
相殺されたように風はやみ、あたりが落ち着きを取り戻す感覚に目を開ける。
カイリは地面に伏し、リナリアが叫んでいる。
「カイリさんっ!」
「リナリアっ! 大丈夫かっ!?」
「私は、平気」
「そうか。カイリは」
腕は元に戻り、姿も人のままだ。
今はただ、眠っているように見える。
「闇が消えたから、カイリさんも大丈夫だと思う」
「……カイリは、カルディアじゃなかったのか?」
リナリアは返事をせずに腕輪を見つめている。
あれは。
一際大きく光を止めていた青い石に、裂いたような亀裂。
リナリアはカイリに腕輪を使ったのか。
「リナリア、それは」
「カイリさんは、カルディアじゃない。きっとセラートさんと同じ」
「セラートと?」
「初めて会ったときのセラートさんと同じ感じがしたの。セラートさんはあの時、怒りが止められなかったって言ってた」
『ただ、どうしようもなく怒りが収まらなかった』
郷里の友を亡くし、それをリナリアのせいだと恨んでいた。そのせいで自制が効かなかったと言っていたな。
「きっとカルディアは憎悪を持つ人に闇を植え付け増幅させる。昨日からこの町がおかしいのもカルディアのせいだと思う」
「カルディアは何を」
「リナリア様っ!」
後ろを振り向くと、血相をかいたミツカゲ。
立ち上がったリナリアの前に立ち、息を切らしながら口を大きく開く。
だが気まずそうに顔を下げた彼女への言葉をぐっと飲み込んだ。
「ご無事で、なによりです」
「心配をかけて、勝手なことをしてごめんなさい」
「……まったくです」
ふわりと口元に笑みを浮かべるミツカゲは心底安堵したのだろう。
しかし、倒れているカイリに目を向けると途端険しい顔つきに変わる。
「リナリア様、この女は」
「……」
リナリアは腕輪をミツカゲに差し出す。それを見たミツカゲは目を開く。
「カルディアに触らせたら、次は多分壊れちゃう」
「それでは」
「うん。これがないと私は、あちらの世界への道を開くことができない」
「まだ何か、方法があるはずです。突き止める手段はまた別に考えましょう。しかしまさか、ここまでとは」
「……それほどカイリさんの思いが強かったのかもしれない」
強い思い。
カイリがカルディアでなかったのなら、さっきの話は本当なのか?
気づかなかった、長く一緒にいてもそう思ったことはなかったから。
すまない、カイリ。
今は謝罪の言葉しか出てこない。
リナリアは膝をつき、倒れているカイリの手をぎゅっと両手で包み込む。
「カイリさんを私たちが取っている部屋へ運んでくれる」
「な、何故ですか!? いくら浄化したとはいえ危険では」
「憎しみを増やすために、カイリさんは誰かに何かを吹き込まれた。それの相手を聞かないと……多分、その人が」
「カルディアの可能性があると?」
「カルディアは私には、闇を消し去ることができないと思ってカイリさんに接触した。今の状況はカルディアにとって誤算……だからカイリさんの身も危ないの」
逆を言えば、カルディアに腕輪の存在が知れたことがこちらの誤算だ。
それを承知でリナリアはカイリを助ける道を選んだ。
「ごめんなさい、全部私のせい。カルディアはこの腕輪の存在にきっと気づいた」
「リナリア様」
「カイリさんがもし、覚えていなかったら。その相手が違ったら、もう」
「もう、なんなんだ」
考えるよりも先に、感情が飛び出した。
聞きたくなかった、言わせたくなかったからなのか……もう、無理だ、っなんてそんな未来。
リナリアは何も言わず立ち上がる。
「ミツカゲは、精霊の声が聞こえる?」
「いいえ。ですが、トワに会い話をしました」
「そう。トワは管理者が怒ってるって言ってた。多分私の選択を怒ってるんだね」
「なんと無礼な」
「いえ、あの方の怒りはまた別なものな気がします」
よろよろとした足取りでトワがこちらへ来る。
調子はまだ変わらなさそうだな。
「リナリア様、ご無事で何よりです」
「トワっ! もう大丈夫なの?」
「はい。肝心な時にお力になれず申し訳ございません」
「私のせいでトワにまで……本当にごめんなさい」
気まずい空気。
私のせい、っとさっきからリナリアは、仕切りに自分を責め立てる。
彼女の生きたいと思う気持ちが、神も悪魔も拒絶するのであれば今の心境はかなり良くない。
この話は長くしない方がいい。
「とにかく今はカイリを運ぼう」
「……そうだね」
倒れているカイリに手を伸ばすと、ミツカゲが横から割り込んでくる。
「この女は私が運ぶ。貴様はリナリア様のそばにいろ……先に行く」
珍しい。
リナリアを俺に任せるというのか?
去っていくミツカゲのあとをリナリアは追い、カイリに語りかけている。そしてローブの中から何かを取り出しカイリの手に握らせていた。
「ヴァンさん」
「トワ、大丈夫なのか」
「心配は無用でございます。それよりもリナリア様のことをお願いいたします」
トワの顔は、憂いていた。
トワもリナリアのそばにいてやれと言っているのか。わざわざ二人に言われなくともそのつもりだった。
「心配するな。彼女のそばには俺がいる」
「はい。貴方のそばにいることがリナリア様にとって一番良いかと。我々は宿で待っておりますので」
「悪いが俺は、今日彼女を帰さないかもしれない」
今回のことで決めた。
放っておくと、すぐにどこかへ行ってしまう。
彼女が一人で戦うというのなら、俺を置いていくというのならもう彼女のそばを離れない。
トワは呆気に取られた顔をするが、すぐに苦笑をする。
「まぁ、困りましたね。しかし、リナリア様も望むのであれば……淫らな行動だけは謹んでくださいね」
「なっ、そういうつもりで言ったわけじゃ」
「ふふ、冗談ですよ。ただどうか、今回の件でリナリア様を責めないで下さい」
彼女の落ち込み具合から、責め立てようとは思っていない。ただ小言ぐらいは。
「この町の状況は、急迫しています。事態が悪化する前にリナリア様は、一刻も早くカルディアを倒さねばとそうお思いです」
「だからって、一人で解決しようとすることは認められない」
「えぇ。ですが、貴方には仲間を手にかけてほしくはないのですよ」
「なんの話?」
「!!」
びっくりしたな、いつからいたんだ。
今の話聞いてないよな?ぽかんとしてるから大丈夫そうか。
「いえ、リナリア様もヴァンさんと積もる話があるでしょう。私もミツカゲと話がありますので先に行きます」
「えっ!? ま、待ってトワ」
リナリアは置いていかないでと言わんばかりに、トワの背に手を伸ばしている。
そんなに驚いて、なんだか嫌そうな感じだ。なんなんだ。
「俺といるのは嫌そうだな」
「違うよっ! そうじゃなくて、ヴァンは私といてもいいのかなって」
「なら、他にどこへ行けばいいんだ」
「家に帰るとか……カイリさんのそばにいるとか」
「確かに心配だが、二人がいるなら大丈夫だろ。それに俺は君に話があるからな」
「話? なに?」
「ミツカゲから聞いた」
全てを察したのか途端リナリアの表情は曇りだす。
辺り一体の光が急速に失われ、生暖かな風が吹きそよそよと髪を揺らす。
来るかっ。
体は瞬時に危機を察知し身構える。
脆弱だった風は突如渦巻き、切り裂くような風に変わる。
木々はその身を大きくしならせ、激しく揺らされた葉は狂乱したように宙で踊る。
細めた視界でしっかりと目視出来た。
カイリの体から這い出るように闇が伸びていく。
緩やかに伸びたそれは次第にうねりを増し、燃えるようにカイリを包む。
激しい怒りと憎悪を孕むそれは、触れればこの身が焼きつくされると思うほどに。
「カイリ」
声は届いているのか分からない。
ただ殺気を放つ瞳が、俺を捉えて離さない。
俺の知っていたカイリという人間が壊れていく。
やはり、カイリがカルディアだったのか?
走馬灯のように、カイリと過ごした記憶が蘇る。
それら全ては、偽りだったのか。
だが、隊が結成する以前その時は本物のカイリだった。
「リナリアも、ヴァンも嘘つき……嘘つき! 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つきっ!!」
「カイリさん」
ぎゅっとリナリアが背を握る。
その手から伝わる恐怖や困惑が、俺に刃を抜かせようとする。
もう俺の知るカイリではないんだ。
なら、やるしか。
ふん、っとカイリは冷たく鼻で笑う。
「やっぱり、あの人が言った通りだったんだ」
「あの人? カイリさんあの人って誰ですか!? 誰に何を言われたんですか!!」
「リナリア!」
飛び出そうとするリナリアの前に腕を出し制止させる。カイリは悪魔のように顔を歪め、無防備に悪意に当てられる肌は一層ピリピリと痛む。
「なんで、貴方なの」
「なに」
「私の方が先に会ってたのに。貴方よりも長く一緒にいて、私の方がよく知ってるのに」
「なんの話だ」
俺の問いかけに鈍いなぁ、っとカイリは頬を緩ませる。
纏う闇に対して、少女のような無垢な笑み。
その歪さに背が粟立つ。
リナリアを押し、背に立たせ一歩下がる。
その間を詰めるようにカイリは一歩、そしてまた一歩と近づいてくる。
「ねぇ、ヴァン。どうしてなの、どうしてリナリアを選んだの?」
「なんの話だ」
「笑ってほしいって、ずっとそう思ってそばにいたよ。ずっと近くで、誰よりも見てたよ」
なんという目で俺を見てくるのだろう。
受けた感情は愛憎。
瞳に宿した熱は、愛しさとも憎しみともとれた。
あまりの強烈さに目を背けたくなる。
しかし、背けたら次の瞬間何が起こるか分からない。
「カイリ、君はカルディアなのか」
「カルディア? 何それ? 私は私だよ。ずっと貴方を見ていた私」
「俺を……何故」
「それはね」
目の前に立ったカイリは、にっこりと俺の知っているカイリと同じ笑みをする。
「私がヴァンのこと好きだから」
「なにを……言っているんだ」
なんだ、この状況は。
カルディアは俺を惑わそうとして言ってきてるのか?
隙を作ろうとしている?
それとも訳の分からないことを言って、やり過ごそうとしているのか。
さまざまな疑念が頭の中で混濁するが、それでもいつも向けてくれていた変わらない笑みを見ると、ぐっと胸に何か込み上げてくる。
「私ならヴァンを幸せにしてあげられる。ずっと笑えるようにするよ」
「俺は、別に幸せじゃないなんて」
「なら、どうして苦しそうな顔ばかりしてるの」
「仕方ないんだ。今はそんな場合じゃ」
「私だったら、ヴァンに悲しい顔をさせない。ずっとそばにいてあげる」
悪魔の言葉なのかまだ判断がつかない。
ただ、そばにという言葉がぐるぐると頭の中を巡る。ぎゅっとリナリアが背を掴む。
この手を感じていたい。
俺はずっと、リナリアのそばにいたいんだ。
いかなる罪をつくろうとも叶えたい願い。
彼女にしか持てない思い、自分の欲望故の覚悟は何者にも変えられない。
「誰に何を言われようと、俺はリナリアのそばにいる」
「――っ! ヴァンは、騙されてるよ! 辛い顔ばっかりさせて、リナリアはヴァンのこと何も分かってない!」
「……分かってるさ。彼女は本当の俺を受け入れてくれた」
「本当のヴァン? なにそれ」
人ではないこと、悪魔の血を宿していることをずっと黙っていた。
自分の口から話したのは、カイトとリナリアだけだ。心から信じている二人。
その秘密を打ち明けることが、今何故かすべきことだと胸が訴えかけてくる。
「俺には悪魔の血が流れている」
「悪魔? あははっ! ……何それ? 下手な嘘つかないでよ」
「ずっと隠してきてすまなかった。母は、瘴気の原因を作った悪魔の一部だ。だから、俺も」
「私が聞きたいのは、そんな言い訳じゃないっ!」
「言い訳じゃないっ! 俺は……人じゃない」
「!!」
わなわなと体を震わせ憤怒していた顔が、みるみると蒼白してゆく。
そして、頭を抑えしゃがみ込み呻き声を上げる。
「カイリさんっ!」
「カイリ! どうしたんだ!?」
「所詮お伽話。願いをかけても……叶うことなんてないって分かって、いたんだけどな」
カイリの形が歪んだ。
何が歪んだのか、そう、腕。
鬱血したように変色し、ぼこぼこと表皮が膨れた。
カイトと、同じ。
死んだと言われたカイトの体の異変を彷彿とさせた。
それは瘴魔への変貌。
「カイ、リ」
「笑って欲しいなんて……私もできなかった」
「ダメだ、カイリっ!」
「わたし……どうなっちゃうの、かな。自分がよく分からないの。すごく怖いのに、本当は、こんなこと言いたくなかった。したくなかった。ただ……ヴァンが好きだっただけなのに」
「カイリさんっ!」
「リナリア、ごめんね。うぅ嫌だ、イヤだよ。こんナスガタ、ミラレ……」
カイリの声と誰かの声が重なって聞こえた。
一体何が、カイリはカルディアではないのか!?
しかしこうなってしまった以上、斬らなければ……俺には瘴魔に変わるカイリを止める手立てがない。
救えなかった、のか?
そう、なってしまうのか。
見殺しにしてしまうのか?
俺は、仲間を殺してしまうのか。
ぐっとグリップを握り、鞘から剣ぎを抜こうとした。
リナリアが横を抜ける。
「はっ、リナリアっ!?」
リナリアはカイリへ飛び込み、何かを押し当てたと同時に人とは思えない奇声があがる。
爆風が巻き起こる。
断末魔のような叫びと共に、リナリアの声が聞こえた。
「お願いエリン様、力を貸して……」
眩い光が辺りに広がる。
反射的に目を瞑る。
何がっ、リナリアとカイリは!?
相殺されたように風はやみ、あたりが落ち着きを取り戻す感覚に目を開ける。
カイリは地面に伏し、リナリアが叫んでいる。
「カイリさんっ!」
「リナリアっ! 大丈夫かっ!?」
「私は、平気」
「そうか。カイリは」
腕は元に戻り、姿も人のままだ。
今はただ、眠っているように見える。
「闇が消えたから、カイリさんも大丈夫だと思う」
「……カイリは、カルディアじゃなかったのか?」
リナリアは返事をせずに腕輪を見つめている。
あれは。
一際大きく光を止めていた青い石に、裂いたような亀裂。
リナリアはカイリに腕輪を使ったのか。
「リナリア、それは」
「カイリさんは、カルディアじゃない。きっとセラートさんと同じ」
「セラートと?」
「初めて会ったときのセラートさんと同じ感じがしたの。セラートさんはあの時、怒りが止められなかったって言ってた」
『ただ、どうしようもなく怒りが収まらなかった』
郷里の友を亡くし、それをリナリアのせいだと恨んでいた。そのせいで自制が効かなかったと言っていたな。
「きっとカルディアは憎悪を持つ人に闇を植え付け増幅させる。昨日からこの町がおかしいのもカルディアのせいだと思う」
「カルディアは何を」
「リナリア様っ!」
後ろを振り向くと、血相をかいたミツカゲ。
立ち上がったリナリアの前に立ち、息を切らしながら口を大きく開く。
だが気まずそうに顔を下げた彼女への言葉をぐっと飲み込んだ。
「ご無事で、なによりです」
「心配をかけて、勝手なことをしてごめんなさい」
「……まったくです」
ふわりと口元に笑みを浮かべるミツカゲは心底安堵したのだろう。
しかし、倒れているカイリに目を向けると途端険しい顔つきに変わる。
「リナリア様、この女は」
「……」
リナリアは腕輪をミツカゲに差し出す。それを見たミツカゲは目を開く。
「カルディアに触らせたら、次は多分壊れちゃう」
「それでは」
「うん。これがないと私は、あちらの世界への道を開くことができない」
「まだ何か、方法があるはずです。突き止める手段はまた別に考えましょう。しかしまさか、ここまでとは」
「……それほどカイリさんの思いが強かったのかもしれない」
強い思い。
カイリがカルディアでなかったのなら、さっきの話は本当なのか?
気づかなかった、長く一緒にいてもそう思ったことはなかったから。
すまない、カイリ。
今は謝罪の言葉しか出てこない。
リナリアは膝をつき、倒れているカイリの手をぎゅっと両手で包み込む。
「カイリさんを私たちが取っている部屋へ運んでくれる」
「な、何故ですか!? いくら浄化したとはいえ危険では」
「憎しみを増やすために、カイリさんは誰かに何かを吹き込まれた。それの相手を聞かないと……多分、その人が」
「カルディアの可能性があると?」
「カルディアは私には、闇を消し去ることができないと思ってカイリさんに接触した。今の状況はカルディアにとって誤算……だからカイリさんの身も危ないの」
逆を言えば、カルディアに腕輪の存在が知れたことがこちらの誤算だ。
それを承知でリナリアはカイリを助ける道を選んだ。
「ごめんなさい、全部私のせい。カルディアはこの腕輪の存在にきっと気づいた」
「リナリア様」
「カイリさんがもし、覚えていなかったら。その相手が違ったら、もう」
「もう、なんなんだ」
考えるよりも先に、感情が飛び出した。
聞きたくなかった、言わせたくなかったからなのか……もう、無理だ、っなんてそんな未来。
リナリアは何も言わず立ち上がる。
「ミツカゲは、精霊の声が聞こえる?」
「いいえ。ですが、トワに会い話をしました」
「そう。トワは管理者が怒ってるって言ってた。多分私の選択を怒ってるんだね」
「なんと無礼な」
「いえ、あの方の怒りはまた別なものな気がします」
よろよろとした足取りでトワがこちらへ来る。
調子はまだ変わらなさそうだな。
「リナリア様、ご無事で何よりです」
「トワっ! もう大丈夫なの?」
「はい。肝心な時にお力になれず申し訳ございません」
「私のせいでトワにまで……本当にごめんなさい」
気まずい空気。
私のせい、っとさっきからリナリアは、仕切りに自分を責め立てる。
彼女の生きたいと思う気持ちが、神も悪魔も拒絶するのであれば今の心境はかなり良くない。
この話は長くしない方がいい。
「とにかく今はカイリを運ぼう」
「……そうだね」
倒れているカイリに手を伸ばすと、ミツカゲが横から割り込んでくる。
「この女は私が運ぶ。貴様はリナリア様のそばにいろ……先に行く」
珍しい。
リナリアを俺に任せるというのか?
去っていくミツカゲのあとをリナリアは追い、カイリに語りかけている。そしてローブの中から何かを取り出しカイリの手に握らせていた。
「ヴァンさん」
「トワ、大丈夫なのか」
「心配は無用でございます。それよりもリナリア様のことをお願いいたします」
トワの顔は、憂いていた。
トワもリナリアのそばにいてやれと言っているのか。わざわざ二人に言われなくともそのつもりだった。
「心配するな。彼女のそばには俺がいる」
「はい。貴方のそばにいることがリナリア様にとって一番良いかと。我々は宿で待っておりますので」
「悪いが俺は、今日彼女を帰さないかもしれない」
今回のことで決めた。
放っておくと、すぐにどこかへ行ってしまう。
彼女が一人で戦うというのなら、俺を置いていくというのならもう彼女のそばを離れない。
トワは呆気に取られた顔をするが、すぐに苦笑をする。
「まぁ、困りましたね。しかし、リナリア様も望むのであれば……淫らな行動だけは謹んでくださいね」
「なっ、そういうつもりで言ったわけじゃ」
「ふふ、冗談ですよ。ただどうか、今回の件でリナリア様を責めないで下さい」
彼女の落ち込み具合から、責め立てようとは思っていない。ただ小言ぐらいは。
「この町の状況は、急迫しています。事態が悪化する前にリナリア様は、一刻も早くカルディアを倒さねばとそうお思いです」
「だからって、一人で解決しようとすることは認められない」
「えぇ。ですが、貴方には仲間を手にかけてほしくはないのですよ」
「なんの話?」
「!!」
びっくりしたな、いつからいたんだ。
今の話聞いてないよな?ぽかんとしてるから大丈夫そうか。
「いえ、リナリア様もヴァンさんと積もる話があるでしょう。私もミツカゲと話がありますので先に行きます」
「えっ!? ま、待ってトワ」
リナリアは置いていかないでと言わんばかりに、トワの背に手を伸ばしている。
そんなに驚いて、なんだか嫌そうな感じだ。なんなんだ。
「俺といるのは嫌そうだな」
「違うよっ! そうじゃなくて、ヴァンは私といてもいいのかなって」
「なら、他にどこへ行けばいいんだ」
「家に帰るとか……カイリさんのそばにいるとか」
「確かに心配だが、二人がいるなら大丈夫だろ。それに俺は君に話があるからな」
「話? なに?」
「ミツカゲから聞いた」
全てを察したのか途端リナリアの表情は曇りだす。
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チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
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