咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
上 下
102 / 111
第四章

101.世界の創生④

しおりを挟む
 手が届く場所にいるのに、このままではまたその手を掴み損ねてしまう。
 俺に力があればカイトは、今も生きていたかもしれないと何度も思った。
 己の無力さへの後悔も、憤りも、懺悔ももうたくさんだ。
 今度は守り切る。
 リナリアに落胆され拒まれようとも、俺にも譲れないものがある。
 それに俺はもうどう足掻いても悪魔ならば、今更力を解放したところで何も変わりはしない。なのにリナリアは何故これほど嫌がるんだ。それに。

「彼女だって約束を破っているじゃないか。傷つくなと言うが、俺だって同じだ。リナリア一人で、無茶してほしくない。自分だけが傷付けば丸く治るように思っているようだが、そんなの納得できるわけないだろっ」
「責任を感じておられるのだ。リナリア様は己の選択が、周囲に危害を及ぼす結果になってしまったと。だからこれが責務だと」
「だったら尚更俺たちにだって責任があるだろ! 彼女に選ばせたのは俺だ! なのに、何故、その責任を俺には果たさせてくれない」
「――っ貴様のことも巻き込んだとお考えなのだ! もういい加減諦めろ」
「そばにいれば、盾になることができる! お前はずっと、そばでリナリアを守ってきたじゃないか。なのにこれでいいのか!? よく考えてくれっ!」

 なによりもリナリアのことが大切なはずなのに、どうして一人で悪魔と戦わせることを許せるんだ、納得できる!?
 そもそもこんな大事な話こいつからではなく、リナリアの口から直接聞きたかった。この場にいれば引き止めることができたのに、勝手に決めてこんな事後報告ずるいじゃないか。
 結んでいた口を静かに開き、憂いた目をミツカゲは静かに伏せる。

「貴様は……負けると思っているのか」
「なにっ!?」
「マリャという不純物があろうとも、リナリア様は神の長ルゥレリア様の半身なのだ。必ずカルディアを討ち取れる」
「必ずって、そんなの分からないだろ」
「私は、信じている。今までもそして、これからも。悪魔なんぞに負けはしない」
「話にならない。お前たちはどうかしてる」

 どうしてそこまで言い切れる?
 俺だってリナリアのことを信じているが、それとこれとは別なんだ。
 危機に陥ったとき、誰が彼女を守る?
 誰もそばにいなかったがために、彼女を助けられなかったら?
 絶望。
 それは、自分が堕ちると聞いたときよりも恐ろしい。
 確かに俺は彼女より弱いが、それでもそばにいて守りたい。
 これは我儘なのか?
 これも弱さなのか?
 もういい、なんでもいい。
 どう理由付けしたところで、一人で行かせられないことに変わりない。
 俺がリナリアを説得し絶対に考えを改めてもらう。

「我々にもやるべきことはあるのだ」
「なにもないだろ」
「人間があちらの世界に迷い込まぬよう誘導しなければならない」
「それだけじゃないかっ!」
「それだけではない。悪魔は今もこの世界に侵入しようとしている。リナリア様が、あちらの世界へ行かれている間に結界が破られる可能性、不測の事態が起こるかもしれぬ。リナリア様が守りたいものを守ることができなければ、あの方からお守りすることもできなくなるのだ」

 リナリアが生きたいと思う気持ちが大切だと、それが迎えにくるであろうルゥレリアを拒絶すると言っていたな。

「拒絶の話か」

 分かってる。
 それが本当なら彼女が後ろ向きになるようなことは避けるべきだ。
 一人で戦うと言う彼女は、自分のせいで関係ない人を巻き込んでしまったらきっと……だからって。
 
「その話をするためにトワではなく、わざわざ私が来たのだ」
「そういえば、リナリアに話せないと言っていたな」
「今はというだけだ。リナリア様の心が揺さぶられる不安要素を作りたくないからな……この戦いが終わればお話しするつもりだ」
「不安? 生きたいと思っていれば神を拒絶できるんだろ。それは、別にリナリアが知っていても不都合はない、むしろ知っていたほうがいいと俺は思うが」
「知ればリナリア様は、お気づきになる」
「なにを」

 風が吹いた。
 それは、生暖かな不穏な風。
 穏やかであった風は勢いを増し、ミツカゲが羽織るローブのはためく。
 それに得体のしれない不安が湧き上がる。

 何か来る。

 路地を吹き抜ける風は、警告。
 壁際に散乱していたゴミたちが一斉に吹き上げ、そして舞い散る。

「その話、お兄さんにして大丈夫なのですか」

 この声は……。
 脳裏に過ったのは、奴の顔。
 振り返りグリップに手をかける。
 脆弱になった風の中に足音は聞こえない。
 だが闇の奥から近づく気配。

「この状況では危険、だと僕は思いますがね」

 凍てつく空気が、この場を一気に支配する。
 跳ね出す鼓動。
 上がる呼吸。
 瞬き一つもできない。
 風に吹かれる紙くずが、吸い込まれるような路地の奥へと消えたと同時に一歩、そして一歩。
 現れたのはオレンジの衣服を纏った子供。

 ――フォニっ!

 フードを深くかぶっていて顔がよく見えないが、この威圧感間違いないフォニだ。
 貴様っ、とミツカゲの怒りに満ちた声と共に、剣を抜く音が背後から聞こえた。
 抜かないと。
 剣を抜き切先を向けるとフォニは足を止め、灯火を揺らすようなか細く吹き続けていた風も止んだ。

「それに知らない方が幸せかもしれません。知ったところで結局、お兄さんが掴めるものは変わらないのですから」

 フォニは裾を摘みオレンジ色のフードを上げる。
 息を飲む。
 フードの奥、こちらを見据える黒の瞳は確かに奴なのだが……。

 なんだ、この違和感は?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...