咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第四章

94.焦燥

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 いつの間にか、くり抜かれた窓から降る光はオレンジ色に変わっていた。
 乱雑に積まれていたいくつもの異物の山は消え、今は木箱の山がそびえ立つ。紫の血がこびりついた床も元の色を取り戻しつつある。
 シャカシャカと音を立てブラシで床を磨きながら隊員たちは、笑い声を交えて雑談をしている。
 オレンジ色に染め上げられた、その笑みを見ると哀愁めいたものを感じる。

 こいつらの中に、カルディアはいないかもしれない。

 いつもと変わらない隊員たちを見ていると、そう思わずにはいられない。
 止まっていた筆を再び走らせる。皆に任せて報告書を書くことにしたが、清掃なんて特段書くことなんてない。
 本当はこんなことしている場合じゃない。
 俺のそばに悪魔であるカルディアが紛れ込んでいて、そしてその人はもう死んでいる……。
 見知った人間ではないといいと願った。
 その思いはこうやって過ごす時間が増えるほど強くなり、周りを疑念の目で見続けることも疲弊してしまう。
 それもこれも腕輪があれば解決する。

 早く腕輪を返してくれないだろうか。
 
 何か起こると思っていたのに、何か変わると思っていたのに。このまま今日が終わってしまうのではないかと焦りを感じる。
 カイリも特に変わったところはなかった。
 一人でひたすらにせっせとブラシを動かす姿は、真面目なカイリらしい。
 ふと手を止め、重いため息を一つ。
 周りに悟られぬよう憂えた目をし、手元を見つめる姿は物悲しげに見える。
 昨日の言動の真意を知りたいが、下手にこちらから行動は起こさないほうがいいのか。腕輪を触ってもらいさえすればいい話で、聞くのはそのあとでも良い気がする。
 そう、結局腕輪がないと何もできない。
 脱力と共にため息。
 椅子代わりに座っている木箱も同じように軋む音を立てた。
 リナリアは今、どうしているだろう。
 町を守ると言っていたが、無茶してないだろうな。
 あの二人がそばにいるから大丈夫だと思うが心配だ。

 終わったー!っと、カミュンさんの叫びを皮切りに、ため息の合唱が聞こえた。
 どうやら終わったようだ。
 サインを書いて、俺もこれで終わりだ。
 
「隊長、終わりましたよ」
「あぁ、お疲れ」
「しかしあんなに鬱々としていたここも、変わりましたね。綺麗にすることはいいですね。心も晴れ晴れとします」
「はぁ、楽天的だなぁ。俺はたまにグレミオが羨ましいぜ」
 
 ホントねぇ、っと言いながらマリーが横に座る。
 やたら近い。

「それより隊長ぉ、今日ずっと暗いですねぇ」
「気のせいだ」
「そうですかぁ? いつにも増してぇ難しい顔してますよぉ?」

 マリーはこれ見よがしに眉間に皺を寄せ、自分の額を指差す。そんなつもりはなかったが、顔に出ていたのか。カルディアに何か悟られでもしたらまずい。気をつけないと。

「隊長は昨日、アナスタシアまで行って疲れてるんだ」
「そうですよね~それ気になってたんですよぉ。どうでしたか、アナスタシアはぁ?」
「どうってなにも。手紙をアドニールに届けすぐに帰ってきた」
「本当にそうですかぁ? 王様の言い方だと、それだけじゃないみたいでしたけどぉ?」

 やはり聞いてくるか。
 しかし、男連中ではなくマリーに聞かれるとは。
 つまりはマリーにもバレていた?
 そんなに俺は顔に出やすいのか。

「キルに頼まれたこと以外目的なんてない」
「ふぅん、別にいいですけどぉ。でもぉ、王様に余計なことって思っちゃいましたけど、ちょっとほっとしましたぁ」
「ほっとした?」
「ふふ、だってぇ~」

 マリーはほくそ笑むような笑みをし、男3人が気まずそうに顔を見合わせひそひそと話をする。
 不快だ。
 アルに肘を突かれたカミュンが前にでると、おずおずと話しかけてくる。

「あの、隊長」
「なんだ」

 話しかけてきたくせに腕を組みうーん、と唸り声を上げ黙り込む。
 そしてはっ、顔を上げる。

「飲みに行きましょう」
「は?」
「話しにくい話をするときは、飲むのが一番っすよ」
「そうですね。それにきっと楽しいですよ」
「僕どこまで付き合いますよっ!」
「行かない」
「えーっ!」

 もっと詳しく話を聞きたいということなんだろうが、今はリナリアの話は極力したくない。

「責任感じますし、行きましょうよ」
「責任? なんの話だ。それに今日は用がある」
「え~なんの用事ですかぁ? せっかく私も誘おうと思ってたのにぃ」
「もうこの話は終わりだ。片付いたし、もう帰っていいぞ。グレミオ最後戸締りして、鍵を返しておいてくれ」
「は、はい」
「隊長」

 立ち上がると、アルが心配そうに見てくる。
 
「あの、なら夜は気をつけて下さい。昨日町のあちこちで騒ぎがあったようなので」

 そういえば昨夜やけに警備隊の笛の音を聞いたな。

「いやねぇ~」
「負傷者もでたようです。どなたも怒り任せに暴れていたそうですよ。それが多発するのは、なんだか嫌な感じがしますね」
「隊長がやられることなんてないですが、夜一人での外出はくれぐれも用心して下さい」
「おいおい。俺たちが知らないだけで、事件とかよくあるだろ。心配しすぎると背伸びねぇぞ」
「隊長が帰ったら、お前殺すからな」
「やめてよぉ。せっかく片付けたんだからぁ」

 アナスタシアから帰って来てのこの騒ぎ。グレミオの言う通り、確かに嫌な予感がする。
 まさか、カルディアが関係しているのか?

「まぁまぁ。ですがアルさんの言う通り用心に越したことはないですよ」
「そうだよ。いつ何が起こるかなんて分からないんだから」

 意味深な口調。
 どう言う意味だ?
 口を開いたカイリに、俺だけではなく全員が注目する。

「ほ、ほら、ちょうど瘴気が出た頃だったからあまり話題にならなかったけど、貴族の女の人が物取りに殺された事件があって。年も近かったし、酷い事件だからよく覚えてて……可哀想だなって。だから、いつ何が起こるか分からないから、気をつけた方がいいかなって」
「あぁ、バチェット家の令嬢でしょ。元々孤児だったらしいけど、聡明で美人だったからって子供のいないあの老夫妻に迎えられたんだよね」
「よく知ってるわねぇ」
「逆になんで知らないの」
「気の毒ですね。若い命が失われるのは本当に辛いことです。どこで起こった事件ですか?」
「ルーン地区」
「ルーン地区? 一般の市民が暮らす物静かな場所で、ご令嬢が行くような場所には思えませんが」
「グレミオも行かない方がいいよ。その事件があった通り、昼間でも不気味だからってあまり人が寄り付かないらから」
「うん……その女の人の幽霊が出るって噂もあって」
「え~! やだぁこわぁい」
「大丈夫マリーちゃん! 幽霊が出てきてもコテンパンにぶちのめしてやるぜ!」
「お前みたいな調子乗った奴が、一番最初に死ぬんだ」

 霊か。
 アトラスがいると話していたが、やはり実感なんて湧かない。
 それにそれが本当ならカイトは、まだこの世界に囚われている。そうであってほしくはないが、悪魔を倒せばカイトだって助けられる。
 とにかく話はなんであれ、長話に付き合っている場合ではない。騒ぎのことはリナリアにも会って話そう。

「お前たちは外出せずに、大人しくしてるんだぞ。お疲れ」
「お疲れでぇす」
「お疲れ様です、隊長」
「あっ待ってヴァン!」

 ……カイリ。

 呼び止めたカイリは、複雑そうな顔をし下を向く。皆カイリの言葉を待つが、カイリの口は開かない。
 おそらく昨日の話をしようとしている。

「どうした」
「ううん、ごめん。なんでもない」
「なにそれ」
「なになにぃ? なんかあったのぉ?」

 呆れるアルとは対照に、マリーが興味津々に尋ねてくる。
 今ここで話す気がないのなら、これ以上問い詰めるのはやめておこう。話はカルディアではないと分かったあとだ。

「……お疲れ」
「うん、お疲れ様」

 背を向けても、もう呼び止めない。
 気にはなるが意味もなく一緒にいられない。怪しまれる。
 リナリアと別れほぼ一日経ったのだから、流石に作戦とやらも完了しただろうしもう見張らなくてもいいだろ。
 それにカイリのことはトワも目を光らせているし、目を離しても問題ない。
 まずはセラートのところへ行かないと。
 そのあとキルか。
 キルにはなんて話そうか。
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