咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第三章

66.君に会いに

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 足を止める俺に行かないのか?っと、今度はアトラスが尋ねてくる。
 もやもやとするが行かないと言う選択肢はないので、馬に合図し俺は再び街道を進む。
 
 水溜りが張る砂利道の先に見える白い町が、次第に大きく見え出す。
 荷車に乗る商人や旅人とすれ違う中、白いローブを羽織る人が目につく。礼拝に来た者たちなのか、目は一様に輝き、声色も弾んでいる。
 そんな人々とは裏腹に、俺の気持ちはやはり晴れない。
 やっとアナスタシアに着くと言うのに、さっきからよく分からない不安に頭を悩ます。
 彼女に会う事に対してなのだろうか?
 でも、どうして?
 その意味の分からなさが更に不安を助長させ、どんどんと膨らむ。
 空を見上げる。
 雲が流れ先ほどの土砂降りも忘れさせるくらいに、空は青さを取り戻しているのに。
 
 はぁ、何だかな。


 そんな不安を抱えながらも、ついに俺たちはアナスタシアに辿り着く。
 町の入り口を前にし俺は下馬して、アトラスと共に町中へ向かう。
 白い石で出来た門の両脇には、数名の騎士が見張に立っており、その間を行き交う人々がすれ違いざまに、誰もがチラリとアトラスを見る。
 きっと変わった格好だと、思われている。
 だが当の本人は特に気にする様子はなく、街中に見入っている。
 まぁ、そうなる気持ちも分かる。
 目の前に真っ直ぐ続く白い石が敷かれる大通りも、両脇に連なる白い建物も美しいが、何よりもその先見える大聖堂を見るだけで神聖な場所にいると自覚させられ、身が引き締まる思いになる。
 だが同時に、自分とは不釣り合いな場所だとも感じる。

「ふむ。近くで見ると圧倒されてしまうな。こんなにも、人が多い場所を歩くのは初めてだ」
「そうか。俺もこの町には、初めて来る」
「なら、お互い初めてと言うことか」

 人のざわめきの中、そう言いながらアトラスはめている腕輪を撫でる。
 俺はそれを複雑な気持ちで眺める。
 約束の相手を迎えに行くという事は、アトラスの大切な人との別れも近づくと言う事だ。

「あんたはこれからどうする?」
「そうだな」

 騎士に尋ねリナリアの所在を早く知りたいが、世間を知らないこいつが迷わないか心配だ。
 ここまで付き合ったのだ、もう少しくらい。
 それに、少し相手の事も気になる。

「俺はお前が目的の場所に着いた後、自分の用を済ませる」
「そうか。あんたはここに何しに来たんだ?」
「手紙を届けに来た」
「手紙? そうか、お互い使いという訳か。誰に渡す?」
「俺の事はいい。それより、お前は相手が何処にいるのか分かっているのか?」
「あぁ。多分、分かるはずだ」
「多分?」
 
 多分って……大丈夫なのか?
 
 そのまま門を潜り、町中に入る。
 通りの端を歩きながら、アトラスは腕輪をずっと眺めている。
 多分と言っていた割に迷っている様子はないが、何処に向かっているんだ?
 
「何処へ向かってる?」
「分からない」
「はっ?」
「俺には分からないが、この腕輪が導いてくれると彼女が言っていた。確かに先ほどから変な感じがする」
「その腕輪が」

 だからずっと、熱心に腕輪を見ているのか。

「しかし、どうしてその腕輪が」
「奴もまた、特別な存在だからだ」
 
 また特別って。

「特別って、何が」
「彼女には及ばぬが、似た様な者ではある。だから、離れていても彼女は、奴を感じる事が出来る。奴が何処にいようと、彼女には分かる」
「だから、この町にいる事も分かっていたのか」
「そうだ。だがそうは言っても、今奴が何をしているかまでは分からない。以前は連絡を取れていたのだが、今は遮断されてしまったからな」
「遮断?」
「さっき話した天の道が閉ざされたと同時に、連絡の手段もなくなってしまった。彼女はあの場所を離れる事ができないし、使いをやるのも約束の日までは危険であった。だから奴が、どうしているか分からない。人形も」
「使いの方は、随分とお喋りですね」

 背後から聞こえた女の声が、会話を遮る。
 穏やかな口調だが、真の通るこの声は聞き覚えが。
 足を止めて、振り返ると、少し距離をとった所で三人、俺達を見て立っている。
 真ん中に立つ白いローブを羽織る人物は、目部下までフードを被り顔がはっきりと見えないが今の声、一度しか耳にしてないが分かる。この人はトワだ。
 そして、両脇にいるのは最近見知った顔。リナリアの友達のジュンとダイヤ。
 トワだと思わしき人が、フードを取る。
 褐色の肌に、一つに束ねた薄紫の長い髪。
 やはりトワなのだが、光を留めた薄紅の瞳は目を細め、何処か怒りの色が見える。
 三人はこちらへ近寄ってくる。

「トワ」
「トワ? 知り合いか?」
「知りたいという程ではない」
  
 ここで会ったのは、偶然か?
 いや、待っていたのか。
 
 トワは精霊だとリナリアが言っていたから、精霊を使い、事前に俺たちが来る事を知るのは容易いだろう。俺たちと言うよりも、アトラスをと言った方が正しいかもしれない。
 アトラスの動向を探っていたのは、使いの方と言った辺りトワは、約束の相手と何か関係している。
 それとも、トワがその相手なのか?
 
「そのような大事を、他人にペラペラと話すのは感心致しませんね」

 異論は認めないと言った声色。これは怒っている。
 アトラスもバツの悪そうな顔をして、トワを見ている。
 
「あんた、何者だ?」
「今はトワと名乗らせていただきます。使いの方、あの人に会いに、来られたのですね」
「……」

 一言一言を選ぶ様な重い口調。
 トワの目は何を思って、アトラスを見ているのか分からない。その目をアトラスは無言で見つめる。
 トワではないようだが、やはり約束の相手を知っている。そしてきっと、その内容も、あの人形と言われるものも。
 約束の相手とトワは、どう言う関係だ?
 まさかリナリアが関係している?
 トワが絡むとそう勘繰かんぐってしまうが、どう関係するかはもちろん分からないし、ましてや彼女は決して人形でもない。
 答えてくれるか分からないがトワに、聞いて。
 
「てめぇは何しにきやがった!?」

 なんだ、いきなり。
 
 ダイヤが俺の前に、仁王立つ。随分苛立っていると言うか、敵意すら感じる。
 アトラスが耳打ちをしてくる。

「あんた嫌われてるのか?」
「……そうみたいだな」

 このダイヤ、赤毛に会うのは、これが三回目。
 思い返しても何かした覚えは……まぁ、別にこいつになんと思われようが、どうでもいい。
 噛み付く勢いの赤毛をトワが制止させ、俺に一歩近づく。

「ヴァンさんでしたか? 以前一度お会いしましたね」
「えぇ」
「何故、貴方がこの方と一緒にいるのですか?」
「たまたまです」

 それ以外に説明の仕様がない。

「そうですか。こちらへはどう言った御用で」
「国王に頼まれ、リ、アドニール様に手紙を届けに来ました」

 一応、人前。
 ここは、もう一人の彼女の名を使っておこう。

「貴方がですか?」
「何か問題でも?」
「貴方が王からの文を届けに来るのは、おかしな気がしましたので。専任がいたかと思いますが、何故隊長の貴方が……他に何か意図があるのでしょうか?」

 まさに図星たが、リナリアに会いに来たなんて恥ずかしくて言えない。
 しかし、そう聞いてきたのはトワは、俺に悪魔の血が流れているのを知っての事なのか?
 なんせ、ミツカゲと同じ立場だ。トワは奴と同じ様に、俺がリナリアに危害を加えるのではと疑っているのだろうか?
 さっきから、眉間にしわを寄せて俺を見ているジュンと赤毛のこの態度も、まさか俺の素性を知って……だとしたら、最悪だ。
 そもそも何故、この二人はここにいる?
 トワは疑う様な目で見てくる。
 とにかくまだ確証はない。この場はやり過ごすか。

「仰りたいことがよく分かりませんが、私は王の命を受けて来ただけです。そのようなものはありません」
「……分かりました。貴方お名前は?」

 納得してくれたのか、トワは今度はアトラスへ尋ねる。

「アトラスだ」
「では、行きましょうか。ヴァンさんの事は貴方達に任せます」
「はい」
「ちっ」

 そうか、二人はきっと俺を案内してくれる為に、なんて事はないな。そもそも俺が、リナリアに用があって来たなんて知る由もない。

「それでは、失礼」
「待ってくれ」

 アトラスが俺に向き直る。
 どうしたんだ、そんなに改まって。

「ヴァン、いろいろ、ありがとう。俺はあんたのおかげで、少し希望を見れた気がする。少しは人を信じてみてもいいのかと」
「そうか」
「世界にはあんたみたいな奴がいて……だから、俺は」

 何をそんなにアトラスは、恥ずかしそうにしているのだろう。
 頬を掻いて……今度は、小さく首を振る。

「俺の出来る事が終われば、お前に会いに行く。また会おう」
「あ、あぁ」

 何処となく切ない笑みをしてアトラスは、トワと一緒に行ってしまう。
 残された俺。
 二人は何も喋らない、気まずい空気。
 赤毛は変わらず睨んでくるし、ジュンは目を伏せてこちらを見ようとしない。

 はぁ、どうしたらいい。

 この二人の態度は、やはり素性を知られたからなのか?
 確かに赤毛からは敵意を感じるが、ジュンからは感じない。二人は何も聞いてこないし……ってなんだ。
 赤毛が俺に、手を差し出している。

「なんだ」
「手紙をよこせ」
「何故?」
「俺が渡してやる。だからお前は、もう帰れ」
「それは困る。直接渡したい」
「ふざけんな。俺はぜってぇ連れていかねぇからなっ!! さっさと帰れ!! この女ったらしいがっ!!」

 なっ、女ったらしっ!?

 そんな風に言われる心当たりなんてない。ふざけた事を。しかも赤毛が叫んだせいで、周りの目が痛い。
 お兄っ!!っと、ジュンが小声で叱咤してくれる。

「すみません、ヴァンさん。お兄ぃはいつもこうなので、気にしないで下さい」
「おいっ!!」
「でも、どうして、貴方が。トワ様の言うとおり、王には専任がいるはずですが」

 まだ納得してくれていないのか……そうだ、手紙を見せれば。
 胸ポケットから手紙を取り出し、俺はジュンに差し出す。が、手渡しはしない。赤毛に奪われるかもしれない。
 ジュンは封に押された蝋印ろういんをまじまじと見つめ、赤毛はちらっと見て、また舌打ちする。うるさい。

「確かに、王家の印ですね。本当にこれを届けに来ただけなんですか?」

 一体、何なんだ?いい加減うんざりする。
 何を聞きたいのか……言わせたいのか?
 俺の事を知っているのか分からないが、まわりくどい言い方をせずに、もうはっきり言って欲しい。

「さっきからそこまで聞かれる意味が、よく分からない。もうはっきり言ってくれないか」
「はっきり言ってやらぁっ!! 目障りだから、帰れって言ってんだよっ!!」
「お前には聞いていない」
「……そうですね、正直に言います。リナは貴方に会いたくないと、言っています」
「っ!?!?」
 
 え、あ、会いたく、ない?

 頭の中身が、全て吹き飛ぶほどの衝撃。

 会いたくないって今、言われたのか?

「ジュン、お前それはあいつが言うなって」
「……」

 真っ直ぐに俺を見つめる、ジュンの赤い瞳を見返す。
 あぁ、そうか。
 これを俺に言う為に、二人はここにいるのか。
 アトラスと同行していたから、俺も来る事が分かっていた。それをリナリアも知っていて、会いに来るようなら断ってくれと……言われたのか。
 だが……。

 リナリアがそんな事を、なんで……俺は、何かしたか、どうだったか……分から、ない。
 
 思考がまともに働かない。
 と言うか、頭の中はもう真っ白で……空っぽ。
 何も伝えてないが、振られた気分。
 
「王から何か手紙以外、言伝があるのなら私達が必ずお伝えします。もちろん口外しません。ですから」

 何も言葉が出ない。
 自分でも驚くほどに心に、ダメージを負っている。
 この赤毛が言うのなら嘘かもしれないと思うが、ジュンが言うのならきっとそうなんだ。
 いつの間に会いたくないと言われるほど、嫌われてしまったのだろう。
 情けない事に理由は分からないが、そう言われるのなら会っても嫌な顔をされるだけだ。
 手紙は二人に預けて、帰った方が……このまま渡すか。
 手に持っている手紙を見つめる。
 
『次いつ会えるか、分からないだろ』

 キルに言われた言葉。その言葉に背を押され、俺はここまできた。
 リナリアの事が好きだって自覚して、ますます会いたくなって、その思いは今だって変わらない。
 
 俺はどうしても、会いたい。会いたかった。
 
 諦めきれない。
 アトラスから聞いた話だって、話したい。それにリナリアが笑っている顔を見るまで、ずっと胸にある不安が払拭できない。
 なんとかならないだろうか?
 俺は彼女の居場所を知らないし、他の騎士に聞いたところで会うのを快諾してくれるかどうか。
 やはり彼女の気心知れた二人を説得しない限り、会う事は難しいか。
 どうしたら、何を言えばいいか分からないが、こうなれば本心を伝えてみるしかない。

「俺は……本当は、会いに来たんだ」
「はぁあんっ!? 会いたくねぇって聞こえなかったのか!?」
「どうして、会いたくないって」
「気に入らねぇからだっ!!」
「それは、お前が思ってる事だろ」
「るせぇっ!!」

 ダメだ。こいつじゃ話にならない。
 まだ話を取り合ってくれそうなジュンは、目を丸くするだけで何も言わない。

「どうしても、会いたい」
「たくっ、しつこい野郎だな!! 俺たちもお前に構ってるほど暇じゃねぇんだぞ!! いい加減」
「お兄ぃ、もういい」
「はっ!?」
「ヴァンさん、貴方がそこまで言ってくれるのなら、リナの所まで案内します」
「えっ」
「おい、ジュンっ!! 勝手な事言うなっ!! あいつが言った事忘れたのか!?」

 どう説得すればいいのか悩んでいたのに、意外にもすんなりと。
 しかし、あんなに嫌な顔をしていたのに何故ジュンは今、微笑んでいるのだろう。

「着いてきてください」
「聞いてんのかっ!!」

 喚いている赤毛を放って、ジュンは歩き出すので、俺も無視して着いて行く。

 はぁ。何とかなったが、会ってどんな顔をされるか。

 嫌な顔ををされるのを想像してしまうが、悪いがここまで来たら引き下がれない。
 俺が悪いのなら謝るから、どうか嫌がる君に会いに行く事を許してほしい。
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