咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第三章

65.その答えの先に

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 平原に広がる白い町。

 あの町でリナリアは今、どうしてるだろう?
 まだ、泣いていないだろうか?
 ごめんなさい、っと言ってあの時、彼女は泣いていたのに俺は、理由を聞く事も引き止める事も出来なかった。
 会いたいのに、いざ会ったら何を話し、どんな顔をしたらいいのか分からない。
 
 そんな事、ここで考えていても仕方ないか……そろそろ行かないと。
 
 馬の足を進めるが、アトラスがついてくる気配がない。
 何してるんだ?
 振り向くと、まだ遠くを眺めながら突っ立っている。町を見ているのだろうか?

「行かないのか?」
「少し……彼女が言っていたことを思い出していた」
「ん?」
「定めなどないと、全ては人の思いが道を作ると言っていた。人は常に選択を迫られる。その選択を選ばせた思いが本人だけではなく、周りの人間の道すらも左右させる。奴の事を考えていたら、思い出した」

 アトラスは俺にと言うよりも、遠くに向ける視線の先へ話しかけるように話すので、まるで独り言を聞かされている気分になる。
 それよりも、奴とは誰だろう?
 約束の相手か?
 
 不意にアトラスが視線を変え、俺を見る。
 何を考えているか分からないが、やけに真剣な目。
 
「ずっとあんたに、聞きたい事があった」
「なんだ」
「あんたが俺の立場なら、どうしていた? 俺に希望を示したあんたなら、迷いなく道を進めたのか?」
「……」

 またこいつは、答えずらい事を聞いてくるな。
 どうするって急に聞かれても、そんな答えすぐには……。

 ……いや、そうだろうか?

 大切な人が離れてしまうと分かっていても、俺はその人の願いを叶えるだろうか?
 自分の思いと、相手の気持ちの尊重。
 その相手がキルであったら、リナリアであったら。
 二人がいなくなってしまうのなら。
 想像に身が凍る。
 
 それは、今の自分には耐えられない。

 カイトを失ったあの時の自分に、希望なんてもちろん見出す事はできなかったが、リナリアに出会えて俺はもう一度、生きる意味を考えてみようと思えた。
 希望を求めるのならあると、そんな出会いが生きていれば必ずあると、そうアトラスに伝えたかったが俺自身そんな希望にすがりたくない。
 もう、大切な人を手放したくない。
 
 自分も見れないのに、希望なんて。

 アトラスのそれも人らしいと言う言葉が、今は皮肉に聞こえる。だが、俺は半分人じゃないから……なんて、言い訳してしまうのは馬鹿らしい。
 俺の決断を言えば、今までアトラスへ言った言葉は、詭弁きべんになってしまうのかもしれない。
 それでもこの答えをあざむきたくないのは、言葉だけの嘘でも言いたくないから。
 
「俺は、迷わない」
「そうか。あんたは決断できるのだな」
「あぁ。何よりも大切だから、俺は手放したりしない。俺が俺でいるために、生きる為に」

 何故生きるのかと、その答えは単純だった。
 俺の生きる意味は、大切な人のそばで生きるということ。

「なるほど。あんたは俺と真逆の決断をするのだな」
「そうだな」
「相手がそれを、拒んでもか?」
「あぁ」
「世界と、天秤にかけれるか?」
「世界? なんだその質問は」
「まぁ、多数の人間より大切かと聞いている」
「……」

 それは正直に言って、頭を悩ます問いではない。
 幼き頃、両親を殺した人間が憎かった。
 悪魔の血が流れる俺には、この世界に居場所なんてない。俺にとって、他人は他人でしかない。
 だから、冷酷とも言える答えを出せる。普通の人ならば、この問いの答えは何になるのだろう。

「何よりも大事だと言った答えは、変わらない」

 リナリアは、俺は俺だと言って受け入れてくれたが、この答えを聞いても変わらずにいてくれるだろうか?
 それとも、愕然とするだろうか。

「俺はあんたが羨ましい。その揺るがない強欲が俺にもあれば、あの時彼女の願いを断り、連れ去る事が出来たのか」

 強欲……どうだろうか?
 自分では欲望とは無縁で生きてきたと思っていたが、本当の俺は欲深き者なのだろうか?
 だが確かに、大切な人を手放したくない、救いたいと言う思いだけで俺は、本当に悪魔にもなれる。
 それは、自分の母が悪魔だと知らなくても分かっていた。

 悪魔にだって魂を売る。

 カイトを救いたい一心であの時、そう願ったのだから。そう、そうだ。俺はそういう奴なんだ。

「奴も同じなのだろうな」
「さっきから言っている奴って、今から会いに行く約束の相手の事か?」
「そうだ。奴は、約束の日に彼女の元に来なかった」

 そうなのか?
 それはつまり。

「約束を破られたということか?」
「今のところそうなる。俺はそれで良かったが、彼女は待っている。だから、あの場を離れる事ができない彼女の代わりに、仕方なく俺が会いに来た」
「そうだったのか」
「彼女は奴が来ないのではないかと、こうなる前からずっと心配をしていた」
「破られる心当たりがあるのか?」
「……」

 難しい顔をして、アトラスは口を噤む。
 まぁ、分かっている。
 どうせ、またそれだけは言えないと。

「名をつけたのだ」

 ん?答えてくれた?
 だが、意味はさっぱり分からない。
 
「よく分からないが、何に名をつけたんだ?」
「それは、なんと言うか……人形、だ」
「はっ!? 人形??」
「あれに名をつける事によって情が湧き、手放したくなくなるのではないかと、彼女はそう懸念していた」

 思わずくだらない、と言いそうになってしまった。
 だって、なんだ、人形って?
 こいつ、適当な事を言っているのか?
 だが、アトラスの目は真剣そのもの。嘘をついたり、戯言を言ってはいなさそうだが、ちっとも納得できない。
 
「なんだその人形は? 約束とどう言う関係がある?」
「大切なものだ。だから、元の場所へ返さねばならない。だが奴は、それが嫌なのだろう」
「その人形はその人の物で、アナスタシアにいる奴が、返してくれないと言う事か?」
「彼女のではない。あれは……とにかく、それを返し終えたら、彼女は遠くへ行ってしまう」

 そう言ってアトラスは、複雑そうな顔で空を仰ぎ、口を閉ざす。
 なんだ、これで終わりか?
 こんな中途半端に終わらされたら、気になるじゃないか。そもそも人形を返す返さないって、そんな約束だったのか?こいつの態度が大袈裟なものだからつい、もっと壮大な。
 
 だが、それほどその人形は、大切で重要なものなのか?

 何故か脳裏に、泥だらけのローブのあいつが浮かぶ。それこそ人形みたいな、無機質な奴だった。
 あいつがリナリアじゃないと分かってもうどうでも良くて、今は関係ないのに思い出す。それと同時に胸がぞわぞわと嫌な胸騒ぎがして、それがよく、分からない。
 

「話し込んでしまったな。奴の答えを聞きに、そろそろ行くか。約束を破ったと言ったが奴は、逃げずに何故かアナスタシアにいる。それはまだ奴も、決断できずに迷っているのかもしれない。奴もあんたみたいにすっぱり決めてくれれば、助かるのだがな……まぁ、人の事は言えぬが」

 アトラスはそう言って歩き出すが、今度は俺が立ち止まってしまう。
 胸にまとわり付く不安が消えない。だからアナスタシアへ向かうのが少し、恐ろしい。
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