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第二章
53.今日だけは(リナリア視点) ◆
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※今回は47話のリナリア視点になります。
朝から私は忙しい。
キルが用意してくれた宿の一室で、鏡とベッドの間を行ったり来たり。ヴァンに会うからと分からないなりに髪をいじって見たけど、失敗に失敗を重ね諦める。持ってきた少ない服を何度も着直し、頭悩ませている。
うーん、やっぱりこれにしよう!
ベッドの上に広げていた白のシャツの上に、くるぶし丈の茶色のズボンを手に取り着替える。これが一番無難。鏡台で服を見直しながら、顔をぐっと鏡に近づける。昨日の夜は今日の事を考えるとなかなか眠れなかった。クマとかないかな?大丈夫かな?確認する。これも今日何度目だろう。
「よしっ!」
支度を終えて気合いの一言。そのわりに鏡に映る自分は、いつもとたいして変わらない。だって、これ以上出来る事がない。お化粧だって持ってないし、髪も結局いつもと同じ一つ結び。可愛い服もジュンちゃんからもらった服があるけど、今日は着ていけない。自分を疎かにしていたツケが回ってきた。私ってダメだなぁ。せめてもの足掻きで、いつも胸に巻いている布を今日はとった。鏡の前で胸を張りながら、体を左右に傾ける。
「むぅ」
ちょっとは変わる。でも、ちょっと。それでも少しは女の子らしくみえるかな?小さくため息。
恋って不思議だなぁ。
ここまでする自分の変わり様には驚く。あんなにも男の人に女として見られるのが嫌だったのに、今は彼にそう見られる為にこんなに頑張るなんて。
一回鏡に向かってニコッと笑って見せる。それが虚しくて、もう一人の自分からすっと笑みが消える。
こんな事をしている私は、愚かかな。
浮かれる気持ちと罪悪感はいつも隣り合わせ。
悪魔がくる前に心臓を見つけないと。もしその前にこの世界と悪魔の世界が再び繋がったら、今度こそ戦わないといけないのに。
正直本当は怖い。勝てるのかな。ううん、勝たなくちゃいけない。でも、悪魔の力は計り知れない。私が負けたらこの世界はどうなっちゃうんだろう。震えだしす手をぎゅっと握り込む。
怖いなんて思っちゃダメ。私がみんなを守らないと。
『平気なのか?』
彼が私にそう聞いた時、虚勢を張った。本当は平気じゃない。不安で怖い。目玉さんから聞かされた突然の使命は、受けいれられなかった。それでも、ヴァンを不安にさせたくなかった。情けない私じゃ彼を守れない。
扉からノックの音と共に、ミツカゲが私を呼ぶ。
「リナリア様」
「うん、今行くよ」
腰に剣を刺す。
彼の為にも強い私でいたい。
でも、今日だけは普通の女の子としてヴァンのそばにいたい。それだけで、私はこれから頑張れる気がするから。
宿の人にお礼を言って外に出る。
降る日を手で遮りながら、空を仰ぐ。今日はなんていい天気なんだろう。澄んだ青空に胸が躍る。
天気が良くてよかったな。
今日は素敵な日になりそう。自然に顔が綻ぶ。ヴァンとの待ち合わせの前に、まずはキルに会いに行かないと。
「まずはキルの所に行こう」
「分かりました」
渋々な返事をミツカゲがする。それはいつもの事だから気にしないで私は、レンガで舗装された道を歩き始める。ミツカゲは黙って着いてくる。
朝の慌ただしさを忘れて私は、胸弾ませながら街並みを眺めながら歩く。アデルダの街は同じ首都でもアナスタシアとは全く違う。アナスタシアは白を基調とした街並みであまり色を感じない。それはそれで美しいけど、アデルダではたくさんの色を見ることができる。お店の看板や、可愛らしく飾ってある扉。オレンジ色の屋根。皆思い思いの好きな服を着てる。アナスタシアでは皆白いローブを着て歩くから、新鮮に目に映る。
いい匂いもする。アナスタシアにはお菓子屋さんはあまりない。綺麗なアクセサリー屋さんも。
精霊と共に生きる。そこに必要以上に着飾る事も、趣向品も必要ない。その考えをアナスタシアの人々持って暮らしてる。そうかもしれない。でも、ここですれ違う街の人の表情は明るいし、それぞれが生き生きとして見える。みんな豊かに暮らしてる。これもキルが頑張ってるからだよね。徐々に大きく見え出すお城を見ながら考える。
キル元気になったかな?
会って話したいな。ヴァンも気にしてたけど、キルはいつもと変わりない振る舞いをしてる。どうしてかな。強がりさんな所はあるけど、こんな時に強がらなくてもいいのに。王様だからかな。
あと、これは聞けるかな。
もし聞けたら、ヴァンの事ちょっと聞きたいな。好きな人いないかとか、どんな人がタイプとかキルは知ってるかな?
そんな邪な思考で賑やかな街中を歩き、お城の手前までたどり着く。そこから道を大きく横に逸れる。
人気がない城を囲う城壁のそば。城壁に沿うように生える低木の植物が風に揺らされる。その音を聞くと胸が落ち着く。
キルがここは友達だけに教える秘密の場所って言ってた。ヴァンも通った事あるんだろうな。想像するとなんだか可愛らしくて、愛しさが込み上げる。その道を私もキルに会う時はね、いつも通るんだよ。
「また、ここから行かれるのですか?」
「正面から入れないからね」
「まったく。リナリア様をこの様な場所から入らせるなどと」
「でも、ちょっと楽しいよ? ミツカゲも今度入ってみる?」
「遠慮します。私はあの王に用などありませんから。それにですね」
小言を言われる前に行こう。私はしゃがみ低木へと両手を入れ、入り口を作る。
「じゃあ行ってくから、待っててね!」
「……分かりました。ここでお待ちしてます」
最近たくさん待たせちゃってごめんね。心の中でミツカゲに謝って、私はガサガサとピンクの花が咲いた低木の群生に入る。最近も通ったから道は大体できてる。私が作った道を進み、城壁に空いた小さな穴を余裕で通り抜ける。壁の向こう側、また低木の群生が続き、突き進む。もうすぐ終わる。周りに人がいないか精霊さんに聞こう。
精霊さんを呼ぶと側に浮遊する小さな光が現れる。聞けば、兵士が何処にいるかすぐ分かる。誰もいないと教えてくれる。低木からひょこっと顔を出す。ついでにキルもいるか聞いてみよう。うんうん、今日はいるんだね。私は開いている窓へ飛び込み、中へ入る。
精霊さんがまた兵士の位置を教えてくれる。だから、私は苦労なく城内を歩ける。本当にトワ様様だけど、誰もが聞けるわけじゃない。悪用されない様にトワは精霊さんの声を聞ける人を選んでる。私とミツカゲとジュンちゃん。あとファリュウスで数人だけ。確かにみんなが声を聞ける様になったら、大変なことになるよね。そう言えば忍び込むのが得意だってヴァンに言ったら盗人になれそうって言われたな。私の印象って今どうなってるんだろう。言うんじゃなかったな。
はぁっと勝手に出るため息をしながら一つの窓をそっと開く。キルの部屋の前にはいつも兵士がいる。だから、私はいつも窓から侵入する。開いたら窓、キルの部屋の真上にあたる窓から飛び降りる。バルコニーへ華麗に着地。窓ガラスからそっと中を覗く。キルは椅子に座って、机に向かい何かしてる。ここで、悪戯心が湧く。
そうだ。ちょっと驚かせよう。キルも笑ってくれるかも。
精霊さん、鍵を開けて。
よし、開いた!
音を立てない様に、静かに開けて。
まだ気づいてない。よしよし。
忍足でそぉっと、そおっと。背後から。
「わっ!」
「――っ!!」
キルの身体大きく跳ねる。恐る恐る振り向くキルの目はまん丸。驚いてる。ふふ、大成功。
「びっくりした?」
「……」
「キル?」
「お、おま、馬鹿っ!! 心臓止まるかと思ったぞっ!! 殺す気かっ!!」
「へへ、そんなに驚いた?」
「国王様、どうされましたか?」
「だっ大丈夫だっ!! なんでもない」
扉の向こうからキルを心配する兵士はそうですかと言って、中へは入ってこない。二人でほぉっと胸を撫で下ろす。キルは、私をチラッと見てまた机に向かう。
「たく、急に来るなよ。何か用か」
「何って、もう帰るからキルに会いに来たんだよ。昨日も来たんだけどその、調子悪いって聞いたよ。大丈夫?」
「あぁ、そうか。大丈夫だから、気にしないでくれ」
キルは手元にある分厚い本を静かに閉じる。なんだか、話しかけづらいな。頭の中で、言葉を選ぶ。選んだ言葉を口にする。
「何見てたの?」
「日記」
「日記? キルは日記つけてるんだ。書いてたの?」
「いいや、読んでたんだ。昔の事いろいろ書いてあるからな」
「うん、そうだね」
何を読み返してたんだろう。カイトさんの事かな。大丈夫なのって聞きたかったのに、これ以上は胸が苦しくて聞けなくなる。
キルはそばにある紙を取り出し、筆を走らせ始める。お仕事かな。
「それより、帰るってもういいのか?」
「うん、私のしたかった事はできたから」
「お前がヴァンの様子をしばらく見たいって言った時はどうしようかと思ったけど、隊に入れさせたのはいい作戦だったよな」
そうだったな。キルがいい作戦を思いついたって提案してくれた話に、私は迷わず頷いた。こういう形で彼のそばにいれるとは思っていなかったから、少し浮きだった覚えがある。でも、ヴァンは嫌そうだったな。
「でも、あいつ怒ってたな」
「あの時キル、すぐに逃げちゃって。ずるいよ」
「しょうがないだろ。俺はあいつに怒られたくないんだ」
「もぉ。でも、ありがとう。キル」
「どういたしまして。これからファリュウスに戻るのか?」
ヴァンとこれからカイトさんのお墓に行く事、キルに話してもいいのかな。気まずいけどでも、内緒にする意味もないよね。
「その、帰る前にこれからね、ヴァンと一緒にカイトさんのお墓参りに行くの」
「リナリアが一緒に?」
紙に走らせていたペンがぴたっと止まる。キルはこっちを見ない。重苦しい空気に、私はもう何も言えなくなる。キルはまたペンを動かし始める。
「そうか」
「うん」
悲しそうな声。辛いなら辛いって言って欲しい。だって友達でしょ?男の人が苦手な私でも、キルとは会った時から仲良くなれた。友達って言ってくれて、嬉しかった。でも、今は分からないな。友達だからなんでも話してほしい、力になりたいって言うのは押し付けなのかな。
「そうだ、リナリア。ヴァンに会うなら言っといてくれないか?」
「え!? 何を?」
「昨日はごめんって」
「いいけど……自分で言わないの?」
「また会ったら言うよ。でも、とりあえずな」
「そう。うん、分かったよ」
「お前がこれから何するかは知らないけど、まぁ頑張れよ」
キルには悪魔の事、心臓の事は言ってない。そうか。友達でもやっぱり話せない事あるんだね。それがとても申し訳ない気持ちになる。でも、やっぱり様子がおかしいな。心配だな。私は友達としてキルに何もしてあげられなかった。
「ねぇ、キル。私があげたお守りちゃんと持ってる?」
キルは首を傾げ、考える仕草をする。私が大切な人にあげているお守り。綺麗な水晶。ミツカゲとトワ。あと、ジュンちゃんとダイヤ。それとキル。
キルは静かに答える。
「持ってるよ」
「それ、ずっと持っててね」
きっと私の代わりに守ってくれるから。私自身もお守りがあるから、どんな辛い事があっても乗り越えられた。それだけ私にとってあのお守りは大切で、希望の様な物。それを今度ヴァンに見せてあげる約束をしたけど、いつになるのかな。
「しょうがねぇな」
「もぉ! 絶対無くさないでよ!」
「分かったよ。それよりまた、保護者待たせてるんだろ? 早く行かなくていいのか」
「う、うん」
ミツカゲも待たせてるし、ヴァンもそろそろ来るかもしれない。でも、帰ろうとしないのはキルにヴァンの事を聞きたいから。
「なんだ? まだ何かあんのか?」
帰らない私にキルが催促する様な口調で聞いてくる。緊張で喉が渇く。聞きたいけど、聞いていいのかな。どうしよう。迷いの狭間で意を決す。頑張れ私。
「あのね、ヴァンの事……なんだけど」
「ヴァン?」
ずっと机に向かっていたキルが振り向く。今はこっちを見ないで欲しかったな。胸がドキドキ鳴り始める。
「あいつがどうかしたか?」
「えぇっと、その……」
いけっ!聞いてしまえ!
「好きな人いるのかな?」
「はっ?」
キルが目をまんまるにする。さっき驚かした時よりも、驚いた顔をするから心臓が一気に大きく跳ね出す。視界がぐるぐるする。
「何でそんな事聞くんだ?」
「あの……あのね! 聞いて欲しいって頼まれたの!」
咄嗟に浅知恵を口にする。もう何を話したらいいかも分からない。
「誰に?」
「誰?」
「そうだよ。リナリアにそんな事頼む奴いるのか?」
怪訝な顔をするキル。かぁっと一気に全身が熱くなる。恥ずかしくて、恥ずかしくて頭の中は大混乱。言葉も選べない。これは失敗。
やっぱりムリっ!!
「やっぱりいいです」
「はっ!?」
「またね、キル。お守り絶対持っててよっ!」
「おいっ!」
私は急いで窓から飛ぶ。逃げろ、逃げろと全速力で走る。兵士に見つかっても今の私は、誰にも捕まえられない。最高潮の羞恥心が私を自暴自棄にする。低木の中へ飛び込む。止まることなく突き進む。向こう側に出る前、一回悶える様に頭を抱える。
私のバカっ!絶対キルに怪しまれた。
最悪だ、最悪だと呟きながら深呼吸をする。
今の事は、忘れようっ!
乱れた胸をなんとか落ち着かせ、光が刺す葉の隙間に両手を入れ顔を出す。いつの間にか馬を連れているミツカゲと目が合う。きょとんとした顔をしているミツカゲに私は苦笑いして、駆け足で側に行く。
「ミツカゲ、お待たせ。馬連れてきてくれて、ありがとう」
「いえ」
「ヴァン待ってるかな? 早く行かないと」
「私はこのまま帰りたいのですが」
「ダメだよ」
「リナリア様。髪に葉が付いてますよ」
「えっ!?」
「この様な場所を通られるから」
ミツカゲはため息を吐きながら、私の頭から小さな葉を一枚取る。
しまった!あぁっ!もう。
朝、一生懸命身なりを整えたのに、私は何やってるんだろう。慌てて服を払い、ふるふると頭を左右に振る。服には目立った汚れはなさそうだけど、鞄から濃紺の薄手の上着を羽織り隠蔽する。
「もう付いてない!? 大丈夫かな!?」
「大丈夫だと思いますよ」
「本当?」
ミツカゲはあまり真剣に見てくれてない気がする。本当に大丈夫かな。でも、こんな所でモタモタできない。ヴァンが待ってる。行かないと。急足で待ち合わせの場所に向かう。
人通りの多い大通り。すれ違う女の人はみんな綺麗にしてる。大通り並ぶ店のガラスに映る自分を見る。比べると、なんともパッとしない。あぁ、さっきのせいで髪がほつれてる。ガラスを見ながら結び直す。
ミツカゲが小さく息を吐く。私は聞こえないフリをして、もう一度確認し足早に歩く。
不安な胸が正門に近づくにつれて、ドキドキ鳴りだす。
緊張する。緊張する。ううん、素直、素直。
もうすぐ正門。ヴァンはもういるかな?前を向く。行き交う人の中、正門のそばで城壁にもたれかかる彼の姿が見えた。一気に胸が高鳴る。
「ヴァン!」
嬉しさのあまり思わず彼を呼び、手を振る。人の影に隠される前、私に気がついた彼が一瞬笑ってるように見えて、更に熱を上げる。けど、次に見えた顔は機嫌悪そう。笑って見えたのは浮かれた気持ちが見せた、幻覚だったみたい。
近くで見る彼は眉間に皺を寄せて、やっぱり機嫌悪そう。待たせたかな?
「なんだ貴様」
ミツカゲがヴァンへの冷たい一言に背筋が凍る。ミツカゲやめてぇ。あぁ、ヴァンはすごく嫌そうな顔してる。本当にごめんね。申し訳ないけどミツカゲもいいか聞かないと。
「ミツカゲも一緒にいいかな?」
ヴァンは頷くだけ。やっぱり怒ってる。どうしよう。でもここで心折れてはいけない。
「待った?」
「いや」
「そう、よかった」
待たせてなくてほっとした。だけど、どうしたんだろう。急に私の事じっと見てくる。恥ずかしいな。もしかして、また顔赤いかな?それともなんか変かな?葉っぱまだついてる?
「ど、どうしたの? なんか変かな?」
「え、いや」
少し言い淀むヴァンは普段と違って見える。私服だからかな?こういう時素直に言ったほうがいいのかな、ジュンちゃん。
「ヴァンはいつもと雰囲気違うね。私服、だからかな?」
素直ってこれであってる?やっぱり、恥ずかしい。行こうと言って逃げる様に一人で先に門を潜る。でも、誰もついてくる気配を感じない。後ろを振り返る。ヴァンの隣にミツカゲいて何か話してる。彼の表情は明らかに険悪。また何か酷い事言ってる!急いで戻る。
「二人とも何してるの?」
「なんでもありませんよ」
「……また、ヴァンに酷い事言ってない?」
言ったんでしょ?
「言っていませんよ。早く用を済ませて帰りましょう」
絶対言った。
涼しい顔で去っていくミツカゲの背に訴えかける。はぁ、もう。ミツカゲはヴァンに冷たすぎるよ。とりあえず謝ろう。
「ミツカゲがいろいろごめんね」
「別に。気にしてない」
そういうヴァンの目は悲しそう。それに私も悲しくなる。
「あれが普通だ」
「普通?」
「本当の俺のことを知れば皆、あぁなる」
胸がズキズキ痛む。私はまだヴァンの事をよく知らない。どれだけの苦しみと悲しみを背負って生きてきたのか、分からない。でも、こんな私でも言える事はある。
「……ヴァンはヴァンだよ」
「えっ?」
「今のままの貴方がみんな好き。だから、貴方が何者でもみんな変わらない。その……私も」
い、言っちゃったー!!
緊張しすぎて声が震えちゃったけど、ちゃんと聞こえたかな?ヴァンは何も言わない。胸が爆発しそう。何か言ってほしいな。俯きながら返事を待つ。
「……行くか」
「う、うん」
跳ねてた胸がしゅんと萎む。この返答は聞こえなかったのか、無視されたのか。流石に浮かれすぎですよ、っと自分で自分を叱咤する。
でも、めげちゃダメ! 素直!!
街の外に出て、とにかく明るく努める。
「じゃあ、道案内よろしくお願いします! 隊長」
「もう、俺はリナリアの隊長じゃないだろ」
「ふふ、まだいいでしょ?」
「おい、馬はどうした」
「俺は歩く。ここからそう遠くない」
「貴様、ふざけてるのか」
大変だな。そう憂うのと同時に、ピンっと閃く。
一緒に乗ってく?
なんて言えたらいいな。ヴァンが後ろで私が前。想像に胸の高鳴りが抑えられない。顔がニヤけそう。
「悪いな。それでもいいか?」
「えっ、うん。大丈夫だよ」
びっくりした。つい妄想に浸っちゃった。いけない、いけない。朝から散々な事ばかりだけど、今日が素敵な日になるように頑張らないと。
朝から私は忙しい。
キルが用意してくれた宿の一室で、鏡とベッドの間を行ったり来たり。ヴァンに会うからと分からないなりに髪をいじって見たけど、失敗に失敗を重ね諦める。持ってきた少ない服を何度も着直し、頭悩ませている。
うーん、やっぱりこれにしよう!
ベッドの上に広げていた白のシャツの上に、くるぶし丈の茶色のズボンを手に取り着替える。これが一番無難。鏡台で服を見直しながら、顔をぐっと鏡に近づける。昨日の夜は今日の事を考えるとなかなか眠れなかった。クマとかないかな?大丈夫かな?確認する。これも今日何度目だろう。
「よしっ!」
支度を終えて気合いの一言。そのわりに鏡に映る自分は、いつもとたいして変わらない。だって、これ以上出来る事がない。お化粧だって持ってないし、髪も結局いつもと同じ一つ結び。可愛い服もジュンちゃんからもらった服があるけど、今日は着ていけない。自分を疎かにしていたツケが回ってきた。私ってダメだなぁ。せめてもの足掻きで、いつも胸に巻いている布を今日はとった。鏡の前で胸を張りながら、体を左右に傾ける。
「むぅ」
ちょっとは変わる。でも、ちょっと。それでも少しは女の子らしくみえるかな?小さくため息。
恋って不思議だなぁ。
ここまでする自分の変わり様には驚く。あんなにも男の人に女として見られるのが嫌だったのに、今は彼にそう見られる為にこんなに頑張るなんて。
一回鏡に向かってニコッと笑って見せる。それが虚しくて、もう一人の自分からすっと笑みが消える。
こんな事をしている私は、愚かかな。
浮かれる気持ちと罪悪感はいつも隣り合わせ。
悪魔がくる前に心臓を見つけないと。もしその前にこの世界と悪魔の世界が再び繋がったら、今度こそ戦わないといけないのに。
正直本当は怖い。勝てるのかな。ううん、勝たなくちゃいけない。でも、悪魔の力は計り知れない。私が負けたらこの世界はどうなっちゃうんだろう。震えだしす手をぎゅっと握り込む。
怖いなんて思っちゃダメ。私がみんなを守らないと。
『平気なのか?』
彼が私にそう聞いた時、虚勢を張った。本当は平気じゃない。不安で怖い。目玉さんから聞かされた突然の使命は、受けいれられなかった。それでも、ヴァンを不安にさせたくなかった。情けない私じゃ彼を守れない。
扉からノックの音と共に、ミツカゲが私を呼ぶ。
「リナリア様」
「うん、今行くよ」
腰に剣を刺す。
彼の為にも強い私でいたい。
でも、今日だけは普通の女の子としてヴァンのそばにいたい。それだけで、私はこれから頑張れる気がするから。
宿の人にお礼を言って外に出る。
降る日を手で遮りながら、空を仰ぐ。今日はなんていい天気なんだろう。澄んだ青空に胸が躍る。
天気が良くてよかったな。
今日は素敵な日になりそう。自然に顔が綻ぶ。ヴァンとの待ち合わせの前に、まずはキルに会いに行かないと。
「まずはキルの所に行こう」
「分かりました」
渋々な返事をミツカゲがする。それはいつもの事だから気にしないで私は、レンガで舗装された道を歩き始める。ミツカゲは黙って着いてくる。
朝の慌ただしさを忘れて私は、胸弾ませながら街並みを眺めながら歩く。アデルダの街は同じ首都でもアナスタシアとは全く違う。アナスタシアは白を基調とした街並みであまり色を感じない。それはそれで美しいけど、アデルダではたくさんの色を見ることができる。お店の看板や、可愛らしく飾ってある扉。オレンジ色の屋根。皆思い思いの好きな服を着てる。アナスタシアでは皆白いローブを着て歩くから、新鮮に目に映る。
いい匂いもする。アナスタシアにはお菓子屋さんはあまりない。綺麗なアクセサリー屋さんも。
精霊と共に生きる。そこに必要以上に着飾る事も、趣向品も必要ない。その考えをアナスタシアの人々持って暮らしてる。そうかもしれない。でも、ここですれ違う街の人の表情は明るいし、それぞれが生き生きとして見える。みんな豊かに暮らしてる。これもキルが頑張ってるからだよね。徐々に大きく見え出すお城を見ながら考える。
キル元気になったかな?
会って話したいな。ヴァンも気にしてたけど、キルはいつもと変わりない振る舞いをしてる。どうしてかな。強がりさんな所はあるけど、こんな時に強がらなくてもいいのに。王様だからかな。
あと、これは聞けるかな。
もし聞けたら、ヴァンの事ちょっと聞きたいな。好きな人いないかとか、どんな人がタイプとかキルは知ってるかな?
そんな邪な思考で賑やかな街中を歩き、お城の手前までたどり着く。そこから道を大きく横に逸れる。
人気がない城を囲う城壁のそば。城壁に沿うように生える低木の植物が風に揺らされる。その音を聞くと胸が落ち着く。
キルがここは友達だけに教える秘密の場所って言ってた。ヴァンも通った事あるんだろうな。想像するとなんだか可愛らしくて、愛しさが込み上げる。その道を私もキルに会う時はね、いつも通るんだよ。
「また、ここから行かれるのですか?」
「正面から入れないからね」
「まったく。リナリア様をこの様な場所から入らせるなどと」
「でも、ちょっと楽しいよ? ミツカゲも今度入ってみる?」
「遠慮します。私はあの王に用などありませんから。それにですね」
小言を言われる前に行こう。私はしゃがみ低木へと両手を入れ、入り口を作る。
「じゃあ行ってくから、待っててね!」
「……分かりました。ここでお待ちしてます」
最近たくさん待たせちゃってごめんね。心の中でミツカゲに謝って、私はガサガサとピンクの花が咲いた低木の群生に入る。最近も通ったから道は大体できてる。私が作った道を進み、城壁に空いた小さな穴を余裕で通り抜ける。壁の向こう側、また低木の群生が続き、突き進む。もうすぐ終わる。周りに人がいないか精霊さんに聞こう。
精霊さんを呼ぶと側に浮遊する小さな光が現れる。聞けば、兵士が何処にいるかすぐ分かる。誰もいないと教えてくれる。低木からひょこっと顔を出す。ついでにキルもいるか聞いてみよう。うんうん、今日はいるんだね。私は開いている窓へ飛び込み、中へ入る。
精霊さんがまた兵士の位置を教えてくれる。だから、私は苦労なく城内を歩ける。本当にトワ様様だけど、誰もが聞けるわけじゃない。悪用されない様にトワは精霊さんの声を聞ける人を選んでる。私とミツカゲとジュンちゃん。あとファリュウスで数人だけ。確かにみんなが声を聞ける様になったら、大変なことになるよね。そう言えば忍び込むのが得意だってヴァンに言ったら盗人になれそうって言われたな。私の印象って今どうなってるんだろう。言うんじゃなかったな。
はぁっと勝手に出るため息をしながら一つの窓をそっと開く。キルの部屋の前にはいつも兵士がいる。だから、私はいつも窓から侵入する。開いたら窓、キルの部屋の真上にあたる窓から飛び降りる。バルコニーへ華麗に着地。窓ガラスからそっと中を覗く。キルは椅子に座って、机に向かい何かしてる。ここで、悪戯心が湧く。
そうだ。ちょっと驚かせよう。キルも笑ってくれるかも。
精霊さん、鍵を開けて。
よし、開いた!
音を立てない様に、静かに開けて。
まだ気づいてない。よしよし。
忍足でそぉっと、そおっと。背後から。
「わっ!」
「――っ!!」
キルの身体大きく跳ねる。恐る恐る振り向くキルの目はまん丸。驚いてる。ふふ、大成功。
「びっくりした?」
「……」
「キル?」
「お、おま、馬鹿っ!! 心臓止まるかと思ったぞっ!! 殺す気かっ!!」
「へへ、そんなに驚いた?」
「国王様、どうされましたか?」
「だっ大丈夫だっ!! なんでもない」
扉の向こうからキルを心配する兵士はそうですかと言って、中へは入ってこない。二人でほぉっと胸を撫で下ろす。キルは、私をチラッと見てまた机に向かう。
「たく、急に来るなよ。何か用か」
「何って、もう帰るからキルに会いに来たんだよ。昨日も来たんだけどその、調子悪いって聞いたよ。大丈夫?」
「あぁ、そうか。大丈夫だから、気にしないでくれ」
キルは手元にある分厚い本を静かに閉じる。なんだか、話しかけづらいな。頭の中で、言葉を選ぶ。選んだ言葉を口にする。
「何見てたの?」
「日記」
「日記? キルは日記つけてるんだ。書いてたの?」
「いいや、読んでたんだ。昔の事いろいろ書いてあるからな」
「うん、そうだね」
何を読み返してたんだろう。カイトさんの事かな。大丈夫なのって聞きたかったのに、これ以上は胸が苦しくて聞けなくなる。
キルはそばにある紙を取り出し、筆を走らせ始める。お仕事かな。
「それより、帰るってもういいのか?」
「うん、私のしたかった事はできたから」
「お前がヴァンの様子をしばらく見たいって言った時はどうしようかと思ったけど、隊に入れさせたのはいい作戦だったよな」
そうだったな。キルがいい作戦を思いついたって提案してくれた話に、私は迷わず頷いた。こういう形で彼のそばにいれるとは思っていなかったから、少し浮きだった覚えがある。でも、ヴァンは嫌そうだったな。
「でも、あいつ怒ってたな」
「あの時キル、すぐに逃げちゃって。ずるいよ」
「しょうがないだろ。俺はあいつに怒られたくないんだ」
「もぉ。でも、ありがとう。キル」
「どういたしまして。これからファリュウスに戻るのか?」
ヴァンとこれからカイトさんのお墓に行く事、キルに話してもいいのかな。気まずいけどでも、内緒にする意味もないよね。
「その、帰る前にこれからね、ヴァンと一緒にカイトさんのお墓参りに行くの」
「リナリアが一緒に?」
紙に走らせていたペンがぴたっと止まる。キルはこっちを見ない。重苦しい空気に、私はもう何も言えなくなる。キルはまたペンを動かし始める。
「そうか」
「うん」
悲しそうな声。辛いなら辛いって言って欲しい。だって友達でしょ?男の人が苦手な私でも、キルとは会った時から仲良くなれた。友達って言ってくれて、嬉しかった。でも、今は分からないな。友達だからなんでも話してほしい、力になりたいって言うのは押し付けなのかな。
「そうだ、リナリア。ヴァンに会うなら言っといてくれないか?」
「え!? 何を?」
「昨日はごめんって」
「いいけど……自分で言わないの?」
「また会ったら言うよ。でも、とりあえずな」
「そう。うん、分かったよ」
「お前がこれから何するかは知らないけど、まぁ頑張れよ」
キルには悪魔の事、心臓の事は言ってない。そうか。友達でもやっぱり話せない事あるんだね。それがとても申し訳ない気持ちになる。でも、やっぱり様子がおかしいな。心配だな。私は友達としてキルに何もしてあげられなかった。
「ねぇ、キル。私があげたお守りちゃんと持ってる?」
キルは首を傾げ、考える仕草をする。私が大切な人にあげているお守り。綺麗な水晶。ミツカゲとトワ。あと、ジュンちゃんとダイヤ。それとキル。
キルは静かに答える。
「持ってるよ」
「それ、ずっと持っててね」
きっと私の代わりに守ってくれるから。私自身もお守りがあるから、どんな辛い事があっても乗り越えられた。それだけ私にとってあのお守りは大切で、希望の様な物。それを今度ヴァンに見せてあげる約束をしたけど、いつになるのかな。
「しょうがねぇな」
「もぉ! 絶対無くさないでよ!」
「分かったよ。それよりまた、保護者待たせてるんだろ? 早く行かなくていいのか」
「う、うん」
ミツカゲも待たせてるし、ヴァンもそろそろ来るかもしれない。でも、帰ろうとしないのはキルにヴァンの事を聞きたいから。
「なんだ? まだ何かあんのか?」
帰らない私にキルが催促する様な口調で聞いてくる。緊張で喉が渇く。聞きたいけど、聞いていいのかな。どうしよう。迷いの狭間で意を決す。頑張れ私。
「あのね、ヴァンの事……なんだけど」
「ヴァン?」
ずっと机に向かっていたキルが振り向く。今はこっちを見ないで欲しかったな。胸がドキドキ鳴り始める。
「あいつがどうかしたか?」
「えぇっと、その……」
いけっ!聞いてしまえ!
「好きな人いるのかな?」
「はっ?」
キルが目をまんまるにする。さっき驚かした時よりも、驚いた顔をするから心臓が一気に大きく跳ね出す。視界がぐるぐるする。
「何でそんな事聞くんだ?」
「あの……あのね! 聞いて欲しいって頼まれたの!」
咄嗟に浅知恵を口にする。もう何を話したらいいかも分からない。
「誰に?」
「誰?」
「そうだよ。リナリアにそんな事頼む奴いるのか?」
怪訝な顔をするキル。かぁっと一気に全身が熱くなる。恥ずかしくて、恥ずかしくて頭の中は大混乱。言葉も選べない。これは失敗。
やっぱりムリっ!!
「やっぱりいいです」
「はっ!?」
「またね、キル。お守り絶対持っててよっ!」
「おいっ!」
私は急いで窓から飛ぶ。逃げろ、逃げろと全速力で走る。兵士に見つかっても今の私は、誰にも捕まえられない。最高潮の羞恥心が私を自暴自棄にする。低木の中へ飛び込む。止まることなく突き進む。向こう側に出る前、一回悶える様に頭を抱える。
私のバカっ!絶対キルに怪しまれた。
最悪だ、最悪だと呟きながら深呼吸をする。
今の事は、忘れようっ!
乱れた胸をなんとか落ち着かせ、光が刺す葉の隙間に両手を入れ顔を出す。いつの間にか馬を連れているミツカゲと目が合う。きょとんとした顔をしているミツカゲに私は苦笑いして、駆け足で側に行く。
「ミツカゲ、お待たせ。馬連れてきてくれて、ありがとう」
「いえ」
「ヴァン待ってるかな? 早く行かないと」
「私はこのまま帰りたいのですが」
「ダメだよ」
「リナリア様。髪に葉が付いてますよ」
「えっ!?」
「この様な場所を通られるから」
ミツカゲはため息を吐きながら、私の頭から小さな葉を一枚取る。
しまった!あぁっ!もう。
朝、一生懸命身なりを整えたのに、私は何やってるんだろう。慌てて服を払い、ふるふると頭を左右に振る。服には目立った汚れはなさそうだけど、鞄から濃紺の薄手の上着を羽織り隠蔽する。
「もう付いてない!? 大丈夫かな!?」
「大丈夫だと思いますよ」
「本当?」
ミツカゲはあまり真剣に見てくれてない気がする。本当に大丈夫かな。でも、こんな所でモタモタできない。ヴァンが待ってる。行かないと。急足で待ち合わせの場所に向かう。
人通りの多い大通り。すれ違う女の人はみんな綺麗にしてる。大通り並ぶ店のガラスに映る自分を見る。比べると、なんともパッとしない。あぁ、さっきのせいで髪がほつれてる。ガラスを見ながら結び直す。
ミツカゲが小さく息を吐く。私は聞こえないフリをして、もう一度確認し足早に歩く。
不安な胸が正門に近づくにつれて、ドキドキ鳴りだす。
緊張する。緊張する。ううん、素直、素直。
もうすぐ正門。ヴァンはもういるかな?前を向く。行き交う人の中、正門のそばで城壁にもたれかかる彼の姿が見えた。一気に胸が高鳴る。
「ヴァン!」
嬉しさのあまり思わず彼を呼び、手を振る。人の影に隠される前、私に気がついた彼が一瞬笑ってるように見えて、更に熱を上げる。けど、次に見えた顔は機嫌悪そう。笑って見えたのは浮かれた気持ちが見せた、幻覚だったみたい。
近くで見る彼は眉間に皺を寄せて、やっぱり機嫌悪そう。待たせたかな?
「なんだ貴様」
ミツカゲがヴァンへの冷たい一言に背筋が凍る。ミツカゲやめてぇ。あぁ、ヴァンはすごく嫌そうな顔してる。本当にごめんね。申し訳ないけどミツカゲもいいか聞かないと。
「ミツカゲも一緒にいいかな?」
ヴァンは頷くだけ。やっぱり怒ってる。どうしよう。でもここで心折れてはいけない。
「待った?」
「いや」
「そう、よかった」
待たせてなくてほっとした。だけど、どうしたんだろう。急に私の事じっと見てくる。恥ずかしいな。もしかして、また顔赤いかな?それともなんか変かな?葉っぱまだついてる?
「ど、どうしたの? なんか変かな?」
「え、いや」
少し言い淀むヴァンは普段と違って見える。私服だからかな?こういう時素直に言ったほうがいいのかな、ジュンちゃん。
「ヴァンはいつもと雰囲気違うね。私服、だからかな?」
素直ってこれであってる?やっぱり、恥ずかしい。行こうと言って逃げる様に一人で先に門を潜る。でも、誰もついてくる気配を感じない。後ろを振り返る。ヴァンの隣にミツカゲいて何か話してる。彼の表情は明らかに険悪。また何か酷い事言ってる!急いで戻る。
「二人とも何してるの?」
「なんでもありませんよ」
「……また、ヴァンに酷い事言ってない?」
言ったんでしょ?
「言っていませんよ。早く用を済ませて帰りましょう」
絶対言った。
涼しい顔で去っていくミツカゲの背に訴えかける。はぁ、もう。ミツカゲはヴァンに冷たすぎるよ。とりあえず謝ろう。
「ミツカゲがいろいろごめんね」
「別に。気にしてない」
そういうヴァンの目は悲しそう。それに私も悲しくなる。
「あれが普通だ」
「普通?」
「本当の俺のことを知れば皆、あぁなる」
胸がズキズキ痛む。私はまだヴァンの事をよく知らない。どれだけの苦しみと悲しみを背負って生きてきたのか、分からない。でも、こんな私でも言える事はある。
「……ヴァンはヴァンだよ」
「えっ?」
「今のままの貴方がみんな好き。だから、貴方が何者でもみんな変わらない。その……私も」
い、言っちゃったー!!
緊張しすぎて声が震えちゃったけど、ちゃんと聞こえたかな?ヴァンは何も言わない。胸が爆発しそう。何か言ってほしいな。俯きながら返事を待つ。
「……行くか」
「う、うん」
跳ねてた胸がしゅんと萎む。この返答は聞こえなかったのか、無視されたのか。流石に浮かれすぎですよ、っと自分で自分を叱咤する。
でも、めげちゃダメ! 素直!!
街の外に出て、とにかく明るく努める。
「じゃあ、道案内よろしくお願いします! 隊長」
「もう、俺はリナリアの隊長じゃないだろ」
「ふふ、まだいいでしょ?」
「おい、馬はどうした」
「俺は歩く。ここからそう遠くない」
「貴様、ふざけてるのか」
大変だな。そう憂うのと同時に、ピンっと閃く。
一緒に乗ってく?
なんて言えたらいいな。ヴァンが後ろで私が前。想像に胸の高鳴りが抑えられない。顔がニヤけそう。
「悪いな。それでもいいか?」
「えっ、うん。大丈夫だよ」
びっくりした。つい妄想に浸っちゃった。いけない、いけない。朝から散々な事ばかりだけど、今日が素敵な日になるように頑張らないと。
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