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第二章
43.揺れる心
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いつもどうしたっ、と茶化す様な笑みで尋ねてくる友の姿はない。それをとても寂しく感じ、胸が苦しくなった。いない友へ縋るように一歩、部屋へ足を踏み入れる。
「ヴァン隊長」
咎められる様な声色。進もうとしていた足が止まる。声がした方を見ると、街の明かりが入り込む薄暗い廊下の奥から、灯りを持った兵士の男が一人歩いて来る。多分いつもキルの部屋の前で見張りをしている兵士だ。兵士の男はそばで立ち止まり、顔が分かる。やっぱりそうだ。
「いくら貴方とは言え、無断で王の部屋へ入るのはいかがなものかと」
「……そう、ですね。すみません」
「国王様から言伝を預かっております。貴方が尋ねて来きたら今日は忙しいから、ごめんと伝えてくれと」
「そうなんですか?」
俺の代わりにリナリアが尋ねる。兵士は眉を顰めるだけで、答えない。
「……そうですか」
「その……実は、ご体調があまり優れないようで」
「えっ! 大丈夫なんですか?」
兵士の男は眉間の皺を更に深くし、怪訝な目でリナリアを見る。そして、やっぱり何も答えない。見ない顔、だからだろうか。
「それでは、私はこれで」
「分かりました……ありがとうございます」
兵士の男は軽く頭を下げ去って行く。その背にはぁ、っとため息を吐く。
「むぅ。邪険に扱われた気がする」
「気にするな」
「キル、大丈夫かな。精霊にお願いしたらキルの居場所分かるけど、調子が良くないなら今日会うのは、やめておいた方がいいのかな」
「……そうだな」
心配なのにあの日の様に会いに行けない。それははっきりと断られてしまったから。カイトの事……なのだろうか。一人抱え込んで、苦しんでるのか。今もあの時の様に一人で泣いているのだろうか。それとも本当はカイトを助けられなかった俺の事を、怒っているのか。
なんで、何も言ってくれないのだろう。
気を使かう。頼りない。会いたくない。
悪い考えが頭を埋め出す。泥沼にはまった様に抜け出せない。
「ヴァン?」
「なんだ」
「そう言えば話って何かな? 今なら誰もいないし、ここでも大丈夫?」
「……」
憂鬱な気持ちが更に重くなる。落としていた視線を上げ、兵士が消えて行った廊下の奥を見る。暗い闇の先を見つめ、意を決して口を開く。
――彼女を呼ぶと君も来てしまうんだね――
目玉の瘴魔が俺に言ったこの言葉から、俺の闇と彼女の闇が同じモノなのではないかという推測を彼女に話す。母は彼女に何かしたのかもしれない。確信はない。でも、心苦しさから話している間ずっと、リナリアの顔を見る事が出来ない。
「……そう」
「悪い、不確かなんだ。でも、もし母が」
「ううん、ヴァンは気にしないで。話してくれてありがとう。でも、どうしてヴァンのお母さんは心臓がここへ来る前に、この世界にいたのかな」
「それは俺も考えていた」
「心当たり……なんて、ないよね?」
「ない。そもそも母が闇ビトではなく、悪魔だった事を初めて知った」
「……そうだよね」
「気になってた事がもう一つあるんだ」
「なに?」
「その闇ビトはどこへ消えたんだ?」
「目玉さんは、悪魔の封印が解かれた時に漏れ出た悪魔の魔力じゃないかって言ってた。だから……多分だけど、悪魔がこの世界に来てその魔力、闇ビトは本体に帰ったんだと思う」
ならあの時皆馬鹿にしたが、カミュンが言ってたことはあながち、間違いではなかったと言う事なのか。
「なら、闇ビトはもう現れないと言う事なのか?」
「今の所は。でも、悪魔がこの世界にまた現れたら分からない。今度は闇ビトじゃなくて、悪魔の一部が現れるかも」
「母のような、か」
「うん。それに、まだ心臓もどこにいるか分からない。私が倒すまで、気をつけてね」
私が倒すまで、か。
普段通りに話してくれる様になった彼女は、やっぱり俺と戦おうとしてはくれない。
「そろそろ行こっか」
「どこに?」
「みんな待ってるでしょ?」
そういえばそうだった。だけど、キルの事を考えると気が進まない。
「行こう。一緒に見よ」
「一緒に? リナリアはあの二人と見るんだろ?」
「せっかくならみんなで一緒に見たいなっ、て思って」
「こっちは別にいいが、あの男は怒るんじゃないか?」
「ダイヤ? 大丈夫だよ。なんだかんだでダイヤはいいよって言ってくれるから」
「……よく、知ってるんだな」
「ずっと一緒にいるから」
「ならあの二人は、リナリアの事を知ってるのか?」
「アドニールって事? もちろん知ってるよ。ミツカゲにトワにダイヤにジュンちゃんにキルに」
それと、っと言ってリナリアは少し間を置く。
「あと、ヴァン」
俺を見上げ、小恥ずかしそうに笑う彼女に鼓動が跳ね出す。大切であろう人の中に、俺の名もある事がなんて言うか少し、特別だと言われた気がした。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが不思議と和らぐ。闇へ落ちてしまいそうな時、彼女はいつもそばにいてくれる。それに……救われた。
――じゃあ……あなたが道に迷う時は私が、その希望になる――
泥だらけのローブを着たあいつの言葉が蘇る。
「リナリアは本当に18なのか?」
「えっ!? どういう事?」
「いや、なんとなく」
「うーん、正確には18じゃないかも」
「えっ?」
「実はね、今日で19になるの」
「……誕生日か?」
「そう! 素敵な日が誕生日なの。いいでしょ?」
「あ、あぁ」
「でも、本当かは分からない。ミツカゲがね、そう言ったからそうしてるの」
「……」
リナリアはそう言って、切なそうに目を細める。不確かな日。彼女が生まれた日が分からないミツカゲは、あえてこの日にしたのかもしれない。それでも彼女の誕生日は今日なんだ。誕生日を祝う言葉なんて、キルとカイト以外に言った事がない。
「その……おめでとう」
「ありがとう。ヴァン」
花のように笑う彼女が愛らしかった。ずっと跳ね続けている鼓動が更に、大きくなる。目を逸らす。今まで経験した事のない感情。自分の変化ついていけない。先日までこんな事なかったのに……。
とにかくやっぱりリナリアはあいつじゃない。勘違いなんだ。
……それなら。
彼女じゃないのならもういいや……って思う俺は、やっぱり変なんだ。
「ヴァン隊長」
咎められる様な声色。進もうとしていた足が止まる。声がした方を見ると、街の明かりが入り込む薄暗い廊下の奥から、灯りを持った兵士の男が一人歩いて来る。多分いつもキルの部屋の前で見張りをしている兵士だ。兵士の男はそばで立ち止まり、顔が分かる。やっぱりそうだ。
「いくら貴方とは言え、無断で王の部屋へ入るのはいかがなものかと」
「……そう、ですね。すみません」
「国王様から言伝を預かっております。貴方が尋ねて来きたら今日は忙しいから、ごめんと伝えてくれと」
「そうなんですか?」
俺の代わりにリナリアが尋ねる。兵士は眉を顰めるだけで、答えない。
「……そうですか」
「その……実は、ご体調があまり優れないようで」
「えっ! 大丈夫なんですか?」
兵士の男は眉間の皺を更に深くし、怪訝な目でリナリアを見る。そして、やっぱり何も答えない。見ない顔、だからだろうか。
「それでは、私はこれで」
「分かりました……ありがとうございます」
兵士の男は軽く頭を下げ去って行く。その背にはぁ、っとため息を吐く。
「むぅ。邪険に扱われた気がする」
「気にするな」
「キル、大丈夫かな。精霊にお願いしたらキルの居場所分かるけど、調子が良くないなら今日会うのは、やめておいた方がいいのかな」
「……そうだな」
心配なのにあの日の様に会いに行けない。それははっきりと断られてしまったから。カイトの事……なのだろうか。一人抱え込んで、苦しんでるのか。今もあの時の様に一人で泣いているのだろうか。それとも本当はカイトを助けられなかった俺の事を、怒っているのか。
なんで、何も言ってくれないのだろう。
気を使かう。頼りない。会いたくない。
悪い考えが頭を埋め出す。泥沼にはまった様に抜け出せない。
「ヴァン?」
「なんだ」
「そう言えば話って何かな? 今なら誰もいないし、ここでも大丈夫?」
「……」
憂鬱な気持ちが更に重くなる。落としていた視線を上げ、兵士が消えて行った廊下の奥を見る。暗い闇の先を見つめ、意を決して口を開く。
――彼女を呼ぶと君も来てしまうんだね――
目玉の瘴魔が俺に言ったこの言葉から、俺の闇と彼女の闇が同じモノなのではないかという推測を彼女に話す。母は彼女に何かしたのかもしれない。確信はない。でも、心苦しさから話している間ずっと、リナリアの顔を見る事が出来ない。
「……そう」
「悪い、不確かなんだ。でも、もし母が」
「ううん、ヴァンは気にしないで。話してくれてありがとう。でも、どうしてヴァンのお母さんは心臓がここへ来る前に、この世界にいたのかな」
「それは俺も考えていた」
「心当たり……なんて、ないよね?」
「ない。そもそも母が闇ビトではなく、悪魔だった事を初めて知った」
「……そうだよね」
「気になってた事がもう一つあるんだ」
「なに?」
「その闇ビトはどこへ消えたんだ?」
「目玉さんは、悪魔の封印が解かれた時に漏れ出た悪魔の魔力じゃないかって言ってた。だから……多分だけど、悪魔がこの世界に来てその魔力、闇ビトは本体に帰ったんだと思う」
ならあの時皆馬鹿にしたが、カミュンが言ってたことはあながち、間違いではなかったと言う事なのか。
「なら、闇ビトはもう現れないと言う事なのか?」
「今の所は。でも、悪魔がこの世界にまた現れたら分からない。今度は闇ビトじゃなくて、悪魔の一部が現れるかも」
「母のような、か」
「うん。それに、まだ心臓もどこにいるか分からない。私が倒すまで、気をつけてね」
私が倒すまで、か。
普段通りに話してくれる様になった彼女は、やっぱり俺と戦おうとしてはくれない。
「そろそろ行こっか」
「どこに?」
「みんな待ってるでしょ?」
そういえばそうだった。だけど、キルの事を考えると気が進まない。
「行こう。一緒に見よ」
「一緒に? リナリアはあの二人と見るんだろ?」
「せっかくならみんなで一緒に見たいなっ、て思って」
「こっちは別にいいが、あの男は怒るんじゃないか?」
「ダイヤ? 大丈夫だよ。なんだかんだでダイヤはいいよって言ってくれるから」
「……よく、知ってるんだな」
「ずっと一緒にいるから」
「ならあの二人は、リナリアの事を知ってるのか?」
「アドニールって事? もちろん知ってるよ。ミツカゲにトワにダイヤにジュンちゃんにキルに」
それと、っと言ってリナリアは少し間を置く。
「あと、ヴァン」
俺を見上げ、小恥ずかしそうに笑う彼女に鼓動が跳ね出す。大切であろう人の中に、俺の名もある事がなんて言うか少し、特別だと言われた気がした。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが不思議と和らぐ。闇へ落ちてしまいそうな時、彼女はいつもそばにいてくれる。それに……救われた。
――じゃあ……あなたが道に迷う時は私が、その希望になる――
泥だらけのローブを着たあいつの言葉が蘇る。
「リナリアは本当に18なのか?」
「えっ!? どういう事?」
「いや、なんとなく」
「うーん、正確には18じゃないかも」
「えっ?」
「実はね、今日で19になるの」
「……誕生日か?」
「そう! 素敵な日が誕生日なの。いいでしょ?」
「あ、あぁ」
「でも、本当かは分からない。ミツカゲがね、そう言ったからそうしてるの」
「……」
リナリアはそう言って、切なそうに目を細める。不確かな日。彼女が生まれた日が分からないミツカゲは、あえてこの日にしたのかもしれない。それでも彼女の誕生日は今日なんだ。誕生日を祝う言葉なんて、キルとカイト以外に言った事がない。
「その……おめでとう」
「ありがとう。ヴァン」
花のように笑う彼女が愛らしかった。ずっと跳ね続けている鼓動が更に、大きくなる。目を逸らす。今まで経験した事のない感情。自分の変化ついていけない。先日までこんな事なかったのに……。
とにかくやっぱりリナリアはあいつじゃない。勘違いなんだ。
……それなら。
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