咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
上 下
43 / 110
第二章

43.揺れる心

しおりを挟む
 いつもどうしたっ、と茶化す様な笑みで尋ねてくる友の姿はない。それをとても寂しく感じ、胸が苦しくなった。いない友へ縋るように一歩、部屋へ足を踏み入れる。
 
「ヴァン隊長」

 咎められる様な声色。進もうとしていた足が止まる。声がした方を見ると、街の明かりが入り込む薄暗い廊下の奥から、灯りを持った兵士の男が一人歩いて来る。多分いつもキルの部屋の前で見張りをしている兵士だ。兵士の男はそばで立ち止まり、顔が分かる。やっぱりそうだ。

「いくら貴方とは言え、無断で王の部屋へ入るのはいかがなものかと」
「……そう、ですね。すみません」
「国王様から言伝を預かっております。貴方が尋ねて来きたら今日は忙しいから、ごめんと伝えてくれと」
「そうなんですか?」

 俺の代わりにリナリアが尋ねる。兵士は眉をひそめるだけで、答えない。

「……そうですか」
「その……実は、ご体調があまり優れないようで」
「えっ! 大丈夫なんですか?」

 兵士の男は眉間の皺を更に深くし、怪訝な目でリナリアを見る。そして、やっぱり何も答えない。見ない顔、だからだろうか。

「それでは、私はこれで」
「分かりました……ありがとうございます」

 兵士の男は軽く頭を下げ去って行く。その背にはぁ、っとため息を吐く。
 
「むぅ。邪険に扱われた気がする」
「気にするな」
「キル、大丈夫かな。精霊にお願いしたらキルの居場所分かるけど、調子が良くないなら今日会うのは、やめておいた方がいいのかな」
「……そうだな」

 心配なのにあの日の様に会いに行けない。それははっきりと断られてしまったから。カイトの事……なのだろうか。一人抱え込んで、苦しんでるのか。今もあの時の様に一人で泣いているのだろうか。それとも本当はカイトを助けられなかった俺の事を、怒っているのか。

 なんで、何も言ってくれないのだろう。

 気を使かう。頼りない。会いたくない。
 悪い考えが頭を埋め出す。泥沼にはまった様に抜け出せない。

「ヴァン?」
「なんだ」
「そう言えば話って何かな? 今なら誰もいないし、ここでも大丈夫?」
「……」

 憂鬱な気持ちが更に重くなる。落としていた視線を上げ、兵士が消えて行った廊下の奥を見る。暗い闇の先を見つめ、意を決して口を開く。

――彼女を呼ぶと君も来てしまうんだね――

 目玉の瘴魔が俺に言ったこの言葉から、俺の闇と彼女の闇が同じモノなのではないかという推測を彼女に話す。母は彼女に何かしたのかもしれない。確信はない。でも、心苦しさから話している間ずっと、リナリアの顔を見る事が出来ない。

「……そう」
「悪い、不確かなんだ。でも、もし母が」
「ううん、ヴァンは気にしないで。話してくれてありがとう。でも、どうしてヴァンのお母さんは心臓がここへ来る前に、この世界にいたのかな」
「それは俺も考えていた」
「心当たり……なんて、ないよね?」
「ない。そもそも母が闇ビトではなく、悪魔だった事を初めて知った」
「……そうだよね」
「気になってた事がもう一つあるんだ」
「なに?」
「その闇ビトはどこへ消えたんだ?」
「目玉さんは、悪魔の封印が解かれた時に漏れ出た悪魔の魔力じゃないかって言ってた。だから……多分だけど、悪魔がこの世界に来てその魔力、闇ビトは本体に帰ったんだと思う」

 ならあの時皆馬鹿にしたが、カミュンが言ってたことはあながち、間違いではなかったと言う事なのか。

「なら、闇ビトはもう現れないと言う事なのか?」
「今の所は。でも、悪魔がこの世界にまた現れたら分からない。今度は闇ビトじゃなくて、悪魔の一部が現れるかも」
「母のような、か」
「うん。それに、まだ心臓もどこにいるか分からない。私が倒すまで、気をつけてね」

 倒すまで、か。
 普段通りに話してくれる様になった彼女は、やっぱり俺と戦おうとしてはくれない。

「そろそろ行こっか」
「どこに?」
「みんな待ってるでしょ?」

 そういえばそうだった。だけど、キルの事を考えると気が進まない。

「行こう。一緒に見よ」
「一緒に? リナリアはあの二人と見るんだろ?」
「せっかくならみんなで一緒に見たいなっ、て思って」
「こっちは別にいいが、あの男は怒るんじゃないか?」
「ダイヤ? 大丈夫だよ。なんだかんだでダイヤはいいよって言ってくれるから」
「……よく、知ってるんだな」
「ずっと一緒にいるから」
「ならあの二人は、リナリアの事を知ってるのか?」
「アドニールって事? もちろん知ってるよ。ミツカゲにトワにダイヤにジュンちゃんにキルに」

 それと、っと言ってリナリアは少し間を置く。

「あと、ヴァン」

 俺を見上げ、小恥ずかしそうに笑う彼女に鼓動が跳ね出す。大切であろう人の中に、俺の名もある事がなんて言うか少し、特別だと言われた気がした。
 さっきまで落ち込んでいた気持ちが不思議と和らぐ。闇へ落ちてしまいそうな時、彼女はいつもそばにいてくれる。それに……救われた。

――じゃあ……あなたが道に迷う時は私が、その希望になる――

 泥だらけのローブを着たあいつの言葉が蘇る。

「リナリアは本当に18なのか?」
「えっ!? どういう事?」
「いや、なんとなく」
「うーん、正確には18じゃないかも」
「えっ?」
「実はね、今日で19になるの」
「……誕生日か?」
「そう! 素敵な日が誕生日なの。いいでしょ?」
「あ、あぁ」
「でも、本当かは分からない。ミツカゲがね、そう言ったからそうしてるの」
「……」

 リナリアはそう言って、切なそうに目を細める。不確かな日。彼女が生まれた日が分からないミツカゲは、あえてこの日にしたのかもしれない。それでも彼女の誕生日は今日なんだ。誕生日を祝う言葉なんて、キルとカイト以外に言った事がない。

「その……おめでとう」
「ありがとう。ヴァン」

 花のように笑う彼女が愛らしかった。ずっと跳ね続けている鼓動が更に、大きくなる。目を逸らす。今まで経験した事のない感情。自分の変化ついていけない。先日までこんな事なかったのに……。
 とにかくやっぱりリナリアはあいつじゃない。勘違いなんだ。
 
 ……それなら。

 彼女じゃないのならもういいや……って思う俺は、やっぱり変なんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

処理中です...