咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第二章

34.距離 ◆

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「私はルイスというのだが、君の名は?」
「アルベルトです」
 姓はたがいに名乗らなかった。
 ルイスはつづけて二言三言、話しかけてみる。おずおずと相手も言葉を返してくれる。
 気づくと、閉館時間がせまってきているのか、二人だけになっていた。
 ちょうど出口へと向かうカップルの声が聞こえた。
「なぁ、今夜は泊まっていくだろう?」
 男の声に女性が承諾したらしく、笑い声が響く。
 おそらく絵を見ているうちに男の方は妙な気持ちになってきたのだろう。女もだ。これらの絵には催淫効果があるようだ。つくづくドミンゴ=カマノという絵描きは、罪なものを描いたものだ、とルイスは内心苦笑したが、さらに罪なのは、やはりアベル=アルベニス伯爵か。
 そのアベルが絵から抜け出てきたのではないかと思えるような相手を前にして、どうしてもこのまま別れることはルイスにはできない。
「アルベルト君は、将来は、やはり芸術方面の仕事につきたいのかな?」
 碧い瞳に翳がはしる。
「……いえ、実は学校は辞めることになると思います。……父が破産しまして……僕も働かないとやっていけない」
 彼からにじみでる哀愁の理由はそれかもしれない。
 ルイスは悲し気な相手の表情に、奇妙な興奮をおぼえた。
 アルベルトがかすかに首をかしげた。青いシャツの襟につつまれた首や項、かすかに見える胸元など、男とは思えぬほど白く、なまめかしい。
「君、こういう絵に興味があるのかい?」
 ちょうど二人の前にあるガラスケースのなかのひからびた羊皮紙には、木馬の上であえぐ美青年の姿がある。
 相手は、かすかに頬を赤く染めた。
(これは……、もしかしたら掘り出しものかもしれないぞ)
 ルイスは慎重に言葉を選んだ。
 経済的にこまっているのなら、稼げる仕事に気を引かれるかもしれない。それに……
(アベルのイメージにぴったりだ)
 ルイスの視線をどう取ったのか、アルベルトは困惑した顔になる。その表情も、いかにももっと虐めて、と訴えているようでルイスはぞくぞくしてきた。
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