咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第二章

31.小さな騎士

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 月明かりが消えた。積み箱が乱雑に置かれている薄暗い路地裏の闇が更に深くなる。街灯の光も当たらない路地裏と大通りの境、俺の前に立つおかっぱの少年らしき人物に首を傾げる。その少年は抱えている花束に顔を半分隠し、深紫の毛先を揺らしながらくすくすと笑い俺を見上げる。

「やっと会えました。ずっとお会いしたかったですよ」

 少女とも少年とも言える中性的な声でそう言われる。誰だったか、でも最近どこかで会った気がする。記憶を掘り起こしながら、丸い瞳をゆるゆると細めだすオレンジ色の瞳を見てはっとした。そうだ。こいつはあの時助けた騎士だ。

「お前は、あの時の」
「そうです。貴方に助けてもらった者です。あの時は本当にありがとうございました。もうダメかと思いましたけど……まさか助けに来ていただけるなんて」
「いや、そうか。無事でよかった」
「貴方のお陰です。ずっとお礼を言いたかったのですが、お会いする事が叶わずこんなにも遅くなってしまいました。すみません」
「別に礼なんていらない」

 小さな騎士は抱えた花束越しににっこりと笑う。無事な姿を見れた事はよかったが、何故ここにいるのだろう?

「何故ここにいるんだ?」
「花を買いに来たんです」
「花? わざわざここまで?」
「ええっと花はついでです。ここには別に用事があったので」
「そうか」

 困った様な顔をしながら、少年は指先で頬をぽりぽりとかく。それに合わせて抱えている色とりどりの小さな花達が泳ぐ様に揺れる。相変わらず見ても何の花かなんて、分からない。少年は愛でる様な目で、その色を眺め出す。

「綺麗ですよね」
「……まぁ」
「これは贈るために買ったんです。父さんはこの花が大好きだったので、僕も好きになったんです」

 胸がぎゅっとなり、切なくなる。だったという過去の言い方に、この世にはいないのだろうと思ってしまった。

「そうか……きっと父親も喜ぶだろうな」
「いえ、これは父にはあげませんよ。違う人にあげるんです」
「?」
「ふふ、もしかして父親のお墓参りかと思いましたか?」
「い、いや」
「父は存命です」

 気まずさから、視線を落とす。

 ……そうか。ならよかった。

 でも、だったら紛らわしい言い方をしないで欲しい。

「むしろ親は父さん一人しかいません。でも、寂しくはないですよ。兄弟もいますし、父さんはいろんな所へ連れて行ってくれますから」
「いい父親なんだな」
「そうですね。僕にとっては」

 いい父親。自分で言った言葉によく分からない感情が押し寄せる。それは悲しみなのか、はたまた嫉妬なのか羨望なのか。少年は首を傾げながら尋ねてくる。

「貴方のお父さんはどんな人ですか?」
「……さぁ。あまり覚えていない」
「そう、ですか。……お母さんは?」
「母の事もあまり覚えていない」
「いない……のですか?」
「そうだな。俺が小さい頃二人とも死んだから」
「……そうですか」

 少年はそう呟いてぎゅっと花束を抱え、黙ってしまう。なんとも気まずい空気。打ち解けてもいない相手にする話ではなかった。しまったなと後悔して、とりあえず話題を急いで変える。

「その花、誰にあげるんだ?」
「これですか? 実は父さんにはずっと好きな人がいるんですけどね、一度振られちゃって」
「あ、あぁ」

 いきなり、なんとも答え辛い。

「でも、やっぱり好きなんですよね。僕は父さんに幸せになって欲しいので、この花で仲をとり持てればなんて思ってる訳です」

 そんな事わざわざするものなのかと、頭の中で首を傾げる。まぁ少しばかりお節介な気もするが、それほどこの少年にとっては父親が大切なのだろう。そして、父親も同じ様にこの子を思ってるんだ。

「うまくいくといいな」
「でも、思っているだけで多分渡すことは叶わないでしょう……不毛なものですよね」
「まぁ……俺にはそういう話はよく分からないが」
「そうですか。貴方にはいませんか? 想う人が」
「俺?」

 困惑する。それは問われた内容ではなく、俺を真っ直ぐ見てる瞳が光も色も見えなかった事だ。思わず躊躇してしまった。それでも今の問いの答えはすぐに出るので、視線を逸らし答える。

「そんな人は俺にはいない」
「……そうですか」

 少年は顔を下げ、花束に顔を隠す。
 不意に旗が大きくはためく音がした。背後から強い風が一回吹く。髪が靡く。突風と言っていいほどのあまりの強い風に周りの人々が騒めく声がした。その風は少年が抱えている花を激しく揺らし、花びらを散らす。花弁が舞い上がる。俺は後を追い空を見上げる。月を隠す雲の淵が光っている。

「嫌な風だなぁ」

 心底嫌そうな声に、顔を下げる。少年も空を見上げていた。花が散ってしまったのが嫌だったのか不機嫌そうな顔をしている。

「父親が心配するから早く帰った方がいいんじゃないか」
「ふふ、そうですね。でもどうやって帰ろうかな」
「……迷ったのか?」
「そうなんですよ。……誰かさんのせいで」

 はぁっとため息をつき、小さな肩を落とす。

「案内するか?」
「いえいえ! 大丈夫ですよ。きっとそのうち迎えに来てもらえると思うので」
「そうか。それじゃあ俺はもう行くから」
「あ、そうですか。よければ、お名前だけ伺ってもいいですか?」
「ヴァンだ」
「ファン?」
「違う。ヴァン・オクロードだ」

 少年は目を丸くした後、うんうんと嬉しそうに頷いた。そういえばまだこの子の名前を聞いてなかった。

「君は」
「本当にありがとうございました! このお礼は必ずします。ですからまた会いに来ますね、ヴァンのお兄さん」

 少年はぺこりとお辞儀をして、カサカサと花束を揺らしながら小走りで路地裏の中消えていく。その背を目を細めて見る。

 ……お兄さん?

 そんな風に呼ばれた事はないので、なんとも変な気分。色々あって助けたことなどすっかり忘れていたが、とりあえず無事な姿が見れてほっとした。

 でも、カイトはもういない。

 それでも、俺の選択は間違ってはいなかったと今この場だけでも信じたかった。
 
 しかし、違う国同士でこんな場所で会えるなんて不思議な巡り合わせだな。

 雲が流れ、再び月明かりが誰もいない路地裏の中へ光を落とす。地面の上で散らされた花弁が僅かに揺れているのを見た後、俺は城へと歩みを進める。
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