21 / 111
第一章
21.カイト ◆
しおりを挟む
春の日差しが暖かな昼下がり。昼ごはんが済んだ子供達のはしゃぐ声と、風が木々を揺らす葉切れの音だけが聞こえる。
俺は庭の木の下で本を読む。隣にはキルも座って本を開いて、ケタケタと笑ってる。うるさいなっと横目で見ると、突然誰かが声をかけてきた。
「ねっねぇ」
見上げるとそこには栗色の髪の男の子がいた。顔を赤くして手を後ろに隠し、もじもじしてる。
「ん? 何?」
「……えっと、その」
キルが聞いてもその子はそれだけ言って、地面を見つめ黙ってしまう。キルがひそひそと話しかけてくる。
「ヴァンの知り合い?」
どうだったかな?
同じ孤児院の子なんだろうけど、正直誰一人覚えていない。
「なに?」
今度は俺が聞いてみた。その子はふるふると体を震わせ、何かを言いたそうに緑色の目でじっと見てくる。俺も見つめ返す。ぎゅっと閉じていた口がゆっくりと開いた。
「僕も……一緒に遊んでもいい?」
赤かった顔が更に赤くなり、泣き出しそうな顔になった。キルが慌てて口を開く。
「べっ別に本読んでるだけだよ。それでいいのか?」
「うん。僕も本読むの好きだから」
後ろで隠していた手を前に出し、一冊の本を俺たちに見せた。
「そっか! じゃあここに座れよ」
キルは勝手に話を進めている。まぁ別にどっちでもいいけど。男の子はぱっ、と笑顔になってキルと俺の間に座る。二人が話し出す。その会話が自然と耳に入ってくる。
「あっありがとう!」
「なに読んでんの?」
「今はね魔王の話」
「魔王?」
「そう! 悪い魔王と戦ってお姫様を助けるの」
「へぇ。面白そうだな。なぁそれ、首にかけてるやつ何? 綺麗だな!」
なんだろう、と少し興味が湧いて少年の胸元を見る。小さな楕円の形をしたロケットみたいなものを、首から下げていた。それは鈍く金色に光っている。
「これ? これはお母さんの形見なんだ。僕お母さんと一緒に住んでたんだけど死んじゃって……。誰も一緒に住んでくれる人がいないから、ここに来たんだ」
男の子は緑の瞳を細めてロケットを眺める。気まずい空気。俺は気の利いた言葉なんて思い浮かばないから、黙ってる。キルが眉を下げながら口を開く。
「そうか……ところでさ、お前名前は?」
そう言えばまだ、この子の名前を知らなかった。
「僕はカイトだよ」
「カイトな! 俺は」
「知ってるよ。王子様でしょ……なんて呼んでいいのかな?」
「へへっ、キルでいいよ」
「本当に? いつも見張ってる人に怒られない?」
「別に大丈夫だよ。それにこいつなんておい、とかなぁ、とかしか呼ばないんだ」
「へぇ」
二人の視線を感じる。聞いてないフリしよ。手元で開いていたページに視線を戻す。
「そうだ! カイトも本読むの好きならさ、今度内緒で城の書庫に連れてってやるよ」
「えっ! 本当!?」
「あぁ! ヴァンともそう約束したんだ! なっ!」
そうそう。その約束を珍しく楽しみにしてるんだ。でも楽しみにしてるなんてバレたくないから、小さく頷く。
「でも、バレたら牢屋に入れられたりしない?」
「ははっ! しないって! 俺がついてるからな」
「そっそう? じゃあ、キルから離れないようにしないと」
「離れるって、どこ行くんだよ」
「だってお城は広いから迷子になるかも」
「カイトは心配性だなぁ」
ははっ、と揶揄うように笑うキルの声が更に弾む。
「あっ! あとさ、今度虫取りに行くんだ! カイトも一緒に行くか?」
「いいの!? 行く行くっ! 何取るの?」
「変わった蝶が飛んでるの見てよ。綺麗でさ、あれを取りたいんだ!」
「蝶々?」
カイトの声色は何で蝶っと言ってる様に聞こえた。俺もそう思うから、カイトとは気が合うかもしれない。
「何だよ」
「あっ! うん、いいね。蝶々」
「ヴァンも行こうなっ!」
「俺は蝶なんて興味ない」
「お前はもう少し協調性を持てよ」
「ふふ、いっぱい約束しちゃった! 楽しみだなぁ!」
カイトはすごく嬉しそうに笑ってる。
「ねぇ、君の事はヴァンって呼んでいいかな?」
「何でもいい」
「そう。楽しみだね、ヴァン」
「蝶はとりたくない」
「何でだよっ!」
「ははっ」
カイトは本当に嬉しそうに笑ってる。
「……ねぇ、ヴァン」
なのに、急に怒った様な口調で名前を呼ばれた。びっくりしてカイトを見る。
息が止まる。体が硬直した。ドクドクと大きく脈打つ。あんなに楽しそうに笑っていたカイトの顔は、いつの間か血に塗れていた。視線を外せない俺を憎悪した瞳で睨んでいる。体が大きく震え出す。赤黒い液体を流し続ける口元が開く。
「どうして……置いていったの?」
俺は庭の木の下で本を読む。隣にはキルも座って本を開いて、ケタケタと笑ってる。うるさいなっと横目で見ると、突然誰かが声をかけてきた。
「ねっねぇ」
見上げるとそこには栗色の髪の男の子がいた。顔を赤くして手を後ろに隠し、もじもじしてる。
「ん? 何?」
「……えっと、その」
キルが聞いてもその子はそれだけ言って、地面を見つめ黙ってしまう。キルがひそひそと話しかけてくる。
「ヴァンの知り合い?」
どうだったかな?
同じ孤児院の子なんだろうけど、正直誰一人覚えていない。
「なに?」
今度は俺が聞いてみた。その子はふるふると体を震わせ、何かを言いたそうに緑色の目でじっと見てくる。俺も見つめ返す。ぎゅっと閉じていた口がゆっくりと開いた。
「僕も……一緒に遊んでもいい?」
赤かった顔が更に赤くなり、泣き出しそうな顔になった。キルが慌てて口を開く。
「べっ別に本読んでるだけだよ。それでいいのか?」
「うん。僕も本読むの好きだから」
後ろで隠していた手を前に出し、一冊の本を俺たちに見せた。
「そっか! じゃあここに座れよ」
キルは勝手に話を進めている。まぁ別にどっちでもいいけど。男の子はぱっ、と笑顔になってキルと俺の間に座る。二人が話し出す。その会話が自然と耳に入ってくる。
「あっありがとう!」
「なに読んでんの?」
「今はね魔王の話」
「魔王?」
「そう! 悪い魔王と戦ってお姫様を助けるの」
「へぇ。面白そうだな。なぁそれ、首にかけてるやつ何? 綺麗だな!」
なんだろう、と少し興味が湧いて少年の胸元を見る。小さな楕円の形をしたロケットみたいなものを、首から下げていた。それは鈍く金色に光っている。
「これ? これはお母さんの形見なんだ。僕お母さんと一緒に住んでたんだけど死んじゃって……。誰も一緒に住んでくれる人がいないから、ここに来たんだ」
男の子は緑の瞳を細めてロケットを眺める。気まずい空気。俺は気の利いた言葉なんて思い浮かばないから、黙ってる。キルが眉を下げながら口を開く。
「そうか……ところでさ、お前名前は?」
そう言えばまだ、この子の名前を知らなかった。
「僕はカイトだよ」
「カイトな! 俺は」
「知ってるよ。王子様でしょ……なんて呼んでいいのかな?」
「へへっ、キルでいいよ」
「本当に? いつも見張ってる人に怒られない?」
「別に大丈夫だよ。それにこいつなんておい、とかなぁ、とかしか呼ばないんだ」
「へぇ」
二人の視線を感じる。聞いてないフリしよ。手元で開いていたページに視線を戻す。
「そうだ! カイトも本読むの好きならさ、今度内緒で城の書庫に連れてってやるよ」
「えっ! 本当!?」
「あぁ! ヴァンともそう約束したんだ! なっ!」
そうそう。その約束を珍しく楽しみにしてるんだ。でも楽しみにしてるなんてバレたくないから、小さく頷く。
「でも、バレたら牢屋に入れられたりしない?」
「ははっ! しないって! 俺がついてるからな」
「そっそう? じゃあ、キルから離れないようにしないと」
「離れるって、どこ行くんだよ」
「だってお城は広いから迷子になるかも」
「カイトは心配性だなぁ」
ははっ、と揶揄うように笑うキルの声が更に弾む。
「あっ! あとさ、今度虫取りに行くんだ! カイトも一緒に行くか?」
「いいの!? 行く行くっ! 何取るの?」
「変わった蝶が飛んでるの見てよ。綺麗でさ、あれを取りたいんだ!」
「蝶々?」
カイトの声色は何で蝶っと言ってる様に聞こえた。俺もそう思うから、カイトとは気が合うかもしれない。
「何だよ」
「あっ! うん、いいね。蝶々」
「ヴァンも行こうなっ!」
「俺は蝶なんて興味ない」
「お前はもう少し協調性を持てよ」
「ふふ、いっぱい約束しちゃった! 楽しみだなぁ!」
カイトはすごく嬉しそうに笑ってる。
「ねぇ、君の事はヴァンって呼んでいいかな?」
「何でもいい」
「そう。楽しみだね、ヴァン」
「蝶はとりたくない」
「何でだよっ!」
「ははっ」
カイトは本当に嬉しそうに笑ってる。
「……ねぇ、ヴァン」
なのに、急に怒った様な口調で名前を呼ばれた。びっくりしてカイトを見る。
息が止まる。体が硬直した。ドクドクと大きく脈打つ。あんなに楽しそうに笑っていたカイトの顔は、いつの間か血に塗れていた。視線を外せない俺を憎悪した瞳で睨んでいる。体が大きく震え出す。赤黒い液体を流し続ける口元が開く。
「どうして……置いていったの?」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私を裏切った相手とは関わるつもりはありません
みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。
未来を変えるために行動をする
1度裏切った相手とは関わらないように過ごす
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる