咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
上 下
21 / 110
第一章

21.カイト ◆

しおりを挟む
 春の日差しが暖かな昼下がり。昼ごはんが済んだ子供達のはしゃぐ声と、風が木々を揺らす葉切れの音だけが聞こえる。
 俺は庭の木の下で本を読む。隣にはキルも座って本を開いて、ケタケタと笑ってる。うるさいなっと横目で見ると、突然誰かが声をかけてきた。

「ねっねぇ」

 見上げるとそこには栗色の髪の男の子がいた。顔を赤くして手を後ろに隠し、もじもじしてる。

「ん? 何?」
「……えっと、その」

 キルが聞いてもその子はそれだけ言って、地面を見つめ黙ってしまう。キルがひそひそと話しかけてくる。

「ヴァンの知り合い?」

 どうだったかな?
 同じ孤児院の子なんだろうけど、正直誰一人覚えていない。

「なに?」

 今度は俺が聞いてみた。その子はふるふると体を震わせ、何かを言いたそうに緑色の目でじっと見てくる。俺も見つめ返す。ぎゅっと閉じていた口がゆっくりと開いた。

「僕も……一緒に遊んでもいい?」

 赤かった顔が更に赤くなり、泣き出しそうな顔になった。キルが慌てて口を開く。

「べっ別に本読んでるだけだよ。それでいいのか?」
「うん。僕も本読むの好きだから」

 後ろで隠していた手を前に出し、一冊の本を俺たちに見せた。

「そっか! じゃあここに座れよ」

 キルは勝手に話を進めている。まぁ別にどっちでもいいけど。男の子はぱっ、と笑顔になってキルと俺の間に座る。二人が話し出す。その会話が自然と耳に入ってくる。

「あっありがとう!」
「なに読んでんの?」
「今はね魔王の話」
「魔王?」
「そう! 悪い魔王と戦ってお姫様を助けるの」
「へぇ。面白そうだな。なぁそれ、首にかけてるやつ何? 綺麗だな!」

 なんだろう、と少し興味が湧いて少年の胸元を見る。小さな楕円の形をしたロケットみたいなものを、首から下げていた。それは鈍く金色に光っている。

「これ? これはお母さんの形見なんだ。僕お母さんと一緒に住んでたんだけど死んじゃって……。誰も一緒に住んでくれる人がいないから、ここに来たんだ」

 男の子は緑の瞳を細めてロケットを眺める。気まずい空気。俺は気の利いた言葉なんて思い浮かばないから、黙ってる。キルが眉を下げながら口を開く。

「そうか……ところでさ、お前名前は?」

 そう言えばまだ、この子の名前を知らなかった。

「僕はカイトだよ」
「カイトな! 俺は」
「知ってるよ。王子様でしょ……なんて呼んでいいのかな?」
「へへっ、キルでいいよ」
「本当に? いつも見張ってる人に怒られない?」
「別に大丈夫だよ。それにこいつなんておい、とかなぁ、とかしか呼ばないんだ」
「へぇ」

 二人の視線を感じる。聞いてないフリしよ。手元で開いていたページに視線を戻す。

「そうだ! カイトも本読むの好きならさ、今度内緒で城の書庫に連れてってやるよ」
「えっ! 本当!?」
「あぁ! ヴァンともそう約束したんだ! なっ!」



 そうそう。その約束を珍しく楽しみにしてるんだ。でも楽しみにしてるなんてバレたくないから、小さく頷く。

「でも、バレたら牢屋に入れられたりしない?」
「ははっ! しないって! 俺がついてるからな」
「そっそう? じゃあ、キルから離れないようにしないと」
「離れるって、どこ行くんだよ」
「だってお城は広いから迷子になるかも」
「カイトは心配性だなぁ」

 ははっ、と揶揄うように笑うキルの声が更に弾む。

「あっ! あとさ、今度虫取りに行くんだ! カイトも一緒に行くか?」
「いいの!? 行く行くっ! 何取るの?」
「変わった蝶が飛んでるの見てよ。綺麗でさ、あれを取りたいんだ!」
「蝶々?」

 カイトの声色は何で蝶っと言ってる様に聞こえた。俺もそう思うから、カイトとは気が合うかもしれない。


「何だよ」
「あっ! うん、いいね。蝶々」
「ヴァンも行こうなっ!」
「俺は蝶なんて興味ない」
「お前はもう少し協調性を持てよ」
「ふふ、いっぱい約束しちゃった! 楽しみだなぁ!」

 カイトはすごく嬉しそうに笑ってる。

「ねぇ、君の事はヴァンって呼んでいいかな?」
「何でもいい」
「そう。楽しみだね、ヴァン」
「蝶はとりたくない」
「何でだよっ!」
「ははっ」

 カイトは本当に嬉しそうに笑ってる。

「……ねぇ、ヴァン」

 なのに、急に怒った様な口調で名前を呼ばれた。びっくりしてカイトを見る。
 息が止まる。体が硬直した。ドクドクと大きく脈打つ。あんなに楽しそうに笑っていたカイトの顔は、いつの間か血に塗れていた。視線を外せない俺を憎悪した瞳で睨んでいる。体が大きく震え出す。赤黒い液体を流し続ける口元が開く。

「どうして……置いていったの?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

処理中です...