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第一章
21.カイト ◆
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春の日差しが暖かな昼下がり。昼ごはんが済んだ子供達のはしゃぐ声と、風が木々を揺らす葉切れの音だけが聞こえる。
俺は庭の木の下で本を読む。隣にはキルも座って本を開いて、ケタケタと笑ってる。うるさいなっと横目で見ると、突然誰かが声をかけてきた。
「ねっねぇ」
見上げるとそこには栗色の髪の男の子がいた。顔を赤くして手を後ろに隠し、もじもじしてる。
「ん? 何?」
「……えっと、その」
キルが聞いてもその子はそれだけ言って、地面を見つめ黙ってしまう。キルがひそひそと話しかけてくる。
「ヴァンの知り合い?」
どうだったかな?
同じ孤児院の子なんだろうけど、正直誰一人覚えていない。
「なに?」
今度は俺が聞いてみた。その子はふるふると体を震わせ、何かを言いたそうに緑色の目でじっと見てくる。俺も見つめ返す。ぎゅっと閉じていた口がゆっくりと開いた。
「僕も……一緒に遊んでもいい?」
赤かった顔が更に赤くなり、泣き出しそうな顔になった。キルが慌てて口を開く。
「べっ別に本読んでるだけだよ。それでいいのか?」
「うん。僕も本読むの好きだから」
後ろで隠していた手を前に出し、一冊の本を俺たちに見せた。
「そっか! じゃあここに座れよ」
キルは勝手に話を進めている。まぁ別にどっちでもいいけど。男の子はぱっ、と笑顔になってキルと俺の間に座る。二人が話し出す。その会話が自然と耳に入ってくる。
「あっありがとう!」
「なに読んでんの?」
「今はね魔王の話」
「魔王?」
「そう! 悪い魔王と戦ってお姫様を助けるの」
「へぇ。面白そうだな。なぁそれ、首にかけてるやつ何? 綺麗だな!」
なんだろう、と少し興味が湧いて少年の胸元を見る。小さな楕円の形をしたロケットみたいなものを、首から下げていた。それは鈍く金色に光っている。
「これ? これはお母さんの形見なんだ。僕お母さんと一緒に住んでたんだけど死んじゃって……。誰も一緒に住んでくれる人がいないから、ここに来たんだ」
男の子は緑の瞳を細めてロケットを眺める。気まずい空気。俺は気の利いた言葉なんて思い浮かばないから、黙ってる。キルが眉を下げながら口を開く。
「そうか……ところでさ、お前名前は?」
そう言えばまだ、この子の名前を知らなかった。
「僕はカイトだよ」
「カイトな! 俺は」
「知ってるよ。王子様でしょ……なんて呼んでいいのかな?」
「へへっ、キルでいいよ」
「本当に? いつも見張ってる人に怒られない?」
「別に大丈夫だよ。それにこいつなんておい、とかなぁ、とかしか呼ばないんだ」
「へぇ」
二人の視線を感じる。聞いてないフリしよ。手元で開いていたページに視線を戻す。
「そうだ! カイトも本読むの好きならさ、今度内緒で城の書庫に連れてってやるよ」
「えっ! 本当!?」
「あぁ! ヴァンともそう約束したんだ! なっ!」
そうそう。その約束を珍しく楽しみにしてるんだ。でも楽しみにしてるなんてバレたくないから、小さく頷く。
「でも、バレたら牢屋に入れられたりしない?」
「ははっ! しないって! 俺がついてるからな」
「そっそう? じゃあ、キルから離れないようにしないと」
「離れるって、どこ行くんだよ」
「だってお城は広いから迷子になるかも」
「カイトは心配性だなぁ」
ははっ、と揶揄うように笑うキルの声が更に弾む。
「あっ! あとさ、今度虫取りに行くんだ! カイトも一緒に行くか?」
「いいの!? 行く行くっ! 何取るの?」
「変わった蝶が飛んでるの見てよ。綺麗でさ、あれを取りたいんだ!」
「蝶々?」
カイトの声色は何で蝶っと言ってる様に聞こえた。俺もそう思うから、カイトとは気が合うかもしれない。
「何だよ」
「あっ! うん、いいね。蝶々」
「ヴァンも行こうなっ!」
「俺は蝶なんて興味ない」
「お前はもう少し協調性を持てよ」
「ふふ、いっぱい約束しちゃった! 楽しみだなぁ!」
カイトはすごく嬉しそうに笑ってる。
「ねぇ、君の事はヴァンって呼んでいいかな?」
「何でもいい」
「そう。楽しみだね、ヴァン」
「蝶はとりたくない」
「何でだよっ!」
「ははっ」
カイトは本当に嬉しそうに笑ってる。
「……ねぇ、ヴァン」
なのに、急に怒った様な口調で名前を呼ばれた。びっくりしてカイトを見る。
息が止まる。体が硬直した。ドクドクと大きく脈打つ。あんなに楽しそうに笑っていたカイトの顔は、いつの間か血に塗れていた。視線を外せない俺を憎悪した瞳で睨んでいる。体が大きく震え出す。赤黒い液体を流し続ける口元が開く。
「どうして……置いていったの?」
俺は庭の木の下で本を読む。隣にはキルも座って本を開いて、ケタケタと笑ってる。うるさいなっと横目で見ると、突然誰かが声をかけてきた。
「ねっねぇ」
見上げるとそこには栗色の髪の男の子がいた。顔を赤くして手を後ろに隠し、もじもじしてる。
「ん? 何?」
「……えっと、その」
キルが聞いてもその子はそれだけ言って、地面を見つめ黙ってしまう。キルがひそひそと話しかけてくる。
「ヴァンの知り合い?」
どうだったかな?
同じ孤児院の子なんだろうけど、正直誰一人覚えていない。
「なに?」
今度は俺が聞いてみた。その子はふるふると体を震わせ、何かを言いたそうに緑色の目でじっと見てくる。俺も見つめ返す。ぎゅっと閉じていた口がゆっくりと開いた。
「僕も……一緒に遊んでもいい?」
赤かった顔が更に赤くなり、泣き出しそうな顔になった。キルが慌てて口を開く。
「べっ別に本読んでるだけだよ。それでいいのか?」
「うん。僕も本読むの好きだから」
後ろで隠していた手を前に出し、一冊の本を俺たちに見せた。
「そっか! じゃあここに座れよ」
キルは勝手に話を進めている。まぁ別にどっちでもいいけど。男の子はぱっ、と笑顔になってキルと俺の間に座る。二人が話し出す。その会話が自然と耳に入ってくる。
「あっありがとう!」
「なに読んでんの?」
「今はね魔王の話」
「魔王?」
「そう! 悪い魔王と戦ってお姫様を助けるの」
「へぇ。面白そうだな。なぁそれ、首にかけてるやつ何? 綺麗だな!」
なんだろう、と少し興味が湧いて少年の胸元を見る。小さな楕円の形をしたロケットみたいなものを、首から下げていた。それは鈍く金色に光っている。
「これ? これはお母さんの形見なんだ。僕お母さんと一緒に住んでたんだけど死んじゃって……。誰も一緒に住んでくれる人がいないから、ここに来たんだ」
男の子は緑の瞳を細めてロケットを眺める。気まずい空気。俺は気の利いた言葉なんて思い浮かばないから、黙ってる。キルが眉を下げながら口を開く。
「そうか……ところでさ、お前名前は?」
そう言えばまだ、この子の名前を知らなかった。
「僕はカイトだよ」
「カイトな! 俺は」
「知ってるよ。王子様でしょ……なんて呼んでいいのかな?」
「へへっ、キルでいいよ」
「本当に? いつも見張ってる人に怒られない?」
「別に大丈夫だよ。それにこいつなんておい、とかなぁ、とかしか呼ばないんだ」
「へぇ」
二人の視線を感じる。聞いてないフリしよ。手元で開いていたページに視線を戻す。
「そうだ! カイトも本読むの好きならさ、今度内緒で城の書庫に連れてってやるよ」
「えっ! 本当!?」
「あぁ! ヴァンともそう約束したんだ! なっ!」
そうそう。その約束を珍しく楽しみにしてるんだ。でも楽しみにしてるなんてバレたくないから、小さく頷く。
「でも、バレたら牢屋に入れられたりしない?」
「ははっ! しないって! 俺がついてるからな」
「そっそう? じゃあ、キルから離れないようにしないと」
「離れるって、どこ行くんだよ」
「だってお城は広いから迷子になるかも」
「カイトは心配性だなぁ」
ははっ、と揶揄うように笑うキルの声が更に弾む。
「あっ! あとさ、今度虫取りに行くんだ! カイトも一緒に行くか?」
「いいの!? 行く行くっ! 何取るの?」
「変わった蝶が飛んでるの見てよ。綺麗でさ、あれを取りたいんだ!」
「蝶々?」
カイトの声色は何で蝶っと言ってる様に聞こえた。俺もそう思うから、カイトとは気が合うかもしれない。
「何だよ」
「あっ! うん、いいね。蝶々」
「ヴァンも行こうなっ!」
「俺は蝶なんて興味ない」
「お前はもう少し協調性を持てよ」
「ふふ、いっぱい約束しちゃった! 楽しみだなぁ!」
カイトはすごく嬉しそうに笑ってる。
「ねぇ、君の事はヴァンって呼んでいいかな?」
「何でもいい」
「そう。楽しみだね、ヴァン」
「蝶はとりたくない」
「何でだよっ!」
「ははっ」
カイトは本当に嬉しそうに笑ってる。
「……ねぇ、ヴァン」
なのに、急に怒った様な口調で名前を呼ばれた。びっくりしてカイトを見る。
息が止まる。体が硬直した。ドクドクと大きく脈打つ。あんなに楽しそうに笑っていたカイトの顔は、いつの間か血に塗れていた。視線を外せない俺を憎悪した瞳で睨んでいる。体が大きく震え出す。赤黒い液体を流し続ける口元が開く。
「どうして……置いていったの?」
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