咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第一章

19.見えない光

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 どれだけの時間が経ったのだろう……。

 感覚がだんだんおかしくなる。ここに入ったことが今さっきの様にも感じられるし、もう永遠と彷徨っている気もする。
 心なしか寒気がしてきた。頭がぼうっとして少しだるい。さっきの馬のことを思い出す。
 
 俺もいずれ、あぁなってしまうのだろうか。
 
 瘴魔になった自分を想像するだけで、震え上がる。死んでも尚、誰かを襲う……そんな死に方だけは嫌だった。

 もしも、カイトが……そうしたら、俺は。

 大きく首を振る。ふと血生臭い匂いが鼻を掠め、コツンと足に何かが当たる。下を向く。真っ赤に染まった剣であった。前に視線を向ける。心臓がドクドク鳴り出す。そこにはファリュウスの騎士が横たわっていた。ひしゃげた体はとてもじゃないが生きているとは思えなかった。辺りを見回す。同じような騎士が何人も転がっていた。血がまだ滴り落ち、辺りを真っ赤に染めている。

「これは……」

 赤い海に足を踏み入れる。注意深く辺りを見渡す。誰もぴくりとも動かない。

 皆、死んでいるのか……。

 足元に水音を立てながら辺りを探す。

「カイトー!!」

 呼ぶ声は虚しく霧の中へ消えていく。

「カイトーっ!」

 返事はない。
 立ち止まる。

 きっと、ここにはいないんだ。

 探しているのに、その方がいいと思った。なのに、振り向き様に栗色の髪が視界に入る。

「――っ!! カイトっ!?」

 急いでそばに駆け寄る。何度も足をもつれるさせながら辿り着く。確認する。そこにいたのはもう、俺の知っているカイトの姿ではなかった。すぐに現実と受け止められない。震える足で、そばに近寄る。力のない体を起こす。小さく揺さぶりながら、力強く呼ぶ。

「カイトっ! カイト、頼むから……起きてくれ」

 動かない。動いてくれない。真っ赤に染まる瞼は静かに閉じている。

「カイット」

 頼む、起きてくれ。

 少し強く体を揺さぶる。

「カイトっ!!」

 ピクッと瞼が動いた気がした。

「カイト!?」

 瞼がピクピクと動き出した。薄ら開き、緑の瞳が見えた。自分が生き返った様だった。カイトの視線がゆっくり辺りを見た後で、俺を見た。口元が震える。口を開いたら、泣いてしまいそう。それでも、呼ばずにはいられなかった。

「……カイトっ」
「ゥ゛ァ……ン?」

 虚な目でじっと見る。そしてふっと口元を上げた。ひび割れた唇が小さく開く。

「さが……にぎてぐれた、の?」
「あぁ」

 目を覆いたくなる程の傷を負ってもそれでも、いつもの様に柔らかく微笑む。そんなカイトをこんな目に合わせたのは自分だ。

「カイト、すまない。俺の、俺のせいで」
「なに、いって……ゴホッ」

 咳きと同時に大量の血を口から吐き出した。

「カイト!!」

 一刻を争う。こんな時、治癒の力が使えれば少しはカイトを楽にしてあげられたのに。俺は何も出来ない。する事ができない。自分の無力さが憎らしい。なるべくカイトが痛がらない様に慎重におぶさる。
 
「ここから出て誰かに治してもらおう。もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ、カイト」

 カイトは小さく頷いた。背がカイトの血を吸い生暖かくなる。焦燥にかられる。急ぎ足で霧の中を突き進む。

 でも、どこへ行けばいいんだ。

 視界の悪いこの世界で来た道を引き返すことは出来なかった。分からない。でも迷ってる時間なんてない。とにかく走った。背ではひゅうひゅうか細い呼吸が聞こえる。沈黙して霧の中を走っていると、カイトが話しかけてきた。

「ねぇ……ヴァ、ン」
「どうした?」
「ヴァンは……すごいね」
「なにが?」
「いつも……あんな敵を相手に……戦ってるんだね」
「……」
「大変、だったよ。あそこまで……いくの。それに……すごく、怖かった」
「――っどうして」

 どうして来たんだ、なんて言えなかった。そんな責めるような言葉を今のカイトにはかけたくはない。

「嫌な……夢、見たんだ」
「夢?」
「ヴァンが……闇にっ飲まれて……いなくなっちゃう」
「俺が?」

 そうか……だから、だからカイトはずっと憂いた目で俺を見ていたのか。心配してくれていたのか。でも、そんな夢のせいで、こんな事に。

「すごく、怖くて……もう……会えなくて」
「カイト」

 カイトが背をぎゅっと掴む。

「でも……よかった。守れたよ……ね? ――ゴホッゴホッ」
「カイト! 大丈夫か!?」
「……ん」

 それはもう消えてしまいそうな、吐息のような返事。

「もう、喋るんじゃない。あと少しだから」

 あと少し、あと少しとはどれくらい?嘘をついて、偽りの希望を持たせようとする。それは自分のためであったかもしれない。

「今度は、僕が……助けるからね」
「何言って……助けられてるのはいつも俺の方だ」
「そんなこと言うの……珍しいね。ここが晴れるの……かも」
「そんな訳ないだろ」
「でも、ね。光が……見えるんだ」

 その言葉に背筋がゾッとした。心の臓を握られる様な戦慄が走る。最悪が忍び寄ってくる。考えたくない。考えたくない。だからあっちに行ってくれ。

「そうか。でも、そんなものはない。お前の光……お前を待ってる人はここにはいないだろ」
「……うん。そう……だね」
「必ず連れて帰るから。だから」

 死なないでくれ。
 
 お願いだ、お願いだから。
 何だってする。悪魔にだって魂を売ってやってもいい。だから、誰か……誰か助けてくれ。

「か……助け、て」

 カイトが俺の思いと同じ言葉を口にした。胸が苦しくて、目から涙が溢れた。
 分かってる。分かってる、カイト。死にたくないって思ってる。愛する人が待ってる。あんなに幸せそうに笑ってたんだ。帰りたい。カイトはそう願ってる。

「分かってる。必ず、助けるからな」
「……ヴァン。ありがとう」

 微かな声でそう聞こえた。
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