咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
上 下
15 / 111
第一章

15.選択

しおりを挟む
 まるで悪夢の中にでもいるようだ。非現実的な光景に恐怖した。どうしていつもと同じだと思っていたのだろう。完全に油断した。今更ながらここへ来たことを後悔し始める。セラートが喫驚した声を上げる。

「これが……瘴気? これほど巨大なのか」
「いえ、こんな巨大なものは聞いたことがありません。おそらく今までで最大かと」

 そう、これは異常な大きさだ。遠くから地の底から聞こえる様な不気味な声がした。

 瘴魔だ。

 この巨大な瘴気に一体どれほどの瘴魔が現れるのだろう。

「ほっ本当にこの中にいて、大丈夫なのかな?」
「だっ大丈夫……アドニール様のこれが、あるから」
「ヴァン見てっ!!」

 傍にいるカイトが切迫した叫びを上げる。俺は瘴気の方を凝視する。

 なんだ、あれは?

 積乱雲の様な紫の瘴気から何が伸びるのが見えた。ここからだと確認しづらいがあれは……手のように見えた。それが何本も生え、辺りを物色するように地を荒らしている。距離があるとはいえ危機を感じた。

「ヤバい……ヤバい」
「ここにいてはいけない! なんとかここから脱出しないと」

 セラートがドンドンと壁を叩き始める。

「えっ! この中にいた方がいいんじゃないですか!?」
「どっち、どっちだっ!?」
「もぉ、あんたでかいんだからぁ暴れないでよぉ」
「困りましたね」

 皆あたふたと慌て始めだす。俺は微動だせず、ずっと同じ場所に立っていた。
 これに触れるのが恐ろしかった。自分とは対照的な存在。眩い光に触れたら自分はどうなるのだろうかと。一歩足を前に出す。掌を見た後、二歩、三歩と近づいてそれに触れる。
 奇妙な音がした。
 共鳴したように、心の底が震える。
 膜にピシッと亀裂が入った。
 次の瞬間、ガラスが砕ける音が空から降ってくる。パラパラと光のかけらが落ちてきた。

「こっ壊れた!」

 カミュンの叫びに何が起こったのか理解した。俺が壊してしまったのだろうか。それを言おうか迷っていると、宙で止まっていた手を誰かが握る。そちらを見る。カイトが眉を下げながら小さく首を振った。

「急に、どうして」
「今はそれはいい。とにかくこれで自由が効く。行こうか」
「行く?」
「マジで行くんっすか……」
「さっきも言ったけど、引き返してくれて構わない」

 まだ諦めていたなかったのか。流石にこの戦いには意味を見出せない。そんな戦いに皆を連れて行きたくはない。セラートに問う。
 
「考え直してはくれないのですか?」

 セラートは力強い眼光で俺を見据える。ダメだこれは。テコでも動きそうもない。どうしてセラートはこれほどまでアドニールに固執するのだろう。ここは自分の国ではない。行ったところで無駄に命を危険に晒すだけだ。

 でも、それならそれで……。

「分かりました、ご一緒します。ですが隊員達はここへ残します」
「え゛っ!!」

 慌てた様子で皆が俺の傍へ来て、詰め寄ってくる。

「なんですっか!?」
「流石に危険すぎる」
「なら、尚更私達も行きます」
「そうですよ! 僕も一緒に行きますっ!! 置いていかないで下さいっ!」
「そうですよぉ~そんな気遣いいりませんよぉ」
「ヴァンが来るなって言っても、私達行くから」

 困ったなと小さくため息をする。諦めてくれる様子がない隊員達。それならば。

「死ぬかもしれないんだぞ」

 皆が息を呑むのが分かった。この脅しは効果的だったようだ。まぁ、脅しではなく事実だが。でも、カイリが引いてはくれない。

「それでも、私」
「ここで死にたくないだろ」
「じゃあヴァンは? ヴァンはいいの?」
「俺は別に……困らないから」
「困ら、ない?」

 カイリの声が震え出す。何となく想像できたカイリの表情。だから、俺はカイリの方は見ない。

「どうして、どうしてヴァンは自分の事そんな風に言うの……ヴァンに何かあったら悲しむ人がいるんだよ」
「俺に?」

 カイトを見て目が合う。カイトは自身の胸を掴み泣きそうなくらいに瞳を歪め、俺を見ていた。それを見ていられなくて目を逸らす。肩に手を置かれた。顔を上げると微笑むグレミオがいた。

「一緒に行きますよ」
「グレミオ」
「そうっすよ! そんなら尚更っす!!」
「まぁ~これも腐れ縁ですよぉ」
「僕はどこまでも隊長について行きますから!!」
「ヴァン、私達は仲間なんだから。一人にはしないよ」

 困ったな、っとまたため息をつく。作戦は見事に失敗した様だ。俺は皆に苦笑する。セラートが口を開いた。

「カイトはここに残ってなさい」
「えっ! セラート様!?」

 カイトは不服そうだが、俺はほっとした。カイトは瘴魔との実戦はない。この状況での戦闘は正直力不足だ。カイトを守り切れる自信も自分にはない。だから俺は一番カイトを連れて行きたくはなかった。

「いえ、僕も」
「カイト」

 俺は首を振る。カイトは顔を下げ唇を噛む。

「カイト。なるべく遠くへ……昼間休みをとったファリュウスとの国境で落ち合おう」
「……分かりました。セラート様お気をつけて」
 
 セラートは微笑み頷く。そして手綱を打ち駆け出す。俺も続こうとするとカイトが駆け寄ってくる。

「ヴァン……お願いだから無茶しないで、危ないと思ったら絶対に逃げて」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。……戦いには慣れてる」

 それはカイトを安心させる為に言った虚勢だ。流石にいつも通りとは言えない。俺は今日もしかしたら死ぬのかもしれないとすら思ってしまう。

 でも、それならそれでいいんだ。

 二人の友を悲しませてしまうという思いよりも、自分の価値を見出せないこの世界に未練はさほどなかった。ただ、二人に恩を返せないことくらい。

「ヴァン、気をつけて……待ってるから。約束だよ」
「あぁ、カイトも気をつけろよ」
「……うん」
 
 カイトは終始憂いた瞳で俺を見ていた。その瞳に別れを告げ、俺たちは深い闇の方へと進む。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

処理中です...