咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第一章

13.異変

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 休憩をとってからしばらく経つ。もう日は頭上を通り過ぎ、日が傾き始めている。淡いオレンジ色に染まる森の中、人の足で出来た道をグレミオを先頭にし皆無言で進む。グレミオが立ち止まり、こちらを向く。

「隊長」
「あぁ」

 どうやら目的の場所まで辿り着いたようだ。森を抜けた先の平原に幾つかの天幕が見えた。

 あれは。

「ファリュウスの騎士だね。どうやらこの辺りのようだ」
「今更ですけどバレたら僕ら、どうなるんです?」
「アルぅ大丈夫よぉ。いざと言う時はぁ私がなんとかするわぁ」
「はぁ? マリーは何もしなくていいよ」
「アドニールはいるんっすかね?」
「うん」

 セラートは露営の方を目を細めて伺う。代わりにグレミオが答える。

「どうやらここにはいなさそうです」
「どうしますか?」
「……そうだね」

 セラートは考え込む仕草をする。その間俺達はそのまま木の影に身を隠し、様子を伺う事になる。隊員達がひそひそと話し出す。

「何してるのかな?」
「さぁねぇ~」
「しっかし、思ったよりもすくねぇな」
「この先にも騎士がいそうです。こちらは露営で皆さん出払ってるんでしょう」

 グレミオの言葉にセラートは顔を上げる。

「そうか……ならそちらにアドニールは居るかも知れないね。少し迂回してそちらを見に行こうか」
「でも、そんなに近づいて大丈夫ですかね」

 アルが腕を組みながら、少し不服そうな言い方をする。

「んだよ、今更」
「トワに気が付かれるかも」
「トワ? なんだそれ?」
「はぁ、知らないの? これだから馬鹿は」
「んだとっ!」

 カミュンが掴みかかろうとするのセラートが制止させる。そして抑えた声で話し始める。

「トワはアドニールの眷属の一人だよ。ファリュウスだけにいる、その中でも数少ない精霊の声を聞く精霊使いの一人だ」
「へぇ、そんな人がいるんっすか! じゃあ精霊に俺たちの事を告げ口されるかも知れないってことっすか!?」
「どうかな……」

 セラートは難しい顔をする。アルが更に追い打ちをかける。

「それにもう一人の眷属ミツカゲは、アドニール様を絶対的存在としてる。得体の知れない僕らが近づいたら斬られるかも」
「マジかよ」
「それもミツカゲは雷を操る。雷の使い手なんてまた、アドニール様と同じで他にはいない。僕ら黒焦げにされるかも」
「マジかよ」

 アルの脅しにカミュンの顔色が徐々に青くなる。セラートが二人の間に入り、優しく肩に手を置く。

「二人とも心配ないよ……その為に私も来たんだから。それにバレたらバレたで好都合……なるべく穏便にはいきたいけどね」

 確かにアルの心配は分かる。噂で耳にした事がある程度の眷属二人は、どのような人物なのかはよく分からない。対立するような事があれば厄介な事には間違いないが、それでもここで様子を見ていても俺たちの知りたい事は何も分からない。

「とにかく、先へ行こうか」
「分かりました」

 そろそろと皆馬のそばへと歩き出す。俺も馬へ跨ろうとグッと力を入れた時、風が吹く。生暖かな風。その風が、起こす木々の葉ぎれの音が胸のざわめきを更に掻き立てる。鼓動が早くなる。呼吸が浅くなる。背を撫でられるような悪寒。

 ……来る。

「ヴァンどうしたの?」

 カイトがそばに来て声をかけてくるが、その声もまるで壁の向こう側のように聞こえ辛い。それよりも、この感じ間違いない。昨日の瘴気が現れる前と同じだ。だけど、昨日と違うのはそれがとてつもなく深く感じる事だ。

 いけない。

 俺の中で誰がそう言う。ここにいてはいけないと警告を鳴らす。昨日からの胸のざわめきが大きく膨れ上がる。それが口からこぼれ落ちる。

「……引き返しませんか?」
「えっ!?」

 皆目を丸くして俺を見る。自分でも今更とは思うが、それでも言わずにはいられなかった。心臓の鼓動が更に早くなる。ここにいたら大変な事が起きる。それは予感ではなく、もう確信だ。セラートが駆け寄ってくる。

「急などうしたんだ?」
「ヴァン、どうしたの? 大丈夫? ……顔色が悪いよ」
「カイト」

 瘴気が来る。そう言いたいのにもし、周りに何故と聞かれたら俺はどう答えたらいいのだろうか。そのせいで何も言えなくなる。ただ、胸の苦しさだけが増す。

「ヴァン」

 俺を不安そうに見つめていたカイトの瞳が徐々に開く。カイトが何かを言おうと口を開いた時、急に辺りが暗くなる。オレンジの光が消え夜が来たかのように闇が地を覆う。空を見上げる。暗雲たちこめていた。

「……天気が変わっわねぇ」
「嫌な感じがします」
「隊長、大丈夫ですか?」
「ヴァン?」

 アルとカイリが心配そうに覗き込んでくる顔が霞んで見える。

 いけない、いけない、いけない。

 あまりの苦しさに吐き気が込み上げる。口元を抑える。

 苦しい。

 初めて自身の闇が暴れ出す。視界が揺らいで足を崩してしまいそうな時、馬の駆ける足音が聞こえた。

「貴方達ここで何をしてるのっ!?」

 馬のいななく声と共に切迫した叫び声が聞こえた。顔を上げる。そこにいたのは白い馬に跨る一人の騎士。立派な馬とは対照的な華奢な体。フードを深く被り、目の無い白い面をつけた小さな騎士。

「……アドニール」

 セラートが傍で息を飲んで呟く。

 こいつが、アドニール?

 急に現れたお目当ての人物に驚く。小さなその体を疑心の目で見るが、すぐに確信に変わる。確かに彼は特別だ。何故かそこに居るだけで、彼は光り輝いているような何とも不思議な感覚に陥る。自身の闇が少し落ち着いた。

「ここに居てはいけないよ! すぐに離れてっ!」

 切迫したあどけない少年の声。それを聞いても俺たちは誰も動かなかった。痺れを切らしたようにアドニールは白いローブを翻しながら馬から飛び降り、こちらへ駆け寄ってくる。俺たちの前で立ち止まる。そして、急に動かなくなる。何も言わなくなる。ただ、その面の先の瞳がじっと俺を見ている気がする。だから、俺も見えない視線を見返した。

「……ヴァン?」

 名を呼ばれた気がした。
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