咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第一章

10.出発前②

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 セラートと話し込んでいると、誰がそばに立つ気配を感じた。明るい声が俺の名を呼ぶ。

「ヴァンおはよう! あと、セラート様…ですよね?」

 いつか見た事のある茶色の上着に茶色のズボンを着たカイトが、怪訝な表情でセラートを見つめる。多分、俺もこんな顔をしていたと思う。

「そうだよ、カイト。おはよう」
「おはようございます。随分と普段と変わられましたね」
「せっかくだから楽しんでみたよ。今日はよろしくね、御者さん」
「はい! 頑張ります!」
「おはようございます」

 声した方を見ると笑みを浮かべるアルがいた。茶色の短パンに白いシャツに緑のチョッキ。至って普通の姿。アルは俺を見るや否や何故か目を輝かせながら駆け寄ってくる。

「隊長の私服初めて見ました! かっこいいですね!
 凄く似合います! いや、隊長は何着てもきっと」
「アル」
「あっ、すみません」

 アルは気まずそうに顔を背け、静かに俺の横に立つ。アルはいつの間にか俺に懐いてくれるようになった。それは素直に嬉しいが、空気を読んでほしい。セラートは苦笑し、カイトはくすくすと笑っている。

「おはようございます。すみません、遅くれて来てしまって」
「おはようございます!」
 
 次にグレミオとカリンが来る。グレミオはいつものメガネに白いシャツと黒いズボンを着て、カリンはくすんだ緑色のシャツと青い短パン姿。あとは、マリーとカミュンだけかと通りの方を見ると、周りの視線を一身に集めながら、こちらへ歩いてくる奴がいる。俺はそいつを目を細めてみる。なんだかやけに胸元が開いた丈の短い真っ赤なワンピースを来た奴がこっちに来る。俺はどうかマリーではない様に願ったが、その願いは届かなかった。

「ふぁ、おはようございます~」
「……マリー。お前それ私服なのか?」
「そうですよぉ~どうですかぁ? 隊長ぉ」

 にやにやしながら近寄ってくる。思わず馬鹿野郎!っと叫びたくなった。カイリが俺とマリーの間に強引に割って入ってくる。

「ちょっちょっとなんなのよ! それ!」
「なにぃ? ただ隊長にぃ見てもらおうと思っただけよぉ」

 そう言って両腕を胸に寄せ、気取っている。カイトが赤面し、両手で顔を覆っているのが分かった。

「何やってんのよ! だいたい目立たない私服で来いって言われてたじゃないの!」
「目立たないとは言われてないよぉ~。せっかくならぁ色仕掛け担当役の服装にしたのぉ」
「何考えてんのよ!」
「まぁまぁ」

 セラートはどこからか一枚、茶色のローブを出しマリーに手渡した。

「もしもの時は、頼んだよ。色仕掛け担当さん」
「えぇ~これじゃ見えないじゃないですかぁ」
「いいから着とけ!」
「えぇ~まぁ隊長がそう言うならぁ」

 渋々マリーは袖に手を通している。まったく、頭が痛い。これで残すところカミュンだけなのだが……もう通りの方は見たくない。見るとろくな格好をした奴が来ない。マリーがぶつくさ言ってる声に、ガチャガチャと忙しなくなる金属音が聞こえてきた。それはまるで俺の首を絞める様に聞こえた。

「はぁはぁ、おはようございます! なんとか間に合った!」
「……」

 カミュンが息を切らしながらやって来た。俺も含め一同、カミュンに視線を向けて沈黙する。

「あ、えっと、その服は……」

 セラートですらなんと言っていいか困惑している様子。それもそうだ。真っ黒なテカテカした上着に、それと同じような素材のズボンに黒い皮の靴。全身真っ黒。そして極め付けに首にも手首にもごちゃごちゃと金属の飾りを付けている。

「どうです!? 護衛隊っぽく強めにしてきました! これは最近買ったばっかりのおニューなんっすよ!!」

 自慢気に服を見せびらかすカミュンを俺はもう見たくないし、何も言いたくない。ふざけてる。ふざけすぎている。カイトに昨日言われた事に少し自信がついたと言うのに、それはもう泡沫。昨日の礼すらも言いたくなくなってきた。

 これも俺の責任なのだろうか。

 アルがカミュンに吠える様に文句を言っている。これ以上酷くなる前に止めようとした時、セラートはマリー同様また同じようなローブをカミュンに手渡す。

「はいこれ。新しい服なら汚れるといけない。これを着ておきなさい」
「総隊長!! ありがとうございます!」
「あと、その飾りも取っておいてね」
「なんでっすか?」
「……汚れるといけないからね」
「あぁっ! そうっすね!」

 セラートはカミュンをうまく丸め込む事に成功する。さすが総隊長は伊達じゃない、なんてくだらないことで感心する。精神の疲弊のせいで心が麻痺したようだ。後で二人には説教するとして、今はこの失態を謝罪しないと。

「すみません、総隊長」
「いや、いいよ。私服って言ったのは私だからね。何より見ていて楽しいよ、君は大変だろうけどね」
「はぁ」

 セラートは憔悴している俺の肩に手を置く。

「それじゃあ、みんな揃ったし出発しようか」
「はい」

 俺達は正門に用意されていた馬に、カイトとセラートは積荷を積んだ荷馬車へ乗り込む。隊員達を確認した後、手綱を握るカイトと目が合う。お互い頷き、手綱を打つ。先程までの浮かれた空気に緊張感が走り出す。やっと実感が湧いてきた。今日という日に一体何が起こり、何を知る事ができるだろうか。上手くやれるだろうかいや、してみせると鼓舞させようとしてもそれでも、昨日から胸のざわめきが治まらない。
 小さく首を振り、空を仰ぐ。

 今日も良い天気になりそうだ。

 期待と不安が入り乱れる心持ちでどうか、せめて今日だけでも希望の持てる日であればいいと願う。
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