咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
上 下
2 / 110
第一章

2.隊の仲間

しおりを挟む
 誰かの声で目が覚めた。窓から差し込む光に目を細める。

 もう、朝か。

 部屋を見渡す。一緒に休んでいた見回りの兵士はもういない。今何時だろうかと、歯車で動く細い針が刻む時を確認する。いつも起きる時間より少し遅かったがそれでも、十分間に合う時間。上等とは言えない布をどけ、寝ていたばかりだというのにくたびれている体を起こす。一度背伸びをしてから準備し始めようとした時、扉から乾いた木の音がコンコンっと二度鳴る。

「ねーっ!! ヴァンいないのー!?」

 ハツラツとしたその声は、ぼうっとした頭によく響く。ボサボサの髪を押さえながら、扉の方へ向かう。多少立て付けの悪い扉が音を立てながら、俺はその声の主を迎えた。

「やっぱりまた、ここにいた……って、ねっ寝起きなの!?」
「ああ、今起きたとこだ」
「そっそうなんだ……珍しいね。いつも早起きなのに」

 カイリは一度俺を凝視した後、ソワソワとして視線を落とす。

「どうしたんだ? まだ時間まであるだろ……何かあったか?」
「何言ってるの? もう時間だよ。みんなヴァンが来るの待ってるよ?」

  驚愕して再び確認する。先ほどと変わらぬ時を指している。カイリが俺の横から部屋の中を覗き見る。

「ヴァン、それ遅れてるよ」
「えっ?」

 まさか、そんなと信じたくなかったが、皆がもう集まってるというならば、そうなのだろう。

「悪いカイリ。すぐ行くから先に行ってみんなに伝えといてくれ」
「うん! 了解」
 
 にっこりと笑った後、俺の気持ちとは裏腹にカイリはどこか弾む足取りで去って行く。俺はゆっくりと扉を閉め、頭を抑える。

 なんで……くそっ。

「はぁ」

 昨日からため息ばかりだ。仕事を怠けたそれを恨めしく見た後、こうしちゃいられないと急いで枕元に置いてあった着替えに手を伸ばす。乱暴に着替えを済ませた後、フォルダーベルトに剣を刺し、最後に髪を結い直す。
 部屋を飛び出し、城を出る。門兵に挨拶なんかもすっ飛ばし、目覚めている城下町の中を疾走する。城壁の門の側、馬を引き連れた隊員達が見えた。急いで傍へ駆け寄る。

「遅れて、すまない」

 少し乱れた呼吸のまま、待たせてしまったことへの謝罪を述べた。待っていた皆が一斉に俺を見る。

「おはようございます、隊長! いえ! 僕達も今、集まったばかりですので……今ね」
「そうですよぉ~。カミュンなんて今さっき着いたんですからぁ、今ぁさっきぃ」

 アルとマリーは俺を擁護しながらオタオタし出すカミュンを、じっとりした目で見る。

「なっ! マリーちゃん……それは言わないでよ~」

 金の髪を前髪で高くし、両横の髪を後方に流したご自慢の髪型を触りながら、カミュンは罰が悪そうな顔をしている。

「カミュンはいっつも遅いんだから、ヴァンと違って遅れてもいつもの事って思っちゃうんだよね」
「まぁまぁカリンさん。隊長、どうぞ」

 グレミオがカイリを宥めながら俺の馬を引き連れ、手綱を手渡してくれる。俺は和やかな雰囲気に多少安堵し、改めて謝罪をした。カイリは長い黒い髪を振りながらいいよ、っと笑顔で答えた後、憂鬱な表情で空を仰ぎ出す。

「はぁー、今日も行かないといけないのかぁ。瘴魔も倒さなきゃいけないし、私達6人しかいないのに毎日キツなぁ。まぁ、その為につくられた隊だからしょうがないけど……疲れるなぁ」
「なら、あいつらが落とすものは金になるから売り捌いて、うまいもん食おうぜ! それくらいの恩恵は受けていいだろっ!」
「カミュン、それは規律違反だぞ」
「わぁってますよ、隊長。 ジョーダンっすよ」

 後ろに手を組みながら楽しそうに笑っている。こいつが言うと冗談に聞こえない。

「でも、本当になんなんでしょうね~」

 マリーが馬の首を撫でながら呟く。

「三カ月前突然現れた瘴気にぃ、そこから現れる瘴魔と呼ばれる怪物ぅ。そして、その瘴魔が落とすへんてこの異物ぅ。謎ばっかりぃ~ですよぉ」

   マリーの発言に皆眉を潜め無言になる。その答えを知る者は今この場にいない。それを調べるのが俺たちの仕事だ。
 
「それを調べるのが僕たちの仕事だろ」

 アルは俺が思っていた同じ事を、苛立った口調で言う。マリーは不服そうに目を細め、小さなため息を漏らす。

「まぁ、どうせ私達はいいように使われるだけですからねぇ」

 マリーの言葉に場の空気が重くなる。そんな空気を変えようとしたのか、してないのかカミュンの明るい声が飛ぶ。

「でも、この忙しい時期にあいつらが襲ってこないのは不幸中の幸いだよなっ!」
「そう、だね。もともと私たちの敵はあいつらだったのに……なんでかしら? いないに越したことないけど、なんか不気味よね。この霧だってあいつらの仕業なんだろうけどさ、だとしたらなんで姿をくらますのかしら?」

 うーん、っとカリンが腕を組みながら考えている。
そんな時あーっ! とまるで天から宝石でも降ってきたかのように目を見開き、カミュンが叫ぶ。

「なっ、なに! いきなり大きな声出すなよ!!」
「俺! 分かりましたよ! 隊長」
「分かったって、何が?」
「あいつら、きっと霧に呑まれちまったんですよ!」

 はぁと力ないため息が一斉にとぶ。

「霧に入ると誰一人二度と出てこず、そのまま消える! だから奴らも入ってそのまま亡き者になったんすっよ! 一件落着っすね!」

  そんな安楽的な、っと心の中で突っ込む。冗談にも程がある。
 
「なんで事を起こした張本人がぁ、吸い込まれ亡き者になるのよ~」
「あっ! それもそっか!」

 カミュンは拳を掌で叩き納得した表情を見せる。やっぱりこいつがいう事は冗談で済まない。

「ですが一人、あの瘴気に入って無事だった方がいますね」
「ファリュウス神の聖騎士長ねっ!」

 アルの弾む声がグレミオの声に被さる。アルはまるで玩具屋を与えられた子供のように、キラキラとした顔をする。
 
「そっそうですね。先日瘴気から無事に帰還できたとか。名前は……アドニールさんでしたっけ」
「あの、みょーちくりんのお面被った例のちっさいガキンチョかっ」
「なっ! お前失礼だぞ! お前なんか足元にも及ばないんだからな」
「なんだお前? なんでそんなムキになるんだよ」
「アルは聖騎士長様のファンなんですよぉ」
「ちょっ、マリー!! なんで知ってるの!?」

 マリーの告げ口にアルは火を吹きそうなほど顔を真っ赤にしている。マリーはべーと舌を出した後、ほくそ笑んでいる。

「へーそうなんだ! 意外。アルはヴァンにべったりだと思ってた」
「もちろん僕は隊長のことだって誰より尊敬してる!」
「ふふ、聖騎士長ファンなんて知らなかったですよ。アルさんも可愛いところあるんですね」
「グレミオやめてよっ!! 隊長助けてください!」
「えっ? いや、まぁいいんじゃないか」
「隊長ぉ」
「けっ、男なんて……しかもガキ! つっまんねーな」
「お前、ぶっ飛ばしてやる」

 またいつもの様に二人の喧嘩が始まりそうだ。無駄話が過ぎた。ただでさえ俺のせいで遅れている。そろそろっと皆に準備を促そうとした時だ。

「おやおや、聖騎士長のファンだなんて僕の立つ顔がないね。……ちょっと残念だな」

 人のざわめきの中でもよく聞こえた。一斉に声の方を見ると二人、こちらへと近寄って来る。透き通る薄い青色の長い髪。その人物を確認すると皆敬礼し、示し合わせたわけでもなく声が一致する。

「総隊長! おはようございます」
「おはよ」

 挨拶をした後、俺は総隊長の後ろにいる人物に微笑む。ちょっとクセのある栗色の髪に、若葉の様な緑色の柔らかい瞳。俺のよく知った顔。

「カイト」
「久しぶりだね、ヴァン」

 カイトはいつも陽だまりのような優しい笑みを俺に返してくれる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

処理中です...