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★イノセント(2)

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「昨日、いっぱいスプレーをかけたんだけど大丈夫? 変な匂いがしないかな」
「ううん、大丈夫……」

 実際、キョウジのベッドはいい匂いがした。触れた瞬間、清潔だとわかるさらっとした肌触りの黒いシーツはひんやりとしている。潜り込んでしまうと、俺が寝転んで大丈夫なんだろうか、と今度は自分が汗をかいていたことが気になって仕方がなかった。さすがに友達の家で「シャワーを貸して」というのは気が引ける。どうしよう……。
 顔が引きつっていることに気づかれたのかキョウジからは「大丈夫?」と何度か聞かれた。きっと、俺が緊張して怖じ気づいていると思われているのだろう。

「……俺、ここに来る前に汗をかいたんだよね」
「汗?」
「い、家でシャワーは浴びたけどっ、でも、外はすごく暑くて、それで、汗をかいたから……」
「え……全然、汗の匂いなんかしないよ」

 大丈夫だよ、とキョウジに抱き寄せられる。キョウジの胸に顔を埋める格好のまま、俺は固まっていた。

「いい匂いしかしない、大丈夫だよ」
「嘘だ……」
「本当だよ、化粧品の匂いがする」

 小さな子供に大切なことを言い聞かせるような、おっとりとした口調が心地いい。嘘じゃないということを証明しようとしているのか、キョウジは俺の額や首元に顔を近付ける。シャンプーと日焼け止め、それから少しだけつけた香水の匂い。それを「化粧品の匂い」と全部まとめるのは、飾り気がなくてすごく子供っぽい言い方だと感じられた。だけど、俺はそれを聞いた時、ぎゅっと胸が締め付けられるような気分になった。きっと、それがいかにもキョウジらしい言い方だったからだと思う。
 いろいろな瞬間のキョウジを俺の中だけに閉じ込めておけたらいいのに。口に出来ない思いを隠すように、俺はキョウジにぎゅっとしがみついた。

「ありがとう」
「ううん。ユウマくんも、ありがと」
「うん……」

 今日二人きりで会っていることになのか、それとも家でシャワーを浴びてきたことになのか。わからないけれど、キョウジは俺に「ありがとう」と微笑みかけてから、そうっと髪を撫でた。
 おいしいものでお腹がいっぱいになるとか、SNSでバズりすぎてどこの店でも売り切れになっていたリップをようやく買えたとか、そういう瞬間とは違う種類の幸せを俺はキョウジの腕の中で知った。自分一人で完結してしまうような幸せと違って、その先への期待で心臓が痛いくらいに速くなっている。

 キョウジの唇が髪や頬に何度も触れる。キス、とは言えないような掠めるだけの動きでも、キョウジの唇の柔らかさや熱を俺は確かに感じていた。慎重に大切に扱われているのだと、なんとなくわかっていた。だから、「服がシワになっちゃうから」と言われて、キョウジに促されるまま俺は着ているものを脱いだ。


「……真っ白だ」

 パンツだけの姿になった俺を見てキョウジがそう言った。いつもだったら肌の白さを褒められるのはすごく嬉しいことだ。けれど、今は恥ずかしくて心細い。あまりにも無防備で、乳首だって見られてる。俺がモジモジと黙り込んでいると、キョウジは無言でさっさと服を脱いで下着姿になった。

「なんか、少し寒いし、布団に入ろっか……」
「あ、うん」

 慌ててモゾモゾとベッドの中に潜り込んだ後も、俺の頭の中をいっぱいにしていたのはバキバキに割れたキョウジの腹筋だった。時々、グラウンドでの練習でキョウジが服の裾を捲っている時や体育の授業で着替える時にチラッと見たことがあるけど、あれとは全然違う。……指でなぞってみたいし、舌を這わせてみたい。そういう気持ちが一気に呼び起こされる、体つきだった。

「ユウマくんの背中って気持ちいいなー……俺とは全然違う」
「……違わないよ。キョウジの背中も、スベスベしてるし」

 抱き合ってお互いの背中に腕を回す。俺もキョウジもベッドの上でもぞもぞと動き回った。隙間なく密着出来て、それから一番しっくりくる体勢を探して。二人とも勃起しかけていて、それが時々お互いの身体に擦れていたけど、そのことについてはどちらもあえて口には出さなかった。キョウジがどう思っていたのかはわからないけど、俺は「勃起してる」という事実を自分が言葉にしてしまったことで、ゆったりと少しずつ進めていた触れあうという行為の雰囲気が壊れてしまいそうな気がしたからだ。

「ここ好き? いいよ、もっと脚も乗せて体重をかけてもいいよ」
「ん……」
 
 キョウジの言葉に甘えて片方の脚で絡みつくようにして身体を密着させた。「可愛い、ユウマくん」と囁かれながら背中を撫で回されて、俺はすっかりうっとりしてしまっていた。

「ごめん、止まんないかも……」
「うん、俺も……」

 恥ずかしかったけど、キョウジの手が俺の胸に触れるのを受け入れた。オナニーの時にいじるのが癖になっている乳首を、キョウジの指先で撫で回される。小さく声を漏らしながら、俺はキョウジの腹筋へおずおずと手を伸ばした。

「キョウジのここ、すごい硬い……」
「えー、そう? そうだったらいいけど……」
「すごい……」

 一本の縦に入ったラインは真っ直ぐ下腹部へと続いている。胸へ与えられる快感と合わさって蕩けそうな気持ちでキョウジの腹筋を上から下まで何度も撫で回した。

「んっ、んうっ……」

 乳首を触られて感じている様子をじっと見られているのが恥ずかしくて、俺はキョウジとまともに視線を合わせられなかった。ぽつっとした乳首を指先で撫でてはくれるけれど、それ以上のことをキョウジはしてくれない。もどかしい気持ちでいた時だった。


「触ってくれるの? ありがとう」

 えっ、と驚いて顔をあげるとキョウジにそっと手を掴まれた。一瞬、俺は何についてお礼を言われているのかがわからなかった。やがて、掴まれた手が、勃起したキョウジのペニスに触れて、それで俺はようやくさっきのは「ペニスに触ってくれるの? ありがとう」だったのだと知った。

「うん……」

 自分ではよく覚えていないけど、俺の手が性器に当たってしまってそれをキョウジは「触ってくれる」と思ったのだろうか? そのことについて確かめるつもりはなかったから、黙ってキョウジの穿いている下着を脱がせた。

「ああ、気持ちいい……ヤバイかも」

 キョウジのペニスはとても熱くて、先端にぺたぺたと触れると少しだけ先走りが滲んでいた。手を上下に動かすと、時々キョウジが太ももにぐーっと力を入れる。あまり抜かないって言っていたから、きっと出した方がいいんだ、と。俺は、この行為を続ける理由を上手く見つけて、キョウジの性器を扱き続けた。

「ね、ユウマくん、俺も触っていい? 触りたい……」
「うん、いいよ、触って欲しい……」

 返事をした途端、仰向けの格好にされてキョウジが覆い被さってきた。それからキョウジは俺の胸に顔を埋めてから、乳首を口に含んだ。

「あ、ん……、んんっ、だめっ……」

 だめ、と身体をのけ反らていたけど、本当は何度も想像して待ち焦がれていたことだった。乳首をぺろぺろと舐められている快感と、「本当にキョウジに、おっぱいを吸われてる」という品のない事実確認と、その両方が俺を興奮させた。
 


 ◇◆◇

 秋大会の応援に来てよ、と言われて、俺はぐったりとしたままそれに頷いてしまった。結局、キョウジとは二回ずつ抜きあい、俺はシャワーまで借りた。「こんなに気持ちいいんだね。癖になりそう」というキョウジの素直な感想は、「付き合っているわけでもないのに、いいのかな」と揺らいでいた俺の心を軽くする。
 そうだとしても、このタイミングで一度断った試合の応援をねだってくるなんて。サッカー以外のことは何も考えていないようで、本当はすごく計算高い男なんじゃ? と俺が訝しんでいるのに気付いていないのか「よかった」とキョウジは喜んでいた。

「この前の大会で紹介出来なかったけど、ユウマくんにどうしても会わせたいヤツがいるから」
「えー、いいよ……サッカーの人でしょ? べつに、俺は会いたくないし……」
「そんなこと言わないで。ユウマくんがいるから、俺はこの高校でも上手くやってるってソイツに言いたいんだ」
「んー……会って挨拶するぐらいなら……」

 正直言って、試合もキョウジのサッカー仲間も、どちらも俺にとってはどうでもいい。ただ、キョウジが喜ぶから、そうする。それだけのことだった。
 やった、とケタケタ笑った後、「大会の後の休みは全部ユウマくんに使うから、二人だけで会おうね」と、キョウジは俺の耳のすぐ側で囁いた。

「……うん」

 二人だけ、という言葉に期待して顔を赤くする俺を見て、「ユウマくんは可愛いなあ」とキョウジは小さく笑う。やっぱり、本当は全部わかっていてやっていることなの、……そう思っていたとしても聞けるわけがなかった。ただ、俺は、どれだけ振り回されたって構わないからこんな日々が出来るだけ長く続いてほしいと、そう思っていた。

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