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※ぐにゃあ(2)

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 店はマンションの一室にあった。思っていたよりずっと普通だなって、そのことに俺はビックリした。部屋のあちこちに観葉植物が飾られていて、最初に出てきた受付の人もすごく親切で明るいし。

 お金を払っていろいろと説明を受けた。俺から従業員の身体に触ってはいけないとか、そういうことを。
 それが済んで個室に連れていかれると、俺とそう年の変わらない男が出てきた。背はそんなに高くなかったけど、がっちりしていて、顔もかっこよかった。ぴっちりしたTシャツとパンツだけだったから、体つきがよくわかる。何かスポーツをしていたんですか? って聞きたかったけど、簡単な挨拶の後はすぐシャワーを浴びる流れになってしまった。

 なんだか慌ただしいけど、俺の後にも誰か他の人の予約が入っているのかもしれない。そんなことを思いながらシャワーを浴びたな。考える時間があると怖じ気づいて帰ってしまっていたかもしれないから、あれでよかったんだと思う。

 シャワーを浴びた後はタオルだけを巻いて戻ってくるように言われていた。「終わりました」ってハッキリ聞こえるような声で言ったらちょっと変な顔をされた後、そのままマッサージ用の硬いベッドで横になるように促された。

 マッサージは上手な方だった、と思う。俺はケガをする前もその後も、時々マッサージには通っていたけど、専門の人と比べてもそれほど腕に大きな差は感じなかった。
 口数は多くない人だったけど、なんとなくいい人なんだろうって思った。力加減や部屋の空調のことも気にしてくれるし、何より俺の身体を扱う手つきが丁寧だったから。

 うつ伏せの格好で、全身を揉んでもらいながら当たり障りのないことを話した。身体にタオルはかかっていたし、マッサージにも慣れていたからあまり緊張はしていなかった。
 俺が、「実は自分がゲイかどうかわからないから、実際男の人に触られるのってどんな感じなんだろうって思って来ました」ということを正直に話したら、「そういう人もいますよ」って教えてもらえた。ゲイマッサージに通っているけど女の子と付き合ってる人もいるし、ゲイでもゲイマッサージには行かないって人もいますしいろいろですよ、って言われて、そういうものなんだって、ちょっとだけ安心した。

 それで……リラックスして少しだけウトウトしていた。その日は週末だったし、疲れていたから。そしたら身体にオイルが垂らされた。あっ、これから始まるってこと? って固まっている間に、全身にオイルが塗り広げられてヌルヌルにされた。お店の人がベッドに上がってきて……俺の上に跨がる格好になって肩や背中を揉み始めた。

 たぶん、オイルのマッサージも上手な人だったんだと思うけど、この時の俺にはよくわからなかった。痛いところや疲れているところを治してもらうために身体を預けている時とは全然違っていたから。

 身体にかかっていたバスタオルはずらされていて、いつの間にか俺だけが裸になっている。時々ぬるっとした俺の身体に硬いものが触れた。擦りつけるっていうよりは、本当にマッサージ中に偶然触れたという感じだったけど、下着越しでも大きさがハッキリわかって……変な気持ちになった。ムラッとしたわけではなくて……。嫌じゃないけど嬉しいかと言われれば首を傾げてしまいたいようなそういう気分だった。

 俺に触っているだけで勃起したってこと? ぼんやりとそういうことを考えていたら、緊張してます? って聞かれた。「オイルを垂らした途端、さっきよりも身体が急に硬くなったから」そう言われて、俺は黙ったまま頷いた。そういう態度は出していないつもりだったのに、身体に触られたら全部わかってしまうんだって思うと、自分だけが裸になっているのもあって、ちょっとだけ気まずくなった。

 だけど、事は淡々と進んでいく。内腿も尻も、てきぱきと順調にほぐされていった。相変わらず勃起したモノが当たっているんだけど、お店の人は最初からずっと物静かだし、手の動きもどこか事務的だと感じるぐらい手際がいい。それなのに俺の身体はどんどん火照っていって、心なしか息も上がっている。

 それで、「四つん這いになれますか」って聞かれた時も、顔はベッドに押しつけたまま、ノロノロと身体を起こした。……オイルをたっぷりと追加されて、全身をどこも同じくらい時間をかけて撫で回された。乳首も、鼠径部も、割れ目も、全部。完全に勃っているペニスにだけは全然触ってもらえなくて、すごく苦しかった。たぶん、俺は腰をゆらゆら揺らしていたと思う。

 もどかしい気持ちのまま、「仰向けお願いします」と言われて、諦めにも似た気持ちで俺はオイルでてらてら光った身体と、だらだら先走りを垂らす性器を晒した。目が合ったけどお店の人は何も言わずに軽く頷くだけだった。客の裸は見慣れているというのもあったんだろうし、今まであちこちを触って俺の身体のことがだいたいわかったんだと思う。

 胸の辺りにオイルが垂らされて、それが塗り広げられている間、俺はずっと目を閉じていた。乳首を……、えっと……。ううん、水は大丈夫。どう話せばいいか迷っていただけ。


 その後は、両手でオイルまみれの胸を揉まれて、すごく恥ずかしかった。両方の乳首を指先で弾かれたり、焦らされるように周辺を撫でられたりして、きっとたくさん声も出ていたと思う。こんなに焦らされたのは初めてで知らない気持ちよさだった。そのまま、乳首を触っていた手は鼠径部へ移動して、もう俺の頭の中は「いつ触ってもらえるんだろう?」でいっぱいだった。
 自分から「触ってください」ってねだるものなのか、それともそれはマナー違反なのか、俺は何も知らなくて、ベッドの上でただ掌をぎゅっと握りしめていた。

 自分の手で扱いて出せたらどんなに気持ちいいだろうって、歯を食い縛りながらずっと考えてた。……そしたら「抜きはどうします?」って聞かれたんだよね。二、三回くらい手で軽く擦られながら。たぶん、そのずっと前から俺の考えていることはとっくに見透かされていたんだと思う。

 迷わずに「お願いします」って、返事をしていた。やっぱりお店の人は特に反応せずに、予めそうすることが決まっていて練習していたみたいに、俺のペニスを何度か扱いて……それで俺は、思いきりイってしまった。足を大きく開いたみっともない格好で。


 射精した後の余韻でぐったりしていたら、立てた膝を大きく開かれて、アナルを触られた。「指入れまでなら出来るけど、どうする?」って聞かれて、指って俺に入れるってこと? と、急に熱がさーっと冷めてきて、それは断ったんだけど……。

 その後はお店の人と一緒にシャワーを浴びた。お店の人は効率よくベトベトになった俺の身体を洗ってくれて、最後には「よかったらまたお願いします」って頭を下げられた。



 当初の予定よりもずいぶん思いきった経験になったけど、ゲイマッサージでの出来事は、俺をふわふわと浮かれさせた。仕事中も通勤中も、ふとした時に思い出すと、身体の表面がぞくっとして、もっともっと奥深い部分が疼くようなそういう感覚に包まれた。

 俺って男の人と恋愛が出来るんだろうか、ということをそれからしばらくは考えることになった。考えるって言っても、モヤモヤしているだけで、恋人を探すための具体的な行動に移れたわけじゃないんだけど……。
 なぜかって、誰かと恋愛することを想像した時に頭に浮かぶのは、いつもユウマくんのことだったから。誰に身体を触らせても、結局俺は気がつくと「どうして俺達は上手くいかなくなってしまったんだろう?」「時間を戻してやり直したい」という後悔に何度も戻ってきてしまう。

 浮かれている時と落ち込んでいる時、それを行ったり来たりしながら、ゲイマッサージには何度か通った。だいたい新宿のお店が多かったかな。

「えー、今日の人は抜き無し?」って肩透かしをくらうこともあったし、えっ、ここまでされちゃうのってビックリしながら、ストップが言えなくてどんどん流されちゃったこともあった。
 溜まっていたものを思いきり出すと気持ちいいんだけど、いつだってそれで終わりなのは時々虚しかった。やっぱりお互い気持ちがない相手だから、お金で手に入る快感って、セックスとは別の、どっちかっていうとオシッコに近いものなんじゃないかなって俺は思ってる。溜まったら出す、それだけ、っていうところが。

 俺が本当に求めているものってそれだけなのかな、もっと別の、何かが欲しいようなって、ずっと悩んでいた。そんな時にユウマくんが女とホテルから出てくるのを新宿で見かけた。

 女が好きだったから俺を捨てて逃げたってこと? って、怒りで一気に頭に血が上っていくのがわかった。俺は、いまだに、ユウマくんを追いかけて身体も心も拗れたままなのに、ユウマくんはとっくに俺のことを忘れて、普通の男として生きてる、俺は裏切られたんだって。

 今ここで声をかけて逃げられたらダメだって、バカだけどそれだけはわかっていた。ユウマくんが女と別れて電車に乗った時も、バレないようにコッソリと後をつけた。
 それで、ユウマくんが入っていった建物の前で現在地の住所を調べて、そこが女性用の風俗だってことを知った。



 髪の毛も、顔の雰囲気も、ずいぶん変わっていたけど、ユウマくんだって、俺にはすぐわかった。だって、俺はユウマくんをずっと……。

◇◆◇

「……疲れた?」

 一向に起き上がる気配のないキョウジにそう尋ねると、「うん」と素直な返事が返ってきた。

「ちょっとだけ眠りなよ。いっぱい話してくれて疲れたでしょ?」
「でも……、まだ全部話せてないよ」
「いいよ、だいたいわかったし……眠いと上手く喋れないでしょ? 終電までには起こすから」

 まだ何かむにゃむにゃ言っているキョウジを起こしてから、無理やりトイレと洗面所に連れていった。「あんまり出なかった」という報告に「そういうのいらないから」と俺が呆れていると、だよね、とキョウジは笑う。なんというか、嬉しさが隠しきれていない、実年齢よりもずっと幼い笑い方だった。まるでそうやって軽口を叩きあうのを待っていたかのような。

 さっきまで、あんなことを話していたのに、特に気まずそうにすることもなくキョウジは自然体だった。
 つい、風俗の仕事でのクセで、使い捨ての歯ブラシを開けて歯磨き粉をつけてから「はい」と手渡した時だけは何か言いたげな目でじっと見つめられた。



 再びベッドへ横になると、十分もしないうちにキョウジは眠ってしまった。長く話続けたことで疲れていたのだろうけど、その寝顔は、心なしかスッキリとしていて穏やかだった。

 キョウジが眠ったのを確認してから、化粧を落としたりガウンへ着替えたり、寝る前の支度を整えてから俺は部屋の明かりを全部消した。それから少し迷ったけど、キョウジの眠る側で横になった。
 キョウジにはあくまでも仮眠をとるだけだと言っていたけど、最初から朝まで起こす気なんかなかった。きっと、一度眠ったらキョウジは起きないだろうと思ったし、実家まで送り届けられる自信が俺にはなかったからだ。


 なるべく丁寧にキョウジは自分の身に起こったことを話してくれたんだと思う。戸惑ったことも、未知の快感も、何もかもを。

 それなのに俺は途中からほとんどキョウジが何を話しているのかわからなくなっていた。

 頭ではもちろんキョウジが言っていることの意味はわかっていた。それに、キョウジにとってはずいぶん刺激の強い経験だったんだろうとか、ゲイマッサージの流れについても「察しが悪すぎず、強引すぎず、なかなかいいボーイじゃん。俺でもそうするかな」と冷静でいようとしていた。それなのに、頭の中には目の前のキョウジが知らない男に身体を触られて喘いでいる姿が浮かんできて、途中からは完全に思考が追いつかなくなっていた。キョウジが胸を触られだした辺りでは、目はちゃんと開いているのに視界がぐにゃりと歪んだ。

 キョウジと会わなくなってから、何回かキョウジが女の子を組み敷いて肌を刷り寄せているところを想像した。悲しいけれど「仕方がないね」と思えたし、なんとか受け入れられた。
 だけど、知らない男の前で無防備な姿を晒している様子は、想像しただけで、自分の足元ががらがらと崩れていくような気持ちになった。なぜ、そんな気分になったのか、自分でも理由はよくわからない。ただ、ずっと信じていたものが失なってしまったような、そういう感覚だった。


「あー……」

 俺は本当にバカだ。そんなことを思う資格なんかないのに、「とられた」という気持ちで胸が引き裂かれそうだった。いつか来る別れが怖くて勝手に逃げ出したのは俺の方なのに。
 初めから今までキョウジは何も悪くなんかなかった。「全部俺が悪い」と暗闇の中で目を凝らしてキョウジの寝顔をじっと見つめる。くーくーと規則正しい寝息を立てるキョウジは、相変わらず細い鉛筆でさらさらと描いたように顔の造りが繊細で、今度こそそのままどこかへいなくなってしまいそうだった。
 
 
 
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