安心してください、僕は誰にも勃ちませんから

サトー

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勉強と女の裸(2)

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 匿名掲示板を見ていたのに、勝手にそういう広告が表示された、とかならまだ言い訳が聞くけど、俺が見ていたのは主にAVのキャプチャー画像をまとめサイトだから、そんな嘘をついたところで無駄だった。裸の女の人の身体に何人もオヤジがむしゃぶりついている画像をキョウジもばっちり見てしまったため、気まずい沈黙が流れた。

「……ユウマくんもああいうのを見るの?」

 先に口を開いたのはキョウジの方だった。その声は小さく、弱々しくて、好奇心やからかいの気持ちで質問しているというよりは、本当にビックリしてしまっているようにしか見えなかった。

「そうだけど?」

 下手に誤魔化そうとしたり、恥ずかしがったりした方がダサイ、と判断した俺は「それがどうかした?」という声と表情を作って堂々としていることにした。オカズのセンスが、といった中身の問題は置いておいて、べつに性欲があるのは高校生なら普通でしょ? という開き直りに近い気持ちもあった。

「ああいうのを見て、するの?」
「……するけど」

 信じられない、とでも言いたげな表情でキョウジは目を丸くしていた。もしかしてコイツ、女はオナニーなんかしないって信じているタイプで、それで女みたいな顔をしている俺が女の裸を見て抜いているのにビックリしているんだろうか。……そう思った途端、「見られてしまった、どうしよう」という気持ちは消え失せて、代わりに「そんなわけないだろ」とムカムカした気分になる。

「べつに普通じゃない? 人間そういう気分の時くらいあるでしょ……」

 なんだかとてもムカついていた。
 なぜ、と聞かれれば上手く理由を説明出来ないけれど、やっぱり顔が女みたいだから、「オナニーはしない」とか「女の子とセックスはしない」とかそういうイメージが、キョウジの頭の中で勝手にくっつけられているのかなあ、と思うと嫌な気持ちになる。……女の子とセックスが出来るかは自分でもまだよくわからない。でも、すごくムラムラするから、エロサイトでオカズを探して自分で発散させている。時々ゲイビを見て抜くこともあるけど、綺麗な女の人がいろんな男に犯されているところを見るのが一番好き。唇を塞がれながらたくさんの手や舌で胸や性器を同時に刺激されたら、どんなに気持ちがいいだろうって、想像するだけでゾクゾクする。メスを入れて女の人と同じ身体になりたいわけじゃないけど、いろんな男の人から身体を求められて何度もイきたい。誰にも話したことなんてないし、男なのに変だと思われるかもしれないけれど、これが俺の抱える正直な欲求だった。

「そっか、普通はそうだよね……。俺は……そういうのは、ほとんどしない。月に一回か二回くらい」
「嘘でしょ?」

 今度は俺が目を丸くする番だった。俺よりも背が高くて筋肉質で、大人の男とほとんど同じ身体をしているキョウジに性欲がないなんて信じられなかったからだ。

「本当に? それで発散出来てるの?」
「……変かな? 毎日練習ですごく疲れているし、しなくても試合に集中出来ないとかそういうこともないし……」

 ご飯も食べているし、毎日トレーニングもしてる。つらつらと話し続けるキョウジの声はどこか心細げだった。自分の普段の生活を口にして「問題ない」と主張するキョウジの様子は「だから俺は普通なんだ」と訴えているように思えた。

「うん……、そっか、そうだよね。キョウジにはたぶん、それが合ってるんだよ。ごめんね、俺は、えっと……一人で定期的にしてるから、それで、少しビックリしちゃって……」

 自分の身体や欲求について、上手く言葉に出来ない部分を他の誰かから決めつけられるとすごく腹が立つのに、俺はキョウジに「男なんだから性欲ぐらいあるでしょ?」と自分の思っていることを押しつけてしまっていた。きっと、キョウジはそういう部分についての成長がすごくゆっくりなのかもしれない。誰にも言っていないだけで、キョウジも自分の身体について悩んだことだってあるんだろうか。そのことについて、根掘り葉掘り聞くことは出来ないから「変じゃないよ」とだけ伝えた。それから、「サッカー、大事だもんね」と俺が言うと、ようやく安心したように笑った。

「キョウジは全然変なんかじゃないよ……俺も、女の裸が見たいのかどうかは自分でもよくわからない。……自分もああいうふうに知らない人でもいいから、いろんな人に触られてみたいって、思ってる」

 どうして自分の秘密にしていたことの一部分をキョウジに明かしてしまったのかはわからない。驚かせてしまったし、キョウジのすごく個人的なことを知ってしまったという負い目はあった。だけど、それだけじゃなくて、不自然なくらい頬と耳が熱くて、俺は自分がどこか興奮していることに薄々気がついていた。

「変……? 俺のこと、気持ち悪いって思う?」

 じいっとキョウジの目を見つめていると、瞳が潤んでくるのが自分でもわかった。「出ろ」と強く念じたわけでもないのに、不思議と涙がうっすらと俺の目の表面を覆っている。キョウジが唾を飲み込んだのか、ごく、と喉仏が上下した。部屋の中は暑くなんかないのに、なんだか息苦しくなるほど濃い、じっとりした空気が充満している。

「思わないよ。全然、そんなふうに思ったりなんかしないよ」

 絞り出すような声ではあったものの、俺の目を真っ直ぐ見て、キョウジはそう答えた。やがて、パチパチと二、三回瞬きを繰り返した後、キョウジの視線は俺の唇から顎、首から胸へと移っていき、それからもう一度目へと戻ってきた。

「ごめん。勝手にユウマくんのスマホを覗き込んだりして本当にごめん」
「……ううん。それはもういいよ」
「あー……、そういえば何を食べるか決めてなかったね」

 キョウジが話題を変えて、それで話しはおしまいになった。

 あの時、キョウジは熱を含ませた視線で俺の身体を見つめていた。何かを想像したのかな、と思うとなんだかまだ俺はソワソワと落ち着かない。だけど、それよりも、自分が誘うような表情をキョウジに向けていたことに俺は動揺していた。誰かに教えられたわけでもないのに、俺はもう直接的な言葉を使わなくても相手を誘惑出来るのかもしれない、そしてそれを、たまたま構ってくれているキョウジに試してしまったことが、後ろめたかったしなんだか恐ろしく感じられた。

◇◆◇

 さっきまでの出来事の影響なのか、せっかくキョウジが思いきり食べたいものを食べられる日にしたというのに、二人ともファミレスではなんだかぼんやりとしてしまっていた。確かに食べたはずなのに、俺にはオムライスもヨーグルトパフェの味もほとんどわからなかった。

 マンションの厳重なオートロックを突破し外に出ているのだから必要ないはずなのに、その日俺はキョウジに家まで送ってもらうことにした。この後、キョウジが走りに行くことを知っているのに「送るよ」と言われた時、どうしても断ることが出来なかったからだ。

「あのさ」

 帰り道でキョウジは真面目な顔で話を切り出そうとして、「やっぱなんでもない」を何度か繰り返した。

「なに? さっきから……」
「うん……」
「……言っとくけど、今日教えたことをもう忘れたとかそういうのは無しだからね」
「わかってるよー……。……あのさ、ユウマくんの身体は誰にも触らせないで。知らない誰かに触らせるのって、たぶん、すごく危ないから……」
「……さっきからずっと、そんなことを言いたかったの?」

 うん、と頷いた後、珍しくキョウジはなんだかムスッとしていた。怒っているというよりはどんな態度をとっていいのかわからなくて、そうしているように見えた。俺にはそれが、すごくすごく誠実な一言に感じられて嬉しかった。なんというか、性欲がほとんどなくて、まだまだゆっくり成長している途中だと知ってしまったからだろうか。キョウジのことがすごく純粋で綺麗な人間だと思えた。

「……」
「え? ユウマくん、何か言った?」
「……なんでもない」

 キョウジには直接聞かせられないから、バレないように「可愛いなあ」という一言はごくごく小さな声で呟いた。「触らせないで」と言われたからって、そういう欲求が消えたわけじゃないのに、なんだか心は満たされている。他に大事にしているものがあるから、キョウジの心は純粋で危うい。だから、これ以上は絶対に進展は出来ないのに、同性のクラスメイトであるキョウジとの関係は俺をすっかり浮かれさせていた。「明日も一緒に勉強していい?」と俺の方から切り出してしまうほどだった。
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