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制限
しおりを挟む顔がすごく俺の好みであることや、みんなの人気者であるということは一度置いておいて、キョウジはとにかく変わっていた。
サッカーをしていない時のキョウジは、基本的には静かで大人しかった。グラウンドでは普段の柔らかい口調で話す時とは別人のように声を張って同級生だけでなく、先輩にもあれこれ指示を出しているのに、俺と二人きりの時は大きな声なんてほとんど出さない。一度「なんで?」と聞いてみたことがある。すると、キョウジは驚いたように目を丸くしていた。
「だって、こんなにユウマくんの近くにいるのに、声を張る必要なんかないんじゃない?」
……どこでそう言われたのか、外だったような気はするけど具体的な場所についてはもう思い出せない。けれど、夕暮れ時の静かな時間にいつもよりもずっと顔を近づけられて囁くようにそんなことを言われた俺は、やっぱり何も言えなくなってしまった。一応、ギクシャクと頷いて「ああ、そう」くらいは言ったかもしれない。意識しているのが丸わかりな俺の挙動にもキョウジは一切動じることはなく、「だから、ユウマくんといる時はホッとする」と微笑んでいた。
もしキョウジがただただ顔がよくて、こういうクサイことだけをサラッとしてくるような男だったら、きっと高校生の俺はすぐに骨抜きになって、「はいはい」とキョウジの言いなりになっていただろうし、なんなら振り回されることに喜びを感じていただろう。そうならなかったのはキョウジの変人ぶりが「待てよ」と定期的に俺を冷静にさせていたからだった。
帰宅部の俺を当然のように「俺の練習を見て待ってて」と平気で非常識なことを言う時点でそうとう変わっているけど、そんなことはキョウジという変な生きもののほんの一部でしかない。
たとえば、せっかく二人でいる時にスマホで海外のサッカー選手のプレーを見始めることがキョウジは度々あった。
初めは整った顔をコッソリと盗み見ることが出来るから気にならなかったけど、ふとスマホの画面を見てみたら、日本人の選手がミドルシュートを打つ瞬間を切り取った動画を何十回と繰り返し再生されていた。
「……ねえ、三十分くらい経ってるけど、まさかずっと同じ動画を再生してるの?」
そうだよ、と当たり前のようにキョウジは頷いてみせた。それから、「でも、まだ全然足りない」と付け足した。
「何? 足りないって……」
「いいプレーは、自分にも出来るイメージが固まるまで、こうやって何度も見るんだ。そうすればソックリ同じように体が動かせるようになるから」
「ええ……」
聞けば、サッカーを始めた六歳の頃からキョウジはずっとそうしているのだと言う。たぶん、プロのアスリートやそれを目指す人達にとっては、それぐらい当たり前なのかもしれないし、大人になった今ではそれを「努力」だと認めることも出来るけど、運動嫌いの高校生だった俺には、ただただそれは「狂っている」としか思えなかった。
動画を見ている時のキョウジの目つきが、鋭く冷めていたというのも関係しているのかもしれない。瞬き一つせずに、ずっと同じ姿勢で画面を見つめ続ける様子は、なんというか「絶対に盗んでものにしてみせる」という怨念に近い強い執念が感じられて、それに俺はすっかり引いてしまっていた。
キョウジは自分の持ち得る能力と情熱のほとんどをサッカーに傾けているようだった。
昼休みにはコンビニで買ったおにぎりやサンドイッチを食べる俺の側で、母親に作ってもらった弁当を食べる。べつに、手作りの弁当を食べているのは珍しいことじゃない。普段のキョウジは、野菜とたんぱく質がたっぷり摂れそうで、かつ料理本の表紙を飾れそうな程見た目が綺麗な弁当をおいしそうに食べていて、それを俺は「よかったね」と眺めている。
キョウジが言うには「身体が重くならないよう、食事にはすごく気をつけてる」ということだった。
「気をつけてるって?」
「お菓子やジュースはほとんど摂らないようにしてる。あと、試合の前は、茹でたパスタに塩だけかけて食べたりとか」
「……それおいしいの?」
「おいしいよ」
確かにキョウジがチョコレートを食べたり、オレンジジュースを飲んだりしているところを俺は一度も見たことがなかった。「肌が糖化するから砂糖は控えよう」と決意した数時間後には砂糖入りの紅茶を飲んでしまう俺には考えられないことだ。
最初、俺はサッカー部全体がそういう生活をしているのだと思っていた。だけど、よくよく観察してみると同じクラスのサッカー部の人は、昼休みには自動販売機で買ったジュースを飲んだりしているし、女子からお菓子を貰って食べたりもしている。そういう厳しい制限を自分にかけているのはどうやらキョウジだけのようだった。
うちのサッカー部はそれほど強くもないし、有名でもないとクラスの誰かが言っていたのを聞いたことがある。俺の勝手なイメージだけど、キョウジのやっていることは全国大会優勝とか、高校卒業後にはプロを目指しているとか、そのレベルの生活に見えた。「なんでこの高校に来たの? スポーツ推薦とかで東京の私立に行った方がよかったんじゃない?」としか思えなかったけど、もしかしたらいろいろ事情があるのかもしれないからさすがに本人には聞けなかった。
強豪サッカー部というわけでもないのに、一人だけサッカーに全てを費やすような生活をキョウジが送っていることにはクラスメイトもうっすらと気がついてはいるようだった。けれど、それをキョウジは顔の良さとサッカーの上手さだけでねじ伏せていたから、「なんか変だな」とは思われていないようだった。
なんなら、多少変わっている部分が「ストイックだ」と、より人を惹きつけているようにも見えた。「本当に得なヤツだなあ」と俺は呆れているのに、キョウジ自身は誰からの視線も気にせずに毎日楽しそうにサッカーボールを追いかける。……数少ないキョウジがまともに見える瞬間が、サッカーをしている時だ。だから、この人達は毎日飽きもせずにキョウジを追いかけているのかなあと、自分のことは棚に上げて、グラウンドの隅でサッカー部の練習を齧りつくようにして眺めている女子について、俺はそう思っていた。
「他の部員はテストの一週間前から部活休止なのに、顧問が俺には『君はサッカーよりも勉強の方が心配だから、十日前から休みなさい』って」
困った様子でキョウジがそんなことを言ったのは高校に入学して初めての中間テストを二週間前に控えたある日のことだった。俺はどこからどう見ても「名前だけの顧問」の物理の教師を頭に思い浮かべる。小柄で静かで、いつもちょっとだけだぼっとした上着を着ているサッカーの技術指導は到底出来ないであろうおじいちゃん先生だ。
「ふーん。よかったじゃん、勉強の心配をしてもらえて」
「よくないよー。俺、サッカー以外のことに頭を使うと頭が痛くなって死にそうになるのにー……」
「なおさら時間をかけて勉強しないとダメじゃん」
一人では勉強なんか出来ない、とキョウジは言う。それで、頼み込まれて一緒に勉強をすることになった。
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