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会いたくない
しおりを挟む嫌な事が続いている。
クリスマス前というのもあって、ファンシーショップにはプレゼントを買いにくる女の子だらけだ。
細々としたアクセサリーや文房具を一日に何十個もラッピングをしないといけない。そのせいで、最近は夜寝ている時でさえも夢の中でラッピングをしている。休んだのに休んだ気にならない。
風俗の仕事では、最近とあるお客さんに「私がブスだから勃たないんでしょう」と二時間近く泣かれた。
過去に二回指名してくれていた女性で、関係も良好だった、と思う。違うよ、ごめんね、嫌な思いをさせちゃってごめんね、と抱き締めてなだめていたら、その日は着替えを持っていなかったのに俺の着ていたTシャツはお客さんの涙でびっしょりと濡れてしまっていた。
こんな時俺は、自分の体について俺自身がどう感じるのが正解なのかよくわからなくなる。
「昔、こういうお店で無理やり挿入されそうになったから、こう言っていいのかわからないけどミヤビさんは安心だねえ」と喜んでくれる女性もいた。けれど、たまに勃たないことをすごく責められて、泣かれることがある。
そういうことは今まで一回や二回じゃなかったから、もう慣れたけど、時々俺も一緒になって泣きたくなってしまう。勃起しないだけで俺の体は、ここまで誰かを傷つけてしまうのか、という思いで身も心もぐしゃりと潰されてしまいそうだった。俺の体は俺のものなのに、俺以外の誰かの感情に左右されて、それで自分の体が嫌になる。
予約時間終了のギリギリまで泣いた後、「もう指名しないから」とキッパリ言われた。ここは引き止めないといけない所なのだろうけど、「わかった」とそれを受け入れた。
お金を払っている女の人には、好みの男から「可愛い」「綺麗だよ」と言われて、心も体も何度も気持ちよくなってスッキリして欲しいと俺は思っている。たった一人の男が自分に触れて勃起しなかったとか、満足する言葉をくれなかったとか、そんなことで自分には魅力が無いんだろうかと落ち込むくらいなら、風俗からは離れた方がいい。
最後にどうして勃たないのかを聞かれたけれど、本当のことを最初から全部話すと延長料金を貰わないといけなくなるから「そういう病気」とだけ伝えた。
病気、と言うよりは呪いの方が近いのかもしれない。なぜなら、EDとは言っても、俺のペニスは完全に勃起しないんじゃなくて、本当に時々、忘れた頃に勃つことがあるし、夢精することもある。以前通っていたクリニックの医者からは、機能には問題はないからトラウマの治療とかそっち専門の方の病院へ通うよう勧められた。
勃たなくなってからも、同性・異性両方から俺はよく声をかけられる。それとなく俺の体のことを打ち明けたら「どんな形でもいいから側にいよう」と言ってくれた人もいた。
それなのに、新しい恋を始めようとすると決まって「お前のせいで俺はおかしくなったんだろうが」と首を絞められた日の記憶が甦って、それで、次の一歩が踏み出せなくなる。
「ユウマくんのために俺は何もかも捨てたっていいと思っていたのに。最初からユウマくんにとって俺は、高校を卒業したら会えなくなってもいい存在だったってこと……? ふざけんなよお、俺はどうすればいいんだよ……」
キョウジの腕の力が弛んだ時に咳き込みながら必死で息を吸おうとしていたことや、「ふざけるな」とキョウジが涙を流していたことをどうしても思い出してしまう。忘れてしまった方がいいのに、いつまでも俺の頭にこびりついている記憶。
誰かと特別な関係を築こうとすると、俺の頭の中で高校生のキョウジが「ユウマくんは、俺を忘れて幸せになるの?」と俺を責める。ごめんね、と俺の空想が作り出したキョウジに謝るたびに、じくじくと古い傷口を自分で何度も傷つけているような、そんな気持ちになる。
本物のキョウジは俺のことなんてとっくに覚えていなくて、今頃彼女でも作って幸せに暮らしているのかもしれない。……だから、これは、キョウジのことを忘れないよう俺が俺自身にかけた呪いなんだろう。
◇◆◇
話したいことがいっぱいある、と言っていた「あんず」とは一度だけ会う約束をした。約束はしたけど、実際に会うことは出来なかった。当日に彼女からドタキャンされたからだ。
なんとなく、怪しいとは思っていた。最初のやり取り以来、DMの返事は来ないのに、公式サイトの予約フォームには金曜日の19時から120分コースがぽんと予約されていたことも、「予約してもらえて嬉しい」というよりは、「本当に来るのか?」と感じていた。予約の当日でも、なんの反応も返してこない彼女のアカウントからは、俺に会いたがっている様子がなかった。
待ち合わせ場所は新宿アルタ前だった。
その日俺は、買ったばかりのCOACHのスニーカーを履いていた。ロゴを全面にあしらっているのに派手すぎずいやらしくならない、控えめで淡いホワイトベージュのスニーカーは俺の持っているシューズの中でもかなりのお気に入りだ。
風俗のお客さんは、「履いている靴が汚かった」「二回連続同じパーカーを着てきた」「ニットの袖口が毛玉だらけだった」とか、そういう理由で俺達キャストを嫌いになることがある。汚れることがあるから、あまり高い服を身につけることが出来ない仕事だと俺も思っているけど、ダサくて、連れて歩いてカッコ悪い男とは会いたくないというお客さんの気持ちもわかる。だから、どんな人に指名をされても綺麗な服や靴でお客さんと会うようにしていた。
待ち合わせの時間を十五分過ぎたところで「大丈夫ですか? 人が多くて見つけにくいようでしたら、近くの別の場所に移動しますね」とメッセージを送った。キョロキョロと辺りを見回してみたけれど、俺と待ち合わせている彼女らしき女性は一人も見当たらなかった。みんな、スマホの画面だけを見つめていて、人を探している様子がない。
バックレられたかもしれない、と疑う気持ちが芽生え始めた頃、ようやく返事が届いた。
「ごめんなさい、やっぱり今日は行けません」
当日、待ち合わせ時間を過ぎてからのキャンセルは時々ある。胃腸炎やインフルエンザになってしまったという人もいるし、予約の時点で勇気を使い果たしてしまったか、あるいは当日になるとテンションが下がってしまったのか、とにかく、お客さん自身の気分の問題で「やっぱり会えない、会いたくない」と約束が無しになることもある。この仕事を続けていれば誰でも一度は経験しているんじゃないだろうか。
だからと言って、キャンセルをされて平気というわけじゃない。お金が入らないどころか、移動にかかった電車賃は自腹だからマイナスだ。予約の前後の時間を合わせたら、四時間程彼女のために時間を空けていたのに、それも無駄にしたことになる。四時間もあれば、本業のシフトを増やすことも出来たし、誰か友達と会うことだって出来た。家で疲れた体を休めたってよかったわけだ。
なんというか、体で商売をしていると、何をしても傷つかないと思われやすい。実際は、たいていの人が嫌がることは、俺だって腹が立ったり悲しいと感じたりする。
オーナーにバックレられたことを連絡したらいよいよやることがなくなってしまった。週末の新宿アルタ前で、この後の予定が無いのに突っ立っているのが虚しくなって、それでとぼとぼと歩いている時だった。
「ユウマくん」
もう何年もそんなふうに呼ばれたことなんてなかったから、俺の耳は「ユウマ」という音を自分の名前と認識せずに聞き流した。男が自分じゃない誰かを呼んでいる。ユウマくん、と呼ばれて立ち止まることなんて、俺の人生にはきっともう二度とない。
「ユウマくん」
腕を掴まれて立ち止まった瞬間、すれ違う人々のざわめきの一つ一つがさっきよりもずっとクリアに聞こえる。呼ばれていたのは俺だったのか、と頭は冷静でいるのに、腕にはざあっと鳥肌が立った。聞き覚えのある少しだけかすれた声。今まで一度だって忘れたことのない声。
「……なんで、いるの」
声が震えていることに、自分でも気がついてしまった。なんで、どうして、と呆然として突っ立っている俺の側を何人も見知らぬ人が通りすぎていく。
「やっと会えたね」
俺の知りたかったことに対する答えは返って来なかった。質問に答えるよりも、自分の言いたいことを第一に優先するところは昔とちっとも変わっていない。そうだ、そういうヤツだった……、突然起こったことに停止してしまった思考では、目の前で微笑む男についてそう感じるだけで精一杯だった。
「ユウマくんを見つけるの、すごく時間がかかっちゃった。ごめんね」
会いたかった、と同意を求めるように見つめられて、俺はギクシャクと首を横に振った。「俺は会いたくなかった、俺達はもう会ってはいけない」……そういう意味を込めているつもりだった。
「どうしたの? ユウマくん、大丈夫?」
俺の腕を掴む手の力が強くなる。もう逃がさないからね、と言われているようだった。動揺して、ほとんど吐きそうになりながら男を見つめ返した。
数年ぶりに会うキョウジは、「怖い」と感じるほど綺麗な男に成長していた。
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