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DM
しおりを挟むあってもなくてもいいようなもののことで悩めるのは幸せだ。
ファンシーショップのレジに立って、スクイーズのどのキーホルダーを買うか迷ってああだこうだと言い合っている女の子の群れを見るたびにそう思う。
カバンにキーホルダーをつけていなかったとしても人間死ぬわけじゃない。アクセサリー、K-POPアイドルの写真、度の入っていないカラーコンタクトレンズ。この店にはあってもなくても困らない、けれども、女の子供が好んで集めるような可愛いもので溢れている。
そういったものを買うかどうかで頭をいっぱいに出来るなんて元気な証拠だ。しみじみとそう感じていると集団の一人と目があってしまった。
ほら、うるさくするからお店の人が見てるじゃん。
一人がそう言った後、全員がクスクスと笑う。続けて「あの人って男? 女?」と言っているのも聞こえる。風俗のお客さんからは「写真よりも実物の方がずっと綺麗」「芸能人みたい」と喜ばれるのに、女の子供からは俺は男だか女だかよくわからない人間に見えるらしい。
俺は案外そう思われるのが嫌いじゃない。レジへ会計にやって来た子供が「ありがとうございました」と言う俺の声に「どっちだ?」と不思議そうにしているのも、胸の辺りをじろじろ見られるのにももう慣れた。最近はなんだかイタズラが成功したような気持ちにすらなる。
今日の集団は「ほら、やっぱり男だったでしょ」と囁きあいながら帰っていった。クリスマスソングが流れる店内で、子供の声は本人達が思っているよりもずっと、よく響く。
◇◆◇
ファンシーショップで働き始めたのは半年前からだ。その前はアパレルブランドのショップでアルバイトでいたし、服飾の専門学校に通っていた頃は牛丼屋でアルバイトをしていた。
一人暮らしを始めたのは、高校を卒業してすぐのことだった。実家で家族と暮らしていた頃の俺は、いつからか腫れ物として扱われるようになった。嫌われているわけではなかった、と思う。肌や髪のケアに気を遣い、テレビに映る好みのアイドルや俳優を「かっこいいなあ」と眺める俺について、両親はただただ困っているようだったし、弟は引いていた。たぶん、俺のことを「女になりたい男」だと思っていたんだろう。
高校を卒業し、校則というしがらみから解き放たれた俺は、卒業式の翌日にはちゃらちゃらとネイルやアクセサリーで思う存分自分を着飾った。髪だって伸ばすつもりでいた。
着飾っている時はいやなことをたくさん忘れられる。キャンメイクのネイルを買って初めて塗ってみた日は、自分の指や手の甲まで美しくなったような気がして、何度もうっとりと指先を眺めたものだ。
うるさく言われることはなかったけれど、俺が好きな格好をするほど両親は困ってしまうようだった。……俺が「いろいろな男とサクッと遊びたい」と、思っていることまで、見透かされていたのかはわからない。わからないけれど、俺が嬉しい気持ちでいようとすると、両親も弟も気まずそうにして俺から目を背ける。だったら、なるべく離れていた方がいいんだろう。
学費が高いだけで卒業したって誰もスタイリストやデザイナーになれない服飾の専門学校に通わせてくれたのも、一人暮らしをするためにまとまったお金をくれたのも、両親からの手切れ金みたいなものだと思っている。
専門学校を卒業し仕送りが打ち切られてしまってからは、朝から晩まで働いたとしてもアルバイトの給料だけでは、一人で暮らすのは大変だ。俺は服も化粧品もたまにはブランドものを買いたいし、芸能人が通うような有名なヘアサロンにだって通いたい。それで、女性専用風俗のアルバイトを始めたけれど、あればあるだけ使ってしまうからいつもお金が無い。きっと、今住んでいる狭くて古いアパートの小さな部屋から一生出られないのだろう。
ファンシーショップの親会社のマネージャーからはもう少し頑張ったら次期店長にしてやってもいいと言われている。店長になれば少しだけ収入が増えるから贅沢をしないで切り詰めた生活をすれば風俗の仕事はやめてもなんとか暮らしていけるかもしれない。でも、服もバックも時計も靴も、自分の好きないいものが欲しい。
稼げそうなうちに限界ギリギリまで客をとって一気に稼いで風俗はやめようかな。付き合っていない女の人とディープキスやクンニをするのは別に問題なくこなせているけど、やっぱり面倒なことも多いから。エックスに知らないアカウントからダイレクトメッセージが届いたのはそんなことを考えていた頃だった。
『はじめまして。指名したいのですが、ミヤビさんは、どんな相手とも、あってくれますか』
朝起きてすぐや、移動中や、本業の休憩時間はダイレクトメッセージをチェックする大事な時間だ。今日だって、ファンシーショップで働いた後で、体はクタクタだけど、ベッドに潜り込んで眠い目を擦りながら、ちゃんとエックスを開いた。風俗のアルバイトではたくさんの時間を女の人とのメッセージのやりとりに費やさないといけないからだ。
これは男性用の風俗嬢や、ゲイ向けのウリ専ボーイもそうなのだろうか? そっちについては知らないけれど、とにかく女の人はメッセージの交換が好きだ。割り切った関係だとしても会ったことも話したこともない男と身体の関係を持つのは嫌なんだろうか。
素っ気ないと感じるくらい、ずいぶんとシンプルなアカウントだった。名前は「あんず」、フォローとフォロワーはどちらもゼロ、ポストといいねも無し、アイコンは初期設定のまま。
『あんずさん、はじめまして。DMすごく嬉しいです。僕は、呼んでいただければ、どんなお客様とも楽しい時間を過ごしたいと思っています。わからないことやお話ししたいことがあれば、いつでもDMくださいね』
風俗の情報収集と予約のためだけにアカウントを作ったのかな。そんなことを考えている間もスッス、スッスと指先は滑らかに動く。
キャストにもよるのだろうけど、エックスで予約についての相談があった時、俺はその女性のアカウントを必ずチェックする。同じ店の誰かのお客さんだった場合、信じられないことに「アイツに客を盗られた」と恨みを買うこともあるからだ。他店のキャストとなんらかのトラブルを抱えていて出入り禁止になって、俺のところまでたどり着いた可能性だってある。どんな女性から指名をされてもやることは変わらない、でも、下調べが出来るのならば入念に。この一年間で俺が学んだことの一つだ。
『話したいことは、いっぱいあります』
既読マークがついてから、十五分程の沈黙の後に、ぎこちない文章が返ってきた。風俗は初めてで緊張しているのか、それともそういう人なのか。なんだかこちらからガツガツ迫ると逃げてしまいそうな人だ。俺も五分程間を置いてから『嬉しいです♡ 雑談でも、なんでもぜひぜひ』と返した。
素っ気ないアカウントの主は、メッセージも素っ気なくて、それ以降返事はなかった。話したいことがたくさんあると言っていたから、本当に俺は、一ヶ月でも二ヶ月でもDMでの雑談に付き合うつもりだったけど、こればっかりは仕方ない。俺は選ばれる側に自分がいることをキチンと理解しているし、何度もメッセージをやり取りしたのに「ごめんなさい、やっぱり勇気が出ないです」と予約に繋がらないことだって今まで何度もあったからだ。
何かが気に入らなかったか足りなかったんだろう。そう思ってその日は返信を待たずに眠りについた。
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