裸でいるよりそそられる

サトー

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メス猫(2)

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 中学最後の年に子供の頃からの親友であるルイとは別々のクラスになってしまった。

 ルイの反応は「しょうがないよな」とずいぶんさっぱりしたものだった。もし、俺がルイのことを普通の友達だと感じていたのなら、内心ではガッカリしつつも同意していたかもしれない。
 ただ、俺はルイに対して友達以上の好意を寄せてしまっている。同じ男の友達なのにダメだ、と何度も諦めてみようとしたり、きっと間違いだって、確かめるようなこともしてみたりした。けれど、どれも上手くいかなかった。むしろ、ルイへの思いは強くなっていくばかりだった。 

 ルイに触ってみたい、ルイも俺に触ってみて欲しい。 

 ルイは普段はツンツンしているくせに、「俺とお前は親友だから」とクサイことを平気で言う。ルイなりに友情の前では照れずに正直でいようとしているみたいだった。

 ルイの俺への思いはどこまでも真っ直ぐでブレない。今よりももっと小さかった頃は、俺だってそういった言葉に居心地のよさを感じていた。苦しい時や悲しい時には「ずっと俺と友達でいてくれる?」と約束してもらっては、それを心の拠り所にしていた。 

 今はそのルイの真っ直ぐな眼差しが何よりも辛い。少しずつ自分の中で「友情」以外の何かが芽生えてはルイとの間でどんどん気持ちにズレが生じていく。

「ルイが大好き」という俺の思いのすぐ側を、「一生友達だからな」というルイの思いが通り抜けていく。


 本当は一緒に登下校を繰り返すだけじゃなくて、同じ教室で過ごしたいし休みの日だって側にいたい。クラスが離れてしまったことで、ルイについて俺の知らないことがどんどん増えていく。
 同じクラスだったら、ルイがクラスメイトとどんな関係を築いていてどの女に好意を寄せているのか簡単に知ることだって出来たのに、と歯痒い思いばかりしている。 

 ルイの周辺をチョロチョロする目障りな女に手を出しているだけなのに、何も知らないルイはしょっちゅう俺に「彼女がいるなら彼女と帰れ」と素っ気ないことばかり言う。彼女と帰らないなんて間違っている、と思われたのか、逃げるように先に帰られたことだって何度かあった。 

 だから、ルイのお母さんの前で悲しい顔をして「ルイが一緒に帰るのを嫌がる」と言ってみたら、お母さんが「ヒカル君に優しくしなさい」とか、そういうことを何か言ってくれたみたいだった。 

「俺のお母さ……母親に告げ口するのはやめろよ!」 

 なんで俺ばっかり怒られるんだよ! とルイはわりと本気で怒っていた。俺に告げ口をされたせいでお母さんから叱られた。ということ以外に普段家で兄弟喧嘩をした時に「両成敗」で話をまとめてしまうお母さんへの不満、思春期のイライラ……そういったものが混ざり合って、カリカリして、最終的に爆発したようにしか見えなかった。 

 ルイは大好きな友達だけど、腹が立つ時だってあるし、「負けたくない」と思う時だってある。だから、俺も普段よりずっと強い口調で言い返した。
 告げ口だと言うけど、俺にそんなことをしないといけないような思いをさせたのはルイじゃないか、と思うと腹が立って止められなかった。本当はルイとケンカなんかしたくないし、怒らせることだってしたくない。

 だけど、こうでもしないと、ルイは俺の知らない間にすぐに女の方へ行ってしまうし、自分自身も心がすり潰されてしまう。だから、ルイに選ばれる女の存在をただ黙ってみているくらいなら、どんな手を使ってでも時間を稼ぎたかった。

 そのせいで、下校前に女がルイに声をかけてきた時にはすごく動揺してしまった。並んで歩きながら、ルイの一番近くにいるのは、今はまだ俺だよね、とその横顔を見つめる。すると、ふいに目尻の上がった目がスッと細められた。

「ヒカル、あそこに猫いる」 
「……そうだね」 
「あっ! すぐ逃げた。アイツ、メスかな?」 

 俺のどろどろとした感情を知るはずもないルイは、すぐ隣で呑気に野良猫を眺めては無防備に笑う。
 ルイは「人間の男を見てすぐに逃げる猫はメス」というよくわからない持論を子供の頃から信じている。頼んでもいないのにせっせと世話を焼きたがってルイに媚びを売る人間のメスもこうであって欲しい、と切実に思う。 

「ヒカル、追いかけようぜ」 
「……勘弁してよ」 
「はあー? なんで? 可愛いし、触りたいじゃん」 
「あれはメスだから諦めなよ。何をそんなにはしゃいでんの? そんなに可愛い?」 
「もしかしたらオスかもしれなかったのに……。ヒカルが嫌な感じの目つきで見るから逃げたんだっ!」

 ルイがふて腐れた後、しばらくしてからどちらからともなくクスクス笑い合った。 
 ルイに触れてみたい、という願いはきっと一生叶わないけれど、この瞬間だけは間違いなく俺達だけのものだ。誰も二人の間に入って来ない時にするじゃれ合いが、俺はすごく好きだった。 
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