裸でいるよりそそられる

サトー

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メス猫(1)

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 たまたま四軒隣の家に住んでいて、子供の頃からずうっと一緒だったから、俺は一番大切な幼馴染みのことを好きになってしまったんだろうか。

 ヒカル、と廊下側の窓越しにルイが唇を動かしたのが見えた。口をパクパクさせながら身ぶり手振りで何かを訴えている。何を伝えたいのか正確には読み取れないけれど、ルイだ、ということに嬉しくなって笑いかけた。

 そしたら、ルイも「伝わった」と思ったのか、イヒ、と笑った後、そのままパタパタと走って教室の前からいなくなってしまう。今よりもずっと幼かった頃から変わらない、俺の大好きな笑い方。きっと今日は図書館で時間を潰しながら待っていてくれる。きっと今日は「彼女と帰ればいいだろ」なんて言ったりしない。


 だから、黒板に書かれている「明日の時間割」も、教室の後ろに広がって毎日繰り返される合唱練習も、普段は英語の授業の時にしか出番が無いCDデッキから流れる世界平和への願いが込められた合唱曲も、何もかもがどうでもよかった。
 早くルイと二人きりになりたい。


 ◇◆◇

「……ゴメンね、待った?」

 走ってきたせいでこっちは息を切らしているというのに、ルイの反応は「なんだ、もう終わったのか?」とずいぶんアッサリしたものだった。

「あんまり待たせると、ルイが先に、帰っちゃうんじゃないかと思って」
「先に帰るって……」

 ほんの一瞬何かを言いたそうにしたものの、結局ルイはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。代わりに読みかけのページにぽいっと放り込むようにして栞紐を放り込んでから「行こうぜ」と立ち上がる。

「最近いっつも本とか漫画を読んでるよね」
「えっ、だって面白いじゃん」

 この前ヒカルに貸した漫画だって面白かっただろ? と顔を覗き込まれる。まだ何も返事をしていないのに、ルイの目がにゅうっと細められた。
 キリッとした目が印象的なルイは、ワクワクしていると普段より顔つきがうんと柔らかくなる。漫画を選ぶセンスの自負の表出でしかないとわかってはいるが、俺だけに向けられた特別な表情のように思えて少し辛い。

 一応頷きはしたものの、べつにその漫画が面白かったから夢中で読んだ、というわけではない。ただ「ルイが好きなものだから」という理由で、読んでみようという気になっただけだった。

 忘れ物をしていないかよく確認してから、読みかけの本を持ってルイはスタスタと歩いていく。本棚と本棚の間を通り抜けて、無言でルイが自分の図書カードを探している間もずっと側でくっついていたら図書館の先生からは「ヒカル君も本を借りていったら?」と勧められた。

「ルイが読み終わったら、この本を貸してもらうから大丈夫です」

 新刊で人気の本、ということもあって、先生もルイも納得したようだった。だけど、本の中身なんて俺にはどうでもいい。ルイが「ヒカルも読め」と言えば読む。ただそれだけのことだった。
 ルイが好きなものが俺の好きなものだから、という本当の理由は誰にも言えないまま、二人で図書館を出る。

 ルイの背負うリュックサックは教科書とさっき借りたハードカバーの本の重みでお尻の方まで垂れ下がっていた。俺の歩幅に合わせようとする、せかせかとしたリズムから少し遅れて揺れている。

「……そうだ。漫画を返したいから、今日はうちで遊ばない?」
「行く」

 靴箱へ向かいながらそう誘うと「宿題も一緒にやろう、そんで勉強教えて」と当たり前のようにルイが答えてくれるのが嬉しい。
 
「でもヒカル、最近ゲーム買ったって言ってただろ。俺と遊んでていいのかよ?」 
「当たり前じゃん。あれは、ルイと遊べない時にやろうと思って買ったものだし……」 
「ホントかよー」 

 何が面白かったのか、ルイがゲラゲラ笑う。本当のことなのに、と肩を竦めると「じゃあさ、俺、お前がゲームしてるとこを見とく」とルイがぱっと顔を輝かせた。すごい名案だろ、と思っていそうな得意気で明るい笑顔に思わず目が釘付けになる。 

「いいの? 暇だって怒って帰ったりしない?」 
「俺がいつそんな事をしたって言うんだよ? 俺、ヒカルがゲームしてる所を見るのも好きだからさ、全然退屈なんかじゃねーよ」 
「うん……」 
「自分でするのも好きだけど、ヒカルみたいに上手いヤツがゲームをしてるのを見るのも面白い」 

 ルイの言う「ヒカルがゲームしてる所を見るのも好き」は、ユーチューブでゲーム実況動画を見るのが好き、と同じ意味合いに違いなかった。
 俺だって本や漫画を読むルイのことを何時間だって眺めていられるが、それとは明らかに視線に含んでいるものの性質が異なっている。ルイのことをずうっと見ているから、それくらい、いちいち本人に確かめなくたってわかってしまう。 

 それをすごく苦しく感じる時もあるけど、この気持ちを知られていないうちは「ヒカル」とルイは笑いかけてくれる。今はまだ、俺もルイもお互い同士が一番近しい関係だ。だから俺は平気な顔でルイの側にいることが出来る。 

「……今日、うちの母親いないからさ、遅くまで遊べる?」 
「うん、いいよ」 

 家で遊んでいる時に俺の母親がいると、遠慮があるのかルイは早々と帰ってしまうことが多いけれど、今日は夜勤の日だと言っていたからその心配もない。べつに何をするというわけでもないけど、それだけで嬉しくて顔が緩む。

 こんな日はルイが俺にしか話してくれない特別な事を打ち明けてくれる日だ、と期待に胸を膨らませていた時だった。 

「あっ! ルイまだいたんだ! よかったあ」 

 その声へ先に反応したのは、俺とルイのどちらだったのかはわからない。 

 ただルイと同じクラスの女がパタパタと小走りでやって来た。それだけの事だった。ルイが「なに?」と反応しているのもいたって普通の事だ。それなのに、なんだか心がざわざわと落ち着かなくなる。 

「ルイ、ロッカーに体操着忘れてたよ?」 

 はい、と丁寧に畳まれた体操着を女から受け取ってお礼を言うまでの間に、ルイがほんの一瞬気まずそうにしたのを俺は見逃さない。
 なるほど、自分が一度着たものに女が触れたことが恥ずかしいのか。そんな事を考えながら横顔を凝視していると、俺には絶対見せないような照れくさそうな表情でルイが下を向く。 

「……ありがとう」 
「うん。バイバイ、また明日ね! ヒカル君も、バイバイ」 

 手を振り返すこともしないで、うん、と小さな声で返事をするルイを見ていると呆れてため息が出そうになる。どういう仲なのかは知らないけれど、ああいうやたら男の世話を焼きたがるような女は誰に対しても彼女ヅラをしている、という簡単な事がどうしてわからないんだろう。 

「……仲いいの?」 
「……えっ、なにが?」 

 ルイは何かに弾かれたように慌てて顔を上げ、ビックリした様子で俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。ついさっき、クラスメイトの女に見せた恥じらいと動揺を見透かされていないか、確かめているのだろう。 

「べつに、フツー。ただの同じクラスの人」 
「へえ……」 

 ルイの好みは色が白くて華やかな見た目をした女だ。一方、さっきの女はいかにも運動部らしい日に焼けた肌をしていた。
 でも、男兄弟の中で揉まれて育ってきたルイは女に免疫がほとんど無いから多少好みでなくとも、ちょっと優しくされただけですぐにほだされてしまう。

 頼りないくらい細いルイの腕を「ダメだよ」と掴みたくなる。女なんかよりも俺の方がよっぽどルイのことを……。 

「……でも、アイツ、ヒカルのことをすげー見てたよな」 
「えっ? そう?」 
「うん……」 

 俺だってあの女のことをじっと観察していたから、本当はルイが何を言いたいのかくらいわかっている。 

「あのさあ、ルイ。あの人優しいし、結構可愛かったよね」 
「えっ……」 


 それに明らかに俺のことをそういう目で見てたよね、という意味を込めて笑いかけると、それっきりルイは校舎の外へ出るまで喋ろうとしなかった。  
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