幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

【同人誌より】大晦日の夜に(1)

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 大晦日だからちゃんと忘年会をやろうという話しになったのは12月31日の朝のことだった。

「でもさ、いいなあって思う店はとっくに予約で埋まっているんじゃないかな」

 二人とも安定した収入を得られるようになってから、俺とルイの外食時の店選びは格段にレベルアップしていた。好奇心でいい焼肉や寿司をいろいろ食べてきたけど、そういう店はたぶん予約に合わせて新鮮な食材を仕入れているから飛び込みで食事をするのは難しいかもしれない。そもそも大晦日に営業をしているかどうかも怪しい。

「でも、こんなに店はあるんだからどこかは空いてるって」

 陶器のボウルいっぱいに注いだグラノーラをボリボリと噛み砕きながらルイが言う。ルイは「これぐらいでちょうどいい」という理由で朝食にシリアルやグラノーラを食べる。それは暑い日でも寒い日でも変わらない。量も少なくて、ナッツや麦がたくさん入っているから小鳥の食事みたいだって、俺は密かに思っている。ルイが使っている鮮やかな藍色のボウルと木製のスプーンは俺がプレゼントしたものだ。「おー、それっぽい」とルイはずいぶん喜んでいた。

「そうだね、どこか予約出来るといいけど……」

 すでに自分の分の朝食を済ませてしまった俺は、相槌を打ちながらルイのことをぼんやりと眺めている。普段、朝はお互い慌ただしくてゆっくり向かい合って朝ごはんを食べることなんてほとんどないからすごく貴重な時間だと感じられた。

「でも、無理に出掛けなくてもよくない? 外はすごく混んでるだろうし、俺は二人でゆっくり出来ればそれで充分だけど……」
「え、一年の最後だし、ヒカルもちゃんと年末年始に休めるならぱーっと派手にうまいものを食べたいじゃん、特別に」
「そっか。そうだよね」

 ルイからそう言われるまでは、いつもの休日と同じ過ごし方でもいいんじゃないかと俺は思っていた。まだ学生だった頃は、いつだってルイとの特別を欲しがっていたのは俺の方だったのに。……やっぱり二人でいられるのが当たり前になって、それで心に余裕が出来たんだろうと、自分のことなのになんだかしみじみと感心してしまう。

 その後はスマートフォンを駆使して店選びを開始した。ネット予約が出来る店でも「本日の空席状況」に×印がついているところばかりだ。そして、せっかく見つけた即日予約可能なお店は残念だけどどれも今日の俺とルイの希望にはそぐわなかった。予約する店の候補は焼肉と寿司から、フグやカニ、すき焼きやしゃぶしゃぶまで範囲が広げられた。

「今は時間が早いから、もうちょっとしたら直接電話をして聞いてみるか」

 埒が明かない、と思ったのかスマートフォンを放ってからルイが言う。仕方がないから、テレビ画面でイオリのユーチューブチャンネルを再生しながら、各々家の掃除をした。


 イオリの動画はいわゆる「クソゲー」と呼ばれているゲームをだらだら紹介しているものがほとんどだ。新しく得られる知識が一つもない代わりに、たとえ見逃した部分があっても「見逃してしまった」と巻き戻すストレスも一切ない。作業中に再生するのにちょうどいい。

「ちょっとずつ再生数が伸びてるな。最近の動画なんて安定して十万回以上再生されてる」

 端から就職する気はなかったのか、建築士の父親の会社でアルバイトをしながらイオリはユーチューバーになった。ルイはイオリのチャンネルが持つ数字について純粋に「スゴイ」と思って評価しているみたいだけど、あれはイオリの努力の成果なんかじゃない。全部の動画をチェックしている俺にはわかる。

 初めの頃は単調で退屈な作業ばかりを繰り返すゲームに対して、「やべえ、面白い!」「一生遊べるな~」と大はしゃぎしながら何十時間でもプレイするイオリの様子に「純粋な狂喜を感じる」「チンパンジーの知能テストかよ」「狂ってるけどコイツ、絶対ゲームの悪口だけは言わないんだよな」と一部のゲーム好きの間で少しだけ話題になった。それが徐々に下火になってきたタイミングで「ども」とイオリが一瞬顔を映した途端、「イケメンすぎる」とチャンネル登録者数は激増。以来イオリはちょこちょこと絶妙なタイミングで顔出しを繰り返しながら再生数を伸ばしている。

 本人は「ヒカルさんも出てくださいよー、再生数伸びそうなんで! あ、会社のコンプラ的にNGっすか?」とヘラヘラしているけど、野生の勘やバカ特有のミラクルと見せかけて、実は全部を計算でやっているんじゃ? という気がするからイオリのことを俺は注意深く観察している。

「はいっ、今回挑戦した『寿司クロニクル』の総プレイ時間は……七日間で四十時間弱でしたっ! これ中古屋でー、八百円くらいだったんで、かなり元は取り返せたんじゃないっすかねー。材料を海で釣り上げて、客の注文通りにひたすら寿司を握るっていうねー、その寿司も十種類ぐらいしかないんで、すごいわかりやすい。俺的にはウニ拾いが一番面白かったかな~。ゆるーい動物が一丁前にサビ有りで寿司をオーダーしてくるのがマジで笑えたっすねー。え? そここだわんの? っていう……。……じゃあ、今回の動画はこの辺りで! この動画をいいなと思った方はチャンネル登録とー、高評価よろしくお願いしまっす! インスタグラムとティックトックのアカウントは……」

 イオリのたらたらした喋りが垂れ流されるリビングで、床をせっせとフローリングワイパーで拭いていると「おー、ピカピカじゃん」とルイが側へやって来た。

「え、もしかして電気も外して拭いてくれた?」
「うん。せっかくだからと思って」
「あー……、俺、寝室は窓と床ばっかりで、そこまで気が回らなかった……」
「いいよ。時間があるからやってただけだし。それよりありがとう。やっぱり部屋が綺麗だと気持ちがいいね」
「うん。まあ、ヒカルのおかげでいつでも片付いてるけど……」

 散らかすのはいつも俺だもんな、とルイがいたずらっぽく笑う。べつにルイはだらしなくて片付けが出来ないというわけじゃない。どこに何があるかはちゃんと把握しているし、使った物はきっちりと元の場所に戻す。

 ただ、すごく本をたくさん持っているし、なんでも処分してしまう俺と違っていろいろな物を大事に取っておこうとするから、それを保管するのに手間取っているみたいだった。思えば学生の頃に俺が作った建築模型を「えー、捨てんの? もったいない!」と言い、一生懸命作ったんだろ、とルイはずっと眺めてくれていた。きっと、広大な面積の家に住んでいれば俺が作った模型の一つ一つをルイは大切に残してくれていただろう。

「今日は家のことを頑張ったから、明日はずーっと家で籠っていようか」
「……家で籠る?」
「うん。元旦から、朝も昼もしようよ」

 バカじゃねーのと、絶対呆れられると思ったのに、ルイからの返事は意外にも「うん」だった。

「え、えー……、いいの? 本当に?」
「……いいのって、ヒカルが言ったんだろ? それに、ゴムだっていっぱい買ったし……」

 ゴニョゴニョとそう言った後、照れ臭くなったのかルイはふいっと顔を逸らしてしまう。

「今、掃除で手が汚れてるからぎゅって出来ないのにー……」
「……いいよ。どうせあとでいっぱいするじゃん」
「うん……」

 言葉は素っ気ないし、ベタベタと甘えてくるわけではないのに、ルイは可愛い。「かっわいいなあ……」って追いかけて捕まえたくなるような可愛さがある。思いきりぎゅっと抱きしめることが出来ないのがもどかしい。

 十二月の初めに、「クリスマスとか休みの間用」と、買い物にいったついでにルイがコンドームを三箱も買ってきてくれた。その効果だったのか、絶対に残業をしないよう意地でも仕事を片付けてクリスマスの夜は定時に帰宅することが出来た。ルイが悦ぶから、という理由でここ最近はねちっこくしつこく攻めてばかりだったけど、せっかくクリスマスだからと思って「大好き、愛してるよ」と思いきり甘やかしたらルイはいつもより深く感じながら涙で顔をびしょびしょに濡らしていた。何年も付き合っているわけだし、セックスがマンネリだと思われないように工夫した方がいいのかな、とあれ以来俺は思っている。

 
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