幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

【同人誌より】三角のチョコレート(2)

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◇◆◇

 翌朝の目覚めは最悪だった。正確には身体はスッキリとしていたけど、パンツの中は最悪なことになっていた、と言うべきかもしれない。……昨日、ヒカルに変なことを言われたせいで、いやらしい夢を見て、それで俺も、そういうことになってしまったからだ。

 寮の部屋にヒカルがいた。現実ではありえないことだけど、それが夢だと、多少おかしな部分があっても、気にせずにどんどん事は進んでいく。ベッドの角に腰かけたヒカルに跨がって、俺は深々と挿入されたペニスを受け入れていた。肌の質感や、体温といった細かい部分はなんだかぼんやりとしているのに、繋がっている部分が「気持ちいい」ということだけはわかる、夢の中のセックスはそんな感じだった。

「あっ、あっ、だめ、奥、だめ……」
「あー……、やば、腰止まんないや、ごめんね」

 二人とも上に着ているものは脱いでいないのに、下は何も穿いていなかった。きっと、よっぽど焦っていたんだろう。ベッドのスプリングを利用して、何度も突き上げられる。ヒカルは正常位の方がイきやすいって前に言ってたっけ、じゃあ体位を変えるのかな、と思いながら俺は身体を揺さぶられて普段よりもずっと大きな声をあげて、ヒカルにしがみついていた。

「ああっ、待って……、ゆっくり、入れ……、ん、んうっ……!」
「好きだよ。ねえ、ルイ、気持ちいい?」
「んんっ……!」

 一度引き抜かれて仰向けに寝かされる。ぐずぐずに解れたそこへ、休む間もなくヒカルの性器が一気に奥まで挿入された。

「ああっ、やだ、胸いやだ、いやだあっ……」

 感じすぎていて苦しいくらいなのに、服を捲り上げられて両方の乳首を摘ままれる。受け入れている部分も熱くていっぱいいっぱいなのに、乳首へのじりじりとした刺激が加わっておかしくなりそうだった。投げ出された爪先はぎゅっと丸まっている。

「ねー、ルイ。初めてセックスしたのは何歳の時だった?」
「い、言いたくない……、や、やだっ……」
「んー? 忘れちゃったの? しょうがないな、っ……」

 ヒカルの腰の動きがいっそう激しくなる。壊れる、と心配になるほど、ベッドは軋んで、ギッ、ギッと音を立てていた。乳首も中もすごく乱暴にされているのに気持ちがいい。絶頂が近くなるとヒカルは「ルイが初めてセックスをしたのは俺でしょう」と何度も言い聞かせた。それに俺は「うん」と半分泣きながら頷いて……。


「はあ……」

 そしてアラームで飛び起きた。夢だとわかってからは下着をコソコソと洗わないといけないと考えると本当に憂鬱な気分になったし、ヒカルを「変態」呼ばわりしたのに自分だって……と思うとすごく恥ずかしくなった。声まで出ていたらどうしようと焦ったけど、一人の部屋では確かめようのないことだ。

 ヒカルが変なことを俺に吹き込むからだ! と頭の中で「気持ちよかった? 早く本当にしたいね」とヘラヘラしているヒカルに八つ当たりをした。出てしまったのは俺だけのせいじゃない。パンツを水と石鹸でごしごし洗いながら考える。ヒカルの影響を受けてしまっただけだし、ちょっと忙しくて溜まっていただけだ。夢とは言え気持ちよかったのは事実だし……、それに俺はああいう激しいセックスが嫌いじゃない。でも、離ればなれの生活を送っているし、今度は、もう少し静かで、ただいちゃついてるだけの夢でもいい。キスだってずっとしていないし……そんな思いが頭を過って「何を考えてんだ!」と自分で自分が嫌になった。

 ◇◆◇

「今日はいつも以上にボケッとしているな」

 いったいいつ俺がボケッとしていると言うんだろう。そんなことを言ってくるレオよりもずっと授業をマジメに受けて、発言だって頑張っているのに。どちらかというとレオの方がいつだって退屈そうにぼんやりとしている。俺を挑発して遊んでいるだけだと思い無視していたら、「どうせ夕べは恋人と電話でもしたか、久しぶりに会う夢でもみたんだろ」と言われた。

「……違う」
「それでこのザマか。夜は恋人と喋って、昼は課題に追われる。模範的な留学生活だな」
「違うって言ってるだろ!」

 本当のことを言われたのと、夕方からの授業の課題が終わらずに焦っていたのとで、自分でも引くぐらい強い口調で言い返してしまった。濡れたパンツで目を覚ますというイベントが、俺の一日の調子を狂わせている。

 他の人なら怯んだり怖がったりするだろうけど、俺の周りはなぜか俺のそういった部分に動じない奴が多い。ヒカルは「怒ったの?」と薄ら笑いを浮かべるし、ジャイーも「どうして大きな声を出すの?」と肩を竦めるだけだろう。レオもハッ、と俺を鼻で笑うだけだった。

「……課題は忘れていて、しかも今日は寝坊をしたんだ」

 たとえ、それがどれだけ些細なことだったとしても嘘は嘘だ。だからしばらくの間は課題に専念するという意味を込めてそう伝えたけど、なんとなく後ろめたくて視線を逸らした。納得したのかしていないのかは、よくわからなかったけど、無言でレオは頷いていた。

 車の中でいろいろなことを話して以来、レオとは時々こうして二人きりで空き教室で会うようになった。明日の何時にどの教室で、と待ち合わせているわけじゃなくて、俺が一人で自習をしているとレオはヌッと現れる。不思議と俺がいつどこで自習をしているのかは知っているみたいだった。やって来てもレオは勉強をしない。ペンを走らせながら本を読む俺をただ眺めて、時々話をする。

 他の人がいる所ではあまり話さない。もう前みたいにキツくあたられることはなくなったけど、今でもレオが名前を貸しているパーティーではたくさんのお金が集まると聞くし、派手な女の子はいつでもレオを探してる。レオにはレオの事情や付き合いがあることぐらい俺だってわかっている。俺と親しくしているところを見られてレオが変に思われるのなら、べつに空き教室でひっそりと会うぐらいでいい。

 課題が一段落したので、水を飲んで休んでいたら、レオは机の上を指差して「まるでガキのピクニックだな」と言う。

「何が? 水筒なんてみんな持ってるだろ。それに机がこうなってるのはランチを食べ逃しただけだ……」
「オレオ入りのチョコバーとスニッカーズにピーナッツバターとジャムのサンドイッチ」

 よくそれだけ甘いものを集めたな、とレオが顔をしかめる。サンドイッチは共同のキッチンで朝慌てて作ったものだ。ピーナッツバターとバナナとカリカリに焼いたベーコンを挟むと、これが結構おいしい。初めてこの組み合わせを知った時は「うへえ」と思ったけど、韓国人の友達が作ってくれて、俺もすぐ好きになった。ジャイーは「ブルーベリージャムを追加するとますますおいしい」と言う。

 甘いものは苦手なようだけど、そういえばレオは何が好きなんだろう? パーティーで見かけた時はやっぱりつまらなそうな顔でどこかへ消えていったし、ものを食べているところをほとんど見たことがない。故郷の料理? 麻婆豆腐? 水餃子? とあれこれ想像していると、「お前チョコレートが好きか」と聞かれた。

「まあ……」

 金持ちなレオにはカロリーパフォーマンスのことを話しても混乱するだろうからそう返事をしておいた。レオはぼんやりした顔で頷くだけだった。タバコを吸う人は甘いものを食べないと聞いたような気がする。けれど、もそもそとサンドイッチを食べていたら視線を感じたからダメ元で「一つどう?」と勧めてみたら意外にもレオはそれを受け取った。

「……作ったの、俺だけど」
「知ってる」

 挟んで切って、ラップで包んだだけの簡単な食べ物だ。見るからに神経質そうだからよくわからない奴の作った手作りの食べ物なんて絶対にいらないと言うだろうと思ったのに、レオは特に嫌がる素振りも見せずにペロリと完食してしまった。口いっぱいに頬張ったり、ポロポロ溢したりはせず、タバコを吸っている時とさほど変わらない顔つきで静かに行儀よく食べる。それについて俺は、そうか、食べている時もレオはレオなんだな、と当たり前のことを思っていた。

「……いいな、お前の恋人は」
「え?」
「……。テメーなんか何をやっても喜ぶだろうが」
「はいはい、わかったわかった。俺はなんでも嬉しいよ」

 結構気に入ってくれたんじゃないかと思っていたのに、まったく失礼な奴だ。「お前はどんな高級な食べ物が好きなんだよ?」と聞いてみたけどそれも教えてくれなかった。

 何をやっても喜ぶ、とレオからは言われたけど、子供の頃は自分だけものを貰うよりも、ヒカルといろいろなものを分けあうことがずっと嬉しかった。バースデーケーキのチョコプレート、一本しかないコカ・コーラ、冷凍庫の奥から出てきたカチカチに凍った雪見だいふく……。成長して、自分で自分の好きなものを買えるようになってからは何かを半分にするということはずいぶん少なくなってしまった。まだお互い学生だから高価なものを贈りあったことはない。でも、ささやかで幸せな記憶はいっぱい持っている。何かを分けあって相手が喜ぶのが幼い俺とヒカルにとっては嬉しいことだった。離れているせいなのか、無性にそれが懐かしく感じられた。

 ◇◆◇

 数日後、寮の部屋に帰ろうと一人でせかせか歩いていたところをレオに呼び止められた。

「……なんでこんな所に?」

 大学内ならまだしも、借りているマンションで生活しているというレオは学生寮までの道に用なんかないはずだ。ギスギスしていた頃の名残なのか、「おい」と後ろから声をかけられたせいで、俺の心臓はばくばくと派手な音をたてていた。

「べつに。お前こそ、こんな時間まで何をしていた?」
「……サイモン先生に本を返しにいって、それで文房具を買ってた」

 早足で歩いていたせいか、それほど気温は高くないのに額にも背中にも汗が滲んでいる。給水所でマイボトルに水をたっぷり補充してきたからリュックサックが重い。教科書も合わせたら荷物の重さは全部で二キロ近いかもしれない。少しでも肩への負担を分散させようと、片紐を掴んでいると、レオは無言で俺に紙袋を押しつけてきた。

「なに?」
「……やるよ」

 何を? なんで? と聞き返す前に、不思議そうにしている俺を見て舌打ちした後、レオはさっさといなくなってしまった。頭の中をハテナマークでいっぱいにしながら袋を開けてみたら、スーパーで見かけたことのあるチョコバーが入っていた。

 TOBLERONEという名前と黄色のパッケージは知っているけど、まだ一度も食べたことはない。それを十本も。チョコレートが好きだって言ったからだろうか。レオは何も言わなかったけど、とりあえずこの間のピーナッツバターのサンドイッチに対するお礼だと思うことにした。

 重い荷物を背負って急いで帰ってきたのは、夜にヒカルとビデオ通話で話す予定があったからだった。この間のことがあったから、そういう話題にならないようにしようと気を張っていたけど、学校や友達のことを話していたらすっかり楽しくなってしまった。相変わらずヒカルはイオリに弁当を奪われていて、「あの野郎。本当に許せない」と怒っている。半分ほど食べられた弁当を「ヒカルさんも食べます?」と平気で言ってくるというのがいかにもイオリらしい。「これはお前の食べかけだろ。買い直してきて」と言ったらイオリはいつも注文を無視して大盛りのチャーハンかチキン南蛮弁当ばかり買ってくる、とヒカルはぼやいていた。

「たぶんアイツの好物を選んでんだよ。やたら一口ちょうだいってうるさいし……。なんで、ルイはそんなに嬉しそうなの?」
「いや、ヒカルが毎日楽しそうでよかったと思って……」
「楽しくないよ! みんなは俺をイオリの世話係だって言うけど、どう考えても飼育係だと思うんだよね……」
「ははは……」
 
 ゲラゲラ笑いながらチョコバーをかじる。今日は早めに夕食を済ませていたから、話しているうちになんだか小腹が空いてしまっていた。ヒカルは俺のことをじっと見つめている。これは夕食代わりじゃない、ちゃんと食べた、と思いながら俺も見つめ返した。

「ねえ、ルイ」
「んー?」

 ヒカルがディスプレイに顔を近づける。俺のことを覗きこむような目つきだ。俺より背が高いはずなのに、そういえばヒカルはこういう目つきをすることが時々あった。ビデオ通話でも変わらないんだ、と思いながら租借したチョコレートを飲み込んだ。日本ではあまり見ない三角柱のチョコバーはアーモンドキャンディーが入っていて食感がザクザクしている。一本食べれば充分満足出来そうだった。まだまだあるからしばらくは自分でチョコバーを買わなくたっていいだろう。

「チョコレート。今日はいつもと違うんだね」

 そう言われてから俺も握っているチョコバーをまじまじと見つめた。黄色のパッケージ、山がいくつも連なっているような三角柱。ツヤのあるブラウン。

「ああ……、うん」

 そんな細かい部分まで映っているのかはわからないけど、「よく気がついたな」と返事をした。

「わかるよー。……ねえ、おいしい?」

 日本のチョコレートとは味も食感も全然違う。ハチミツとアーモンドキャンディーがたっぷり入っているからだ。ヒカルとは分けあったことのない味だった。

「……おいしい」

 友達からもらったんだ。そう言いかけて、そういえばレオにおいしかった、ありがとうってちゃんと言わないと、とふと思った。きっと、「知らねーよ」とか、そういうつれない態度をとられるだろうけど、なんというかそれがレオの普通なんだろう……。そんなことを考えていたら、「よかったね。俺も食べたいな」とヒカルが甘えるような声で言う。チョコレートが通過した後の、喉までがねっとりと甘いように感じられて、それで言葉を続けることが出来なかった。
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