幼馴染みが屈折している

サトー

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【番外編】幼馴染みが留学している

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「……ヒカルと話すのしんどいから、しばらくヒカルの方からかけて来ないでほしい。ごめん」

 聞こえてくるルイの声はとても怠そうで、一刻も早く電話を切りたがっていた。なんで? しばらくってどれくらい? と聞きたかったけど、ショックで何も言えなかった。「しんどい」なんてルイから言われたのは初めてだ。

「……わかった。電話してごめん。じゃあ、もう切るね」

 ルイ、俺、明後日ゼネコンの役員面接なんだよ、って言いたいのを堪えて電話を切った。

 ◇◆◇

「ヒカル君、ごめんね。明後日、役員面接だよね? こんな時に誘って本当にごめん」
「ううん。全然。もうここまで来たら、いつも通り過ごすしかないっていうか……」

 ゼミでのプレゼンが終わった翌日、ハルキ君とドライブに出かけていた。俺が免許を取ったことを報告した時に「じゃあさ、俺が親の車を借りてくるから一緒にどこか行こうよ」って誘ってもらえたからだ。
 一刻も早く運転してみたかったけど、車はまだ持っていなかったので、ずっと楽しみにしていた。俺は三月から就活でずっと忙しかったし、ハルキ君はハルキ君で公務員試験の勉強のため、一生懸命塾に通っていたのでお互いの予定がなかなか合わなかった。結局、延びに延びて実現したのは俺が免許を取得してから数ヶ月が経った頃になってしまった。

「ヒカル君、面接前なのに全然緊張してないよね。ほんとスゴイよ」
「もうあがいてもしょうがないから。たぶん、二次面接までに俺が言ったことは全部記録を取られてるからさ」

 俺の受けたゼネコンについては、面接の内容は全て録音されていて、文字起こしをされた後に役員の手へ渡っている、という話が有名だった。圧迫面接ではあったもののコンペの受賞歴についてはかなり興味を持ってもらえたし、引っ越しや解体といった、体力を使うバイトばかりやっていたことについても好感を持ってもらえたようだった。

 だから「かなり体力・精神的にキツイ業界だけど大丈夫?」と言われた時も「自信があります」と胸を張って答えられた。俺より高学歴な学生も大勢エントリーしていた中、ここまで残れたのならばそれなりに評価はされている、とは思う。
 後は、相性とかその日のコンディションという問題で、仮に駄目でお祈りされたとしても、もうそれは本当にご縁がなかったと思うしかなかった。

 ゼネコンの新卒採用はどこも夏募集はかけていない。なので、ここが駄目だったとして、まだ就活を続けるのか、それともすでに内定を貰っている二社のうちのどちらかに就職するのかそろそろ考えないといけない時期でもあった。

 ハルキ君は、俺が通っていた教習所の近くまで来てくれたので、適当な場所で車を止めて運転を交換した。免許を取ってから初めて、しかも人を横に乗せて運転した。「保険をかけてるから思う存分運転していいよ」とハルキ君は笑っていたけど初めはすごく緊張した。けれど、一kmも走ればすぐに勘を取り戻すことが出来た。

「ヒカル君運転上手いね。免許を取りたてとは思えない」
「上手いかはわからないけど、運転するのは好きだな……。免許を取ったら車が欲しくなっちゃった」
「いいねー。何乗るの?」
「……外車」

 夢はデッカイねー、とハルキ君が笑った。ルイに外車が欲しい、って言ったらなんて言うだろう。そもそも、車に興味はあるんだろう。「ヒカル、なんでわざわざそんな高いのを買うんだよ? べつに走ればいいだろ……」と呆れたような顔で言っているのが想像出来た。でも、たぶん乗ったら乗ったで「なにこれ、すっげ……
これにしよーぜ」と言う気もした。

 車も欲しいしルイを横に乗せてどこかに連れて行きたい。お父さんやお母さんに会いたい頃だろうし、ルイの実家まで連れて行ってあげたら喜ぶだろうか。……四つ離れたところにあった俺の実家にはもう他の家族が住んでいるんだろうけど。
 なんでこんなにルイのことを考えているかというと、夕べ連絡が来なかったし、自分からも連絡しなかったことを気にしているからだ。
 女と旅行に行くと匂わせたことをルイは本気にして、落ち込んでいるのか或いは……いよいよ呆れられて本気で俺を嫌っているのかもしれない。と考えていると、楽しいドライブのはずが、急に不安で気分が落ち着かなくなってきた。

 オーストラリアのルイのもとで何か得体の知れないことが進行していて、ルイの気持ちは俺からどんどん離れていってしまっているのではないだろうか。
 いくら追いかけてほしかったからとはいえ、俺からあんなことを言って通話を切った手前、気軽に連絡なんて出来るわけがなかった。嫌われてもおかしくないような酷いことをした。

 今までは電話やビデオ通話で、表情や声をお互いに確かめあいながら怒ったり傷ついたりしていた。それが出来なかった夕べの夜は部屋が妙に静かに感じられた。
 いないはずのルイがムッツリと押し黙って「お前、俺を試したりするなんて本当に最低だな」と抗議しているかのようだった。

「待って、ヒカル君、前との車間距離近い」
「あっ、えっ、ゴメン」

 ぼんやりしてしまって、いつの間にか前の車との距離を詰めすぎていた。制動距離、と教習所で習ったことが頭の中に即座に浮かぶ。ハルキ君を横に乗せているのに、運転に集中出来ていなかったことにゾッとした。

「ご、ごめん……。俺、本当に、ごめん……」
「え? いや、大丈夫だよ。初めてなんだし、気にしないで。少し休む?」
「ううん、もう平気だから……」

 信号が赤になって減速して完全に車を停止させた時、「大丈夫だよ」とハルキ君の大きめな手が俺の頭を軽く撫でた。え? と思わずハルキ君の顔を見たけど、いつも通り優しく笑っている。
 ルイ以外にほぼ友達のいない俺は、こういったことは初めてだったから、どういう反応を返せばいいのかよくわからなくて、下を向くことも出来ず、ただ前を見ていた。


 三十分くらい運転してから、ハルキ君と交換した。運転を代わってもらった後も、就活の話や夏休みの予定のことで話が弾んだけど、合間にルイのことを考えてしまって、どこか心ここにあらずな自分がいた。

「ハルキ君って女を寝取られたことある?」
「……え?」

 流石のハルキ君でも引いたのか、一瞬反応が遅れたが、いつもの笑顔で「ヒカル君、直球だねー。ビックリした」と言ってから、ハハハと短く笑った。
 ハルキ君が、黄色信号で緩やかにブレーキをかけ、交差点前で車を停止させる。時差式信号で右折待ちをしていた対向車が「この人は絶対に信号を無視して突っ込んでこない」と確信したのか、ひゅっと交差点内に侵入した。一台がそうすると、後続の車も雪崩れるようにしてそれに続いた。

「彼女とケンカでもしたの?」
「……まあ、そんなとこ」

 彼女、ではないけど頷いておいた。ハルキ君は、うーむと唸っている。女を寝取られたことはなさそうだし、当然寝取ったこともなさそうだからどう考えても困っていた。

「まあ、寝取られたってほどじゃないけどね。ちょっと隙を見せたのかな、わからないけど……なんだかいろいろあったみたいで。それで、俺もだいぶ嫌なことを言っちゃって……」
「ヒカル君も、そういうことがあるんだ」
「あるよ。……というか、こんなことばかり」

「相手を信じる」という他の人が当たり前のようにやっていることが俺には上手く出来ない。ルイのことを考えると、頑張らないといけないと常に感じるし、ルイへの気持ちは自分が前に進むための希望だといつも思っている。けれどルイが側にいると、同時に自信も失う。今回も「俺のことが好きじゃないから、他の男とそういうことが出来たの?」としか思えなくて、信じることが出来なくなってしまっている。

「ハルキ君みたいになって、付き合っている人を大切にしたいと思ったのに、結局出来なかった……。むしろ、出来もしないことをやろうとして前より悪くなったかもしれない……」

「大丈夫? ヒカル君、大学で見かけてもいつもキリっとして頑張っているから全然わからなかったよ。ごめんね。でも、ちょっと親近感がわくな」と言ってハルキ君は微笑んだ。
 やっぱり優しい。たぶん、俺とルイの間に起ったことの全貌を知ったら、さすがのハルキ君も「ヒカル君、そういう揺さぶりのかけ方はよくないんじゃない?」と言うだろうけど、今まで得られた情報だけではどうアドバイスしていいのか判断がつきかねるのか、俺の気持ちに寄り添うことにしてくれたようだった。
 わからないことについて上から目線でアドバイスをしないところが本当にハルキ君らしいと思った。

「……昨日なんか落ち込みすぎて、もう俺に建築なんか出来るわけがないって本気で思った。役員面接も正直、行くのをやめようと思った時もあって。そのきっかけが、その、彼女とのケンカなんだけど、思い返してみると、俺自身いろいろ欠点のある人間だし、それが、何て言うか仕事をしていく上ですごく致命的というか……」

 ハルキ君は黙って話を聞いてくれていた。ここまで自分の内面を人にさらけ出すのはルイ以外では初めてだったので、すごく恥ずかしくなってきた。でも、止められなかった。

「だから、もう諦めようかなって……。就活も、もしかすると彼女のことも」
「え、ヒカル君、そういうのは違うんじゃない?」

 真っ直ぐ前を見て運転しながらハルキ君は言った。口調は柔らかで普段通りだったけど、どこかハルキ君の持つ意志や信念といったものが感じられるような、問いだった。

「ヒカル君、模擬面接とかかなり頑張っていたのにもったいないよ、ここで止まったら。建築の仕事、本当にやりたいんだなって、見てたらわかったよ。何かを一生懸命頑張れるってそれだけで一つの才能だから、向いてないなんてことは絶対ない。だから、俺はヒカル君に諦めるなんて言って欲しくない。」

 俺は、もう泣きそうだった。

「彼女のこともそうなんじゃないかな。何があったのか詳しくは知らないし、もし話すのがすごく辛いなら話さなくても全然いいけど、ここまで悩んでいるってことは、それだけ好きってことなんじゃないかな。就活のことも、彼女のことも、今はいろいろあって疲れちゃっているかもしれないけど、もう少し頑張ってみようよ。俺でよければいつでも相談に乗るから」

 ありがとう、って言うべきなんだろうけど、そうしたらたぶん泣くから言えなかった。ルイ以外に自分のことをそんなふうに見てくれて、思ってくれる人がいるなんて考えたこともなかった。ルイが「ヒカルは俺以外にも友達を作った方がいい」と言っていたのはこういうことだったんだろうか。

 ハルキ君は気を遣ってくれているのか俺が黙りこむと、それ以上は何も言わなかった。知っている道に戻ってきた頃、ようやく気分が落ち着いたのでハルキ君の方を見たら、視線に気がついたのか向こうもこっちを見てきて目があった。女にするみたいに嘘臭くても笑いかけるべきなのか、知らんふりして目を逸らすべきなのか迷う。
 ハルキ君は何か思い出したかのように、「そういえばさあ」と口を開いた。

「夕飯なんだけど、アコちゃんが三人で食べようって」
「……ん?」
「今日、ヒカル君と出かけるって行ったら『そうなんだ、ヒカル君とお話しがしたいから、ぜひ三人で何か食べようよ』って言っててさ。サプライズだから直前まで言わないで、って言われてたんだけど……」
「ハルキ君、デートの邪魔をしたら悪いし、俺は帰るよ」
「あー、そういうの遠慮しないで!」
 
 遠慮ではなくて本気で帰りたい。なんなら今すぐ車を降りたってよかった。
 ミナミさんは俺のことをハルキ君に色目を使う浮気者だと思っているし、二人で会っていることがバレている時点でそうとうムカついているはずだから。「お話し」というのも気になった。まさかとは思うけど、ルイとの間に起ったことがなぜか全てバレていて「早川と別れてよ」と言われるのでは、という気がして胸がざわつく。

 連れて来られたのは、また、例によって焼き肉屋だった。どっちがそんなに肉が好きなんだろう、と思ったけど、二人とも同じくらいのテンションでメニューを覗き込んで、あーでもないこーでもないとしているからよくわからなかった。
 ミナミさんは、俺に対してすごく怒っているんじゃないかと思ったけど、「ヒカル君、なんだか前よりも少し男っぽくなったね」と言っただけだった。

 初めて三人で焼き肉を食べに行った時みたいに、ハルキ君は、せっせと肉を焼いて俺とミナミさんに振る舞った。ミナミさんはハルキ君から今日のドライブのルートを聞くと「そうなんだー。私達も何回も行ったよね」と言いつつ俺の方をちらっと見ていた。

 デザートは何を食べる? という話になっていた時、ハルキ君が電話をかける用があると言って席を外した。
 俺はメニューを眺めているフリをして、ミナミさんの方はなるべく見ないようにしていた。何か仕掛けるならこのタイミングで来る、そういう予感がした。

「早川、いじめたでしょ」
「……いじめてませんけど」

「何かあったの?」「ケンカしたの?」でもなく、いきなり「いじめた」と断定した言い方だった。やっぱりルイと何か話をしたに違いない。

「へー……。昨日メールが返って来たんだよね。いろいろ書いてあったけど、最後の方に『ヒカルは最近どうしてる? 就活で忙しいみたいであまり連絡できないから』って。お願いだから自分がそう言っていたことはヒカル君には絶対に言わないでって頼まれたけど、なにこれ、どういうこと?」

 まず、そのメールの全文を読ませて欲しかった。俺が知らないルイの本心が書いてあるのかもしれないし、それを読んだミナミさんの手の内がわからないから、何を言えばいいのか判断が出来ない。

「ずっと連絡してないの?」
「してたけど……」

 ミナミさんは、してたけど何だ、とでも言うような鋭い目つきで俺のことを見ていた。きっと、ミナミさんは、俺が一番言われたくないことをルイのためなら一切躊躇わないで容赦なく言ってくるだろう。
 さっきまで「ハルキ君、カルビをもっと焼こうよ」とキャッキャとはしゃいでいたのに、今は全く別人みたいだった。

「ちょっと前までのメールには、『最近、ヒカルが優しい』って書いてあったのに、変だよね?」
「……それっていつのこと?」
「ヒカル君、隙あらば早川からの称賛を欲しがろうとするよね」

 そういうつもりではないのに怒られた。

「ヒカル君、早川が男だから何をやっても傷つかないとでも思ってる?」
「そんなこと思ってない!」

 何か勘違いされているのかもしれない。俺は付き合っている女に優しくしたことなんか一度もない。ルイが男だから、女よりキツく当たってもオーケーだとか、そんなことは考えたことはなかった。……じゃあ、大切にしていたかと言われたら今では自信がないが。

「質問を間違えた。ヒカル君、自分は早川のことが大好きだから、早川に何をやってもいいと思ってるよね」
「それは……」

 ハルキ君が戻ってくる前に決着を着けたいのか、ミナミさんはいつもよりもずっと早口だった。俺が答えに詰まっていると、待つ気はないと言わんばかりに言葉を続けた。

「ヒカル君、もしかしてまだ自分がフラれないとでも思ってるんじゃあないよね……?」
「え……」
「私、なんて言ったら早川がヒカル君と別れるか知ってるよ」
「は……?」
「早川って、ヒカル君みたいなのとは別れた方がいいって言えば言うほど意地になって別れないと思うんだよね」

 やっぱり俺だけじゃない、と思った。ルイのことをよく見ていてどういう人間なのかわかっている人は俺以外にもいる。
 俺ならなんて言うだろう、ということを考えていた。……「ヒカル君のために別れた方がいいよ。早川といるとヒカル君ってどんどん依存して駄目になるから」だろうか。自分のためじゃなく俺のためにそうするべきだ、と言われたら考えたうえでルイはそうするだろう。

「い、言わないで……。お願いだから。せめて、フラれるにしても、ちゃんとルイに謝って、直接言われたいから……」
「……言わないよ」

 ミナミさんは呆れていた。全部、単に俺が嫌いだからという理由で意地悪で言っているんじゃないということはわかっている。ミナミさんにとって、ルイは大事な友達だから言っている。俺以外にもルイのことを大切に思っている人はたくさんいるんだって、ようやくわかった。

「どんな嫌なことをしたのかはよくわからないけど……。ヒカル君、私、早川にヒカル君と一緒にいない方がいい、もっとまともな人と付き合った方がいいって、思っていても言ったことないよ。そんなことを言われたら早川がとても辛いだろうから」

 そうだろうな、と深く頷いた。きっとルイは「ヒカルのことをそういうふうに言うのはやめろよ。ちゃんと好きで付き合ってる」と言う。俺のことだって絶対にちゃんと庇ってくれるだろう。
 そんなルイを想像していたら、少し前に電話やビデオ通話で俺にどれだけ責められて、意地の悪いことを言われても、頑なに相手の男について口を割ろうとしなかった姿を思い出した。
 たぶん、ルイの中に約束事みたいなものがあって、それをどうしても守りたいんだろう。今でもほんの少しどうして、という気持ちはあるけど、でも、ルイがそういう人じゃなかったら、俺達はもっと前にとっくに終わっていただろう。

 ルイが「なんだか、優しくしたら勘違いされたみたいで、本当に気色悪かった」なんて嘘をついて自分だけを守ったり、そもそも最後までしちゃっても翌日にはケロッとして何事もなかったかのように「ヒカル、大好きだ」と言えたりするような人間だったら、たぶん、俺なんかにはさっさと見切りをつけて、女と付き合って苦労しないで要領よく生きているだろう。
 真面目すぎるくらい一生懸命なルイだから、俺の側にいてくれている。

 ハルキ君が戻ってくるとミナミさんは何事もなかったかのように優しい声で「ずいぶん時間がかかってたね、どうしたの?」と聞いていた。ハルキ君は「父親が車を出してるなら、迎えに来てって言ってるんだけど、説明が下手でどこにいるのかさっぱりわからなかった」と困った顔で笑っていた。

 初めての運転の後であることと、ミナミさんとのキッツイやりとりを終えた後であることの二つが重なり、疲れきっていたから、勧められたデザートもユッケも食べられなかった。
 心配したハルキ君が家まで送ると言ってくれたけど、断って一人で帰ってきた。とにかくルイの声を聞いて謝りたかった。
 もしかしたら……今より遥かに悪い状況になってしまうかもしれないけれど。

「国際電話は高いからヒカルの方からかけてきても、とらない。俺からかけ直す」と言われていたけど構わずかけた。全然出てくれなくて、切らずに鳴らし続けていたら、ルイの方が一度切ったみたいで、その後すぐに折り返しでかかってきた。

「……なに」

 掠れた小さい声だったから寝ていたんだろうか? と一瞬思った。時計を確認すると二十時過ぎだったから、プラス一時間で向こうもまだ二十一時過ぎのはずだ。ルイの声はハッキリ聞こえたし、特に周囲が騒がしい様子もないからバイト先や外にいるわけでもなさそうだった。

「あ、ごめん、寝てた……?」
「起きてたけど」

 不快感を隠そうともしていない声だった。スマホを顔から遠ざけたのか、ゴソゴソと何かが擦れているような音がした。

「ルイ?」
「……ヒカルと話すのしんどいから、しばらくヒカルの方からかけて来ないでほしい。ごめん」
「えっ?」

「どうして?」と、聞き返すことも躊躇するくらい投げやりで疲れはてた言い方だった。拒絶されてる、と嫌でもわかった。ルイはそれだけしか言わなかった。もう何も喋りたくない、と無言で訴えていた。

「……わかった。電話してごめん。じゃあ、もう切るね」

 なんで、どうして、しばらくっていつまで待てばいい? もう嫌いになったの? 俺、明後日、最終面接なんだ、このままだと行けないよ。ねえ、ルイ、ごめんなさい、許して……と、今までしてきたみたいにルイが折れるまでわんわん泣くのが一番楽な方法なのはわかっている。たぶん、面接のことを言えば「大事な時に悪かったよ」ってものすごく我慢したうえで謝ってくれて、最終的には励ましてくれるだろう。
 けれど、優しいルイにここまで言わせてしまった、と思うとそんな手を使うのは卑怯だとわかっていたから出来なかった。その晩、俺はまた眠れなくなってしまった。

 ◇◆◇

 役員面接は想像していたよりはずっと和やかだった。序盤から緊張を解すような砕けた質問が続いたから、俺の人間性を見極めるのがこの面接の目的だとすぐわかった。
 面接官は全部で五人。誰か一人が俺を強く推したとしても他が反対すればおそらく残れないので、全員に感じがいいと思われなければいけない。表情の作り方と受け答えは模擬面接でもう何十回と訓練したから、表面上は問題なく出来た、と思う。

 けれど、心の中では、お願いします、ここに入るために今日までやってきたんです、と必死で訴えていた。内定をくれるなら今すぐ他の二社に断りの電話を入れるし、土下座をしたっていいとも思った。……みっともなくて、誰にも見せられる姿じゃなかった。それぐらい必死だった。

 それが、熱意として伝わったのかどうかはわからないけど、「入社後はどういうことをやりたいか・やってもらうか」というのが話題の中心だったし、「絶対にうちに来るよね?」と言われただけで、他社の内定状況と今後の就職活動について、今回は一切触れられなかった。

 ルイとのことを引きずったままではあったけど、就活は俺自身のことだ、と強い信念を持つことで何とか持ちこたえた。やっと終わった、と思った。終わった時に一つ答えは出ていた。……仮に駄目だったとしても、もう就活を続けることは出来ない、と。

 前年度は役員面接の翌日に合格者にのみ電話で連絡があったと聞いている。あとは、もう待つしかない。
 全部終わったよ、と報告したかったけど、ルイが俺と話してもいいと思える時まで、どうすることも出来なくて、ただ待ち続けるしかなかった。

 もしかしたら、どちらからも電話はかかってこないかもしれない。けれど待つ以外に出来ることは俺にはもう一つもなかった。



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