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【番外編】幼馴染みが留学している
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しおりを挟む「テメーのコートだろうが! 忘れて帰る気か!」とさっき取り上げたコートをレオが今度は押しつけてきた。
「ゴメン。ゴメン……部屋まで送る……」
「お前、大丈夫か?」
うん、と頷いた後、自分の靴の爪先をずっと見ていた。気持ちが悪い、どうかしたら吐くかもしれない。
でも、レオを送って、今までありがとうと言ってから、電車に乗って帰らないといけない。たぶん、ビールを飲んだ後に、あんなに厳しく中国語を教えられたから、ここまで酷く酔っているに決まっていた。本当にレオの指導は聞いてるだけで頭痛がした。
「……部屋、何階?」
「八階……お前、それボタン違う、上だっつってんだろ。もう何もすんな」
エレベーターに乗って、カゴが動き出しても二人とも何も喋らなかった。自分の脈が早くなり、体温も上がっているのがわかる。こういうのを酩酊初期状態と言うんだろうか。レオは俺より強い酒を飲んでいたのにびくともしていない。
ヒカルがよく言ってた。「ルイって酔うとすぐ赤くなるから、すごく酔っ払ってるみたいに見える」って。俺は三月生まれだから四月生まれのヒカルより二十歳になるのが十一ヶ月も遅くて、誕生日を迎えたヒカルだけがアルコールを飲むのが羨ましくて……。
「おい、降りるぞ」
顔を上げると怪訝そうな顔をしているレオと目があって、慌てて扉の外へ出た。これじゃあ、どっちが送っているのかわからないし、却って迷惑をかけている。
「お前、本当に大丈夫かよ。気分でも悪いのか?」
「……大丈夫」
「どこまで行くんだよ、俺の部屋はここだ。ストップ」
レオに腕を引っぱられて「8023」というプレートの付いたドアの前で止まった。
「今日はありがとう、奢ってくれて。最後、会えてよかった……外、寒くなかった? 待っただろ、ごめん……ごめん、ちょっと、気分悪い……」
「はあ……」
自分でも何を言っているのかよくわからなかった。レオは舌打ちしてから「さっさと入れ」と俺を部屋に押し込んだ。
「……よくこんな部屋に泊まれるな」
めちゃくちゃ広くて豪華な部屋だった。まずドアから部屋に行くまでの通路が長い。入ってすぐにベッドと冷蔵庫、の安いビジネスホテルとは全然違う。
実家にいた頃は、高校へ入るまで弟と二人部屋で、その後あてがわれた部屋も狭かったし、一人暮らしのアパートももちろん1Kだった。
ヒカルとの二人暮らしも、単身用の部屋に無理に住んだわけだから少し窮屈で、今の学生寮も言わずもがなだった。
だから、こんなに広いところは落ち着かない。レオはよくこんなところでたった一人で寝泊まりしているな、と洗練されたインテリアに囲まれた清潔な部屋を見回して思った。
レオは俺をソファーまで引きずっていった。「ここにいろ。テレビを見てもいいし、横になっててもいいから休め」ととても怒っている。
「あの、ゴメン。最後の夜、メチャクチャにして……」
「本当に。お前のせいで無駄に疲れた。バカみたいに飲みやがって」
「ごめん……」
よくよく考えたらポットからスクーナーにサイズアップしたのも、二杯目を頼んだのもレオだけど反論する気力が無かった。レオは他人が部屋にいるのが落ち着かないのかウロウロと意味もなく歩いたり、バスルームかどこかへいなくなったり、カーテンを開けてまたすぐ閉めたりしている。
もう少し休んだら帰らないといけない、とわかってはいるものの、立ち上がる気にはなれなかった。
結局、レオはソファーの方に戻ってきて俺の側に座った。やっぱり足を投げ出して無駄にスペースを使う座り方をしている。
「……お前、毎週末男と部屋で何をしてる?」
「うん……?」
レオは俺をじっと見ていた。俺もレオの顔を何となく見返した。
「……さっきも言った通り、普通に話してる」
「ほんとか? じゃあ、どうやって性欲発散してんだよ? お前、風俗とか行かないだろ?
俺が女を紹介してやるって言っても聞かないし……毎週末部屋で何してるのかを言えよ」
「そういう話はしたくない……」
顔に熱が集まっていくのがわかった。本当にそんなことは話したくなかった。というか、話せる内容じゃない。あと……今日はヒカルのことを何度も思い出して、ほんの少しだけどムラムラしていたから、今は性的なことについてなるべく思い出したくなかった。
「……ルイ、俺は明日帰る。誰にも言いふらしたりしない。だから、話せ」
「……本当に言いたくない」
「なぜ?」
「なぜって……恥ずかしいだろ。こんなこと、誰にも言ったことない」
本当にごくたまに、飲み会で聞いてる方がビックリするくらいオープンな人がいる。けれど、俺はヒカルと付き合っていることすら人に言ってないから、そういう話はしたことがなかった。
「……ルイ、俺はお前が好きだ」
あまり驚かなかった。なんとなく知っていたから。ずっと嫌われていると思っていたから、気がついたのはごく最近だった。それでも、二人でいる時にいつも見られていることはわかっていた。ヒカルが俺を見ている時にソックリだったから。
だから、今日、バイトが終わってレオが裏口で待っていた時、「行かない」ってハッキリ言うべきだった。でも、言えなくて、ズルズル流されて……。違う、そうじゃない、結局は俺自身の意思で「今夜一緒にいるべきだ」と思って着いてきた。
こうやって部屋まで着いてきたのに「付き合っている人がいるからセックスは駄目」なんて、ヤらせそうでヤらせない態度を取って、とてもレオに酷いことをしている。それに、もし、ヒカルが知ったらとても嫌がって悲しむだろうし、俺が同じことをされたらやっぱり嫌だ。
けれど、自分はゲイだと打ち明けられて以来、レオの抱える孤独についてばかり考えていた。
俺とヒカルが誰からも付き合ってるのを認められなくて、親にも二度と会いたくないって言われて……。
ここまで、想像したけど、違う、これじゃあ全然違うってやり直した。
女が好きだった高校生の頃の俺が、例えば同性愛があたりまえな異世界に転生して、周りからの「女が好きなんて気色悪い」っていう声を聞き、いつか自分が異性愛者だとバレるんじゃないかと怯え、隠し続けて、「ルイは女を見たらすぐ身体に触ってくる」って偏見の目で見られ、結局バレていじめられて、友達だと思っていた奴から「気持ち悪い」と言われて、親にも「育て方を間違えた」って泣かれて……。想像して俺には無理だ、と思った。
だから、絶対にバレないように、無理して結婚して家庭を持って……、そんなことをしたら、自分がなんのために生きているのかわからなくなってしまう。
レオは十四歳の時、自分がゲイだと気づいたと言っていた。
人生を八十年と考えた時、六十年以上の長い時間をたった一人で悩み続ける気なんだと、想像したら自分の胸が潰れそうになるくらい苦しくなる。
どれだけ考えても、自分が結局レオに何が出来るのかはわからなかった。今、「好きだ」と言われたのに何て答えたらいいのかすらわからない。
「他に好きな人がいるからごめんなさい」とは言えなかった。
自分のセクシュアリティをずっと隠してきたレオがどんな気持ちでそれを言っているのか想像すると言葉が出てこなくなる。俺は結局、何も出来なくてレオの心を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、ヒカルを裏切っている。
「俺は、死ぬまでゲイであることを隠して生きていくつもりだった。けれど、あの日、ルイに打ち明けてから、初めて誰かに受け入れられる日々を過ごした。明日から俺は異性愛者に戻らないといけない。ルイを愛した分、今までより辛い日々になる。それでも、ルイに会わなければよかったとは思わない……」
駄目だ、泣く。でも、泣くのはすごく卑怯だって思ったから、グッと堪えた。
「……ルイ、俺はお前を諦めないといけない。そうしないと、ずっと俺は苦しむ。わかるだろ?」
「うん……」
「一度でいいから最後にルイを抱きたい。それが叶えば俺はもう何も望まない。なあ、ルイ……」
「……でも」
どうしよう。何がどうしようって、レオがそうしたいと言うのなら、そうするべきだ、出来る、と一瞬でも思ったことだ。ヒカルがいるのにそんなことを考える自分が恐ろしかった。
「……そんな顔するな」
「ご、ごめん……」
「……そうしたらお前が本当に恋人を愛していることを証明しろ。そうすれば、俺はお前を諦められる」
「どうやって……?」
「簡単だ。いつもみたいに話をすればいい」
「本当に? 本当にそれで気持ちに整理がつく?」
「もちろん」
ホッとした。これならレオのためになることをしてもヒカルを裏切ることにもならない。よくよく考えてみたらあんなに大嫌いだったレオとは、会話をすることでわかりあえた。今日もそうすればきっといい形でどっちも傷つかずに別れることが出来る。セックスすることを思い浮かべた自分が恥ずかしかった。
「OK」と俺が笑うとレオも微笑んだ。
「いつ知り合った?」
「小学校に入るよりも前に、俺の家の側に分譲住宅が何軒も建って……彼がそこに引っ越してきた。一緒に学校へ通って大きくなった」
自分とヒカルの今までについてたくさん話した。レオはただ、それを黙って微笑んで聞いていて、たまに質問した。「何をしてよく遊んだ?」とか「ケンカは?」とか。ヒカルとのことなら話すことはいくらでもあったから、何を聞かれても答えられた。
レオは感心したように何度も頷いた。
「そんなに幼い頃から一緒で仲がよかったなんてな……。それで、毎週末お前は部屋に籠っていたのか。で、いつも何をしてるんだ?」
「それは……」
レオはきっと俺が何をしてるか、だいたい見当がついている。俺が言いたくないのをわかっていて、どうしても言わせないと気がすまないようだった。
「……ルイ、早く言えよ。言っておくが俺はこんなことを聞いたくらいでは満足しない。
グズグズしないでさっさと答えた方がお前のためだ。それとも、お前さっきのOKは嘘か? はー……そんな不誠実な奴だったとはね……」
「う、嘘じゃない……」
言いたくないけど答えないと嘘つき呼ばわりされる。つい、さっきまでレオは優しい顔で俺の話を聞いてたのに、今は酷く冷たい表情を浮かべていた。
「……あの、ビデオ通話で話をして、……ええと、その、俺の自慰を見せろって……」
自慰なんて言葉を英会話中に使うのは初めてだった。俺の堅苦しい言い方についてレオは「ルイ、違うだろ」と、もっと下品な言い方を要求してきた。あんまり言いたくなかったけど、言い直せとしつこいから渋々従った。
「自分から見せたのか?」
「違う! 最初は嫌だったけど……どうしても見たいって聞かないから……」
「なんて言われた? 詳しく聞かせろ」
「寂しいから見せろって……。俺のをしゃぶりたいと言われた……」
「お前が一人でしてる時は?」
「指をしゃぶりながら、自分のを触れって言われたり、パンツを脱がずに、そのまま射精しろとか、手についた精液を見せろとか……いっぱいやらしいことも言われて、言わされる……」
俺は何を言っているんだろう。呆れたような顔で「お前の男は、とんだど変態野郎だな」とレオが言う。間違ってはいないから否定しなかった。
レオは俺がどう思ったか、ということより、ヒカルが俺に何をしたか、言ったかを執拗に聞きたがった。「ヒカルの電話番号を教えるから直接聞いてくれ」と思うくらいに。
俺はうんざりしていた、けれど……同時にいやらしいことを思い出して……性器を痛いくらい硬くしていた。我慢しないといけない、と足を組み換えて誤魔化した。本当はすぐにでも触って、熱を解放したい。
「どういうふうにセックスしてるか言え」
「お、俺に上に、乗れって……あと、後ろからもされる……。いっぱい、めちゃくちゃになるまで。クタクタになるまで焦らされて、お願いしますって、言わないと、えっと、いく、違う……えっと、満足させてくれない時もある」
日本語だと「イく」って言うけど、英語だと「come」で反対の表現だから紛らわしい。極楽浄土に行くと、神が迎えに来るの違いって、俗説を本で読んだけど……。仕方ないから、イかせてくれないを、満足させてくれないに言い替えた。……外国語を覚えたければ、外国人の恋人を作れっていうのは本当だと思う。何をして欲しいかお互い伝えないといけないから、きっと必死で言葉を覚える。
俺はこの会話は一体いつまで続くんだろう、終わりはあるんだろうかと不安になっていた。
「嫉妬深いと言ってたな。他の男と話したら殴られでもするのか?」
「殴られない。でも、男とか女とか関係ない……俺がアダルトビデオを見て、勃起しただけで、腹を立てる……。自分は女と寝たくせに……」
レオが眉をひそめていたが、止められなかった。
「なんで、俺と付き合っているのに、平気で女とセックスするんだろう……。そういうものなのか? しかも、その女が好き、なんじゃなくて、俺が、……俺に、追っかけて欲しいから、そういうことをする……。俺だって、そんなことをされたら、ふ、不安になるのに、アイツはおかしい……。あの時も、セックスで、うやむやにされて……」
なんで、俺は留学する前のヒカルが家を出て行った時のことを話しているんだろう。レオはイラついた声で「そんなことは聞いてねーんだよ」と言った。
「じゃあ、なんでそんなクソ野郎と付き合ってんだよ。え? お前、今、思い出して欲情してるだろうが。ソイツとのセックスの何がいいのか言えよ」
ヒカルとのセックスを思い出して興奮しているのがバレてる。レオはとても怖い顔をして、俺に対して怒ってきた。なぜ俺が怒られているのか、さっぱり理解出来なかった。
それは、俺のことが好きだからヒカルに対して怒っているというのとは明らかに違っていた。浮気をしたヒカルに対して不信感を持つ俺がレオの部屋にホイホイ着いてきたことに矛盾を感じているのか、ヒカルに対して俺が不満に思っていることがあれば、愛していることの証明が成り立たなくなるからなのか、或いは別の理由なのかわからない。
「……俺の上に乗れよ」
「え……」
「スィッティング・ポジションだよ、いつもしてんだろ」と吐き捨てるように言われた。対面座位、って訳さなくても、どういう体勢になればいいのかすぐ頭に浮かんだ。
少し前にジャイーに、「本当に嫌なことをされそうになったら目を見てハッキリ「やめて」って言う」と約束したのを思い出した。
「……できない」
レオの目を見てそう言うと、腕を思いきり引かれた。
「いつ俺が出来るか出来ないか聞いた?」
ジャイーの言ってたことは、本当に「やめてくれ」という気持ちがないと全く効果をなさないようだった。もし、俺にそんな気があればレオはきっと止めていただろう。目を合わせた瞬間に、俺の視線と表情を見て、口先だけでそんなことを言っていると見抜いたようだった。
もう、何でもいいから、気持ちよくなりたかった。いつもみたいに、ムカつくことばかり言われてるのに、それに対する俺の答えは全部、快楽に繋がることばっかりで、話しているだけで身体が疼いた。苦しかった。
俺が言う通りにすると、レオは俺のパンツのファスナーを下ろした。そのまま下着をずり下げて性器を露出させられる。このホテルは誰もいないんだろうか、と思うくらい俺とレオが黙ると何の音も聞こえなかった。
静かな部屋の中で、心臓がバクバクと壊れそうなくらい音を立てていた。自分の言う通りに俺が従ったことに満足したのか、レオはとろけるような優しい笑顔を浮かべた。
「ルイ、自分がされて一番気持ち良かったことを言いながらぺニスを触れよ」
「なぜ……?」
「簡単だろ? つっかえても良い、日本語で言ってもいい……大好きな男のことを考えて一人でしているとこを見せろ」
訳がわからなかった。思えば、レオは始めからそうだった。嫌なことをずっと言ってくるから、大嫌いで怖いと思っていたのに、急に心を開いてきて、二度と忘れられないようなことをしてくる。
「おれは、フェラチオされるのが、好きで、いつも……んっ、んぅ…、口の中で……」
どうして俺はこんなことをしているんだろう。恥ずかしくて、嫌なのに、ヒカルのねっとりとした舌使いを思い出してしまう。全部、レオに見られている。それなのに手が止められなかった。
「あ、ううっ……乳首責められながら、奥、あ、あ、……突かれるのが、きもちよくて……」
「……ソイツの名前を呼びながら、そのまま出せよ」
何これ? とパニックになりながらも、レオの言うことに従い続けた。俺はレオの膝の上で、ヒカルのことを考えながら喘いでいて、レオはそれを見て満足していて……。
もう、話続けることは出来なかった。少しの日本語と喘ぎ声でレオに絶頂が近いことを知らせることで精一杯だった。
「……あっ、ダメ……出る、ああっ……ヒカルっ……あ、あ、んんっ……!」
レオは俺の腰をぎゅっと抱いているだけで、性器には絶対に触れようとはしなかった。
俺がヒカルの名前を呼びながら手の動きを早めた時、レオが唇に吸いついてきて、舌を捩じ込んできた。ヒカルとは違う香りがする。ヒカルが使うジャスミンをベースにしたユニセックスな香水とは違う、ウッディ系の男っぽい香りとほんの少しのシガレットの匂い。香りが全然違うのに、ヒカルとのセックスのことで頭をいっぱいにしながら、レオの舌に自分の舌を絡めた。
全部出した後も、しばらく離れられなかった。何度もキスして、今まで散々罵倒されていたのが嘘だったかのような、甘くてベタベタした時間だった。最後、顔がゆっくり離れていく時もレオはずっと俺を見つめていた。
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