幼馴染みが屈折している

サトー

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【番外編】幼馴染みが留学している

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「……誰?」

 俺は声をかけてきた後輩をジロジロと無遠慮に観察した。上から下まで見て、思わずぎょっとした。なぜ、コイツが教室に入ってきた瞬間に、一目見た時に気がつかなかったんだろう。

 ゾッとするくらいルイに似ている。いや、似せているが正しいのかもしれない。身長はルイと同じくらいで痩せ型。コイツの方が肩幅もあるし、体の大きさに対して手は大きめなので、ルイに比べると男っぽい印象を受けた。

 髪型もソックリ……にしている。ルイの髪は一本一本が細くて柔らかい猫っ毛だ。どんなワックスを使ったとしても、絶対に上手く立ち上がらないような直毛。ヘアカラーはしたことがないショートスタイル。本人はどんなにセットをしようがへたっとなる髪質を嫌がっているけど、俺はサラサラとしたその髪が好きだった。

 一方、目の前の男は、派手にブリーチをした髪を、黒くするためにダークトーンへカラーリングしたのだと一発でわかるような髪色をしている。髪質もふわっとボリュームが出やすいはずなんだろうけど、カットで毛量を調整して限りなくルイに近づけているようだった。

 顔もパッと見た感じではルイに似ているけれど、よくよく見るとあちこちが違っていた。
 ルイの顔は直線的な印象が強い。眉は細めの上がり眉で、目尻も少し上がっている。薄い唇は、笑うと「いーっ」とキレイに横に広がる。それに比べるとこいつの顔は、目は丸っこいし唇もふっくらしていて、シャープな雰囲気のルイと比べたらだいぶソフトで曲線的な印象の顔立ちだった。パーツ一つ一つは優しげなのに、眉毛だけはルイと同じように細く上がっているから、ちぐはぐに見えた。

「俺、安達イオリって言います! 建築学科の2年っす」

 俺が一人になるのをずっと待っていたなんて、どんな気味が悪い奴だろうかと思ったけど、口を開いてみると意外と明るくて人懐っこそうだった。それでも「イオリって呼んでほしいっす」と言われて「はい、そうですか」という気にはとてもなれなかった。

「ヒカルさんですよね? ルイさんの友達の?」
「……君は、ルイの知り合いか何かなの?」

「俺っすか?」と相手は首を傾げた。
 服装も俺が選んで着せてたルイの服装にそっくりだ。ビッグシルエットのニットにスキニーパンツの組み合わせ。というか、同じ店で服を買っているんだろう。背負っているリュックもここからは見えないけれど、ルイと同じマンハッタンポーテージかもしれない。コンバースのオールスターまで、ルイに寄せて履いているような奴なのだから。

「俺、ルイさんが好きなんすよ。それでルイさんと仲いいヒカルさんと同じゼミに入れたらなーって思って」
「はあ?」

 ルイさん呼びからの「好き」に俺はこの時点でかなりイラついていた。先輩としての好きなのか、あるいは別の何かなのか、ここでハッキリさせて相応の処理をしないといけない。

「俺、大学入ったばっかの頃、インド人の留学生と仲良くなったんすよ。でも俺が二年になった時にインドに帰るって言われてー、送別会あるから来てくれって言われたんすよねー」

 インド、と頭の中で復唱した。
 もうすでに頭痛がしていた。……早く帰ってルイと話がしたいのに俺は何をやっているんだろう。

「そしたら、その送別会にルイさんがいたんすよ。まあ、その時はフツーにみんなで飲んでて、俺その送別会の前日にハタチになったばっかだったから、テンション上がっちゃって、飲みすぎたんですよねー」

 そういえばルイはたまに留学生の世話をするバイトをしていたことがあった。一緒にスマホの契約や、電気屋に着いて行ったりしている、と話していたのを覚えている。たぶんコイツの友人の面倒も見ていたんだろう。
 その時は、ちょっと厄介な女に絡まれてて、ルイの女以外の交友関係についてはノーマークだった。その結果がこれか、とどんどん気分が沈んでいく。

「それでー、トイレ行こうと思ったらー、会計しにいって戻ってきたルイさんとぶつかっちゃって、俺そのままルイさんの胸に吐いちゃったんすよねー」
「……はあ」
「なのに、ルイさん一切顔色変えないで『大丈夫? 気分悪かったのか?』って言ったんすよ! すごくないですか!? うわっ! とか、汚ねえ、とか一切無しで! いきなりそれですよ! んで、Tシャツ洗って水でビショビショなのに、俺んとこ来て『タクシーで帰る? 家どこ?』って。『ちょっと遠いけど……俺、あと三千円くらいあるから、いけるって! 行こう』ってタクシーで送ってくれたんすよ!」

 すごいですよね! と目を輝かせて俺の方を見てくるけど、なんて浅い理由なんだろうと呆れてため息しか出なかった。今までの人生で、似たようなことをルイはきっと何度もやっている。
 そもそもルイは残したら失礼だからって、みんなが食べなくなった冷えたおかずをお腹いっぱいでもせっせと食べるし、空になったグラスはすぐ気がつくし、なんなら帰る前に忘れ物チェックまでしてから会計をするような、優しい性格の持ち主だ。きっとその飲み会でもそうだったんだろう。
 あーあ……勘違いしちゃったか、と俺は憐れむような視線を目の前の奴に送った。

「……あのさ、そんなことルイにとっては当たり前だから。もしかして、自分だけが優しくされたとか勘違いしちゃった? ……フフ、そんなに喜んじゃって、可愛いね。」
「そうなんですか!? ヤベー、ほんとにスゴい人なんだ……ますます好きになりました!」

 ダメだ、イヤミが全然効いてない。
 女と違って俺になびくことがない、というのが一番面倒だった。たとえ、ルイに気があるような女でも、ちょっと優しくすればコロッと俺のものに出来た。コイツの場合、俺のことなんか全く眼中にないから、本当に厄介なことになっている。

「俺、その後、ルイさんが教えてくれたバイト先のネカフェにもめっちゃ通ったんすよ。
バイト中のルイさん、可愛いかったー……」

 バイト先まで? と聞き返したいのをなんとか堪えた。俺だって付き合う前に一回一度しか行ったことがないのに。ネットもしないで漫画も読まないで、仕事中のルイをただただ眺めていたら、「気になって仕事にならないからもう二度と来ないでくれ。お願いだから」と真面目なトーンで言われたのに。
 しかも、可愛かっただって? もう、この時点で自分の怒りのボルテージが一気にマックスまで上がっているのを感じた。

「あのさあ、ルイは俺と付き合っているから、そういうのは迷惑なんだよね」
「えっ?」

 ようやく話すのをやめてくれた。始めから、長々とコイツの話なんか聞かないで、こうしていればよかった。

「付き合ってるって、あの……つまり、そういうことっすか?」
「ああ、そうだよ。お前が思ってる何倍もルイは可愛いよ……。俺の前では」

 ルイが俺だけにしか見せないあらゆる姿を想像して、勝ち誇った気持ちになる。
 ハッキリ「セックスまでしてる」と言ったわけではないけど、こうやって匂わせておけば勝手に引いてくれるだろうと思った。こういう話を誰かに言ったことがルイにバレたら怒られるかもしれないけど、手段を選んでいる場合じゃなかった。

「……その話、詳しく教えてもらってもいいっすか?」
「え?」
「あのっ、やっぱ、そういう時のルイさんっていつもと違うんですか!? 俺、絶対無駄にしないんで、教えてくださいっ!」

「絶対無駄にしない」という気色の悪い言い回しに、目の前の後輩を心の底から軽蔑した。
 自慢のつもりで俺が話したとしても、コイツは確実にそれを想像して一人でする。俺だけのルイがたとえ想像の中であったとしても、汚されるのは許せなかった。


「ヒカルさんと付き合ってるってことは、あの、ルイさんは、あの、ゲ、ゲ、ゲゲ、ゲイってことっすよね!?」
「なんか、勘違いしてる? ルイは元々女が好きだけど、俺だから付き合ってんの」
「じゃあ、俺にもワンチャンあるってことっすよね!?」
「ないよ。ない」
「ヒカルさんと別れたら、俺とつきあってくれる可能性があるんじゃ……」
「あるわけねーだろ!」

 遮るように大声を出しても、「えー? そんなんわかんないじゃないっすか」とヘラヘラしている。
 まだ会って三十分も経っていないのに、もう二度と会話をしたくないと思うくらいヘトヘトに疲れていた。本物のバカと会話をすると、こんなに疲れるんだ、と知りたくもないことを知ってしまった。
 ルイは、よくこんなのの面倒見たな、と不思議で仕方がない。どう見ても関わらない方がいい人間なのに、逆にこういうバカの方が「俺がちゃんと家まで送り届けないと」とルイの責任感に火をつけてしまうんだろうか。
 俺が黙っていると、また、頭のおかしいことを堂々と言い始めた。

「俺もオーストラリアに行ってルイさんに告白します!」
「はあ……。あのさあ、何のためにルイが一人でオーストラリアへ行ったかわからない? 武者修行とかそういうテンションで行ってるのに、そこにお前が来たらどれだけ迷惑で不愉快だと思う? 平気でそういうの邪魔したらめちゃくちゃ軽蔑されるよ? ルイ、そういうのが一番嫌いだから。それでも、いいならやれよ。まあ、絶対にお前は選ばれないだろうけど」

「ルイに怒られないなら、俺が行ってるに決まってるだろ!」と思いつつ捲し立てるようにそう言うと、「そ、そうっすよね……」とちょっと落ち込んでるみたいだった。
 俺がどれだけ冷たくしても、威圧してマウントをとろうとしても、一切ダメージ受けてないけど、ルイに嫌われるとか、不愉快だとかそういう言葉には弱いみたいだった。これは、使えるかもしれない。

「ようやくわかってくれた? もう二度と俺にルイのことで話しかけるなよ。ルイは俺以外の人間は好きにならない、絶対に」

 そう告げてから、まだ落ち込んでいるそいつを放っておいて、俺は教室を出た。
 あれだけ、自信のあることを最後に言って出てきたけど、疲れていたせいもあって、本当は少しだけ不安だった。あんなのに引っ掻き回されるようなことはないってわかっているけど、離れている分、弱気になってしまう。本当は自分で自分に言い聞かせるんじゃなくて、ルイから「ヒカルだけが好きだから、大丈夫だ」って言って欲しかった。
 ルイはあまりそういうことは言わない。恥ずかしいのか面倒なのか、いつも「言わなくてもわかるだろ」みたいな態度でツンツンしている。そういうのが男らしい、とか思っているんだろうか。


 その日の夜、ルイと久しぶりに話すことが出来た。
「お、今日は回線大丈夫だ」と笑顔を見せた後、「ヒカル、元気だったか?」とルイが気にかけてくれて、俺は今日変な後輩に絡まれたことをつらつら話し続けた。
 ルイはそれを「悪い、ご飯食べていい?」と断った後、カリフォルニアロールを食べながら「ふん、ふん」と聞いていた。ルイそっくりな見た目にしていること、昔ルイに親切にされたことを覚えていること……。俺が愚痴っぽく話しても、ルイは時々ケタケタと笑い声をあげていた。

「覚えてる? ルイの知り合いに安達イオリっていたの」
「そんな、名前だったような」

 カリフォルニアロールをもそもそと食べながらルイは首を傾げた。

「覚えてない?」
「覚えてるよ……バイト先にしょっちゅう来たから。アイツ……アイツが使った後のブースは汚かったからな」

 それを聞いて思わず笑みがこぼれた。ルイにとっては、その程度の後輩だったんだ、って思うと嬉しくて堪らない。向こうはあんなにルイに見た目を寄せて必死なのに。やっぱりルイにとっては、助けてあげたことは特別でもなんでもない出来事だった。

 もういらないのか、最後に残った巻き寿司を突っつきながらルイは「まあ、でも」と口を開いた。

「よかったな、ヒカル。面倒見る後輩が出来てさ」
「は……?」
「ヒカル、あんまり俺がいなくても遊べる友達っていないみたいだし……」
「いや、そういうのじゃなくて。ルイ、アイツ、本当にヤバイんだって。ルイの想像してる何倍もヤバイから。電話番号とか教えてないよね?」
「うん」
「……オーストラリアに行くとか言ってたけど迷惑だよね?」
「何しに? 今チケット代高いから、来てもいいことないと思う……」

 チョコバーをモグモグと咀嚼しながら「そんなことより、コンペは?」とルイは言った。
そうか、ルイにとってはあんな後輩は「そんなことより」なんだ、とまた笑ってしまった。

「明日、プリントアウトし直して郵便局に持っていく予定」
「おー、すごい。ほんとに出来上がったんだな。見せて」

 学校で教授に見せた図面を映すと「これ、ヒカルが一人で考えたのか? うわー、すごい!」と驚いていた。

「毎日、遅くまで作業してたのか?」
「うん、まあ」
「すごいなー……俺も毎日眠いし疲れてるけど、ヒカルも起きてんだろうなーって思って勉強してる。やっぱりヒカルはすごいな」
「そんなに?」
「うん。正直図面を見てもすごいしか言えないけど……でも、ヒカルが寝る間も惜しんで頑張ったのはわかる。ヒカルって……ほんと」

 そこまで言ってから、ルイは言葉を切ってからフッと笑う。俺は続きを待ったけど、誤魔化すように目を細めて笑った後、ルイはもう何も言おうとしなかった。

「なんて言おうとしたの?」
「え?いや……ほんと、顔がかっこいいだけじゃないからすごいなって…俺、ヒカルのそういう努力してるところが一番好きだな」
「えっ」
「しかも、それを人には絶対見せないし、影ですごく頑張っているよな。素人だからよくわかんないけど図面の線の細かい強弱とかさ、そういう細部にも、こだわりがあるっていうか、すごく丁寧に作ってるのはわかるよ」
「そ、そうかな」
「ヒカルは何でも人並み以上にできるのに、恵まれた能力におごっていないところが本当にすごいよな」
「へへっ……」

 はは、とルイは笑った後、「褒めすぎ? いいよな」と肩を竦めた。自分の顔がゆるゆるになってるのが分かる。ピザのチーズとか、チョコレートソースみたいに、たぶん、でろってなってるけど、それでもいいと思った。

 オーストラリア行ってから、最近ルイが優しくなっている気がする。
 なんで? 離れてるから? 本当はルイも寂しい? いろいろ聞きたかったけど、胸がいっぱいで言葉に詰まってしまった。俺にはルイしかいないし、ルイも俺のことをすごくよく見てくれている。それを思うだけで、すべてが満たされていくような気がした。
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