幼馴染みが屈折している

サトー

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【番外編】幼馴染みが留学している

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「ヒカルさん」

 ルイによく似た背格好の後輩が今日も纏わりついてくる。

「ヒカルさん、髪切ったんすか? かっこいいー」

 一瞬、ルイに言われてるような気がしたけど、コイツはルイじゃない。無視して置いていこうと思ったら、ダッシュで「なんで置いてくんですかー!」としつこく追いかけてくる。

「お前、ほんと邪魔なんだよ」

 押しのけようとしたら、ルイと同じ香水の香りがして、ああ、こんなところまで似てるって泣きたくなった。

 ◇◆◇

 また、目が覚めた瞬間から涙が流れていた。

 時計を確認したら、もう一限どころか二限にも間に合わない時間だったから、そのまま横になっていることにした。ルイが、オーストラリアに行ってから六日が経つけど、ずっとこうしている。

 空港で別れた後、家に帰ってから、こんなにも涙が出るのかというくらい泣いた。体中の水分が無くなってこのまま溶けて消えてしまうと思うぐらいに。翌日も、その翌日も。

 ルイだって忙しいだろうから、二日は連絡を取るのだって我慢した。その翌日にどうしても耐えれられなくなって、号泣しながらビデオ通話で話したらルイも「ヒカルが泣いたら、俺も悲しい」って涙を拭っていた。その翌日も付き合ってくれて「ヒカル、お願いだから泣くな」って優しく慰めてくれた。

 そして、その次の日もスカイプでルイと話してたら、すごく申し訳なさそうな顔で「ヒカル」とルイが口を開いた。

「ごめん……。俺もうすぐクラス分けのテストがあって、それでどうしても一番難しいクラスに入りたいから、勉強したい……。テストが終わったら、また連絡するから」
「えっ……」
「本当にごめん。ヒカルも泣いてばっかりいないで、学校頑張ってな」

 そのままビデオ通話は切れた。

 俺はルイと違って、まだ別れた日のままずっと立ち止まっている。

 こんなふうに、大学行けなくなるのは初めてだった。今まで、ルイと大喧嘩をした後ですら行けていたのに。

 さすがに危ないと思い、インターネットで「恋人 依存」「恋人 依存 抜け出す」と検索して調べることはした。納得いかない部分もあったし、わかる……と頷ける部分もあった。
 なんとか大学の図書館まで這うようにしていって、その手の本を片っ端から読んだ。自分の傷口を自分でグサグサ開くような苦しい作業だった。本当に本当に認めたくないけど、俺は、ルイにとってすごく迷惑な奴らしいということがわかって、死にたくなった。

「異常な束縛」「相手を試すような行動」「自分以外の人間と関係を持つことへの激しい嫉妬・怒り」「気持ちの押しつけ」……。全部が俺のことだと思った。

 自分でもなんとなくそういう所があるなあとは思っていたし、ルイからそれとなく注意されたりケンカをしたりしたこともあった。けれど、文字で見るとかなりキツかった。

 留学に反対したり、女のところに行ったり、ルイから女を奪ったり、ビデオ通話で泣きながら延々と話しこんだり……。

 こんなの、好き合っているんだから当たり前の感情じゃないだろうか、と反抗したくなる反面、ルイには絶対嫌われたくない。二つの感情が俺をすり潰していて、粉々になりそうな程悲しかったし、どこに向けていいのかもわからない怒りも湧いていた。でも、ルイが好き、という気持ちだけは確かだし、それだけが希望でもあった。

 読んだ本の参考になる部分を書き写しつつ、どうしたらいいのかを考えながら、ノートに殴り書きで要点をメモをした。

「エネルギーの分散」「恋人以外に没頭できるものを作る」

 今まで何かする時の動機は全部「ルイにすごいって言われたいから」「ルイが喜ぶから」「ルイにかっこいいって褒められたいから」だったから、ルイがいなくなると、全てのことに対するやる気がなくなってしまう。今まで自分の中にあるエネルギーを全部そのためだけに消費していたわけだから、五十パーセントくらいはどこかに分散させるべきだ、と俺は頷いた。とりあえず横に「就活、免許とる」と書いておいた。

「嫉妬や執着は愛情の深さではない」「嫉妬心は支配・独占欲の表れ」

 ノートを破り捨てたくなる衝動を何度も抑えて、言葉を書きなぐる。とにかく腹が立ったが、一先ず深呼吸して、読み終わった本を一から読み返して自分が一番聞きたくないことを受け入れることからやり直した。

「相手が大事であれば、例え疑いの心が出ても、恐れず、信じて対話をすることを心がけましょう」

 この文章については、何となく気になったので、何度も何度も書き写した。

 しかし、理屈ではわかっているものの、現に存在する寂しさが消えるわけではなく、頭がおかしくなりそうだった。本当に、このままだと一年もたないで死ぬ、って思った。ルイが戻ってくるまでに死ぬなんて、死んでも嫌だった。
 図書館で本を読んでる俺を「ヒカル君が本を読んでる、今日もかっこいい」って何人もの女がわざわざ覗きにきた。媚びた匂いが心底鬱陶しく、「そんなことは知ってますが」と怒りで体も震えた。

 ◇◆◇

「ヒカルっ!」

 最後に連絡を取ってから一週間後、ようやくルイとビデオ通話が出来た。ルイの方はわりと生活が落ち着いたみたいで、すごく元気そうだった。

「ヒカル、なんか痩せた? 疲れてんのか?」
「ううん、大丈夫……」

 ルイはたくさん喋った。クラス分けのテストで五クラスあるうちの、上から二つめのクラスにしか入れなかったこと。半年後のクラス分けでは一番難しいクラスに絶対入りたいこと、いろんな国の留学生がいて友達が出来たこと、食事をとるのが面倒で、スーパーでチョコバーを買ってそれを夕飯にする日があること、アルバイトを探したいこと……。

「ヒカルは?」

 ルイは笑った時、目の下に柔らかそうな膨らみが浮かぶ。それをディスプレイ越しでも見つけることができた。いつもキリッとした目つきのルイが、心から笑った時だけ顔に現れる些細な変化。

 こんなにルイのことを覚えているし、ルイだって画面越しに俺だけに笑いかけるのに、側にはいない。一人でルイのことを思い続けていた時よりもずっと辛かった。

「俺は、免許をとりに行こうかな、就活もあるし髪も切るかも……」
「えー、短くすんの? 絶対似合うよなー」

 ルイと違って前向きな話題がないから、とりあえずこの前ノートにメモしたことを思い出して、それを口にした。何の気なしに言ったのにルイがナチュラルに褒めてくれたからちょっとだけ元気が出る。

「ヒカル、髪も黒くすんだよな。……高校の時以来?」と話していたルイが急に何かを閃いたように「あっ!」と声をあげた。

「ヒカル、もうコンペ出さないの?」
「コンペ……」

 建築学科だから、俺はルイと付き合う前まではコンペにちょくちょく設計作品なんかを応募していた。……付き合いだしてからは、ルイと遊ぶのに忙しく、その合間を縫って学校の課題をこなすだけだったので、もうずいぶんサボってしまっている。

 規模は小さいコンペではあったものの、俺が初めて入賞したときは、「すげー! これヒカルが一人で作ったの? プレゼンって緊張した?」ってルイの方が目を輝かせて喜んでいた。

「うん、出そうかな……」

 また、賞を獲れたら褒めてもらえるかもしれないし、と思いながら頷くと、ルイがニコニコしながら恐ろしいことを口にした。

「じゃあさ、ヒカルがコンペに作品出せるまで、しばらく連絡しないでおく!」
「……は?」
「ヒカルに集中してほしいし。お互い頑張ろうな」

 なぜ、こうなる? もう涙も出なかった。

 ◇◆◇

 コンペに応募さえ出来れば、オーストラリアのルイはまた話をしてくれる。だから、とにかく必死だった。

 探してみると就活が本格的になるまでに結果が発表されるものがいくつか見つかり、図面提出のみのものが一番締め切りが近かった。
 今まで書き留めていたメモやスケッチを引っくり返しながらアイデアを練れば、だいたい二週間くらいで設計図を一枚は描ける。それからは、毎日夜中まで起きて図面と説明文の作成に時間を費やした。

 アイデアコンペとは言うけど、天才的なアイデアを持っている人間なんてほんの一握りだ。俺は、自分にそんな特殊な才能がないのをよくわかっている。斬新な発想が降りてくることを期待して待ってもきっと勝てないだろう。応募するコンペの過去の受賞作品、審査員のコメントから評価の軸を分析して、賞を獲りにいく方法を探すのが一番確実だ。

 紙面の大半を占める建築パースの表現がしっかりしていないと何百もの作品から候補が絞られる過程で多分残れない。何度も何度も完成した図面をプリントアウトして、特に線の強弱の調整にはかなりの時間を費やした。説明文も推敲を繰り返して、手持ちの半分以下の情報量まで内容を絞った。あまり説明しすぎず想像の余地を残せば、それが審査する側の興味を引くフックになるんじゃないかという狙いがあった。たぶん一から十まで俺の考えを書くと確実にアラを探される。

 始めは早く完成させてルイの声が聞きたい、顔が見たい、と思っていたけど、いつの間にか「勝てる図面を作りたい」ということで頭がいっぱいになっていた。

 ◇◆◇

 建築学科のゼミは結構気に入ってる。

 まず、うちのゼミは女が少ないからいい。変に俺に気のある女がいると余計な揉め事が起きるし他の男との付き合い方もめんどくさくなる。フツーに「ヒカル君、就活どうする?」「課題やった?」といった雑談をしてくれる善良な人しかゼミにはいないから、落ち着く。

 その日、席に座っているとゼミ長が「今日は、二年生が見学に来ましたよ~、みなさーん、来年からよろしくお願いしますー」と言って何人か後輩をゾロゾロ連れてきた。

 俺はコンペに向けて忙しかったから「ああ、もうそんな時期か。もう二月だもんな」と思うだけで後輩の接待は他の人に任せていた。後ろの方の席に何人か座って見学をしていたみたいだけど、本当に興味がなかった。女が一人もいないことには心底ほっとした。

 ゼミも終わり、教授にコンペ用の図面を見せていろいろとアドバイスを貰っていたら、一人だけ帰るのが遅くなってしまった。「コンペに出す気になった? いいことだねえ」と言われたし、出来もいいって褒められたから、そろそろルイに連絡をしてもいい頃だろう。早く家に戻ろうと帰り支度をしていた時だった。

「早川ルイさんの友達ですよね?」

 今までの人生で、こんな声のかけられ方をしたのは産まれて初めてだった。

 たいていは「江藤ヒカル君ですよね?」と聞かれた後「かっこいいですね」とか「前から好きでした」と言われるまでがセットだった。

「ルイさんの友達ですよね?」

 さっき入ってきた二年生の一人だった。たいてい、こういうふうに不意打ちで声をかけてくる奴にロクな奴はいない。しかも、俺とルイの家族以外の人間がルイと呼ぶ場合はなおさら。
 ルイは高校に入った辺りから、誰に何を言われたのか知らないけれど名前で呼ばれることを嫌がるようになった。理由は「ヒカルみたいな見た目の奴じゃないと、似合う名前じゃない」かららしい。そんなことないよ、って慰めてはいたけど、周囲が「早川」呼びになると、ルイと呼んでいるのは俺だけになり、それがすごく幸せだった。

 こんな面識もない奴が馴れ馴れしく「ルイ」と呼んでいることに、不吉な予感がした。
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