幼馴染みが屈折している

サトー

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★生きる力

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 一年程前、ルイと平野と三人でご飯を食べている時だった。何の話題からそうなったのかは忘れてしまったけど、平野が「明日、無一文で放り出されても、ヒカルなら余裕で生きていけるっしょ?」ということを言い出した。
 理由は顔がいいから、女か金持ちのおっさんが面倒を見てくれそうだから、と言い出し、俺は笑って「そうだね、俺もそう思うよ」と返事をした。ルイはそれを聞いて「生きる力、ってやつだな」と言いながら呆れたような顔をしていた。

 ルイの元から逃げ出した後、俺はそんな学校では教わらない「生きる力」を活用して、女の元へ転がり込んだ。
 ルイと付き合っている間も、コソコソと連絡をとっていて、そういう女をキープし続けていたというわけではない。でも、俺が思い立った時に「気まぐれでやってきて、また気まぐれにいなくなる綺麗なヒカル君」という存在を受け入れる女を見つけることは、それほど難しいことではなかった。

 女が側にいたって頭の中はルイのことでいっぱいだ。俺から離れてオーストラリアに行くのはもうどうしようもないことだし、俺と離れたいから留学に行くんじゃないっていうこともよくわかっている。自分が、めちゃくちゃなことを言って、ルイを振り回している最低な奴だってこともわかっている。何もかもわかっているけど、こうやって家を出るというイチかバチかの行動に出ている。

 ここまでイラついているのは、駅で見知らぬ外国人の男にルイが声をかけられた事がきっかけだった。
 あの日、俺は少し離れた所からルイの様子を見ていた。奴に掴まれたルイの腕は、すごく細く頼りなく見えたから、まずそのことに戸惑った。俺が間に入ると、ルイは英語でペラペラと奴に喋りかけ、二人でスムーズに会話をし始めた。
 結果、ルイは「そこまでやるか?」と首を傾げたくなるくらい親切にしていて、その時点で俺はすごくムカムカしていた。「あっ、ルイはきっとこんなふうに頼られたり、声をかけられたりしたら誰にでもフラフラ着いていくな」と思うと、そういった想像で頭がいっぱいになる。

 奴と別れた後に俺がネチネチネチネチ文句を言っても「そうだったか?」「考えすぎだろ」と惚けてばかりのルイに余計に腹がたった。
 逆で考えてみろと思う。俺が女に声をかけられて、コンビニまで連れていくのはいいとしても、お金をおろすまで見守った後、コソコソ電話番号を聞かれていたら腹が立たないのか? と。……たぶんルイなら「あの女の子、お前に見惚れてたな」と言うかもしれない。ここまで考えると、俺がどれくらいルイのことを思っていて、愛しているかなんてわかるはずがないって、すごく悲しくなる。

 奴がゲイでナンパをしようとしていたか、なんてことよりも、ルイが俺の知らない言葉で知らない男と仲良くなれるという現実を突きつけられたことが一番キツイ。
 大学入試の時点では、俺の方が英語の成績もよかった。でも、ルイがずっとコツコツ勉強を続けていた事を俺は知っている。頑張って英字新聞を読んだり、インターネットで海外のニュース番組を見たり、大学で留学生から英語を習ったりして、ちょっとずつちょっとずつ言葉を覚えていったようだ。

 挙句の果てには強い意志をもってオーストラリアに一年も行くなんて言い出した。今まで「ヒカル、次のテスト勝負しようぜ」とか「ヒカル、勉強教えて」と言っていたルイが、俺がどんな手を使ったとしても譲らない目標や夢を持ち始めている。ルイが留学に行くと決まってから、急激にそういったことが俺の中に雪崩れ込んできた。それで自分が抑えられなくなって、ルイと大喧嘩して今に至っている。

 ◇◆◇

 たまに「今見ているこれは夢だ」と気づく夢がある。俺の脳はなぜ俺にこんな映像を見せるのだろう。

 女の家で、女と同じベッドで寝ていたはずなのに、夢の中にはルイがいた。

 ルイが知らない外国人の男に犯されていた。
顔や体格は駅で会った奴に似ているような気もしたけど、なんだか、もやがかかっているようでよくわからなかった。とりあえず、白人の体のデカい若い男だということはわかる。
 一方で、ルイの表情や肌の質感、身体の些細な変化は鮮明に見えた。
 うつぶせになった状態のルイに男はのしかかり、何も身に付けていない身体をまさぐっていた。男の身体に隠れて見えなかったけど、ルイの手は後ろで縛られているのか、全身を左右に揺らしたり、足をばたつかせて必死に抵抗している。
 男の大きな手がキャンディーやガムの包装を破る時みたいな、雑な手つきでルイの胸を触っていた。スナック菓子を口に放り込む時のようながさつな動きをした指先が、胸の先を摘まむとルイの身体が跳ねた。
 ルイが英語で「触らないで、やめてくれ、お願い、やめて」と必死に訴えている。その声はほぼ絶叫に近くかった。悲痛な表情も相まって、俺はあまりの惨さに自分の身が引き裂かれるような思いだった。
 だけど、一方でどこか冷静に眺めている自分もいて、犯されている時も外国人相手だと英語を話すんだ、と思ってしまってもいる。
 けれど、一音一音を絞り出すような、聞いたこともない声で必死で叫び続けているルイを見ていると、夢とはわかっていてもどんどん恐ろしくなってしまい、吐き気がした。もうこれ以上ルイの声を聞いていられない。それなのに、夢はただ映画のように映像が流れるだけで、俺が介入することは許されない。俺はただそれを眺め続けなければいけないようだった。

 男の白い指がルイのお尻に伸びていき、ルイは首を横に振って苦しそうな呻き声をあげた。
ほとんど慣らされていない穴に男がペニスをあてがった時は、俺も叫びたくて堪らなかった。
ルイが壊される。ルイの涙でぐちゃぐちゃになった顔は激痛で歪み、全身はガタガタと震えていた。

 男はルイのうなじの匂いをかぐように顔を埋めたり、ちゅっちゅとキスをしたり、耳を舐めたりしていた。たぶん、耳元で何か甘ったるい言葉を囁いている。首から下はあれだけ乱暴なことをしているのに、まるで愛している女を抱く時のような男のうっとりとした表情やふるまいに、コイツを殺してやりたい、と俺はその時心から思った。
 男はゆっくりと腰を振り始めて、またルイに何かを囁き始めた。今度は俺にもハッキリと聞こえたし、英語だけど何を言っているかも理解出来た。

「キスさせてよ、キスしよう」

 ルイは真一文字に口を結ぶと、涙で濡れた顔を男から必死で背けている。顔を伏せたまま「痛い、もうやめてくれ、お願いだから」と今度は、掠れた声で懇願している。
 きっとルイがそうやって必死になればなるほど、男は興奮している。その証拠に男がルイを突き上げるたびにバチバチと肌と肌がぶつかる音がして、その度にルイの嗚咽まじりの呻き声が聞こえた。
 男はルイのペニスには一切触れなかった。ただ、ひたすらに腰を打ちつけている。相変わらず、うなじや乳首への愛撫は続いていて、最後に「ドント、タッチミー、ストップ」と途切れ途切れに言った後、ルイはもう何も言葉を発することはなくなった。

 俺はそして、気づいてしまった。

 ルイのペニスが反応していて、痛みと恐怖以外のものを感じていることに。

「ふ、ううっ……あっ、あっ、いや、だ……」

 今度は日本語で喘いでいた。その声は悲しいのに、快楽を拾っている時の声によく似ていた。やがて、ルイは身体を何度か痙攣させた後、ぐったりと地面に顔を伏せた。

 これは夢だから、と俺は自分に必死で言い聞かせた。

 いくら夢とは言え、知らない男のペニスで犯されたルイが達してしまったことを認めたくなかった。

 乱暴にされてボロボロだからなのか、それとも、快楽に身体を蝕まれているのかはわからないけど、ルイが顔を上げてうっすら口を開いた。男がそれに気がついてルイの唇にそのままゆっくり顔を近づけて……。

「……はあ、あー……」

 起きた時には全身が汗で濡れていた。まだ夜中だから女は寝ている。起こさないようにそっとベッドから降りて俺はトイレに向かった。
 初めて女の家のトイレでコソコソ抜いた。初めて、俺以外の男に抱かれるルイで抜いてしまった……。
 どくどくと何度も脈打つようにして大量に精液を吐き出した後は、本気で死にたいという思いに襲われた。
 ルイが仮に女を抱いたとしても、俺の方がルイを満足させられるという自信はあった。だから、自分よりも遥かに力のある男とルイという組み合わせに気がついた時、その自信が足元からガラガラと崩れていくような気がした。
 ルイは男が好きというわけではない。だから、大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせても、なぜかさっき夢で見た光景が頭から離れなかった。


 翌日、俺は女をめちゃくちゃに抱いた。「寝るまでずっとこうしてていいかな」と全く抑揚のない声で適当なことを言って抱きしめて、女を寝かしつけた後、ベッドから出て一人で泣いた。
 両方の目から大粒の涙がぼたぼたと落ちていく。それを拭いもせず、ただひたすらに涙を流した。
 あと数日で、ルイは日本を出て行くのに、俺は。

「ヒカル君、泣いてるの?」

 何かただならぬ気配を察して、女が目を覚ましたようだ。こちらを心配しているようで、結局自分を安心させたがっているような、媚びた鼻につく甘ったるい声が気持ち悪い。ルイみたいに、本気で他者のことを思いやれるような、そんな健気さがそこにはない。この女は結局のところ、俺ともう少し寝ていたいだけだ。そう考えると心底嫌気が差してきた。「ごめん、帰るわ」とだけ返事をして俺はのろのろと立ち上がった。女の口がパクパクと動いているが、怒ろうと泣こうと、俺はもうどうだってよかった。
 たぶん、このまま出ていったとしても、女の中での俺は永久に「綺麗なヒカル君」のままだろうから、後腐れなく別れることが出来る。これがルイの言っていた「生きる力」ってやつだろうか。我ながら全然碌なもんじゃない。
 こんな力はいらない。ただ、ルイのもとに帰りたかった。


    
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