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青い瞳
しおりを挟むヒカルと一緒に服を買いに行った日の帰り道でのことだった。
俺が、オーストラリアへ持っていく服がない、というとヒカルがいつも服を買っている店に連れていってくれていろいろ選んでくれた。足が小さいせいで、気にいった靴の在庫が無かったのにはガッカリしたけど、自分一人で選ぶよりもずっといいものが買えて俺は嬉しかったし、ヒカルも楽しかったようだ。
「オーストラリアにルイ規格の服ってあるの?」
「あるに決まってるだろ」
たぶん……、と心の中で思ったけど、それは口には出さないでおいた。
駅構内を二人で並んで歩く。「俺、チャージしてきてもいい?」とヒカルに声をかけてから、券売機に並んだ。「少し待ちそうだな」と思った瞬間に後ろから大きな手に突然腕を掴まれた。きっと俺が列に割り込んだと誤解されたのだろう。振り返りながら身体を反らして「すみません」とすぐに謝った。
その手の持ち主は、外国人の青年だった。まず、最初に思ったのは「でっかい」ということだった。いつも、ヒカルに見下ろされるのに慣れている俺だけど、その青年はヒカルよりも背が高そうだから、一八〇センチをゆうに超えているということになるだろう。
瞳は綺麗なブルーで、彫刻みたいに顔が整っている。肌は白い、だけじゃなくて、明るい、と感じた。女がよく言う透明感ってこういうことなんだろうか? 白いセロファンを何枚も重ねたような肌だ。髪の色はブルネットで、動くたびに女が好みそうな甘ったるい香りがふわっとする。テレビの中の人みたいだと俺は一瞬見とれた。
体格差から考えて、どう見ても向こうが強そうだから、割り込んでいません、という意味を込めて、前を譲った。ついてねーな……と仕方なく後ろに並びなおそうとする俺の腕を男はより強く掴んだ。
「何か?」
離れたところから見ていたヒカルが、俺と青年の間に割り込むように入ってきて、強い口調で、でも、ちゃんと英語で尋ねた。
青年は堂々と話しそうなイメージだったが、実際はオドオドしたような口調で喋り始めた。異国の駅の構内が騒がしく落ち着かないのか、あるいは、慌てているのか、早口気味な喋り方だったので、ヒカルは眉を顰めている。そのアクセントが独特だったから、この人はイギリス英語の話者だということにはすぐ気がついた。
アメリカ英語ばかりを聞いていて、短期留学しか行ったことのない俺には聞き取りにくかったけど、ヒカルの後ろから「もっとゆっくり言って」と声をかけた。
「……ヒカル、この人ATM探してるみたい」
「すぐそこにあるじゃん」
ヒカルは怪訝そうな顔をして、券売機から少し離れたところにあるATMを指差した。「早くあっちに行けよ」とでも言いたげな態度だ。
俺は「ちょっと待って」とヒカルに言い上手く会話が出きるか不安だったけど男に質問した。
「あそこにありますが?」
「カードで日本円を引き出せる場所を探しています」
青年が持っていたのは、海外のキャッシュカードだった。特定のコンビニのATMでなら、訪日客が自国で発行したクレジットカードやキャッシュカードを使って直接日本円を引き出せると聞いたことのあった俺は、自分とヒカルが歩いてきた方向をまっすぐ指差した。
「それなら、ここじゃなくて入口の方のコンビニにありますよ」
「場所を教えてください」
すぐそこなんだけどなー、と思ったけど、彼がひどく心細そうにしているように見えたので、「じゃあ、着いてきて」と声をかけ案内することにした。きっと何人にも話しかけ、その度に「英語がわからない」と断られ続けていたのだろう。
ヒカルにもコンビニまで連れていけばなんとかなると思う、と説明するとムッツリとした顔で何も言わずに着いてきた。
子供の頃は、一緒に遊んでる時に知らない大人から声をかけられると、普段はのんびりしているヒカルが庇うように俺の前に立っていた。
ヒカルがやばいと判断したのか、手を引かれて二人で走って逃げたこともある。ずっと後ろに隠れるようにしていたのに、大人になるとわからないものだな、と自分のことながら思う。
コンビニの中に入ってATMまで案内すると「ああ!」という顔をして、男は何やら操作を始めた。ヒカルは「もういいじゃん、行こう」と言っていたけど、俺はとりあえず彼の用事が済むまで様子を見ることにした。
「ありがとう。助かりました」
「どういたしまして」
彼からしたら酷い日本語訛りの俺の英語でも通じた! と思うと、純粋に嬉しい。元々、俺が英語を勉強しだしたのも人助けがきっかけだった。今日と同じように駅で空港行きの切符が買いたいと外国人に話しかけられ、「エアポート」「ゴーストレート」だけで、なんとかなったことが嬉しかったのと、勉強すればもっとたくさんの人を安心させてあげられるのかな、とその時思ったからだ。だから今日みたいな出来事は、正直言ってとても気分がよかった。
どんな事情でこの青年が言葉の通じない日本にいるのかは知らないけど、よかったよかったと思いながら、「じゃあ、気をつけて」と手をふった。
「名前教えて」
急にくだけた口調でそう聞かれたけど、俺は「名乗るほどの者ではありません」の意味を込めて「ノー」と答えた。男はニコッと笑った後、もう一度口を開いた。勝手に身体がデカいから年上だと思っていたけど、この落ち着きのなさは俺と同い年か、もしかしたら年下なのかもしれない。
「じゃあ、電話番号を教えて」
「ノー!」
さっきよりも、もっと強く言うと、肩を竦めて困ったような顔をされた。こっちの方が困惑しているというのになんなんだよ、と思ったが、無理やりバイバイしてその場を離れた。ヒカルは始めから終わりまで、ずっと不機嫌だった。いきなり俺の腕を掴むという青年の無礼な行為に腹を立てていたのかもしれない。
「すげー、聞き取りづらかったな、アクセントが」
改札を通った後、移動しながら俺がそう言うと、ヒカルは「アクセント」とゆっくり復唱した。どのくらい、俺と彼の会話を聞き取っていたのかわからないけど、大学入試ではヒカルの方が英語の成績はよかったから、ある程度は直接聞いて理解していたんだろうか。
「アイツなんて言ってたの?」
「あ、自分の持ってるカードから日本円を直接引き出したかったみたいで……いろいろ手数料とかそっちのが安いのかな? わかんないけど」
「他には?」
「いや、それだけだよ」
ヒカルは俺の答えが気に食わなかったのか、「あるでしょ、他に?」とさらに質問してきた。
「え? なにが? お金おろして解決してただろ」
「名前と電話番号」
それだけ言ってから、ヒカルはじっと俺の方を見た。時折瞬きはするのに、俺を見る瞳だけは猛禽類のように一切動かないのがなんだか怖くて、俺は目を合わせられない。
さっきの会話の終わりの方を思い出してようやく「ああ」と頷いた。
「聞かれたけど、教えてない」
「……なんで、俺に聞かれた時すぐ教えなかったの? なんか、やましいことでもある?」
ちゃんと聞き取れてるじゃん、と思ったけど、いわないで俺は黙っていた。というか、それってそんなに重要なことなんだろうか。だって実際教えていないんだから、それって何も起こっていないのと一緒なのに、なんでヒカルは「電話番号を聞かれた」ってことと「それをヒカルに教えなかった」ってことに拘るんだろう、と俺は首を傾げた。
「かっこよかったね。身体もデカかったし」
「……そうだったか?」
そう言われて、あのブルーの瞳と甘い香りを思い出した。一瞬見惚れたことについては、絶対言わない方が良いだろうなと俺の第六感が告げていた。
自分からその話をしているのに、ヒカルの眼が今度はどろりとしてきて、俺を見ているのに見ていないようだった。その後も執拗に「やっぱり外国の人はかっこいいね」「ルイも思ったでしょ?」「オーストラリアにはああいう人がたくさんいるんだろうね?」としつこくしつこく聞かれて、俺はもう本当にうんざりして「早く帰ろう」とだけ言った。
俺が今月中にオーストラリアに行くことと、ヒカルの不機嫌は関係あるんだろうな、とは思ったけど、留学に行くのは俺の強い意志だから、こういう態度を取られても、変にヒカルの機嫌を取るようなことはしたくなかったし、かといって喧嘩もしたくなかった。
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