幼馴染みが屈折している

サトー

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「ねえねえ、何で抜いたの? 教えてよ」
「嫌だ」
「なんで? 俺に言えないことなの?」
「うん……」

 俺がどれだけ頑張ってもルイは頑なだった。「教えてくれたらしゃぶってあげるよ」と誘惑しても、すり寄ってみてもダメ。「言うまでまだイかないで」と手を押さえつけてストップをかけた時は「約束が違うだろ」と本気でムカついているみたいだった。

「なんで、そんなことが知りたいんだよ……」
「……だって」
「はあ……」

 そうだ、知ったところで俺が女の身体になれるわけでもないし、ルイの望んでいるものを与えてあげられるわけでもない。……でも、ルイは女が好きでしょう、という言葉をのみ込んだ。口に出してしまったら、ルイがなんて返事をしたって自分が苦しくなるからだ。

「……ヒカルのことを、考えて抜いてた。はい、もうこれでいいだろ」
「ほ、本当……?」
「ほんとだよ。あー、もうヒカルが変なことを言うから萎えた」

 服を整えた後、ガバッと起き上がってからルイがニヤリと笑う。「萎えた」というのも、俺が暗い気持ちになっているのも、全部が冗談になるような、いたずらっぽい笑い方だった。

「もう、寝よう。ヒカル疲れてんだろ?」
「でも……」
「ほら」

 ぎゅうっと自分よりも身体の小さいルイの胸へ抱き寄せられる。俺の心を操ろうと狙ってやっているわけでもないのに、こういう時のルイは絶対に外さない。「なんで怒ってんだよ」と面倒がってもいいのに、ごくごく自然に優しくしてしまう。
 きっと俺じゃない他の誰かも夢中になってしまう、と思いながらルイの胸に頬を押しつける。くすぐったいのか、子供の頃のじゃれあいを思い出したのか「なんだよー」とルイが笑う。

「ルイが俺で抜いてたんだって思うと、嬉しい」
「そうかー? まあ、それならいいけど……」
「触ってもいい?」
「……いいよ」
 
 服の上から撫でるとぐだぐだと俺がごねたせいで、小さく萎んでしまっていた。ごめんね、と唇であちこちに触れながらやわやわと刺激をすると少しずつ大きく硬くなっていく。いくら俺の裸を見せたってルイは興奮しないけど、でも、反応してくれる。それが何よりも嬉しい。

「……ヒカル」
「うん……?」
「俺、一人でする時、四つん這いになってしてるんだ。頭の中でヒカルにいっぱいいろんなことを言わせながら……」
「……」

 言葉が出なかった。信じられないくらい嬉しかったからだ。ルイは眉間にシワを寄せながら黙って俺のことを見ている。「全部わかっただろ」と言いたげな眼差しだった。

「気持ちよかった?」
「ん……」

 めちゃくちゃ出たよ、とはにかむルイが可愛くて、唇を塞いだ。手の中のペニスが熱い。自分の手の汗と先走りが混ざってベタベタしている。さっき抜いたばかりの性器へ再び熱が集まっていく。

「ん……、ヒカル、もっと……」
「……女で抜くよりもよかったでしょ?」
「うん…」
「……もっと、たくさんして」
「うん……」

 もっと、と口を小さく開けてキスをねだるルイは上手に腰を振って快感を求めていた。少し前までは何も知らなかったはずなのに。

「……俺もルイでたくさん抜いたよ」
「んっ……、知ってる……」
「ルイが高一でようやく声変わりし始めたこととか、俺の真似して買った香水を初めて付けた日のこととか、そんなことで何回も何回も抜いたよ」

 ヒュッ、とルイが息を飲む音が聞こえる。それぐらいルイのことが好きだったと伝えるために俺はぽつぽつと話続けた。

「連休明けの朝『おはよ』って言われた時、すぐいつもと声が違うって気がついたよ」
「やめろ……」
「ルイの匂いが変わったってことも、すぐわかった。子供みたいな汗の匂いと、洗濯石鹸の甘い匂いが……急に大人みたいな香りに変わって、女でも出来たんじゃないかって焦ったよ」
「い、やだ……、やめてくれ……」
「ルイが大人になるたびに、俺は興奮していたのかな」

 ルイにとっては嬉しい話じゃなかったのか、
シーツに顔を押し付けて呻いている。これほどまでにルイを追いかけていたのはきっと俺だけなのに、「お前と友達だった頃のこと、忘れるそうになるから、やめてくれ」とルイは言う。俺にとってずっとずっとルイはただの友達じゃなかった。ルイの言う友達とそうじゃなくなった時の線引きがいつなのかぐらいちゃんとわかっているけど、「だから、それが何?」としか思わなかった。

「……ごめんね、大好きだから」

 ルイは「やめろ」って何度か言っていたけど、手の動きを止めろということなのか、「俺の思い出を汚すな」という意味で言っていたのかは、わからない。ルイが背中をしならせて射精した後も、一応「ごめんね」と謝っておいた。

 ◇◆◇

 ティッシュで手を拭いていたルイが、べつに何ということもないという口調で「口でしようか?」と言った。「電気つけるか?」くらいの軽い言い方で。

「え? いいの?」
「……下手だけどそれでいいなら」
「え、なに、どうしたの」
「俺は優しいからな」

 ふふ、と得意気に笑うルイを見て、俺が「優しくしろ」と言ったのをちゃんと覚えていて守ろうとしてくれているんだってわかった。

「じゃあ、お願いします」
「おうっ」

 無駄に男っぽい返事の後、上半身はうつ伏せで膝を立てた格好で俺の足の間にルイは納まった。その格好といい、チラチラこっちの様子を窺ってくる様子といい、ネコ科の大きい生き物みたいだ。遠慮をしているのか、舌先でチロチロと舐めたり、浅く咥えては出してを繰り返したりするので、俺はもどかしくて呻いた。もしかして、わざと焦らしているのかと思って様子を伺うと、向こうも気まずそうにこっちを見ている。

「……好きなように動かせば?」
「え?」

 ルイは俺の手を掴むと、自分の頭に乗せた。ルイの思う優しいとはこういうことなんだろうかと思うと、指先が微かに震えるような気がした。
 なるべく苦しくないように慎重にルイの頭を動かした。少し怖いのか、俺の腰を掴んでいるルイの手には力が込められている。奥まで入れすぎないようにとか、勢いがつきすぎないようにとか、いろいろ気を遣うけど、ルイがここまで許してくれているというのは何物にも変えがたい喜びだった。

「あのさ……顔にかけさせてくれない?」
「え……顔?」

 そんなリクエストをされるとは思っていなかったのだろう。ルイはとてもとても引いていた。引きつった顔で「目に入ったら怖いし」と言い、「口じゃ駄目?」と苦々しい表情を浮かべながら首を傾げる。

「で、出来れば……、あの、絶対目にかけないから」
「うーん……」

 まだまだ抵抗があるようだったけど、最終的には「ん」と目をぎゅっと閉じて了承してくれた。性器を握る俺の手の上にそっと自分の手を重ねてきた。

「ごめ、ルイ、ごめん……」

「いいから早くしろ」とでも言うように、ルイは険しい顔のまま黙っている。少し迷ったけど、俺は根本の方を掴んで精液を容赦なく迸らせた。

「ご、ごめん……やっぱ気持ち悪いよね」
「べつに……洗えばいいだろ」

 もっと「ふざけんなっ! この大バカヤロー!」と罵倒されると思いきや、多少ムスッとはしていたものの、意外なくらいあっさりとしていた。このまま放っておいたら、ティッシュでゴシゴシと乱暴に顔を拭いて「じゃ、洗ってくるから」と言いそうなので、俺は「少しそのままでいて」とルイの肩を掴んだ。

 薄く開いた唇は唾液で濡れていた。唇と舌だけが赤々としていて、その周囲に俺が吐き出したものが飛び散っている。精液で顔を汚した人間を目の前にするのは初めてだった。アダルトビデオのそれは画的に派手だからやっているんだろうとしか思っていなかったけど、実際目にすると「なるほど」と頷きたくなるものがあった。
 俺を見ている瞳はしらけているのに、頬や口でヌラヌラしている精液を見ると、不快さの表明といじらしいまでの従順さが矛盾として小さい顔の中に混在しているように思えた。

 ルイの顔をよく見てみると鼻や顎から子供の頃特有の丸みがなくなっていて、いつの間にか大人の男の顔になっていることに気づく。「お前、こんなのでいいのかよ」とどことなく冷めている目つきだけは子供の頃と変わらず生意気そうで、それがあるからかろうじて昔の顔立ちを思い出すことが出来る。
 あの頃はこんな瞬間を見る日が来るなんて想像したこともなかった。俺達が大人になっていろいろと変わったからなんだろうけど……。ルイが大人になると興奮するけど、反面置いていかれてしまうような気もして悲しい。二月には、オーストラリアへ行って、俺の知らない場所で、知らない人と出会って、帰国したらもちろん俺とは違う会社にルイは就職する。それが堪らなく悲しくて寂しい。辛いことを覚えないと俺達は大人になれないように作られているんだろうか。

「自分でどうなってるか見えないけど、これっていいのか?」
「うん……。ルイが留学に行ってる間、俺が困らないように、オカズを提供して……」

 ルイは「バカじゃねーの」と呆れていたけど、俺は本気だった。目を閉じたって、さっきの光景を完全に思い出せることが出来る。

 ◇◆◇

 お互いシャワーを使って身体を綺麗にした後、完全に暗くした部屋の中で俺はぽつりと呟いた。

「怖くないの? 留学に行くって……」
「怖いさ。一人で行くのも、俺、まだまだ英会話だって下手くそだし……」

 そっちじゃない、と頭を抱えたくなる。俺はルイと離れることが怖いのに、ルイは全然同じようには思っていない。出来れば、俺が言わなくても、ルイにこの気持ちを汲んで欲しい。

「俺は、ヒカルみたいに何でも出来ないけど……勇気を出して留学に行く……。行ったとしても、英語で完璧に仕事が出来るようにはならないかもしれないけど、それでも行く。……今まで勇気を出して後悔したことないから。だって、勇気を出さなかったらヒカルとも付きあえていないと思うから……」
「……そうだね」

 一人で知らない所へ行くルイの不安に比べたら、俺の不安なんてほんの些細なことだ。そんなことはわかってる。だけど、違う。そっちじゃない、と駄々をこねたくなった。ルイが留学に行くのが嫌なんじゃなくて、俺がルイを思う気持ちだけが空回っているのが嫌だった。…
また泣きたくなるくらいに。

「……ルイって彼女が出来ても、フラれそうだね」
「あ?」
「……ほんと、俺と付きあえてよかったね」

「そうだなー、ほんとよかったー」と投げやりに言った後、俺の肩にグリグリと頭を押しつけてから、ルイはイヒヒと笑った。

「うん、よかったよ」

 いつから、俺の煽りに怒らないでそうやって素直に笑って肯定するようになったんだろう? 体ばかりが大きくなって、俺のルイへの思いはちっとも成長しきれていない。そのことについて「大人になれよ」とルイから言われているみたいだった。


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