幼馴染みが屈折している

サトー

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どうしたものか

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 このまま朝まで眠ってしまいたいぐらい疲れていたけど、身体のあちこちがベトベトする不快感に耐えられずなんとか起き上がる。
 パンツを探して、広いベッドの上を俺がごそごそやっている間、ヒカルはずっと横になったままでピクリとも動かない。腹上死、という言葉が頭を過る。まさか、と思いながらも何度か身体を揺すると、放っておいてくれ、とでも言うようにヒカルは呻き声をあげた。

「風呂は?」
「うーん……」
「俺、先に入るからな」

 ヒカルだって事後に一人になりたい時くらいあるだろうと思いながらさっさとシャワーを浴びた。戻ってくると、ベッドの上で少しは動いた形跡があったけど、まだヒカルは横になったまま丸まっている。その側へそうっと寝転んだ。

「………疲れた」
「うん」

 本当にダルそうな弱々しい声だ。ダラダラと立ち上がると裸のままヒカルは風呂場へ向かった。セックスの後、ヒカルは全裸でウロウロするのは平気みたいだった。めんどくさいというだけじゃなく、自分の身体に自信があるんだろう、とヒカルの背中や尻を見ながら思った。
 身体を洗い流してきたヒカルは、そのままベッドに入ると寄り添うようにしてピッタリとくっついてきた。

「賢者終わった?」
「ちょっと……疲れただけだって」

 べつに俺だって男だから、そういうことについてはよくわかってる。だけど、なぜかヒカルは頑なにそれを認めようとしない。それどころか「違うよ。ルイのことはいつも本気で抱いてるから、だから、それで弱ってただけなんだよ」と言い訳に一生懸命だ。「産まれてこのかた、オンナに苦労したことはありません」という顔でいつも澄ましているヒカルが、セックスの後に慌てている。二人だけしかいない部屋で俺が小さな声で笑うと、ヒカルは唇を塞ぐように触れるだけのキスをしてきた。

 エアコンが効きすぎていて肌寒いけど、リモコンを取りにいって温度を調整することさえもダルい。少しでも暖まろうとなるべくヒカルにの身体にくっついていることにした。

「今日もよかったなあ」

 ぼやぼやとした口調でヒカルはそう呟いた。

「野球が? 頑張ってたよな」
「それもよかったけど、今はそっちじゃないでしょ」

 今度はヒカルがクスクス笑う。さっきまでカリカリしていたのに、今はいつもと同じ調子でデレデレしている。セックスがよかったから機嫌を直したんだろうか。

「……そもそも本気で抱くってなんだよ」
「んー……? うん……、ルイのことをいろいろ考えすぎて、それで全然余裕がなくなって、いろいろコントロール出来なくなる時がある」

 怒ったり急に弱気になったり。上がり下がりの激しいヒカルの情緒について思い出してみる。「女」とか「ヒカル以外の誰か」とか、そういった存在を前にすると、ヒカルの感情はコロコロ変わる。ビシッと言った方がいいのかもしれない。バカ、の一言でもいい。でも、ごめんなさい、と素直に謝るヒカルが俺よりもずっと年下に見えてそれで言えなかった。

 しょんぼりとしているから、腕枕を要求されるのかと思っていたけど、ヒカルは「少し話したいことがある」と俺を自分の胸へと抱き寄せた。なんだ? と思いながらヒカルの顔を見上げる。頬にヒカルの胸がくっつく。風呂上がりなのに、もうひんやりとしている。

「なに?」
「あのさ、一緒に住まない?」
「え?」

 とりあえず「どこに?」とだけ聞き返した。それに対してヒカルは「俺の家」と躊躇せずに答えて、「一緒に住めたら幸せだな」と呟く。
照れながら言っているところに、ヒカルは本気で言っているのだと感じられて、それで俺は言葉に詰まってしまった。

「……俺、四月にアパートの契約、更新したばっかだし……」
「一緒に住めば家賃だって浮くし、その分バイトも減らせるよ? 親に言ってもっと広い所を借りたっていいし……」
「いやいや、それはダメだろ……」
「じゃあ、今の家でいいか」

 ダメだ。俺の目を見ているようで、声を聞いているようで、ヒカルの意識は別のところを向いている。一応「住まない?」と聞かれはしたけど、ヒカルの中ではほぼほぼ答えは決まっているのかもしれない。どちらかというと「住もうね」とか「住むよね」と言っているのに近い気がした。

 俺の頭の中では、ヒカルがものすごくベタベタしてくる堕落した日常が容易に想像出来た。夜が来たらセックスして、学校が無ければ昼まで寝て……。ヒカルは毎晩同じベッドで俺を抱いて眠るだろう。俺は「何かが搾り取られる」という予感がして、自分の頭の中でピンチを知らせる警報音が鳴っている気がした。

 ヒカルから、「今日は何時に帰るの?」「今日、バイト無いって言ってたよね?」「どこか行くの?」「誰と出掛けるの?」と質問責めにされている未来の自分の姿も見える。ヒカルの望む幸せは、俺とヒカルだけで成立する世界なんだろうと俺は思っている。二人の間には誰も入らないでほしい、自分だけを見ていてほしい、という嫉妬深さは、ヒカルの言葉の端々から感じられるからだ。
 ヒカル本人はそれを俺への愛情がそうさせていると思っているだろうから、俺はヒカルを安心させきれない自分が駄目だと思うことで、それを受け入れている。一緒に住んだら俺が側にいることに満足してそういうことを言わなくなるかもしれない。でも、ますます俺の行動を把握したがるだろうし、執着してくるような気もする。

 そういう状態で一緒に住むのはあまりよくないんじゃないかと思っている。もっと、ヒカルが俺に対して一生懸命にならなくていい状態へ関係性を変化させないと、小さな部屋で二人ともきっと息が詰まってしまうだろうから。


「いきなり引っ越すのは無理だって……。お金のこともあるし、いろいろ時間がかかる……」
「引っ越しは俺がいるから大丈夫。バイトで鍛えられてるから」
「……うん。少し考えてみる」
「うん」

 ヒカルは「ちゃんと考えてよ」と甘えるように俺に言い、その言い方はすでに一緒に暮らすことを想像しているのか幸せそうだった。俺が自分の願いを叶えてくれるって信じきっている。ヒカルに「わかった、わかった」と返事をしながら、彼女っているとこんな感じなんだろうか。

 話している間にヒカルがウトウトしているようだったので、部屋の電気を完全に消した。暗い部屋の中で、ヒカルが好きなのに一緒に住むことにすぐ賛成出来ない自分に対して、罪悪感でなかなか眠れない。どうやったら、ヒカルと上手く暮らせるんだろう。一緒に暮らして、それから……。
 気楽な大学生活が終わって、いつかは俺もヒカルも就職して自分達の力だけで生きていかないといけない。卒業して何をしたいかもわからないし、ヒカルとの将来も全然想像が出来ないでいる。

 ◇◆◇

 翌日は結局チェックアウトギリギリの時間まで寝てしまって、ホテルを出る頃には通勤のラッシュも終わっている時間になっていた。こんな時間まで寝てラブホテルから出てくるなんてだらしがないんだろうけど、俺もヒカルもスッキリしているわけだから、健全なんだか不健全なんだかわからない。

 駅まで歩きながら今日は自分の家に戻ることを伝えるとヒカルは残念がっていた。

「ルイが俺の家に住めば、今日来るとか来ないとかで毎日ソワソワしないでいいのにな……」

 ヒカルの悲しい顔に俺はすごく弱い。特に自分の言葉や態度が原因だと罪悪感で頭が埋め尽くされる。
 別れる前に少しでも励まそうと「あとで電話する」と伝えると、ヒカルの表情がパッと明るくなって、俺もホッとした。自分が安心したいから優しくするのは、ヒカルに対して誠実じゃないのかもしれない。だけど、ヒカルに元気がないよりはいいか、と思うことにした。


 うだるような暑さの中、駅から歩いて自分のアパートへ戻るだけで汗だくになった。
 俺の住んでいるアパートにはヒカル暮らすマンションのようなエレベーターなんて無い。駐輪場の横を通り過ぎて、「上まで上がるの嫌だな」と思いながら階段へ向かう。階段の下に設置された集合ポストの中で、俺の部屋だけDMやチラシが外へ飛び出てしまっていることに気がついた。
 一人暮らしの俺の元へ届く郵便なんて、公共料金の請求書かピザ屋のクーポンつきの広告くらいだから、毎日チェックなんてしないけど、さすがにヒカルのとこに入り浸りすぎていたようだ。たくさんのDMとちょっとの郵便を抱えながら、これじゃあ払っている家賃が確かに勿体ない、と俺はヒカルに言われたことを思い出しながら階段をかけ上がった。
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