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隠しておきたい
しおりを挟むシャワーをすませて二人でベッドに戻る頃には日付が変わってしまった。
シーツはぐちゃぐちゃでひどい有り様だった。ルイがシャワーを浴びている間に、俺はせっせと寝床を整えた。そのせいなのか、持ち主であるはずのルイはずいぶん遠慮がちに横になり、「ヒカルも」と半分のスペースを俺に譲ってくれた。
「ごめん、ああいうことをして……」
「ヒカルが謝ることねーよ、俺がやれって言ったんだから……」
そう言ってはいるけど、あんなふうに上から押さえつけられて、めちゃくちゃに何度も突かれてきっと怖かったはずだ。それに、風呂場へ向かうルイはひょこひょことした歩き方をしていて、それもすごく気になった。乱暴にされてどこかを痛めたのかもしれない。
明るい所で裸を見られるのをルイはとても嫌がるから、さすがに風呂場まで着いていくことは許されなかった。ただただ謝ることしか出来ない俺に「いいから」と、ルイは首を横に振った。
「俺んちの兄弟喧嘩はもっとすごい。だから気にすんな」
「はは……」
それを聞いて少しだけ笑った。ルイの家は男四兄弟で、特にルイとそのすぐ上のお兄さんはしょっちゅう喧嘩をしていたからだ。身体が小さいのに、ムカッとすると言い返さないと気がすまないルイは、よくボロボロにされた後うちへ逃げてきていた。その度に何度もルイを慰めた。
「だから、べつになんでもねー……」
「それならいいけど……」
どこか痛いところがないか、何度も聞いてみたけれどルイは「ない」としか答えなかった。あちこち触って確かめたいけど、「何を考えてんだっ!」とすごく怒られそうな気がしたので、腕枕で寝かせることしか出来なかった。
「あのさ、ヒカル」
顔を上げずに、ルイは俺の身体にぴったりとくっついたまま口を開いた。何か言いにくいことなのか、それから次の言葉を発するまでずいぶん時間がかかっている。どうしたんだろう、と続きが気になるけど、少しでも身じろぎをすればそのまま逃げていってしまいそうな、そんな雰囲気だった。だから、俺は冷たいシーツにぴったりと踵を押しつけてルイが話し始めるのを待った。
「セックスのことは、誰にも言わないで欲しい……」
「……誰にもって?」
「他の誰にも。俺がセックスの時、ああいう感じだって絶対誰にも言うな」
俺が誰に何を言うだって?と、聞き返したいくらいだった。冗談じゃない、なんでそんなことを、としか思えなかったけれど、ルイの声の調子はいたって真面目だった。どうやら本気で言っているらしい。
「当たり前じゃん! 言うわけないだろ……!」
「なんだよ急にデカイ声出して……。ビックリするだろ、ヒカル」
「はあ……」
つい、怒っている時のルイみたいな口調になってしまった。「どうしてそんなに怒っているんだ?」と不思議そうな顔をしているルイを見て、ため息が出てしまう。
やっぱり、ルイは何にもわかっていない。 普段は真面目で優しくて、だけど俺といる時はたくさんふざけてよく笑うルイが、セックスの時は、快楽に弱くて好奇心が旺盛で、それからすごく可愛いなんて知らなかった。本物のルイは俺が頭の中で作った想像のルイよりも遥かに魅力的だった。
まだ、同じ男に抱かれているということを上手く受け入れきれなくて、恥ずかしがっている。気持ちがいい、と思っていることを隠すように一生懸命我慢する姿はとても可愛い。
絶対に誰にも言うわけがなかった。俺が何年も思い続けて、何度もルイを抱いて、やっと知ることが出来た一面なのだから。何もかも俺の中に隠しておいて、誰にも知られないようにしたいのに、なぜルイはそれがわからないんだろう。
「……絶対に言わないよ、大丈夫だよ」
「うん……」
疲れ果てて眠いのか、どこかぼんやりしている。それでも、眠気を堪えるかのように何度も瞬きを繰り返した後、ルイはこっちを見た。
目が合うと照れたように笑いかけられる。
「俺が、女だったら、俺よりも絶対お前と付き合いたいよ」
「……俺はルイの方がいい」
「悔しいけど……ヒカルの方がかっこいいし、何でも出来るし、優しいし……それに、それに……フェラもうまい」
「……それは否定しないけど」
「否定しないのかよっ」とルイはケタケタ笑った。くすぐったら、余計に笑って「やめろよ」と暴れる。すごく子供っぽい反応なのに、ベッドから落ちないように必死に絡みついてくる腕と脚が先ほどの行為を思い出させた。
「……可愛い」
「え……」
思わず本心から出てしまっ俺のた言葉を聞いて、ルイは不思議そうな顔をしていた。セックス中でも男っぽくいることに拘っているルイにとって、その言葉はもしかしたら言われても嬉しくないどころか、不愉快にさせてしまうものなのかもしれなかった。
「……あの、好き、と同じ意味で」
「うん」
俺も好き、と恥ずかしそうに答えた後「はは……」と笑って誤魔化している。
「可愛くはないけど……。俺がこんなふうになるのヒカルの前だけだから、だから俺のことで浮気とか余計な心配はすんな」
「……うん」
「だいたいヒカルの方がずっとモテるんだから……」
疲れているだろうに、こんなことを言って、俺を慰めてくれる。昨日のちょっとした言い合いのことを、ルイなりにずっと考えていたんだろうか。
ルイはそういう人だ。目の前にいる相手に真っ直ぐぶつかって、相手の懐の深いところに躊躇しないで飛び込んでいく。
ルイは俺が何を心配していて、自分が周りからどう思われてるか全然気がついてない。「みんな、ヒカルを呼びたいから俺を飲みに誘うんだ」って拗ねていた時があったけど、そうじゃない。
最初のうちは見た目で俺の方に寄ってきた人間も、ルイがいるとたちまちルイの人柄に惹かれてしまう。
ルイは、知らない人が見ると、第一印象は生意気そうなやつだと感じるらしい。シャープな顔つきは、簡単には懐かないネコ科の生き物を思わせるのか、真顔でいると確かにそう見えるのかもしれなかった。ハッキリものを言うし、すごく負けず嫌いで気も強い。
けれど、決してそれだけではなくて、人懐っこくて面倒見がいい。基本的に人の世話を焼くことを苦としないから、頼られると張り切って手助けをしてくれる。
それに、俺と違って素直に感情を表に出すからわかりやすくて、可愛い。
たいていの人は、そのギャップに一度はやられるし、ルイはルイで相手のことを大切にするから、一度親しくなった人間はずっとルイを大好きでいるだろう。
ルイはきっと俺がそう言ったとしても、「ヒカルが俺を好きなのと、友達が俺を好きなのは全然違うだろ」と言うかもしれない。でも、俺はたとえ友達だったとしてもルイの良いところになんて気づいてほしくなかった。
「それに、せっかく付き合ってるんだから……怒ったヒカルよりも、元気で喜んでるヒカルと一緒にいたい……」
むにゃむにゃと眠そうな声でそう呟くルイを黙ってじっと見つめていた。返事は特に求められなかった。ルイがそのまま眠ってしまったからだ。
きゅっと握りしめられた俺よりもずいぶん小さな手。眠いのに、大事なことだからと、頑張って伝えてくれたんだろう。「それってそんなに難しいことか?」と問い掛けられているようだった。ごめんね、とルイのつむじに顔を近づけると、サラサラとした髪が鼻の先に触れて、目の奥が熱くなった。
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