幼馴染みが屈折している

サトー

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真相

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◇◆◇

 風呂から戻ってきた後のヒカルは、冷蔵庫を開けたり閉めたり、立ったまま水を飲んだり、どう見ても居心地が悪そうにしていた。重苦しい沈黙のせいで、俺も「自分の家だろ」という気軽な一言すら口に出来ないでいる。

「髪拭いた?」
「え、ああ、うん……」

 見ればわかることを聞いて間を繋いだ後は、お互い黙り込んでいた。やがて、痺れを切らしたようにヒカルが「キャンプの時のことだけど」と口を開いた。

「……引いた?」
「引いてはいないけど……なんでって、ずっと思ってる」
「起きてるなんて思わなくて……、気持ち悪いよね」

 ごめん、とヒカルはぎこちなく笑った。深いショックを受けているのを誤魔化してこの場を取り繕うとしているような、痛々しい笑顔だ。

「あのさヒカル、理由って聞いてもいい?」
「理由……」

 慎重に言葉やタイミングを選んでいるつもりでも、ぼんやりとしているヒカルの顔色がどんどん悪くなっていく。
 
 俺は何度もヒカルと話したいことについて考えていたけれど、ヒカルはそうじゃない。
 話をするべきだ、話をしないといけない、そう意気込んでヒカルの家へやって来た。けれど、何も知らなかったヒカルはきっと、いつもと同じように今日が終わると思っていたのだろう。子供の頃からずっとそうしてきたように、くだらない話をしながらだらだらと二人で過ごして、どちらかが言った冗談に大笑いして……。

 俺のやっていることはきっとフェアじゃない。黙り込んでしまったヒカルを見ていると、そんな気持ちになった。


「……キャンプの時、エリナは、ヒカルより俺の方がいいって言ってくれたんだ」
「そう。よかったね」

 口元だけを動かしてそう返事をするヒカルの口調はつっけんどんで冷ややかだった。何も知らないふりをしていればよかったのか、と後悔する気持ちを抱いていながら、動揺していても怒る時はしっかり怒るんだな、と冷静にヒカルを見つめている自分もいた。

「……初めから可愛い子だなと思ってた。でも、俺、ヒカルより俺の方がいいって言われたから、あの子を好きになったのかもしれない。どれだけヒカルは悔しがるだろうって、考えずにはいられなかったよ」
「ああ、そう。じゃあ、今からでも付き合えば?」

 エリナについて、自分の一番汚い部分をさらけ出したつもりだった。ヒカルとちゃんと話がしたかったからだ。それなのにヒカルはイライラしているばかりでちっとも話してくれない。
 きっと、いつもの俺だったら「あの子に変なことを吹き込んだのはお前なんだろ」と問い詰めて大ゲンカになっていた。
 自分で自分を抑えられているのは、俺がヒカルに「俺のことが好きなのか」と直球で聞けないからこうなるんだ、と思っているからだった。



「俺はずっとヒカルが羨ましかった。簡単になんでも出来て、女にモテるヒカルのことが。いつだってヒカルみたいになりたかった」
「……そういうのやめてくれないかな」
「何をやっても勝てないヤツの気持ちなんて、ヒカルにはわからないだろうけど……」
「やめろってば!」

 普段よりずっと荒々しい言葉でヒカルは俺の言葉を遮った。

「聞けよ! お前に俺の気持ちがわかるか? いっつも比べられて、ヒカルよりもダメな方だって思われて……。人から比べられるのを気にして、時々本気でお前にムカついて、その度に友達を裏切っているような気がして、悩んでいた俺の気持ちが……!」
「だって、そうじゃないとルイは俺のことを見てくれなかった。なのに俺のことが羨ましいだって?」

 ハッ、と俺のことを鼻で笑った後、眉間にシワを寄せたままヒカルは目を閉じた。少しだけ声が震えていて顔色も悪いけどヒカルはヒカルだ。けれど、静かでおっとりとしているいつものヒカルの姿がボロボロと剥がれ落ちていくように俺には見えた。

「どれだけ羨ましがられても、ルイに選ばれなければ、俺には何も意味なんてなかった」
「……選ばれるって?」
「ルイだって本当はもうわかってるでしょ?」

 ずっとずっとルイのことが好きだった。
 俺の目を真っ直ぐ見て、ヒカルはそう言った。やっぱり、と思う以外俺にはどうすることも出来なかった。
 ケンカをすることだってあったけど、俺だって子供の頃からヒカルのことが好きだ。四軒隣の家に小さな子供が引っ越してきたと聞いて、自転車を漕いでヒカルの家を訪ねた時から。「女の子? ヒカルちゃん?」と呼んで怒らせてしまった時から。ずっと変わらずに一緒にいられるのだと思っていた。今はそう伝えたとしても、かえってヒカルを傷つけてしまうだろう。


「ルイが今まで女と付き合えなかったのはね、全部俺のせいなんだ」
「……全部って?」
「ルイが好きになった女も、それからルイに近づこうとする目障りな女も、全部俺がとったんだ。ねえ、ルイ。どの女もみんな最低だったよ。俺がちょっと優しくしただけで、全員簡単に俺なんかと寝てさ……」
「やめろ、そういうのは聞きたくない……」
「俺、いつも思ってた。こんなに簡単に股を開くような女がルイの彼女じゃなくてよかったって」
「……そういうふうに言うのはやめてくれ。知ってる人をそんなふうに言われたら本当に気分が悪い」
「……優しいんだね、ルイは」

 ヒカルと共通の知り合いばかりという狭いコミュニティで生きてきた俺には、聞くに耐えない話だった。そんな理由で、ヒカルは好きでもない相手と体の関係を持っていた、と思うと微かに手が震えた。

「キャンプの夜、俺に触ったのは……?」
「……本当は顔を見たらすぐに出ていこうと思ってた。でも、もう俺もいっぱいいっぱいで……。こうやってルイから女を取りあげ続けて、ルイの一番近くにいられるのも、きっとあと少しだってわかっていたから」

 俺は女が憎い。女が大嫌いだ。アイツ等は女に生まれたというだけで、ルイに選ばれる権利があるから。

 ヒカルがポツリと呟く。下を向いてしまっているせいで並んで座っているのにほとんど表情が見えない。けれど、掠れた声で噛み締めるように一言ずつ呟く様子からは、何年もそんな感情を抱えて生きていたんだろうということが読み取れた。

 側にいたのにヒカルのそんな気持ちに俺は気がつかなかった。ヒカルがコソコソとしていたことを許すことも出来ないが、それよりも俺は今までどれだけ無神経なことを言ってヒカルを傷つけたんだろう? という思いで胸が締め付けられるようだった。

「いいな、ヒカルは彼女がいて」「女にモテるヤツは余裕があっていいな」……いつも俺がそういうことを口にするたびにヒカルは少しだけ困った様子で笑っていた。「男だから当然ヒカルは女が好きだろう」とずっと思い込んでしまっていたからだ。



「……ごめん」
「どうしてルイが謝るの? そういうふうに謝られるとますますルイから離れられなくなるからダメだよ」

 本当は離れたくないけど、とヒカルは目を伏せて寂しそうに笑った。怒りで感情を爆発させている時に比べたらわかりにくが、これも嘘偽りのないヒカルの本心だと俺にはわかった。子供の頃から、時々ヒカルは「兄弟がいなくて寂しい」「家に一人でいるの、本当は寂しいんだ」とこんなふうに笑うことがあったからだ。

 俺だって何もなかったふりをして、明日からただの友達に戻ることは出来ないと思っている。そもそも、どうかしたらヒカルはこのままどこかへいなくなってしまいそうだった。

 今まで気がつかなかった分、ちゃんと話を聞こう。気持ちに応えるかどうかは別として、ヒカルと最後まで話そう。もし今までヒカルに嫌なことを言っていたのだとしたら、それについては謝ろう。……今の俺に出来るのはそれだけだった。


「……いつからヒカルはそう思ってた? 俺、本当にわからなくて」
「何が? ……ルイをはっきり好きだと思ったのは中一の夏と中三の冬の時の事かな。覚えてる?」

 中一の夏、と聞いただけで甦ってくる、忘れられない強烈な記憶。俺にとってはあまりいい思い出じゃない、どちらかというと忘れてしまいたい出来事だった。
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