幼馴染みが屈折している

サトー

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◇◆◇

 結局、夕べはヒカルのことを考えていてマトモに眠れなかった。

「あいつはもともと変なやつだし寝よう」と思ってみたりもしたけど、最終的には「いや、でも友達にあんなことするか?」という考えに行き着いて、その度にヒカルにされたことを思い出していたからだ。結局、皆が起き始めるまでマットレスの上でゴロゴロして過ごしていた。

 下が騒がしくなってきたので、ヨロヨロとロフトを降りると、すぐにヒカルが「おはよう」と近付いてきた。

「お、おはよう……」
「ルイ、体調は? まだ顔色が悪いけど、あまり寝てないの?」
「あー、全然大丈夫……」

 ここで「寝てない、大丈夫じゃない」と言うと一日くっついて来そうだったので、そう返事をしたのにヒカル独自の勘が働いたのか、帰るまでここで休んでいろと言い始めた。

「いや、いいよ。片付けとかもあるし……」
「そんなの皆でやるから、いいよ。ねえ?」

 ヒカルが部屋にいたメンバーへ同意を求めて、皆も「休んだ方がいい」と言い出したので、そうせざるを得ない空気になった。こういう時だけ、周囲の力を上手く使ってくる。

 余った食材で皆が作ったというサンドイッチもヒカルと二人きりで食べた。食事中は始めから終わりまで、ヒカルからじーっと見つめられ続けた。

「…あんまり見られると食べにくいだろ」
「ルイは朝、いつもあまり食べないよね」

 いつも。ヒカルはいつも、俺がものを食べるのをこんなふうにジロジロ見ていただろうか。 食事をする俺の口元を見ている、という考えがふと浮かんだ。昨日触れた唇の感触を思い出して確かめるために、見ている。そう思うとそれ以上食べることは出来なかった。

 ◇◆◇

 朝からヒカルに散々動揺させられてるけど、俺は、そういえばエリナに連絡先聞いてない、ということを思い出した。なんとか帰る前にもう一度話したい。「ヒカルは、エリナとどうなった? まだ、あの子のことをいいと思っているのか?」ということを、いつ聞こうかタイミングを窺っていると、ヒカルがふいに俺の額に手を伸ばした。

「……いきなり触るなよ」
「熱はあるのかなと思って。……どうしたのルイ? べつにいつものことでしょ」
「いつも?」

 そうだっただろうか。確かに普段一緒にいる時、お互いの体に軽く触れることはあったかもしれないけど、意識せずにやっていたことだし、それがどんなふうだったのか思い出せない。

 夕べのヒカルは「友達」じゃなくて完全に「男」だった。それが、誰か別の人を思って俺を代わりにしていたのか、それとも俺に向けられたものなのかはわからない。ただ、一度そういう一面を見てしまうと、時間が経ってあの事を忘れるか、本当にただの間違いだったと証明されるまでは、ヒカルのことを今まで通りに見られそうにない。

 ヒカルからは「ルイはここで休んでて」片付けを手伝うことを禁止されていたが、見つからないようこっそり外へ出て平野を探した。

「おっ、早川、もう大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫。いろいろとゴメンな。俺も何か手伝うよ」
「あー……じゃあ、テラスの側で女子がクーラーボックスを洗ってるから、それ受け取って俺の車に積んどいてくれない?」

 ゴミの分別をしていた平野から車の鍵を預かった。ヒカルはどこに行ったのか聞くと、借りたものを管理棟へ返しに行ったと言う。それなら、アイツが戻ってくる前に部屋に戻って、荷造りを済ませておけば外へ出て手伝いをしたこともバレない。早速俺はクーラーボックスを取りに向かう。

 テラスには誰もいなかった。コテージの裏の方から水の音と数名の話し声がする。裏に水道があって洗っているんだろう。そう思って近付くと「ヒカル君」「ルイ君」と聞こえてきたので、俺は思わず足を止めた。

「で、エリナはルイ君に連絡先聞いた?」
「ううん。ルイは気になってる人がいるからやめた方がいいって」

 ルイは気になってる人がいるからやめた方がいい? どうしてそんな話がエリナへ伝わっているんだろう。

「あと、昨日の夜ちょっとだけヒカル君と二人で話したけど、ああ、やっぱりヒカル君いいなあって思った」

 しみじみとした声でエリナがそう言うと、「やっぱり~」とか「わかる~」という声が上がった。みんなが次々に口を開いて、「笑ったら可愛かったー」「意外と天然っぽいよね」「王子様感がすごい」と、ヒカルを称賛する言葉が噴水のように湧きだしていた。

「ヒカル君は絶対彼女がいるから、ルイもいいかなーって思ったけど……。うん、でもやっぱ、ときめくのは断然ヒカル君だと思った。全然違う……」

 うふふ、ふふ、という笑い声だけが聞こえた。可愛く笑っているだけなのに、「わかる」「妥協はよくないよね」という意味が含まれている、そういう笑い方だった。

「クーラーボックスって誰のとこに持ってくの?」

 という声がして今は盗み聞き中なんだと慌てて我に返った。こっそりコテージの正面まで戻ってから、普通にインターフォンを押して「クーラーボックスをこっちで洗ってるって聞いたんだけど」と、たった今やって来た善良なお使いを装った。たまたま出てきた子が「取ってくるからちょっと待ってて」という対応をしてくれたので、エリナとは鉢合わせずにすんだ。

 ◇◆◇

 そのままクーラーボックスを持って平野の車へ向かった。

 ヒカルに「正々堂々勝負しよう」なんて言ったのが恥ずかしすぎる。やっぱり俺は「ヒカルが駄目だった時、考えてもいい」くらいの男なんだろうか……。期待した分、最初からヒカルの方が選ばれるよりもずっと、ショックを受けることになった。

 完全に片付けも終わって、来た時と同じように平野の車で三人で帰ることになった。「助手席に物を置いてるから、後ろに二人座って」と言われたので、ヒカルと後部座席に座った。
「で、どうだった?」と運転しながら平野は言う。この「どうだった?」はもちろん、女とどうだった? という意味だ。

「……次は男だけでキャンプしようぜ」
「早川、まだ具合悪いのか? 絶対嫌なんだけど」

 少し笑って茶化した後、「まー、それもいいかもな。女いると煙の臭いがーとか、いろいろ言うし」と平野は言った。今の俺の答えで何かを察したんだろう。

「ヒカルは?」
「俺もべつに、誰とも……。連絡先とかも聞いてないし」
「マジかー。まー、俺もそうだけどなー。今回は上手くいかなかった」

 俺等全滅だなー、と平野は笑う。どうしても気になってヒカルにこそっと「エリナは?」と、俺は尋ねた。

「あー、全然、駄目だった」

 ルイもそうなんだ、とヒカルは嬉しそうだった。お前は駄目じゃなかっただろ、もしかして始めからあの子に気がなかったんじゃないのか、とは聞けなかった。

 ……いつの間にか寝てしまっていたようで、俺は夢を見ていた。

 普通に大学で講義を受けていたら、どこかからすごく良い香りがしてきて、今までに嗅いだことのある匂いだけど、思い出せない。でも、すごく落ち着く……という夢。

 そこで目が覚めて、ハッと目を開けるとすぐ側にヒカルの顔があった。

「えっ」
「ルイ、寝ながらどんどん俺に、もたれて来てたよ」
「えっ、ああ、ごめん……。平野も寝ててごめん…」

 半分寝ぼけながら謝っていて、あることを思い出した。……さっきのはヒカルの匂いだ。匂いの記憶は強烈だった。高校の頃、ヒカルの使っている香水や柔軟剤を使ってもなぜか全く同じにはならなくて、あれはヒカルの匂いなんだなと諦めたことまで思い出してしまった。

「ルイ、もっと寝ていいよ。こっちにもたれなよ」

 ヒカルに腕を引かれる。また、さっきみたいに、ヒカルの肩に頭を預ける格好になった。
 俺は、ヒカルにくっついて眠ることを心地いいと自分が感じていたことに、たった今気がついてしまった。だけど、平野もいるし昨日のこともあるしなんかマズイ気もして、苦笑いしてヒカルから離れた。
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