幼馴染みが屈折している

サトー

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帰り道

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 飲み会が終った時の、店の前で「このあとどーしようか?」と皆でウダウダする時間が俺は苦手だ。他の客や店の人にとっては邪魔だろうし、帰りたいのか帰りたくないのかさっさとハッキリさせた方が時間が無駄にならないからだ。そのせいなのだろうけど、せっかちだって人からはよく言われる。

「俺、今日は帰るよ。じゃ」
「えっ、早川帰んの?」

 もっと飲もうぜー、カラオケ行こうー、と引き止める声が男だけなのが悲しいけど、振り向かずにさっさと駅に向かって歩いた。食べ過ぎたせいか胃がムカムカしているが、頬にあたる春の夜風が心地いい。
 近道をしようと大通りから逸れて、店や街灯がほとんどない細くて薄暗い道へ入った時、腕を掴まれて俺は思わず悲鳴をあげそうになった。
 慌ててその手を振り払って振り返ると、そこには息を切らしたヒカルが立っていた。

「えっ? なに、ヒカル……?」
「ルイ、急に帰るって言うし、追いかけてたら……暗い方の道入ってくから」

 よっぽど急いで来たんだろう。肩で息をしながらヒカルは、疲れた、とだけ呟いた。

「急に腕、掴まれたから、誰かに殴られるのかと思ってほんとビビったし……。ゴメン、お前に声かけてから帰れば良かったな。あれ、ヒカル、向こうはもういいのか?」

 言いたくなかったけど小声で「お前結構いい感じだったじゃん」と付け加えた。一応事実だから。やっと呼吸が整ったヒカルはなんでもない顔で「あー、大丈夫」と頷いた。

「二人で抜けようって言われたけど、断ったら、怒ったみたいでもう帰るって言ってたから、ダイジョブ」
「えっ!? お前言われたの!? あの横に座ってた子に?」

 ヒカルから根掘り葉掘り聞いたところによると、そういうことを言ってきた女子はなんと二人いて、トイレに立った時や、帰ろうと自分の靴を探している時に、「このあと、二人で抜けない?」とアプローチされたらしい。にも関わらず「やめとく、気分じゃないから」と切り捨てて断ってきたと、まるで人のことを話すみたいに淡々と言う。
 なんともったいないことを! 信じらんねー……という思いで俺はヒカルを見て、深いため息をついた。

「タイプじゃなかったのか?」
「うーん……いや、別に……」

 駅に向かって歩きながら、ハッキリしない態度のヒカルに俺は質問をやめなかった。
 なぜなら、正直言ってヒカルを誘った女子のうち一人はかなり俺のタイプだったからだ。モデルみたいにスラッとしていて、明るくてニコニコしていて。もちろん顔も可愛かった。
 俺みたいに産まれて20年間一度も彼女がいたことのない人間は、ろくに話もしていないのに「こんな子が彼女だったら最高だろうな……」なんてことまで考えてしまっていた。


「あー、もったいない。俺なら絶対そのチャンス無駄にしないのに。お前がめちゃくちゃ羨ましーよ……」

 それを聞いてヒカルは、ふはっと満足そうに笑った。
 ヒカルが心から笑った時の顔は、結構珍しい。子供の頃はそんな事は無かったのに、成長するにつれて、いつの間にか控えめに微笑む程度の笑顔しか見せなくなったからだ。女子だったらこういうギャップに惹かれるんだろうなと思う。

 ブツブツと不満を口にしながらヒカルの方を見上げると、こちらを見てヒカルが“にーっ”と勝ち誇ったように笑った。

「あの子、ルイのタイプだったでしょ?」
「はあ!?」
「ルイ、ああいう感じの人が昔から好きだから」

 かーっと顔に熱が集まる。こいつ、もしかして、ずっとそれに気がついていたんじゃないかと思うと、恥ずかしくて、今すぐ消えてしまいたいくらいだった。だけど、ヒカルとの長い付き合いの中で、こういったことは何度か経験しているので、俺はぐっと堪えた。

 昔からそうだった。俺が好きだなと思う女子は、いつも気が付いたらヒカルのことを好きになっている。
 ヒカルの方が顔もかっこいいし、体もでかいし、頭も良いし、運動もできるから仕方ないんだろうけど……。自分の好きな子とヒカルが付き合うのを俺は何度も目にしてきた。ついでに言うと、たいてい短期間で別れてしまうところも。
 子供の頃は単純にヒカルと自分の、能力やルックスといった、目に見える部分での違いに落ち込んでいたけど、最近は女のことでヒカルとの差を見せつけられることが多い。
 今回もその内の一回にすぎない……と俺はみっともない慰め方で自分を励ました。それに気がつかないのか、ヒカルは相変わらずこっちを見てニコニコしている。


「あの子がタイプじゃないって、お前どんな子ならいいんだよ?」

 女子に対しては来るもの拒まずなヒカルに、ふと思ったことを聞いてみた。

「お……俺は、とくにそういうの無いかも」

 ヒカルは少し困った顔でそう答えた。まあ、好きなタイプとか考えなくても綺麗な子が寄ってくるし、そうなるよな、と俺は妙に納得してしまう。

「ルイはすらっとした人が好きなんだ」
「そうそう、俺、自分が身長低いのに、大抵好きになるのは長身の人なんだよなー。でも、女は女で理想の身長差っていうのがあったりするんだろ?」

 やっぱり見下ろすよりは、恋人のことを見上げていたいものなんだろうか。まともに恋愛をしていないせいで、そういった女心というものもほとんどわからない。
 自分だけどんどん大きくなるなんて、と半ば八つ当たりのような気持ちでヒカルの顔を見上げた。

「もう何年もヒカルといるから、身長が高い人に慣れてるのかなー」
「えっ?」

 俺の身長は168cmまでしか伸びなかったけど、ヒカルは178cmまで伸びた。身長差が10cmあるから、いつも俺はヒカルを見上げている。これから先、自分より小柄な子と付き合ったとして、その子を見下ろすことにいつかは慣れるんだろうか。

「やっぱ俺に彼女が出来ないのはヒカルのせいだわ。あー、もうこれ絶対そうだ」
「ルイ」

 ヒカルは急に立ち止まり、そしたら責任とろうか、と言って笑った。その顔はぼうっと輝く外灯の下で怖いくらいに整っている。俺が思ったのは、「俺が女でも俺じゃなくてヒカルを選ぶや」ということだった。悔しいから絶対ヒカルには言わないが。

「じゃあ、責任とって誰かいい子紹介して。俺、今年は絶対彼女作りたいから」
「それはダメ」
「お前はかっこいいけど、ケチだなー」

「俺かっこいい?」とヒカルがわざわざ目を合わせてくる。さっきまで散々、「かっこいい」「綺麗すぎる」「タイプです」と言われてきたくせに、まだ欲しがるか、と心底呆れたので聞こえてないふりをして無視することにした。

「今日、うち来ない?」
「………やめとく。気分じゃないから」

 さっき、ヒカルが女に言ったという言葉で断ると、そんなふうに返されると思っていなかったのか、露骨に不満そうな顔をされた。ざまあみろ、と心で思って知らん顔をしていると、ムカついたのかヒカルがしつこく食い下がってくる。

「気分じゃないからって何? 俺といるのが嫌ってこと?」

 俺は横目でヒカルをジロリと睨み付けた。「お前、自分が女にそうやってしつこくされたとしても、めんどくさがらずに、ちゃんと誠実に対応してるんだろうな?」という意味で。

「………わかった。ゴメン」

 冷たい視線の意味に気付いたのか、ヒカルはしぶしぶ引き下がった。すごくガッカリした表情で、俺に負い目を感じさせるためにあえてやっているのでは? と思えるほどの落ち込みようだった。……ゴメンって、言われると俺の方が悪いことをしたみたいだし、ヒカルの悲しい顔は昔から苦手だ。

「はあ……。俺の家に来るんならいーよ」
「ほんと?」

「ありがとう」とヒカルは今日一番の笑顔で笑った。せっかく綺麗な女子がたくさんいる飲み会へ行ったのに、なぜかヒカルを連れて帰ることになってしまうなんて。女子達からの「なんでお前と」という冷たい視線を勝手に想像して、背筋が寒くなった。
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