「絶対、初めてちょうだいよ」

サトー

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ポーズ

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実家のお母さんからの荷物が昼過ぎには届いているはずだったのに、「船の到着が遅れた影響で、夜にしか届けられない」という電話があったから、夕御飯は弁当を二人で買いに行った。

小さな島で暮らしていると、予定通りに荷物が届かないどころか、台風の影響で船が何日も港に入ってこなくて、「今日もお店に何も売ってなかった……」という経験を子供の頃から何度もしている。
だから、今日だって荷物が遅れることに対して、特に腹が立ったりガッカリしたりなんかしない。


「陸ちゃん、そばが届いても一人で全部食べたらダメだからね?半分は俺の分だよ?」
「わかってるよー」

お母さんが送ってくれるのは、蕎麦粉が使われていない小麦粉で作られた「そば」だ。
鰹と豚骨で出汁をとったスープで食べるそばを葉月君は「美味い」と言っていつも食べてくれる。

葉月君みたいに都会に住んでいて、俺よりもずっと美味しくてお洒落なご飯を知っている人が、俺が育った場所の食べ物で喜んでくれているのを見ると、すごく嬉しくなってしまう。
だから今日、葉月君が「え~……そば食べられないんだ?」と残念そうにしていた時は、申し訳ないような、それでいてなんだか嬉しいような不思議な気持ちになった。





大好きなセブンイレブンで買った弁当をモソモソ食べていたら、葉月君がニヤニヤしながら、「……陸、今日はラーメン買わなかったの?」と聞いてきた。


「…………うん」
「なんでえ?ご飯炊くの忘れた?」
「そのことで俺をイジるのやめてよ!」
「まだ、何も言ってないけどー?」

……葉月君は塾に通うようになってから、すごく忙しい。
ゲーセンのバイトを辞めて、講義の無い日は一日中塾で勉強をする日もあるという。

だから最近は、今まで通り、当たり前のように葉月君と遊ぶことが出来なくなった。
それでも、塾の授業が無い日は「よっ」と家にフラリと遊びに来てくれる。それは、すごく嬉しい。

……けれど、この前土曜日の昼過ぎに葉月君が突然やって来た時に、カップラーメンの残ったスープにご飯を入れて食べようとしていたところを見られてしまった。

しまった、と思ってご飯の入ったカップ麺の容器を隠蔽しようと思った時にはもう遅くて、葉月君はそれはそれは嬉しそうな顔をして俺をイジってきた。
「どうして今、隠そうとしたの?」「いっつも俺といる時はしないじゃん。なんで?恥ずかしいの?」と、葉月君はものすごくイキイキしていた。

違う、違うんだよ!と俺が必死になればなる程、葉月君は大ウケして、最後は笑いすぎて顔を真っ赤にしていた。

「違う違う。あんまり慌てるうえに、ムキになるのが可愛くって……」と言われたものの、葉月君みたいなお洒落な人が絶対にやらないであろう、下品な食べ方をしているのがバレてしまったのが本当に恥ずかしい。
だから、それ以来、なるべく葉月君の前ではラーメンを食べないようにしている。




一番の友達じゃなくて、葉月君とちゃんと付き合うようになってから、他にもいろいろなことを知られてしまった。

前は、塾での模試が終わった後にやって来た葉月君に、日中は家の鍵をかけないで昼寝をしたり、イヤホンで音楽を聴いたりしていることがバレて、すごくすごく叱られた。

「じ、実家にいる時は、ずっとそうしてたから……」

葉月君は怒っても声を荒げたり、言葉使いが乱暴になったりはしなかった。
いつもと口調はほとんど変わらない。けれど、「何かあったらどうすんの?」と言う葉月君の目は全く笑っていなかった。
いつも怒らない人が怒ると怖い……と、震え上がりながら言い訳をしたら、「えっ」とすごくビックリされた。


「……陸の育った島って、もしかしてそれが普通?」
「うん……。出掛ける時も家の鍵はちゃんと閉めないし、俺のお父さん、軽トラに鍵を差しっぱなしで畑で作業をするよ……」
「本当に……?」


むう、と眉を寄せて葉月君はほんの一瞬困った顔をして見せた。
それから「……でも、こっちではやめな。……陸ちゃんの親が、なんでモニター付きのインターホンのある家にわざわざ自分を住まわせてるのか、よく考えなよ」とすごく静かな口調で言った。
陸ちゃんが危ない目にあったら、俺、嫌だよ、と真剣な顔で言われて、それで俺も反省して、ちゃんと鍵をかけるようになった。

陸ちゃんといると心配事が多い、と葉月君は言う。
葉月君は、今、大学にも塾にも行っていてすごく忙しい。
だから、あんまり余計な心配をかけちゃダメだって、疲れているのかどことなく眠そうにしている葉月君の横顔を見ていると、改めてそう感じる。



「あー……疲れた……」
「……大丈夫?お腹あんまり空いてないの?」
「うん……。あー、タバコ吸いたい……」

もしかしたらタバコを吸いにベランダの方へ出ていってしまうのかな、と思ったけど、葉月君はそうしなかった。
ただ、弁当も半分ほど残した状態なのに、それ以上手をつけようとはしなかった。



「疲れた……。陸ちゃん、こっちに来て……」
「うん……」

背中に腕を回されて、ぐいっと葉月君に引き寄せられる。
微かに、何回聞いても名前を覚えられない香水の匂いがする。
塾にもこんなにいい香りで通ってるの?とビックリしながらこっそり匂いをかいでいたら、葉月君に「……俺の飼ってる犬と同じことすんね」と苦笑いされた。




……3月から4月にかけてお互いいろいろなことがあった。
葉月君は塾に通うようになって、俺はアルバイトを始めた。

家にいる時は鍵をかけない俺に葉月君が「えっ!?」とビックリしたのと同じように、俺も葉月君が髪を染めてから塾に通うようになるまでの間に「えっ!?」と驚くことがあった。



「就活……?ああ、こんなのポーズだよ。やってはみたけどダメだったって言えば親も諦めるかなって」

……多い時は20日に一度は行ってるんじゃないか、というくらいマメに美容室に行く葉月君が髪を黒くしてきた時、「そっか!いよいよ就活するんだね!」と俺が言うと、そんな答えが返ってきた。

「えっ……?!」
「……うちの親まだ働いてるし、俺、一人を食べさせるくらい余裕だろうからさ」
「えっ?え~っ……?!」

だって、普通三年の時にはインターンとか行くじゃん、俺、一切行ってないし……と涼しい顔をしている葉月君の側で、「それって大丈夫なの?!」と俺の方がなんだか慌ててしてしまった。



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