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その後(3)
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駅からプールまでの道のりについては何も頼りにならなかったカナタが、俺の知らない新しい目的地に向かってキビキビと歩いていく。カナタだけ頭の中に地図が入っているみたいだ。どこへ行くのか聞いても「大丈夫」としか言わないから、俺はカナタの後をひょこひょことついていくことしか出来なかった。
「えっ!? ここ? ここに入る?」
なんとなく、居酒屋や「相席ラウンジ」というどう見ても大人向けの店や「HOTEL」という看板から「ここってそういう場所?」と察してはいたものの、ここに入ろうとラブホテルを指差されるとさすがにビックリしてしまった。
「ノゾム」
キョロキョロと周囲を見回した後、カナタは「しっ」と短く息を漏らした。人なんて周りには誰もいなかったけれどその様子から、ここは大きな声を出すのはマズイ場所のような気がしてきて、俺も無言で頷き返した。
パネルに表示されている「休憩 4,500円~」が妥当な値段なのかもわからない。歩いている途中でもっと安い所もあったし、高い所もあったような気がする。頭の中を過ったのは親から貰った一万円のことだった。とりあえず、帰りの電車賃を引いても足りる、と思うことにした。他にも気になることや不安なことはあったけど、お金のことは大丈夫だと自分に言い聞かせてカナタの後に続く。部屋を選ぶ間も、エレベーターに乗っている時も、カナタはなぜか用心深い猫のようにこそこそとしていたから、俺もなるべく音をたてないようにした。
「はあ……」
部屋に入った瞬間、俺もカナタもほっとしてため息が出てしまった。休憩するためにやって来たのに、入るだけでこんなにも神経を使うなんてなんだか矛盾しているような気がする。
「涼しー……。なんだか部屋に着いただけでどっと疲れちゃった」
「うん、俺も」
なんだ、カナタも緊張していただけか、と思うとさっきまで二人とも大真面目にそろりそろりと部屋までやってきたのがおかしく感じられて俺が笑うとカナタもちょっとだけ笑った。
「来たことある? こういう所……。カナタは道を知っていたみたいだから」
「ないよ。今日、プールは早めに切り上げて行けたらいいなって思っていたから、いろいろ調べてはいたけど……。でも、ここに入ったのは直感。ビビって来た」
「直感?」
そんな理由でずいぶん思いきれたんだな、と俺が目を丸くしているとカナタが「まず、ホテルの名前がいい」とボソッと呟くのが聞こえた。
「名前……」
入ってくる時に見たホテルの看板を思い出す。確か……「Your Castle」とかそういう名前だったような気がする。日本語に翻訳するのは難しいことじゃない。だけど、「名前がいい」というカナタの感想には納得していいのかいけないのか微妙な気持ちになった。
「……城?」
「うん。部屋も城みたいだったら面白いし豪華な所にした方が得だーと思ったけど、中は普通だった」
「あ、ああー……、なるほど! 確かに、ご、豪華な方が元を取り返せてる感じがするからな!」
魔王だった頃の記憶がカナタをキャッスルに呼び寄せたのか!? と動揺したのを誤魔化すように慌てて話を合わせておいた。初めてきたラブホテルに俺が狼狽えていると思ったのか、カナタがフフッと笑う。
「ちょっと入る時はビビったけど、部屋の中は普通だから、ゲームをしたり昼寝をしたりして時間を潰そうよ」
見て、とカナタはテーブルの上にあった冊子を開いてニンテンドースイッチのレンタルがあることを教えてくれた。
「『どうぶつの森』あるかなあ」
「ないだろ。あれはどう考えても短時間貸し出して遊ぶようなゲームじゃないし……」
「えー、楽しいのに……」
大好きだという『どうぶつの森』がないということにカナタはガッカリしていたけど、貸してもらえたニンテンドースイッチには『桃太郎電鉄 ワールド』があったから二人で遊んだ。
俺も得意な方じゃないけれど、カナタはもっと下手だと思う。ゴールから遠く離れた場所でコンピューター二人と貧乏神の擦り付けあいをしているカナタが「ノゾム、早くゴールしろよお!」と必死になっているのを見て俺はゲラゲラ笑った。
俺が前世で旅をしていた時に使っていた宿屋に比べると、無人チェックインというのは味気ないうえに無用心だと感じられた。だけど、昼ごはんの時間に部屋のタブレットから注文してしまえば食べ物だってすぐに届くし、冷蔵庫にはジュースだって冷えている。寝そべってゲームをしながら騒いだって家族から怒られることもないし、眠たくなればベッドで眠ればいい。
確かにこれだけ快適ならプールへ行った後寄るのにピッタリの場所だ。朝からプールで泳いでいたらきっと眠くなっていただろう。午後にプールで泳いだ後の授業は俺もカナタもいつも睡魔と戦っているからだ。
「……なんで、プールの後にホテルへ行こうって、前もって誘ってくれなかったんだよ」
「んー? ……プールが楽しすぎたら、夕方まで遊んでいようと思ってたから?」
「それでも俺にも教えろよお! そしたら俺だっていろいろ調べて、小遣いだってもっともっと持ってきたのに……」
「いいよ、べつに。ノゾムはそんなこと気にしないで。今日のホテル代だって俺が払うし」
「は!? 割り勘に決まってるだろ」
「ふっふ……」
笑って誤魔化そうとするカナタに無理やり「今日の支払いは半分ずつ」と約束させた。こんな所までおおらかじゃ困る。「でも」とまだ何か言いたそうなカナタを遮って、桃鉄でもう一回勝負をしようと持ちかけた。
「えー……ヤダよ。また俺が最下位になるし」
「じゃあ、ポッ拳は? やったことある? あ、それとも眠い?」
「んー」
首を傾げたままうっすらと微笑むばかりでカナタはどれもあまり乗り気じゃないみたいだった。
「そうだ、ノゾム。一緒にお風呂に入ろうよ」
「えっ!?」
「ここへ来る間までに汗をかいたし。さっぱりしてから昼寝をした方が絶対気持ちいいよ。ね?」
「えっ……」
裸は何度も見せあっているけれど、一緒に風呂に入ったことは一度もない。家だといつ家族が帰ってくるかわからないからだ。二人で風呂に入ったら、そのまま最後まで……ということになるんだろうか。勝手にあれこれ想像して押し黙っているのをオーケーと解釈したのか、「準備をしてくるね」とカナタは風呂場に行ってしまった。
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